不幸でしあわせな子どもたち2

山口かずなり

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映画監督の子ども・ゲットー

五十二人目の子ども

「映画監督の子ども・ゲットー」

ゲットーは、額の上から、鬼のツノが生えた子どもです。

帽子は被りません。

無理に被れば、生地を突き破るからです。

上下アンバランスな派手な服を着ていて、性別を問われると、相手の腕に噛みつきます。

歯形は、サイン。

短気な、芸術家なのです。

自分の部屋。

机に向かって一心不乱に書くのは、「ままごとの台本」

常日頃から、脳裏に浮かぶ脚本を基に、眼に見えない観客がどうすれば喜んでくれるかを考えています。

足の甲に小さなムカデが這っていても、片方の足裏でこねくり回し、輪ゴム感覚。

かかとで、知らずの内に、駆除。

掛け時計の鳩は、飛び出てきた時に、掴んで力強く引っ張ったので戻りません。

母親がトレイで、サンドイッチを運んで部屋に入ってきていても、集中は途切れず。

部屋の電気が点灯して、やっと気付きます。

暗がりで書いていたことに。

母親は、ゲットーの眼が悪くなっていないか心配でしたが、以前、そのことを叱っただけで、手痛いサインをもらったのです。

サインは、一度で十分。

幾つもいらず、ありがたみが無くなります。

母親は、叱りたい気持ちを押し殺して、演じて訊きます。

「次はどんな台本を書いたの?」

けれど、ゲットーは、台本と睨めっこ。

と思わせながら、ねっとりした蜜のような声で、トゲを刺します。

「相変わらずの大根女優ね」

母親は、その言葉を聞いて、ゲットーを見失いかけます。

子どもではなく、嫌みな女がそこにいます。

底辺の女優が、ゲットーの母親になるオーディションを受けて、何度も母親を演じていても、心ないセリフは、全てが棒読み。

弾力のある尻で、父親の股間を痙攣させただけです。

ゲットーの脳内には、母親の名は、一代目しか書かれていません。

二代目が、どれほど母親を演じようとも、継母にしかなれないのです。

ゲットーは、声色を変えて、癇にさわる少年声で言います。

「オカアサマ」「おやすみ」

その途端に、嫌みな子どもがそこにいます。

ゲットーは、母親と対峙します。

「どう?棒読みって心に響かないでしょ、それとも、心のこもった、おやすみだけは、役を降りろ、って、心に響いた?」

そう言って微笑みます。

母親は、何も言い返せずに、部屋から出ていきました。

その顔は、無表情で固まっています。

あの程度のことで、へこたれる女優ではありません。

ゲットーに腕を噛まれ、近付くなとサインを受けても、未だに母親を演じているのです。

母親とは認めてはいませんが、嫌でも印象に残ります。

「いい表情だった」

そう、ゲットーは呟き、また台本と睨めっこをしながら、怒りの感情を書き足していきます。
その姿は、父親によく似ています。

父親は、若くして、悪夢の仕立て屋と呼ばれた、映画監督。

血みどろな作品を一発当て、スクリーン越しに腐臭を漂わせました。

その映画で悲劇のヒロインを演じたのが、一代目の母親。

監督と女優の間には、気まぐれのように子どもが出来てしまい、映画監督の才と、枕女優の鬼神の技を受け継いだ、鬼才の子どもが生まれます。

一代目の母親は、感情のこもった演技で、ゲットーの母親を演じ、ゲットーに自分が隠し子だとは気付かせません。

映画監督の父親は、机に向かって台本を一心不乱に書き続け、父親の指示で映画が生まれます。

人に指示をするのは、楽しそうに見えました。

ゲットーは、父親の書きかけの台本を後ろから覗き込み、「主人公とヒロインが生き残るなんて駄目だよ、生き残るのは、最後の最後まで姿は見えなかったのに、ずっと、観客と一緒にいた人にしようよ」と、アイディアを出します。

父親は台本に集中しきって、話を聞いてくれません。

ゲットーは、机のペンを手に取ろうと、腕を伸ばします。

ガシッ!!

