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マイナリーの場合 後編
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「お嬢さん。国王にムカつくのは分かりますが、短慮は禁物ですよ。もしマイナリー様と王子の婚約を打診されても、怒りを抑え考える時間を引き出すことを優先して下さい。
その間に私と、侍女のアイリスで調査を行いますから。奴らがマイナリー様に目を付けた目的を」
納得できないアメルダだが、信頼を置くクラウディに言われれば応じるしかない。本当は今すぐ殴り込みたい気持ちだったが、いくら前伯爵夫人だとしても許される行為ではないからだ。
「分かった。……報告を待つことにするわ」
渋々ではあるが応じた様子に、クラウディは安堵する。自分のことには我慢ができるアメルダだが、娘達(メロディ含む)のことになると、我を忘れる傾向があるからだ。
(取りあえずは良しとしましょう。早急にアイリスと合流しなければ!)
執事のクラウディは、怒りで国王を殴り倒しそうな形相のアメルダに、冷静になるように諭し成功した。
マイナリーの侍女であるアイリスは、アメルダの父ブリザードが手配した隠密の一人だった。彼女は、マイナリーが生まれた時からロゼクローズ伯爵家で彼女を守ってきた、もう一人の母的存在である。
未だアメルダはクラウディのことと同様に、隠密の存在を知らないままではあるが。
呼び出しの登城までに、後3日。
アイリスから報告を受けたブリザードは、トークラシャ王国にいる隠密達へ、国の内情を知らせるように連絡を送った。
「全くあの国は、いつも騒ぎばかり起こしおって。我が国の公共事業(特に子供に関する福祉)が充実しているからと、自国から貴族の庶子達を捨てに来ているのは知っておるぞ。
自分達の国では福祉政策をせずに、孤児達が悲惨な目にあっているのに、改善もしないで。ほんに嘆かわしい。
それでいて見目が良く育てば、親切面をして引き取って行くと言うのだから。厚顔無恥とはあの国の高位貴族のことを指す言葉だわい」
子爵家でありながら大商会を維持するブリザードは、若い頃から秘密裏に福祉事業に力を入れてきた賢人と呼ばれる者の一人だ。
この国の福祉が充実しているのは、国より先に彼が先導してきたお陰だと言っても過言ではない。
「俺は生まれた場所で、未来が決まるのは納得がいかん。何も持たない孤児が惨めに生きるのは、為政者のせいだと思う。
神の言うように転生と言うものがあるなら、俺は俺の為にチャンスがある場所を作ろうと思う。
この国に生まれるなら、たとえ親がいなくても心配なく生まれて来られる場所をな」
けれどそのせいで陞爵しそうになり、名を伏せることにしたのだ。下手に爵位が上がって国にあれこれと命令されるなど、面倒でしかない。
特に使用人については、素性は無視して実力で雇い入れている為、脛に疵持つ者がわんさかいる現状だ。
「王家の介入する高位貴族にはならんぞ。下位貴族のままで動く方が商売もしやすいからな。ワハハハッ」
さすがはアメルダの父である。彼女の血の気が多いのは父親譲りだった。ちなみにアメルダの母マリリアールは平民である。
……平民なのだが、プラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳を持ち、素晴らしく美しかった。
幼いブリザードが孤児院へ慰問に訪れた際、ならず者に拐われそうだったマリリアールを助けたのは、彼と彼の護衛(隠密)だった。お察しの通り、護衛の働きが主である。
けれど護衛は主人の命令なくは動かない為、間接的にブリザードの働きになる。
「君、大丈夫かい? 怪我はない?」
ブリザードの優しい声を聞き、泣きながら彼にすがり付くマリリアール。
