他人の不幸を閉じ込めた本

山口かずなり

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コクチョウの刺青

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彼等には刻まれていたという。おぞましい魔獣の刺青が…。

「コクチョウの刺青」

その国は、かつて、糸細工と鉱石の発掘に恵まれ栄えていた。

だが、その国に眼をつけた情報屋によって、その国は衰退した。

原因は情報屋が流した嘘の情報だった。

「その国は来るべき戦争に備え、軍資金を稼いでいる、ここで叩いておかなければ、我が国は衰退する」

これを真に受けた隣国の王たちは他国と共同し、その国を奇襲した。

国は一気に衰退。

それ以降、その国はこう呼ばれた。

衰退の国、と。

―衰退の国―

その国には、職を奪われ、家族を失った者たちが寄り添い、貧しく暮らしていた。

男たちはその身体に鞭打って密行させられ、女たちはその長い髪を糸として売られた。

中にはその辛さのあまり、死を望む者もいた。

国民たちは衰退していく国の中で、解放という名の死を待ち続け、日々震えていた。 
状況は災厄だった。

だが、そんな状況だからこそ、幸せに近付けた者たちがいた。  

この国で愛を育んできた、

「二人の男女」である。

―二人の男女―

その二人は相思相愛で、恋愛には恵まれていた。

だが、「結婚」には恵まれていなかった。

互いの両親が、二人の結婚を許してくれなかったのだ。

その原因は、二人の身分の違いにあった。

発掘家の男は、鉱石の発掘に恵まれ、裕福な家の生まれだったが、女の方が違った。

ただの糸細工職人。

この国では身分の低い方で、使われる側の人間。

どちらの両親も「この二人は合わない」と、二人の結婚を断固として反対していた。

男の両親は「損をするから」と男を引き離し、

女の両親は「馬鹿にされるから」と女を引き離した。

二人はそれが哀しく、酷く許せなかった。

二人は毎夜「両親の死」を願っていたという。

数日後。

二人の願いは、他国からの奇襲により、叶えられた。

互いの両親が、その奇襲に巻き込まれ死亡したのだ。

普通ならば、両親の死を哀しむところだが、この二人は違った。

心の底から両親の死を喜んでいた。

これでひとつめの願いは叶えられた。

あとは、二人の愛の証明となる結婚式を挙げるだけである。

結婚式に必要なのは、教会、神父、参列者の拍手、新郎新婦の指に輝く指輪、

これ等が重なり合い結婚式となる。

二人はこれ等を集めようとした。

だが、これ等を集めるには金がかかる。

男は手持ちの金を床に散らした。

……やはり、足りない。

男は考える。

この散らした金だけで、結婚式を挙げる方法を。

男は頭をぐらぐらと悩ませ、呻き始める。

女はそれを見て、不安げな表情を浮かべていた。

この男、前にも女の願いを叶える為、他人に危害を加えた事がある。

女が髪飾りが欲しいと願えば、通行人を脅し、その髪ごと引きちぎった。

その時は決まって両親が出てきて、金で解決してくれた。

だから、今回も不安だった。

結婚式を挙げる為に他人に危害を加えるのではないか、と。

女は、弱々しい声で伝えた。

私は「形だけ」の結婚式で幸せだから、無理だけはしないでね、と

女は、二人の事を考えて言ったつもりだった。

だが、これが間違いだった。

男は何故か、清々しい気分でいた。

そして、散らした金を拾い集め、女に笑顔を見せた。

それは男にとっての最高の笑顔で、女にとっての災いだった。

「最高の形だけの結婚式、挙げてあげるよ」

男はそう言い残し、去っていった。

女はそれを見送るだけだった。

それこそがこの女の罪だった。

―脳内結婚式―

男の脳内では、既に最高の結婚式が挙げられていた。

古びた教会ではなく「処刑場」に響く、参列者の拍手、

「呪文」を唱える神父に喜び震える新郎新婦、

そして、新郎新婦の指に輝く「ゆびわ」

そう、どれも女の願い通り、

「形だけ」

