聖女の力が弱まったと告げられ、婚約破棄されましたが——それでも私は真実を求め、証明するために戦います

ただのA

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第四話:揺らぐ秩序とパンの香り

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神殿を後にした私は、エマと共に賑わう町の通りを歩いていた。秋の空気はひんやりとしているが、活気あふれる市場の中ではそれを感じさせないほどの熱気が漂っている。行商人たちの声、金貨の音、そして食欲をそそる料理の香り――それらが混ざり合い、王都の繁栄を象徴するかのように響いていた。

だが、私の心は晴れなかった。

神官たちが見せた冷徹な態度、そして「関係者には言えないこと」とまで口を濁した財産に関わる話。それが何を意味するのかを考えるほどに、不穏な予感が胸を締め付ける。

「リリアン様……」

エマが小さく私を呼ぶ。その視線の先には、町の一角にある小さな屋台があった。香ばしい香りが鼻をくすぐる。焼きたてのパンにとろけるチーズを挟み、ハーブを散らした簡素な料理だが、庶民には人気のある食べ物だ。

「少し休憩しましょうか?」

「ええ、そうね。」

店主の老人はにこやかに笑いながら、私たちにパンを手渡した。私は一口かじると、塩気のあるチーズが口の中で広がり、噛むたびにハーブの香りが鼻を抜ける。

「ここのチーズは美味しいわね。」

「王宮で食べていたものよりも素朴ですけれど、味に深みがありますね。」エマも同じように味わいながら微笑む。

ふと、私は思った。今までは当たり前のように神殿の食事を口にしていたけれど、それがどこから来て、誰が支えているのかを気にしたことはなかった。

神殿に供えられる食材はすべて国庫からの支援か、信者たちの寄進によるものだ。もし、その財源が歪められていたとしたら? もし、私が聖女でなくなったことで、何かが変わったのだとしたら?

私はパンをもう一口かじりながら、考えを巡らせる。

「エマ、私たちはこれまで、聖女の力が失われたことばかり気にしていたけれど……」

「ええ。」

「もしかすると、私が追放されたことが、何かの前触れだったのかもしれないわ。」

エマはパンを手にしたまま、真剣な表情になる。「それは……どういうことですか?」

「神殿の財産、それが何かの目的で動かされようとしているのなら、私がいなくなったことと関係がある可能性があるわ。」

エマはしばらく考え込んでから、静かに頷いた。「確かに、神官たちは明らかに何かを隠していました。でも、何を?」

「それを知るには、もう少し情報が必要ね。」

私は最後の一口を噛みしめながら、決意を固める。神殿が動いている。ならば、私もまた、止まるわけにはいかない。

庶民の生活の中で感じたこのわずかな違和感が、次なる一歩を導く鍵になるかもしれない――そう、信じて。

私たちは市場を歩きながら、次に何をすべきかを考えていた。

「リリアン様、神殿の財産が動かされる可能性についてですが……それは単なる噂ではなく、実際に記録が残っているかもしれません。」

「記録?」

「はい。神殿に納められる財産の管理は『大聖堂会計録』に記されているはずです。本来ならば、私たちはその内容を知ることはできませんが……」

エマは少し言いにくそうに言葉を濁した。

「方法があるのね?」

「……ええ。王宮の財務官の中には、神殿の財産の動きを把握している者がいるはずです。彼らが何か知っているかもしれません。」

私はエマの言葉を噛みしめながら、慎重に答えた。「となると、まずはその財務官に接触する必要があるわね。」

「ですが、リリアン様……今のあなたの立場を考えると、王宮関係者に会うのは危険です。」

確かにそうだ。私はすでに聖女の座を追われた身。王宮には私をよく思わない者も多いはずだ。

「エマ、王宮の財務官に詳しい人間を知っている?」

エマは少し考えた後、小さく頷いた。「ええ、います。王宮の商人の一人、カルロなら何か情報を持っているかもしれません。」

「カルロ……」

以前、神殿へ物資を納める際に何度か顔を合わせたことがある男だ。口は軽いが、金の匂いには敏感で、特に財務の流れには詳しかったはず。

「彼なら、何か知っている可能性が高いですね。ただ……カルロは、王宮に近い商人です。慎重に接触する必要があります。」

私は息をつき、決意を固めた。「まずはカルロに会いに行きましょう。」

神殿の秘密、そして財産の動き――私が追放された裏には、まだ知らない何かがある。その手がかりを掴むため、次なる一歩を踏み出す時が来た。
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