「怖かったよぉ。ありがとう、お兄ちゃん」
その言葉と乙女の麗しの涙で、ブリザードが庇護欲と共に撃沈。
美しいマリリアールが二度と拐われる危険がないようにと、子爵家で預かることになった。
名目上彼女はメイドとして働くことになったが、何れの者が見てもブリザードが好意を持っているのは明確だった。
常に照れながら声をかけて、お菓子を入れた包み等を渡していたからだ。彼女も恩人であるブリザードに好意があり、共に過ごすことで愛情は育まれていった。
ブリザードの両親は、元冒険者として世界を旅する武闘派だった。家を継ぐはずの長男が、男爵家の庶子と駆け落ちして離脱し、ブリザードの両親が繰り上がりで当主になったのだ。
そんな彼らだから、親しい男爵へマリリアールを養女の籍に入れて貰い、偏見なくブリザードの嫁にした。
「純愛なんて素敵よ♡ ねえ、貴方?」
「マリリアールは賢くて優しいから、お前も裏切るんじゃないぞ。そうなった時は、俺はマリリアールの味方になるからな」
「まあ、ジャックったら。じゃあ、私もそうする~」
「ジュリアのそう言うノリ、好きだな」
「まあ、ありがとう♡」
元々中継ぎだと思ってるブリザードの両親は、貴族っぽくなく未だに冒険者の意識が強い。
そんな彼らだから駆け落ちした兄であるフレックのこともあっさり許し、フレック夫婦とその子供達にトークラシャ王国の商会支店を任せている。
ジャックはその際、フレックにも隠密を付けていた。他国で生きていける手助けをする執事や侍女として、優秀な人材を複数人。
その彼らの代表は今、トークラシャ王家で得た情報を現子爵家当主のブリザードに伝える為に、彼の手紙が到着した数刻後には馬で駆け抜け、暗い海を小舟で(密入国で)渡り、最後は人気を避けて一心不乱に走ったのだ。
「ブリザード様。お呼び出しにより、ただいま到着致しました」
慇懃に挨拶した隠密のイキスラに彼は頷き「急で済まない。その分謝礼は十分に渡すから許せ」と、労いながら報告を受けたのだ。
布袋いっぱいの金貨に、疲れも吹っ飛んだ。
一気に粋の良くなったイキスラは、順を追って丁寧に話をしていく。
報告内容は想像以上に酷いもので、吐き気を覚えるほどだった。
「国王が愛人と共謀し、王妃を貶めて殺害。生まれた子はこの国に捨てられているんだな。そして愛人は新しく王妃になった訳か。アカシア公爵家の力も強く、他貴族が抵抗も出来ないと。最悪だな。……そうか、王子達は協力者が欲しいと言う訳か。ならばやりようはある。
ご苦労だな、イキスラ。部屋は用意してあるから、ゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
共に話を聞いていたアイリスに案内を受けるイキスラは、礼をして部屋を後にした。
そしてもう一人、共にいたクラウディは拳を握りしめて悔しげに呟いた。
「カルデナ様は平和協定の為に、ダンジアナ王国から5歳で、嫁がれた才あるお方でした。私が知るあの方は泣き言も言わず、他国で学びを深める立派な淑女に見えました。それからまもなく私はこの国に来た為詳細は知らぬままでしたが、惜しい方を亡くしたものです」
「そうか。そんなに素晴らしい王妃さえ、国王は欲で殺したか……。その国王は、もう駄目だな」
「はい、旦那様。私もそう考えます」
ブリザードは深く頷き、王妃へ手紙を手早く認めた。
「悪いがクラウディ。この手紙を王妃に届けてくれ。彼女なら分かってくれるだろうから」
「はっ、承りました。確実に読むまで、影から確認して参ります。では御前失礼致します」
クラウディは月の隠れた闇に消えた。明日は謁見の日となる。
彼は王妃の寝室のベッドに、手紙をそっと置いて天井裏に隠れた。
部屋に入った王妃は、一瞬怪訝そうにベッドにある封筒を見たが、その封蝋を目にして安堵の表情を浮かべる。
