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名探偵になりたい子ども・ヤーニング

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三十七人目の子ども。

「名探偵になりたい子ども・ヤーニング」

ヤーニングは、トンボ眼鏡をかけた、団子鼻の子どもです。

髪の片方だけを三つ編みにして、ジャンパースカートを着ています。

知りたがりな性格で、分からない事は、顔をぐーんと近付けて訊きます。

「世界って、誰が作ったと思う?」

「一番上と下って、どこのことかな?」

ですが、友だちも、両親も凡人。

頑丈な宇宙船も、興味も無いので、答えは「分からない」ばかりです。

ヤーニングにとって、謎は、悪者です。

団子になった糸を解いて、心臓部を光の下に晒したいのです。

ならばと、自分の足で、手ががりを探しに、図書館に出掛けます。

本を読み漁り、知識を脳に詰め込みます。

しかし、世界を作ったのが、誰なのかという謎は、誰も解けなかったのか、どれもこれも、作り話です。

結局、この謎も、私たちの住んでいる星が、光の早さで転生を繰り返さなければ、解けないという、作り話に収まります。

ヤーニングは、悔しくて、眼鏡にしょっぱい涙を溜めます。

適当に取った本を読んで、心を落ち着かせようと、扉を開きます。

そこには、解けない謎は謎のままでいいと、潔く、解くことを諦めた、ある仕事人の話が書かれています。

難しい言葉を飛ばしながらも、自分なりに解釈します。

どうやら彼は、世界の謎を解こうとしましたが、宇宙には行けず、その町で起こる殺人事件の謎を解こうと決めたようです。

子どもには、殺人事件の謎は蜂の巣のようで解けませんが、町で起こる小さな事件ならば解けるのではないかと、段々と眼を輝かせます。

ヤーニングは、まだまだその本と離れたくないのか、「一緒についてきて」と、その本を借りることにしました。

本を脇に抱えて、図書館から出て行きます。

先ずは事件を探し始めます。

家が立ち並ぶ道を歩いて、突然、立ち止まります。

この門が閉じられている家には、大きな番犬が潜んでいるのです。

以前も通ろうとして、吠えられ、遠回りをさせられました。

なので今回は、本を両手で抱えて、物音をたてないように、足を踏み出します。

小声で、いち、に、さん、し・・・と数えて、三十四歩目で、ようやく通れます。

ヤーニングは、この時に、はっ、とします。

あんなに門の前でウロウロとしていたのに、一度も吠えられなかったのです。

吠えられないということは、中にいないのかもしれません。

息を吐いて、後ろに下がります。

門の柵越しに、中の様子をうかがいます。

やけに静かで、嫌な匂いがします。

脇に抱えていた本を開いて、口元に当てて呟きます。

「これは、事件の匂いだわ」

すると、門の向こうのおばさんが、ヤーニングのことに気付いて、柵越しに話し掛けてきます。

「何か用かい?」

おばさんの顔色は悪く、声に元気がないように感じます。

「おばさん、ここの子、どこに行ったの?」

おばさんは、ヤーニングのことをじっと見てから、門を開きます。

「あなた、コープスのお友達?」

ヤーニングは、分からないと、首を横に振り、正直に今までのことを話します。

おばさんは、優しい顔を見せます。

「そう、コープスは、よく吠えるから、あんたたちにとっては、悪者に見えたんだね、ただ、怖がりで、お友達を捜していただけだよ」

おばさんは、ヤーニングを家に招いて、椅子を引いて、食卓にミックスジュースを出してくれます。

ヤーニングは、おばさんに一番訊きたかったことを訊きます。

「何か困ってる?」

おばさんは、こんな事を子どもに言ってもと、考えますが、本当は誰かに悩みを訊いてほしくて堪らなかったのでしょう。

唾だけを飲んで、打ち明けます。

話によると、数日前、おばさんが家を留守にした際に、家に帰ってくると、コープスがいなかった、と言うのです。

これは誘拐の線も考えられますが、大きな番犬、さらによく吠えるとなると、誘拐するのは、あまりにも難しいので、この家に、騒音か、何らかの恨みを持つ者が、コープスを殺し、死体を家の付近に隠した可能性があります