強く腕を掴まれて、叱られ、「気に食わないなら、見るのをやめなさい」

腕を離され、そこを見ると、父親の指の痕が赤く残ります。

「その考えを文字にして、具体的に動かして見せなさい」

そう言って、父親は、真っ新なノートをくれます。

ゲットーは隣に椅子を持ってきて、台本の書き方を、眼で学びました。

父親が、映画の撮影で、家を留守にする際は、母親が一緒に「ままごと」をしてくれます。

その七色の声を聞いて、途中母親を見失っても、そこにいてくれると信じていました。

けれど、父親が手掛けるホラー映画のように、結末は後味の悪いものです。

二代目の母親が、父親の映画で、濡れ場のあるヒロインを演じた際に、濡れ場以外の演技があまりにも酷く、一代目の母親と、観客に、主である恐怖より、疑問を湧かせたのです。

出来の良い脚本も、ヒロインの棒読みが続けば、観客に白目を剥かせます。

観客は、ゾンビになって映画館から出ていくので、それを見た制作者たちが恐怖。

枕営業を疑うようなゴシップ記事まで世に出回り、一代目の母親は、女優の足枷になるゲットーを置いて、呆気なく家を出ていきます。

やはり、鬼。

父親は、栄光のトロフィーではなく、女優の尻を掴まされたのです。

それなのに、事態が落ち着くと、底辺同士しあわせそうで、その一部始終をビデオカメラに収めた卑猥な映像は、カルト的人気を誇り、観客を興奮させます。

ゲットーは、退屈でした。

あくびをした口の中、ビデオカメラのレンズが見えているかのような気分です。

台本は、ようやく、仕上がります。

胸に抱きしめて、こう呟きます。

「その場にいなくとも、拍手を」

ゲットーは、台本が仕上がると、自分の部屋に三人の友だちを招きました。

友だちは、それぞれ、黄、青、緑色の服を着ています。

ゲットーは、赤色の服を着ていて、ツノが生えているので、まるで、子どもをさらってきた赤鬼のように見えます。

三人の友だちは、部屋に入るなり、丸いテーブルの上に、形のかわいいお菓子が飾られているのを見つけます。

敷かれたテーブルクロスは、青空覆うクモの網目模様。

それは大人から見れば、甘い誘惑で、後に腹を出させます。

けれども、ここにいるのは、子どもだけ。

子どもが無邪気に想像すれば、お菓子の遊園地にも見えるから不思議。

リングドーナツは、真ん中に穴が開いていて円形。

小さなお菓子をトッピングすれば、観覧車の車輪そのもの。

エッグタルトは、パイ生地の器にカスタードがたっぷり。

横から見ると小さなティーカップのような形。

クグロフは、形そのものが、走馬灯のメリーゴーランド。

どんなアトラクションにも、お客さんの存在も忘れずに。

人型が特徴のジンジャーブレッドも滑稽に踊っています。

どのお菓子からも甘い香りがして、おいしそう。

黄色の服を着た友だちが、ゲットーに、「これ、食べてもいいの?」と訊くと、ゲットーはジンジャーブレッドのニコニコ顔の頭を摘まんで「もちろん」と、口角を吊り上げます。