「ブリザードが直々に動いたのね……。用件は予想がついてるわ。居るんでしょ、彼の使いの者が。今返事を書くから、急ぎ持っていって頂戴!」
彼女はブリザードの友人だった。彼はマリリアールが共に過ごした孤児の友人達の心配をする為に、福祉事業に力を注いでいたことを知っている。
本当は伯爵に陞爵して、王家の力になって欲しかったが逃げられた。
当然彼らの隠密達のことも知っており、王家の隠密と協力して貧民街の後ろ暗い輩を共に追い出し(一部亡き者とし)、平和な地区を作り上げたのだから。
国王と王太子には、そのことを知らせていない。
下手に隠密の存在を知れば、彼らは悪い方向に力を使う可能性が拭いきれないからだ。
それは前国王夫妻と相談した結果なので、王妃の一存ではない。
もし知っていたならジャンバルデの件でも隠密を使い、不正をする可能性もあっただろう。
前国王夫妻は、自分の息子リーフ(現国王)を信じていなかった。懸命に教育しても駄目だと悟っていたのだ。かと言って弟サンダー(現王弟)に王位を譲位すれば、派閥で国が分断しかねない為、全てを現王妃に委ねたのだった。
「苦労をかけるエクレアよ。その分、そなたのする国の采配に口は出さんし応援する。リーフはお飾りにしても良いから、国を頼む。お願いだ!」
「私からもお願いよ。国が滅びるのを助けるのは、貴女しかいないの」
国王夫妻に土下座されそうになり、慌てて止めるエクレア。
「お、お任せ下さい、お義父様、お義母様。私はこの国をもっと良くしていくことをお約束します!」
勢い余って野心を晒したエクレアは、はっと口を閉じたが既に遅かった。
「それは素晴らしいな。そなたが嫁いでくれて良かった。この国の今後も安泰だな」
「ほんに感服ですわ。優秀で向上心もあるなんて。息子がアレでも何とかなるかも……」
彼らが求めるのは私欲ではなく、あくまでも国の安寧だった。はらはらと泣き崩れる義両親を、言葉なく見つめるエクレアは決意を新たにする。
(やっちゃって良いの。私が目指す国作りを? ずっと生家では、女は慎ましく前に出るなと言われてきたのに。でしゃばるなといつも窘められたのに。良いのね!)
そして、ちょっと喜んだ。
そんな感じで好きなように、国を牛耳って来たのである。
けれど国王であるリーフが馬鹿過ぎて、失言や愛人問題等を度々引き起こしていた。王太子となる息子は素直で良い子だが、父親に感化される時があり困っていた。既に妻子がいるのに、父を真似て愛人を作ったりと頭が痛い。
夫と息子の足を引っ張られながら後始末まで手配し、エクレアは頑張ったのだ。
そんな残念な王族達(家族)を知る彼女は、爵位や血筋等を最早気にすることもなく、実力主義で人材を雇っていく。ブリザードと理念が似ていたからこそ、友人となったのだ。
時には人材を奪い合う程に。
それを知っている隠密達は、仲が良かった。
「いっそこの二人が夫婦なら、面倒もなかった気もするな」
「馬鹿言うなよ。こんな我の強い人間が二人も揃って、反対意見なんて出てみろ。誰も収拾がつかないだろ!」
「そ、そうかな? 話し合いすれば良いんじゃない?」
「どっちが折れるんだよ。恋愛感情もなくて、自分の意見を曲げるのかよ? あの人達が」
「そうかもな。じゃあ、今で良いのか?」
「たぶんな。離れていた方が意見を聞き入れられるだろ?」
「まあ、そうかもな」
なんて下らないことを言い合える間柄だった。
時々呑みにも行っているし。
そんなブリザードとエクレアのやり取りは、恙無く交わすことに成功し、明日を待つことになった。
◇◇◇
翌日の王宮。
謁見の間に通されたロゼクローズ伯爵家と、チュートリナ公爵家。
トークラシャ王国からはクリフティーとエルメルダが、微笑みながら待っていた。
ロゼクローズ伯爵家からはマイナリーとアメルダ、チュートリナ公爵家からはアルバートと公爵マギス、そして公爵夫人のグレースだ。
