弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり

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スライストの帰還

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 コロネが市井で活動している為、その代役は彼女の影としてブルーベルが動いていた。


 彼女の師匠タバサと、コロネの侍女であるアンナに徹底的に教育調教とも言えるを受けて。

 顔の印象は化粧で、所作は二人から(時々鞭を受けながら)指導されて。


「チンタラしてる時間はないんだ。公爵令嬢は付き合いが多忙だ。それくらいはブルーベルも分かるよな?」

「私のコロネお嬢様を代役となる気なら、最低ラインは譲れませんわよ。ただでさえ私だけ置いて行かれて、不服なのです。それなのに紛い物に仕えろだなんて、本当に(嫌ですわ)。ブツブツ……」


「勿論です。出来る限り努力致します」


 真剣なブルーベルの返事に、ダメ押す二人。



「当然だ。お嬢様に恥をかかせる訳にはいかないからな」

「努力? 出来ないと駄目なのよ。寝ないで覚えなさいな。若いのだから、2、3日寝なくとも大丈夫よ」


「はい。修得致します」 



 当然のように頷く二人に、ブルーベルに緊張が走る。

 これは教育開始から、半年経過した時の台詞だった。


 タバサに教えを受け多少マシになった彼女だが、まだまだ付け焼き刃で令嬢教育をなぞった程度である。
 ただタバサ式スパルタ教育とブルーベルの根性が加わり、かなり様にはなってきている。


 けれど…………。
 幼い時から学んだ身の熟しと、超記憶、そしてミカヌレと使用人達から学んだ、雑学が詰め込まれたコロネ。蓄積された知識は比べるまでもなく。

 甘やかされて愛玩道具ペットのように育ってきた、未教養のブルーベルには太刀打ちできる筈もない。
 親側からの教育の放棄は、貴族として生きる上で大きな瑕疵となる為、立派な虐待になるだろう。




 例えば紅茶を飲む時の指先の所作、カーテシーの際の優雅な動き、会話内容と声の出し方などは、経験を積むしかない。


 ただ商談やコロネをよく知らない者の前では、既に問題なく対応できており、それなりの評価は得ていた。


 問題は同世代や、その親達との関わりである。主にお茶会などの友人関係の構築と、その後に来る学園生活。

 ただでさえ今のコロネの立場は、(父が病気で母が看病設定で療養地にいる)両親と離れて暮らす令嬢である。祖父セサミの庇護があるので蔑ろにされないが、次期公爵家を継げるかは微妙と思われている。
 おまけのチェロスト子爵である叔父クリムが、公爵家に入り浸っている状態である。ただ散財などの悪い情報は、公爵家の隠密達が情報統制していることで、それほど出回っておらず噂程度だ。さすがの隠密達も、全ては防ぎきれない。


 その全てはコロネとスライスト、ミカヌレの為である。クリム夫妻を守る意図は微塵もないのだ。




◇◇◇
 そうして磨かれていくブルーベルに、時々顔を合わせるセサミも気付かない。

 最早コロネよりも、変装したブルーベルが会っている回数の方が多くなっていた。


 ブルーベルは、両親であるクリムとコーラスにも変装を解いて時々会うも、快楽に夢中の彼らは娘に関心はないようだった。

「おおブルーベルか。少し大きくなったか? 俺はこれから出掛ける。今日も一勝負して儲けるぞ! まあ負けても構わんがな。ワハハッ」

「あらブルーベル、いたのね? 私はお友達とデートよ。スマートで格好良くて優しい方なの。え? 勿論殿方よ。これは貴族婦人の嗜みなのよ。貴女も大人になれば分かるわ。じゃあ、行って来るわね。夕飯は……ふふっ、いらないわ」