三人の友だちは大喜びで、無警戒。

それぞれのお菓子を摘まみます。

緑色の服を着た友だち、リングドーナツにかじりつき、観覧車のゴンドラが噛み砕かれ。

黄色の服を着た友だち、エッグタルトにかじりつき、ティーカップが欠け。

青色の服を着た友だち、クグロフにかじりつき、メリーゴーランドが崩れ。

赤色の服を着たゲットー、ジンジャーブレッドの両足を歯で折りました。

見る見るうちに、テーブルの上の遊園地は、摘ままれて、胃袋へと消え去ります。

皿の上には、遊園地の残骸。

ゲットーは、静かに席を立ちます。

青色の服を着た友だちは、卑しく、指に唾液をつけて、破片をお掃除。

緑色の服の友だちは、食べるものが無くなると、鬼ごっこでもしようと、窓の外を見ます。

「あのさ、おにごっ」

シャッ。

すると、カーテンが閉じられ、言葉を遮るかのように、「ねぇ、ままごとしない?」

カーテンの柄は、青空透かす蜘蛛の網目模様、テーブルクロスとお揃いです。

ゲットーは、机の引き出しから、台本を取り出します。

「それ何なの?」

「台本だよ、イマジネーションのサンドイッチ」

友だちは聞き慣れない言葉に「ダイ、ホン?」と訊きます。

ゲットーは鼻で笑うと、「演じたい役は?」

友だちはそれぞれ、自分が輝ける役を口にします。

「僕は正義の味方!」

「私はお姫さまがいい!」

しかし、ゲットーはその言葉を鋭く遮り、冷徹な監督の顔で配役を告げます。

「君は頑固な父親。君は、偽の母親。そして君は・・・観覧車を選んだから、ただのペットだ」

友だちは、顔を見合わせ、不満げに口を尖らせます。

「えー、つまんない」

「もっと、かわいい役がいい」

すると、ゲットーは食べ終えた皿の残骸を指差し、口角を不自然に吊り上げます。

「お菓子を食べたでしょ?ギャラは前払い。文句があるなら、今すぐ胃袋から遊園地を吐き出しなよ」

その有無を言わない威圧感に、友だちは渋々、おままごとを始めます。

ゲットーが書き上げたのは、整合性の取れた、けれどどこか薄気味の悪い物語でした。

「あら、あなたお帰りなさい。今日のスープは毒入りタンシチューよ」

子どもが口にするにはあまりにも歪な言葉の羅列。

それでも、一文字一文字が緻密に計算されており、読まされる側は知らず知らずのうちに、ゲットーの構築した不穏な世界観に引きずり込まれていくのでした。

しかし、ままごとは長く続きません。

「もっと感情を込めて!」

「そこは三歩下がってから絶望して!」

ゲットーの演技指導は次第に苛烈さを増し、その口調は幼い子どもとは思えないほど鋭く、
残酷なトゲを含んでいきます。

椅子の上に据えられたビデオカメラの赤いランプが冷たく彼らを監視していました。

「もうやだ!ゲットーくん、自分勝手すぎるよ!」

ついに、青色の服を着た友だちが耐えかねて叫びます。

「こんなの遊びじゃない!自分は文句ばかり言ってるだけじゃん!」

ゲットーに掴み掛かり、人間ティーカップは回ります。

ガシャリ、と嫌な音がして、三脚から落ちたビデオカメラが床で悲鳴を上げました。

静寂が訪れます。

ゲットーは、壊れたビデオカメラを拾い上げることもせず、ただ静かに微笑みます。

「・・・いいよ、壊れてからが本番さ」


その日から、ゲットーの部屋に遊びに来る友だちは一人もいなくなりました。

けれど、全く落ち込む様子を見せません。

慣れた手つきで、くたびれたぬいぐるみを椅子の背もたれに縛り付けます。

その腕に、新しいビデオカメラをガムテープで固定。

きつく巻きすぎたのか、ぬいぐるみからは空気が漏れるような音がしましたが、ゲットーは構わずレンズの向きを調整します。

「いいかい、君が次のカメラマンだ。まばたき一つせず、僕の傑作を記録するんだよ」

対面には、かつて友だちが座っていた場所に別のぬいぐるみたちを並べます。

ゲットーは一人で何役もの声を使い分け、台本を進めていきます。

けれど、ままごとのクライマックス。

窓から、実の母親が入ってきて、偽物の家族を崩壊させた時、ぬいぐるみが思った動きをしなかったのです。

ままごとは止まります。

「今のところ、偽の母親は、髪を掴まれて、床に何度もスタンプされないと!」

「・・・」

無言のぬいぐるみに対し、ゲットーの怒りは、頂点に達します。

「棒読みどころか、無言なんて!観客を馬鹿にしているのか!」

ぬいぐるみの胸ぐらをつかみ、激しく揺さぶります。

その眼には父譲りの狂気と、母譲りの業が宿っていました。

額のツノが、部屋の電球に照らされて・・・。

いいえ。

また暗がりだったことに、ここで気付きます。

「ああそうか、友だちが来る前から、電気つけてなくて暗かったんだ」

偽の母親役のぬいぐるみを床に捨てます。

カーテンを開けると、夕焼け空。

もしも友だちが、まだ家に帰っておらず、道草をしているなら、それぞれの両親が騒ぎ出します。

早く映画を完成させないと、「見えない観客」に観てもらえなくなります。

ゲットーは、ぬいぐるみたちを役から降ろして、一人芝居を始めました。

そして、エンディング。

父親の台本に口出しした事を自分の台本で実現します。

ゲットーは、父親役にしていたぬいぐるみの顔を床に何度も叩きつけて、突然、自分の額のツノを見えない誰かに、ガシッと掴まれます。

そしてビデオカメラに向かって眼を見開き、息子役を演じてみせます。

「いい?まばたき一つせず、ここで記録した事を大人たちに伝えるんだ」

レンズの奥で、観覧車のゴンドラのように丸い瞳が、激しく上下に揺れます。

そう言って、額のツノを床にスタンプ。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

その才能のツノが折れるまで。

「という演技さ!!」

顔面に一瞬、朱肉が見えて、床に真っ赤なサインが刻まれます。

やっと伏せて黙ります。

床に捨てられたままの偽の母親役のぬいぐるみが、ほんの少し動いたように見えますが、これもゲットー監督の業。

この一部始終をビデオカメラに収めたおぞましい映像は、カルト的人気を誇り、観客を興奮させます。

とくにエンドロール後の、ある子どもの喉から先ほど食べた遊園地の味が逆流するシーン。

あれは、みものです。

ゲットーは、自分の心の叫びを形に出来た、しあわせな子どもでした。

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