数段高い場所に座る王妃エクレアは口元を扇で隠し、国王リーフは謁見の前から土気色の顔を晒していた。王太子のヴァルサは、今回は王妃の命令で欠席(出てこないように)させている。
それぞれが挨拶を交わした後、王妃は馬車乗り場まで彼らを誘導した。
「お茶も出さずに悪いけれど、貴方達には紹介したい人がいるのよ。話はそこに付いてからするわね」
3頭立ての大きな馬車が2台待っており、王妃と公爵夫妻とアメルダ、子息と息女達が乗り合わせることになった。
何故かリーフはその場に残り、エクレア達を見送ることになった。
「あの人は行かない方が良いと思うのよ。私に怒られて、お義父様とお義母様にも怒られて、豆腐メンタルが傷ついているから。
それよりも婚約に水を差す形になって、ごめんなさいね。クリフティーとエルメルダが何を言っても、マイナリーとアルバートは渡さないから。
それにトークラシャ王国の現状を共有しておこう思って、この馬車分けにしたの。それはね………………」
暫し話を聞く、マギス達は驚愕する。
「そんなことがあの大国で起きているなんて」と。
その後にエクレアは言葉を続ける。
「もうこれで私達は運命共同体ね。協力もよろしく~」
軽いノリ彼女とは違い、マギス、グレース、アメルダは「そんな国家機密を話すなんて、嘘でしょ!」と血の気が引く思いがした。
けれどその殆どが、アメルダの父ブリザードからの情報だと知れば、彼女は卒倒するだろう。
◇◇◇
一方マイナリーとアルバート、クリフティーとエルメルダの乗る馬車は、緊張に満ちていた。
マイナリーの向かいに座るクリフティーは、優しい瞳で彼女を見つめていた。エルメルダもアルバートをアルカイック・スマイルで見ていた。
その様子にアルバートは横に座るマイナリーの手に自らの手を乗せて、冷笑をクリフティーに返す。
「私は第二王子だから、主に外交を担当しています。今回この国に来たのも、関税を下げて貰うことが目的でした。
ロゼクローズ嬢は数か国語を話せる才女で、領地の経営や学校運営に力を入れていると国王様から話をお聞きしました。素晴らしいことですね」
アルバートの圧に屈することなく穏やかさを崩さないクリフティーは、さすがに場数を踏んでいるようだ。
マイナリーも無視は出来ず、返事を返す。
「お褒め頂き光栄です。ですが私よりも優秀な方は、たくさんおりますわ。こちらのチュートリナ公子は、語学も私より堪能で優秀なのです」
微笑みながら話すマイナリーに、自然と頬が緩むアルバート。
(マイナリーに褒めて貰えた。嬉しいな。ってそんな場合じゃないのに。でもなぁ、滅多に人を褒めない彼女が、僕のことを……良いなぁ、こういうの)
女性の友人ならば褒めることもふざけることもあるが、誤解を避ける為に友人と言えど男性には、褒める言動等はしていなかったのだ。
今回はお互いの気持ちが通じたことで、初めてこのような言動になった。アルバートがデレるのも、仕方がないことなのだ。自然に手にも触れたことだし。
その反面でエルメルダは、愛だの恋だのはくだらないと思っていた。
(どうせ王命にでもなれば、別れることになるのに。まあ、トークラシャ王国は今それどころではないから、婚約者候補くらいになるでしょうけどね。所詮大国には小国が逆らうことはできないのよ)
そう考えつつも、役目は果たす彼女。
「ええ、そうなのですか? 私は語学が苦手だから、アルバート様のような方が伴侶になってくれると嬉しいわ。ねえ、お兄様」
「そうだね。公子が妹の婿になれば、私も嬉しいよ」
「ねっ、そう思うでしょ。うふふっ」
「文武両道で友人も多いのだとか。我が国に来て貰っても、この国に妹が嫁いでも安心だ」
彼らの勝手な物言いに横入りもできず、じっと手に力が入るマイナリーとマイナリー。
そんな中で、馬車が到着したのだ。
◇◇◇
到着したのは伯爵領の孤児院だった。