男は、結婚式の会場となる「処刑場」に向かって歩いていた。
 
―形だけの会場―

男が、結婚式の会場に選んだのは、他国からの襲撃により、主を失った処刑場だった。

処刑場ならば静寂が守られ、邪魔者を排除する道具もそのままにされている。

そして、悲鳴が漏れないよう、防音の仕掛けが壁に施されている。

密かに結婚式を終えるには好都合の場所だった。

―形だけの参列者―

男は、たった一人で処刑場の掃除を終えると、処刑場の地下にあるといわれている、「罪人墓地」から綺麗な骨を大量に集めてきた。

そして、それらを組み合わせ「骸骨の手」を作り上げ、処刑場に白い糸で飾り付けた。

それは「形だけの参列者」だった。

―形だけの指輪―

男は額の汗を拭き取ると、次の作業を開始した。

首切り役人の鎌を握り締め、町へ向かって歩き出した。

数時間後。

処刑場に戻ってきた男の左手には、血の付着した袋が握られていた。

男は、異臭がする「それ」を床に散らすと、それを「ゆびわ」と名付け、輪を作り上げた。

指輪は、ゆびの輪と書いて指輪となる、つまり、指の輪だった。

男は青白い顔で微笑した。

―形だけの神父―

最後は「神父」だった。

だが、神父だけは見つからなかった。

何故ならば、この男、神父を知らないからだった。

男は、処刑場に戻ってきて、苦悩した。

その時だった。

「そのお役目、形だけでよければ、私にお任せを」

男が振り返ると、黒いローブの男が分厚い本を抱えて、立っていた。

男は、黒いローブの男の足にすがりついて、喜びに震えていた。

男は見つけたのだ。

形だけの神父を。

―形だけの新郎新婦―

待ちに待った結婚式だった。

男は何かの糸で作り上げた礼服を纏い、女を待っていた。

ついに、この日が来たね、

ええ、そうね、

男はそれを訊いて、清々しい笑顔で言った。

じゃあこれに着替えて、

男はそう言って、この国で作られた花嫁衣装、つまり、髪で作り上げられたドレスを手渡した。

女はこの時、内心怯えていた。

金も無いのにどうやって、これを手に入れたのだろうか……まさか。

女は、花嫁衣装に着替え、男に不安な顔を見せた。

大丈夫だよ、それは高価な人の髪だから、全く痛んでないよ、さあ、こっちにおいで、

男は、女の手を引っ張ると、無邪気に結婚式会場の扉を開いた。

女は辺りを見回して、愕然とした。

その眼に映るのは、華やかな結婚式会場ではなく、血生臭い処刑場。

女は震えながら、男を見つめていた。

どうしたんだい、震えるくらい、嬉しかったかい?

女は、男の手を振り払い、処刑場の扉から逃げ出そうとした。

だが、無駄だった。

既に処刑場の仕掛けが作動していて、扉には鍵がかけられていた。

これは、罪人を外に逃がさない為の仕掛けである。

女は泣き叫んだ。

だが、防音の壁の向こうに声は届かない。

女は、どこからか聞こえてくる声に耳を塞いだ。

やめて、なんなのよ、これは、

これは神父さまからの言葉さ、これは僕ら二人の物語なんだ、まだ聞いていない君は、聞くべきなんだ、

その声は処刑場に響いた。

【両親の死を願った愚か者たちよ、両親の祝福なしで結ばれると思うな、両親はお前たちに忠告した、損をするから、馬鹿にされるから結婚するなと、それはお前たちの愛が後に不確かなものになると見抜いていたからだ、それでも結婚式を挙げたければ挙げるがよい、だが、ここでも忠告だ、お前たちの愛し方は互いに異なる、繋がる時を求め、挙げ続けろ、無様な結婚式を】

女は絶叫した。

―血塗られた新郎新婦―

ある処刑場に「血塗られた新郎新婦」が誕生した。

生気を失った新郎新婦は、人の指で作られた「ゆびわ」を互いにはめ、ギロチンの真下に倒れていた。

そして、虚ろな眼で互いを見つめ、微かに唇を動かせた。

それは、すれ違い続けた愛が、始めて交差した瞬間だった。

罪なる愛に翻弄された新郎新婦、

その全身には、如何なる時も互いを大事にする水鳥、

「コクチョウ」の刺青が刻まれていたという…。
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