部屋の中を眼鏡を光らせて歩きます。

「最近、この家に入ったのは?」

「私とコープス、だけど、今は、あんたも入っているね」

壁のあちこちに、コープスの写真だけが飾られている事に気付きます。

花畑で飛び跳ねたり、土の上で眠りかける、コープスが、笑っているように見えます。

こんな表情を見せるのですから、コープスは、おばさんのことが大好きで、おばさんもコープスのことが大好きなのです。

おばさんは、懐かしそうに、「寄り添った写真は、一度も撮れなかった」と、呟きます。

ヤーニングは、おばさんの話を自分なりに解釈していきます。

一つ一つ繋いで、段々と悲しげな表情を見せます。

「コープスちゃんは、かくれんぼの最中ね、でも、おばさんが、おばあさんになるまで見つけては駄目、だから、心配しないで」

おばさんは、笑顔を見せます。

ヤーニングは、残っていたミックスジュースを全部飲んでから、お礼を言うと、家から出て行きます。

おばさんと、コープスに片手を振りながら、「さよなら」と言いました。

事件解決です。

ヤーニングは、その夜、おばさんがコープスと、しあわせそうに散歩をする夢を見て、微笑みます。

寄り添う姿を切り取るように、「二回」瞬きをしました。

その翌日。

ヤーニングは、学校の休憩時間に、誘拐事件のことを友だちに自慢げに話します。

友だちからは、探偵のように頼もしく見られて、名探偵気取りです。

子どもたちは、ヤーニングに解決してほしい事件を抱えています。

ある男の子からは、母親のお腹が、段々と膨れ始めて、いつかは風船のように破裂するのではないかと、風船事件に挑みます。

ヤーニングは、町の中で聞き込みをして、くすくすと笑う大人たちから、お腹に潜んでいるのが赤ちゃんで、男の子の父親が犯人だと、教えられます。

けれど、その男の子に、父親はいません。

ヤーニングは、学校で、男の子に言います。

「心配しなくても大丈夫、あなたに新しい家族が二人増えるだけよ、お腹の中にいるのは、あなたの愛を横取りしてくる、小さな怪物、破裂せずに、出てきたら、しぼむわ」

男の子は、想像して気絶しました。

ヤーニングは、事件を解決する度に名を広めていきます。

もっと、名を広めて、本物の名探偵に近付こうと考えます。

その日の夕暮れ。

家のリビングのソファーに腰掛けて、眼鏡を布で拭いていると、スーッと首元に風が吹きます。

窓を見ると、カーテンが揺れています。

眼鏡を食卓に置き、窓の方に歩いていると、後ろから声がします。

「ヤーニング」

驚いて振り返り、ぼやけた視界の中、声の主を捜します。

ぼやけてはいますが、同じ背丈くらいの子どもがソファーの脇に立っています。

リビングの扉は、母親が出掛ける際に、閉じていたはずなので、どこから入ってきたのか謎です。

考える隙を与えずに、子どもは暗い声で話し始めます。

「隣の町に、凄腕の手品師がいる、その手品師の特別な芸には、タネも仕掛けも無く、誰もタネ明かしが出来なかった、お願い、この謎を解いて」

そう言うと、子どもは消えてしまいました。

ヤーニングは、慌てて眼鏡をかけて、辺りを見ますが、見つかりません。

玄関の鍵は、かかったままです。

急いで食卓に置いておいた本を開いて、興奮気味に呟きます。

「ついに来たわ、怪奇事件」

ヤーニングは、その日が来るまでに、何度も図書館に行き、手品師について書かれた本を読み漁ります。

やはり、どの本を読んでも、手品には、タネや仕掛けがあります。

そのことを謎にしたまま、拍手の数だけ金を浴びます。

「なんて、悪者」

眉間にシワが寄ります。

けれど、この手品師の持つ芸に、本当にタネも仕掛けも無いのならば、相手は、手品師の皮をかぶった、魔法使い。

「探偵の天敵」

いつもの本を開いて呟きます。

「この謎を解いたら、あなたを超えられるかな」

翌日。

ヤーニングの住む町にも、手品師がやってきました。

小劇場の前には、カラフルな看板が建てられています。

ヤーニングは、片手で眼鏡の位置を整えて、看板を見ます。

そこには、女手品師が、マジックボックスから首だけを出した子どもに、剣を突き刺している、おぞましい絵が描かれています。