 そんな感じで、行動を詮索されることもなかったブルーベル。けれど自分の親ながら、どうして人様公爵家の金を使えるのか理解に苦しむ。

 そう思えるのは、彼女が正常な感覚を身に付けたからだった。

 今さらどうやって、両親を止めて良いかも分からない。既に手遅れの気もして、息が詰まるようだ。



 彼女ブルーベルは玄関から馬車を見送った後、顔を上げて空を見た。

「今は自分ができることをしよう。せめてこんな私を許してくれた、コロネ様と公爵家の為に頑張ろう!」

 そう呟いて、涙を堪えて公爵邸に入るのだ。

 弱音を吐かず任務に食らい付くブルーベルは、隠密達に認められつつある。


 特にタバサは、根性のある子が大好きだ。

 アンナもそう。
 最初はコロネに意地悪だった、ブルーベルのことが嫌いだった。けれどブルーベルとの関わりを深め、彼女を認めることにしたのだ。


「過去の過ちは許します。貴女も私達の仲間よ」

 その言葉を直接ブルーベルにも伝えた。だってアンナは嘘がつけないから。
 

「あり、がとう、ござい……ます。アンナさん、グズッ」

「お礼なんていらないわ。仲間は平等だもの」



 その様子に、隠密達の眼差しも優しかった。
 タバサも少し泣いていた。


 ブルーベルが地下の拷問部屋で、タバサにより『他家の黒歴史本当にあった怖い話』を聞いてから3年が経っていた。





 コロネは食堂の2階に拠点を移し、用がある時はレイアーが訪問してる。執務はスライストが行っており、ミカヌレも補佐していた。

 ミディアは変わらず公爵邸に訪れ、温室を見学したり、専門的な知識を持つ公爵家の庭師へ師事し、珍しい植物の手入れを手伝っている。
 ブルーベルのことは好ましく思っていたが、憧れのようなものから大きくはならず、今では友人関係に落ち着いていた。

 コロネの事情を聞き、婚約者候補としての関係は持続しているが、彼の関心の多くは植物に向いていた。
 彼の護衛に慣れた従者達には時間まで街で過ごして貰い、ブルーベルをすぐに解放し彼も庭師へと走って行く日々。




◇◇◇
 そんな状況の中、スライストとミカヌレが公爵邸に戻って来た。

「「「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」」」

 使用人達は玄関に整列し、一糸乱れぬ動きで礼をする。



「みんなに心配かけたね。もうすっかり元気になったから、バリバリ頑張るよ」

「今まで負担をかけてごめんなさいね。これからは私も、いろいろ立ち向かっていくわ」


 そんな場面に現れたのが、コロネに変装したブルーベルだった。


「お父様、お母様。ご無事で何よりで御座います。私、ずっと信じてました。うっ、あ、泣いてはいけないですよね。嬉しいことなのに……」

「良いのよ、ありがとうコロネ。(本当のコロネより所作が美しいわ。努力したのね、ブルーベル)」

「ああ、立派になったね。今までありがとう」


「そんな……こちらこそ、ありがとうございます」


 涙で抱き合う三人の姿は、まるで美しい絵画のようだ。

 ミカヌレに小声で褒められ、本当に嬉しくて泣き出すブルーベルに、スライストとミカヌレも姪として優しく抱きしめたのだった。


 そんな光景を見て慌てる、クロダイン公爵とミズーレン伯爵の泳がされていた隠密達。

「嘘だろう? 何で今さら戻って来たんだ。早速報告に行かなければ!」

「病気は治ったのか? それとも情報は嘘だったのか? ああ、荒れるぞ、これは!」



 ミカヌレの出奔もスライストの事故も、レイアー達だけに情報が集められ、泳がされている他家の隠密達には、真実を何も知らされていなかった。

 本日戻ることも初耳だった程に。



 そしてもっと焦ったのが、夜間にご機嫌で帰宅したクリムとコーラスだった。


「何で今さら。俺はどうすれば良い?」

「嘘でしょ? 偽者なんじゃないの?」

 小声で呟きあう夫婦に、笑いを抑える側にいる隠密達。



 信じられないとばかりに醜悪な顔で、スライストと顔を合わせるクリムとコーラス。

 そこにメイクを落としたブルーベルも訪れた。

「伯父様はご病気が治ったそうよ。お父様、良かったですね」

「あ、ああ。本当だ。元気になって何よりだ」

「ええ、ええ。本当に良かった」


 スライストは全てを飲み込んで、「ありがとうクリム、コーラスも。じゃあもう遅いから、詳しい話は明日にしようか。ゆっくり休んで」と、微笑んで部屋に戻るのだった。
 






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