王妃が先触れを送っていたのか、到着時には門の前にシスターと女の子が待っていた。
彼女を見たクリフティーとエルメルダは、彼女を見て息をのんだ。
「王妃様、彼女はいったい。いいえ、それは愚問ですね」
「もうおわかりでしょ。そうよ、彼女はバルセナ様ですわ。貴国からこの伯爵領の噂を聞いて、わざわざ捨てていったのでしょう。……それか家臣が気を利かせて、少しでも良い環境をと望んだのでしょうか?」
シスターには事情を伝えたが、リーサ(バルセナ)は何も知らない。だからこそ疑問だけが過る。
「私のことを知っているの? 貴方達は誰なのですか?」
亡き母と面差しの似た、生まれた瞬間に離れてしまった妹。父は違えども、妹であることは確かなのだ。
「あぁ、似ている。母上に……」
「私の妹なのですね」
◇◇◇
突き付けられた事実に、愕然としたクリフティーとエルメルダ。馬車で訪れた一行と共に応接室に案内され、先程の続きをエクレアから伝えられる。
但しリーサ(バルセナ)には衝撃が強い為に、後で個別に話すことになり、別室で待機して貰うことになった。
バルセナは今、リーサとして暮らしていることや、天涯孤独でも真面目に学問の習得に励んでいること等、日常のことから。
亡き王妃カルデナのオレンジの髪と朱の瞳を持って生まれた為、国王から不義の子だと詰られクリフティー達は顔も見ることさえ許されず、離されていった妹にここで会えたのだ。
そして知らされていなかった、母親に強要された望まぬ(人工受精での)妊娠に、不義の子を生んだとして貶められた名誉、出産後に殺されたこと等も詳細に伝えられた。
「本当のことなのですか? だってこの話は私達ですら知らないのに、他国の貴方達がどうして?」
「そうよ。想像で言うのならば、訴えられてもおかしくない内容よ。責任を持てるのかしら?」
初めて聞く恐ろしい数々に、訝しげな顔のクリフティーとエルメルダ。
だが王妃は声のトーンを落とし、静かに語り続ける。
「大国でないから余計に隠密や商人達は、他国の情報を必要とします。どこの国でどんな危険があるのかを知ることで、対策を取る為です。我が国の隠密は優れている為に多くの情報を得ていますが、他国とて無関心ではないでしょう。
カルデナ様が亡くなり、愛人の公爵令嬢が後妻に入った事実と、国王が国政を放り出して王太子が寝る間もなく働いている事実は、調査せずとも知られているわ。
国政を一手に担っていたカルデナ様が、子供達を愛していたあの方が過ちを起こすなど考えられない。
そしてもう一人、貴方達に会って貰う人がいるの。
待たせてごめんなさい、マリリアール入って頂戴」
中扉(室内にある隣と繋がる扉)から、60代くらいの女性が現れた。
「え、ええ! お母様ではありませんか? どうしてここに?」
アメルダは母の登場に驚くと共に、クリフティーとエルメルダに似ていることに気が付いてしまう。
「王妃様、まさか、お母様はもしかして……」
「調査の結果。トークラシャ王国の前国王と側妃の間に生まれ、拐われた王女だと判明しています。3歳の彼女は自分の名前を覚えていました。
……クリフティー様とエルメルダ様の血縁者(叔母)になりますね」
エクレアは彼らの知らないことを次々と告げていく。にわかに信じられない事ばかりだが、他国の王妃が戦争にもなりかねない発言をする訳がないと瞬時に判断する。
周辺国の共通認識でこのファルマー王国は、エクレアが回していると知られていたからだ。
「どうやら、全て本当のことのようです。バルセナもマリリアール様も、私達の血縁。そしてマイナリー様がどことなく母に似ているのも、我が国の貴族の血が入っているせいかもしれませんね」
考えが纏まらず頭を抱えて苦悩するクリフティーに、エルメルダは彼の両手を握りしめて「大丈夫ですわ、お兄様。私がおります。私が何とかしますから」と泣きながら声をかけている。