脇に抱えていた本を開いて、口元に当てて呟きます。

「調査を開始するわ」

ヤーニングは、チケット小屋の女に、お金を払います。

チケットと、チラシを重ねて、手渡されます。

「あら、お嬢ちゃん、一人で観に来たの?」

ヤーニングは、頷きます。

「なら、良いことを教えてあげる」

女は、その紙に、正直に自分の事を書くと、次のショーを無料で楽しめるという、特別な方法を教えてくれます。

どんな子どもでも、楽しめるようにと、女手品師が考えたのだそうです。

謎を解くまでは、何度でも観に来るつもりだったので、好都合です。

女から、ペンを受け取ります。

チケットに書かれた、「三十四番の椅子」を見つけて腰掛けます。

前の椅子には、透明人間が腰掛けていて、見通しの良い幸運の席です。

チラシ裏の白紙に、正直に、名前、家の住所、家族のことを書き、大事に服のポケットにしまいます。

そうしていると、どこからか、おぞましい音楽が流れてきて、灰色の霧が出てきます。

舞台の上に、二人の美女が大きな水槽を滑らすように運んできます。

中には、女手品師が人魚のように閉じ込められていて、泡が水面に向かいます。

水槽に大きなマントがかけられて、バッと、開かれた時には、水槽の中には誰もいません。

舞台の上に瞬間移動したかのように、女手品師は、鳥のように手を広げます。

拍手を浴びている体は、仕掛けだらけの衣装でキラキラとしているだけで、濡れていません。
水槽の隙間で、体をワイヤーで吊されていたのだと考えます。

その後も、カラの箱から鳩が飛び出したりと、驚きは連続しますが、どの手品も本で読んだものばかりで、鼻で笑います。

ショーの終わりが近付き、最後の手品が始まります。

女手品師が、マジックボックスを滑らすように運んでくると、観客の中から、パンチパーマの子どもが、一人選ばれます。

子どもは、手を取られながら舞台に上がり、嬉しそうにマジックボックスの中に体を入れられます。

てっぺんから頭だけを出して、首より下は隠れていて見えません。

マジックボックスの腹の部分には、刺し込み口が、五カ所。

美女がクルリと回転しながら、手に持った切っ先を光らせます。

正体は剣。

女手品師は、言います。

「タネも仕掛けもございません」

手渡された剣をマジックボックスの、横腹の穴に突き刺します。

すると、子どもが絶叫。

観客は、眼を見開きます。

続けて、二本目が、反対の腹から突き刺されて、何故か、するりとは、刺さりません。

観客は眼を背けたり、興奮して観ます。

子どもの演技力には、驚きますが、貫通した切っ先から垂れているのは、トマトジュースでしょうか。

その後も、剣がグサグサと突き刺さります。

刺さる度に、子どもは萎れていきます。

観客の顔が真っ青になった時、美女が、どこからか持ってきた松明で、マジックボックスに火を放ちます。

炎上しながら、生首の皮は剥がれていきます。

ヤーニングは、あれが人形だと考えますが、子どもが、人形と入れ替わったのが、どの合間だったのかが分かりません。

観客の一人が絶叫をあげた時、暗転します。

次の瞬間、舞台に、照明を浴びたパンチパーマの子どもが、両手を広げて現れます。

観客は、眼と口を開けて、大きな拍手を浴びせます。

マジックボックスは、燃え続けていますが、女手品師と美女たちが、鳥のように手を広げて、おじぎをします。

興奮さめやらぬまま、幕が閉じていきます。

客は、あの子が助かって、本当に良かったと言いながら帰ります。

あの手品には、どんなタネと仕掛けがあったのでしょう。

ヤーニングは、小劇場から出ると、振り返ります。

もう一度観れば、謎が解けるかもしれません。

あの子どものように、「もっと近くで観れば」

脇に抱えた本を開こうとして、本を落とします。

砂埃をはたいていると、誰かに見られている気がして、寒気を感じます。

本を胸に抱きしめて、早足で家に帰りました。

家に帰ると、部屋の片付けをしていた、母親から叱れます。

「あんた、図書館の本を借りたままにしてるでしょ、この図書館の貸し出しカードを見たら、返却のサインがされてないから、直ぐに分かるのよ、次の本を読みたい人の為に、明日、その本を返してきなさい」

けれども、明日は特別な日なので、出来れば本を手放したくありません。

探偵は、周りの協力なしでは、事件の解決が出来ないので、相棒の存在は必要なのです。

けれども、凡人は、理解してくれません。

ヤーニングは、母親との話の途中でしたが、悲しそうに自分の部屋に帰ります。

部屋の机に本を置いて、何も言わずに表紙を撫でました。

翌日。

ヤーニングは、名残惜しそうに、図書館の棚に本を返します。

小劇場には、一人で向かいます。

チケット小屋の列に並んで、自分の番になると、自分のことを書いたチラシと引き換えに、チケットを受け取ります。

何故か、チラシは、もらえません。

チケットに書かれた番号は、前と同じで、三十四番。

椅子を見つけて、腰掛けます。

前の椅子には、赤い布がかけられていて、誰かの席です。

天井に仕掛けを探しながら待っていると、おぞましい音楽が流れてきて、灰色の霧が出てくる中、ショーが始まります。

驚きが連続して、このショーには、デジャブを感じます。

最後の手品が始まります。

女手品師が、マジックボックスを滑るように運んでくると、観客の中から、舞台に上がらせる人を一人選ぼうと、探し始めます。

ヤーニングは、これは、調査する良い機会だと、目立つように手を上げます。

女手品師は、赤い布の後ろの席に、三つ編みの子どもを見つけると、笑顔を見せて、近付いてきます。

手を取られながら、舞台に上がると、マジックボックスの中に入るように指示をされます。

入る際に仕掛けを探そうとしますが、美女たちの手際が良く、直ぐに、首以外は動かせなくなります。

女手品師は、剣を構えて言います。

「タネも仕掛けもございません」

ヤーニングは、切っ先の光を見て、眼を見開きました。

剣がトマトジュースの缶に、五カ所、穴を開けて、ボコボコと煮立てます。

これは、「灼熱トマトスープ」

次の瞬間、暗転。

舞台に、照明を浴びた、片方の髪だけを三つ編みにした子どもが、両手を広げて立っています。

「あれ、わたし、いつの間に」

幕が閉じると、ヤーニングは、首をかしげながら、小劇場から出て行きます。

客は、あの子が助かって、本当に良かったと、会話をしています。

外に出て、振り返りますが、あの手品のタネや仕掛けが、分かりません。

あの女手品師、本当に魔法使いだったのかも。

家に帰ると、キッチンでは、母親が夕食を作っている最中です。

夕食まで、まだ時間があります。

その後ろ姿をじっと見つめてから、いつものように言います。

「図書館に行ってくるね」

その声は、重なったように聞こえます。

家から出ると、図書館の前で立ち止まり、体から三つ編みの子どもが抜け出ます。

そのまま小劇場に帰っていきます。

ヤーニングは、首をかしげます。

すると、隣で声がします。

「ヤーニングくん、この世界には、解かない方が、しあわせな謎があるのだよ」

見ると、サスペンダーの似合う中年男が、ハンサムを気取って、遠くを見つめています。

それでも、ヤーニングは、謎を解こうとします。

これまでの事件を自分なりに解釈して、一つ一つ繋いでいきます。

死を受け入れない、おばさん。

大人の勝手。

タネも仕掛も無い手品。

三つ編みの子ども。

自分なりに解釈して、眼鏡に甘い涙が溜まります。

中年男は、ヤーニングに、顔をぐーんと近付けて訊きます。

「世界って、誰が作ったと思う?」

「一番上と下って、どこのことかな?」

ヤーニングは、口を開こうとしますが、中年男が、首を横に振ったので、片手で自分の口をおさえます。

「さぁ、ヤーニングくん、次の事件現場に行こうか」

まだまだ、この世界には、未解決事件が残っているのです。

いちいち泣いていたら、誰にも憧れてもらえないのです。

ヤーニングは、名探偵になれる素質を持つ、

しあわせな子どもでした。
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