馬車の中で話を聞いていたアメルダと公爵夫妻も、マリリアールのことは初耳だった。マリリアールがトークラシャ王国の王女であり、アメルダにもトークラシャ王国の血が流れているなんて。
◇◇◇
全体的に重々しい空気の流れる中、マイナリーだけが目をキラキラとさせていた。
「お祖母様は孤児だと聞いておりましたのに、大国の王女様だったのですね。身元が分かって良かった。故国はトークラシャ王国ですか。肌が白くて美しいのはそのせいだったのですね!」
マイナリーは領地や孤児院等で、様々な人生経験を持つ者を見てきた為、鋼のような強メンタルの持ち主になっていた。
孤児が寂しい思いをしているのを知り、身元が分かることは孤独から救われるように思っていたのだ。
勿論悪人や嫌な人と血が繋がっている時は、辛いこともあるだろう。けれど自分のルーツを知れることは、それ以上に価値があるように思えた。
「もし親が見つかって嫌な奴だったら、思いっきり文句を言って縁を切っちゃう。でも理由があったなら、聞いてあげても良いけどさ」
孤児院で聞かれるこんな言葉。
嫌な奴でも親の顔をみたい希望はあるのだ。
そんな希望は殆どが叶わないけれど。
そんな時の気持ちが、つい口に出てしまったのだ。
その後の沈黙で、不適切だったかもしれないと焦るが、アルバートが肯定してくれた。
「そうだね、マイナリー。君の美しさのルーツは、トークラシャ王国にあるのかもね。僕のお姫様!」
「もう、アルバート様。お姫様はお祖母様だけですよ。でも今さら分かっても、トークラシャ王国にお祖母様は返しませんよ。大事なファルマー王国の、私の大事な人ですからね!」
「勿論さ、マイナリー。彼の国は、捨てたことを精々後悔することになるね。マイナリーのような、素敵な女性が生まれる機会を逃したのだから」
「もう、もう、もう! 今日のアルバート様は少し変ですよ。あまり褒められると……ドキドキして困りますから、もう止めて下さいね」
「僕の声でドキドキしてくれるなんて、すごく嬉しい。もっと僕を意識して。君を好きなことを分かってくれるように」
「もう!(恥ずかしい~)」
初々しい二人(照れてるのはマイナリーだけ)は、あえて空気を読まず場を和ませていた。
(そうだ、遠い異国で血縁者に会えたのだ。今だけは出会いを喜んでも良いだろう)
そんな気分にさせてくれたのだ。
マリリアールとリーサ(バルセナ)には顔を合わせたことはないけれど、髪や容姿が親近感を感じさせた。
「マリリアール様を見ていると、懐かしい気持ちになるのです。ここで会えたのも何かの縁だと思いますので、お話をさせて貰っても良いですか?」
「私も良いでしょうか? トークラシャ王国には信じられる者が少ないのです。是非、力をお貸し下さい。おば様」
クリフティー達の提案にマリリアールは頷き、「ありがとう二人とも。私に出来ることなら、手助けするわ」と嬉しそうに伝えていた。
母の微笑む姿に、アメルダも手助けしてあげようと思うのだった。
今さら年老いた自分がトークラシャ王国に行っても、戸惑われるだけだろう。前国王と側妃であった両親は、以前に調査した時には既にこの世にはおらず、他に会いたいと思える者はいなかった。それでも甥や姪と繋がりが持てるのは、何となく嬉しいと思えたのだ。
側妃の子であるマリリアールが拐われたのは、当時の国王が王妃を蔑ろにした報復だった。だが王族の命を奪うのは憚られ、遠くの国 (ファルマー王国)へ捨てたらしい。
その部分は言わない方が良いわねと、エクレアは判断した。だって彼らは王妃の直系だから。
何の因果か今度はリーサ(バルセナ)が、国王に捨てられてしまったが。
(どこの国でもいろいろあるわよね。私だって、国王の代わりに国政を担っているのだしね。
でも……タガネメ国王嫌いだわ。細胞レベルで無理。まだリーフの方が愛せるわ!)
そんな感じで様々な思いが交錯する中、エクレアの公開暴露は終了したのだ。
◇◇◇
その後エクレアはリーサ(バルセナ)に、「貴女はトークラシャ王国の王女なのよ」と伝えれば、王女でありながらここにいる理由を教えて欲しいと言う。
「何か捨てられる訳があったのでしょ? 今さら何を聞いても、たぶん驚かないですから。お願いします、聞かせて下さい」
躊躇するエクレアにリーサ(バルセナ)は、ビランゼル公爵家の庶子であるマークのことを伝え、自分も真実を知りたいのだと、真剣な眼差しを向けた。
マークは10歳で、彼女はまだ7歳だ。
けれど年少時は女の子の成熟は早いと思い、素直に打ち明けることにした。
「そんなこと(人工受精なんて技術)があるんですね。でもお母さんは丈夫に私を生んでくれたし、クリフティーさんとエルメルダさんもお兄さんとお姉さんと呼んで良いって言ってくれたし、それが分かって嬉しいです。うっ、うっ、ぐすんっ、うっ、泣きたくないのに、なんで、何か涙が止まらないよぉ」
その顔を見たマリリアールは、思わず彼女を抱きしめた。
「リーサちゃん。私もトークラシャ王国の王女らしいの。幼い時に誘拐されてこの国に来て、孤児院にいたのよ。だから私と貴女は親戚になるわね。もし良かったら、私の養女にならない? とても他人と思えないのよ。娘とも相談したから、大丈夫よ」
「良いのですか? 私の家族になってくれるの?」
「ええ、勿論よ。リーサちゃんさえ良ければね」
「……お願いします。家族になって、一緒にいて下さい」
「ええ、ええ。一緒に暮らしましょう。私の夫も優しい人よ。きっと楽しくなるわ」
「うえ~ん、ありがとう。ありがとうございます」
「私の方が嬉しいわ。こんなに可愛い孫が出来るのだもの。よろしくね、リーサ」
「はい、よろしくお願いします。おばあ様」
今日はリーサの記念すべき日になった。
だって家族が出来たのだもの。
彼女はマリリアールとブリザードの養子となり、リーサ・ガラナント子爵令嬢となった。
ブリザードはリーサとはしゃぐマリリアールが楽しげに笑い、以前よりも若々しくなったことで、リーサに心から感謝していた。
(生き生きしている君は、美しいよ。マリリアール♡)
今後も勉学を学び作法を身に付ければ、貴族のお茶会に参加することになる。そうなればまた、マークと会うことも出来るのだ。
もし二人が思い会えば、高位貴族の養女になり嫁ぐことも可能になる。まあ、それはまだ未来のことだ。
貴族になっても定期的に孤児院に訪問する彼女は、子供達に絵本を差し入れて、優しい声で読んであげている。以前と変わらず優しく可愛いので、大変人気がある。
マークにも、マークの義母レアンセルにも時々孤児院で会い、嬉しすぎて頬が緩んでいるのは内緒だ。
(レアンセル様は孤児の私にも優しくて、憧れていた女性なの。それにマークにも普通に話せるようになったし。嬉しいなぁ)
貴族になったマークに一方的に感じていた、貴族と孤児の隔たり(貴族のマークに、近付いちゃ駄目だと思う気持ち)も感じなくなり、明るい気持ちになれた。
マークからすればリーサは、何があっても変わらない大切な存在だから、心配等いらなかったのだが。
◇◇◇
そしてクリフティーとエルメルダに対しては、ガラナント子爵家、ロゼクローズ伯爵家、チュートリナ公爵家が支援を約束した。非公式だがファルマー王国も、彼らの味方に付いた。
トークラシャ王国とファルマー王国にいる隠密以外にも、ブリザードの放っている隠密は、商会の数だけ存在している。
基本金払いの良いガラナント商会は、信用されているので裏切り者は少ない(でも皆無ではないが)。
今後はカルデナの故国ダンジアナと協力し、王太子ニルスを脱出させた後、王位を奪う計画を立てている状態である。
今はニルスの政務を手伝う為に、多くの隠密が城に潜入し、地盤を固めている。
トークラシャ王国の隠密はタガネメしか動かせず、ニルスには権限がないとのことだが、ブリザードの隠密が文官と護衛を兼ねる為、安全は確実に守られる筈だ。
タガネメとカーマイン、カーマインの生家であるアカシア公爵家は権力を悪用し、多くの貴族に迷惑をかけ嫌悪されている為、城を攻める前に決着が付くかもしれない。
クリフティーとエルメルダは時々交易(貿易)がてらファルマー王国に遊びに来て、バルセナから完全にリーサになった妹やマリリアールと交流している。
王太子ニルスに味方ができたことで、彼に課せられた政務も大幅に減り、穏やかに過ごせているそうだ。
いつか兄もここに連れて来て、気がねせずにゆっくりお茶を飲ませてあげたいと思っているエルメルダ。
彼女は完全にアルバートから興味をなくし、今はブリザードの商会経営に興味を持っていた。時々しれっと売り子もしている。
(バリバリと仕事を熟して、経済的に自立する男って良いわよね。貴族なんて立場によっては、すぐに没落するし。やっぱり結婚するなら、金のある誠実な人よ!)
彼女の選ぶパートナーは、貴族ではないのかもしれない。やけに具体的だし……。もう手中の相手がいるのかも。
そう言えば最近、熱心にボブのことを見てるようだ。彼はまだ商会の見習い定員(16歳)だ。筋肉モリモリで、よく荷運びをしている。
もしや彼女も筋肉信者か?
彼女の美貌なら、たぶんイケる筈だ。もうすぐ19歳になるけど、エルメルダなら大丈夫だろう。
クリフティーがマイナリーに抱いた淡い感情は、後から振り返れば確かに恋だった。けれど一瞬でアルバートに持って行かれ、完全に当て馬ポジションに。
彼はそれに気付いていないが、マイナリーとアルバートにとっては、クリフティーは恋のキューピッドだった。
アルバートは非常に感謝しており、チュートリナ公爵家が彼の協力者になったのは、ちょっとした恩返しなのだ。
「アルバート様、今日は美術館に行く日ですね。楽しみです」
「そうだね。でも僕は君がいれば、それだけで幸せだよ」
「まあ、冗談ばかりですね。ふふっ」
「本当なのにな~。まあ、良いか」
腕を組ながら歩く二人は、熱愛カップルとして羨ましがられている。あの硬派なマイナリーの変化にみんなが驚いていた。
お化粧と美容とワードロープに本気を見せたマイナリーは、以前に増して美しくなり磨かれていた。それを引き出したのはアルバートだと囁かれ、彼の評判もうなぎ登りだ。
二人の結婚も近いだろう。
◇◇◇
そんな二人を温かく見つめる、メロディとマロン。
「ようやく、アルバートの気持ちが伝わったな。お互いに好意があるように見えたから、ヤキモキしていたんだ。……この俺が思うのもなんだけどさ」
照れて俯く彼に、優しく囁くメロディ。
「やっぱりマロン様は優しいですね。私もお姉様が楽しそうに着飾るのが嬉しいんです。やっと何かから解放されたみたいで。私も幸せな気分になれるんです」
「俺も……幸せだよ」
「ふふっ。一緒ですね」
顔を真っ赤にするマロンに、心が満たされていくメロディ。彼女はもう孤独になることはないだろう。
◇◇◇
幸せな二人を確認し、クラウディの平穏な日常は戻ってきた。けれど憤ったアメルダの表情を思い出し、「美しかったなぁ、あの時のお嬢さん」と妄想に耽っている彼は、若い娘達 (メロディとマイナリー)に先に結婚されそうである。
彼の恋模様は次元が違うのか、ただのヘタレなのかは見る者によって評価が分かれるという。
ただ女性陣からの評価は、『ヘタレ』一択である。
「早く告白しないと、誰かに取られちゃうわよ」
なんて冷やかすのは、まさかのマイナリーだった。
彼女はいつも母のことを考えてくれるクラウディのことを、かなり高く評価している。だからこそ自分と似たところのある彼に、発破をかけようと思ったのだが……。
未だに父を密かに見に行く母を見ると、さすがにクラウディが可哀想になってしまう。陰ながら護衛するクラウディに、「頑張って」と心から応援するマイナリーなのだった。
その間に私と、侍女のアイリスで調査を行いますから。奴らがマイナリー様に目を付けた目的を」
納得できないアメルダだが、信頼を置くクラウディに言われれば応じるしかない。本当は今すぐ殴り込みたい気持ちだったが、いくら前伯爵夫人だとしても許される行為ではないからだ。
「分かった。……報告を待つことにするわ」
渋々ではあるが応じた様子に、クラウディは安堵する。自分のことには我慢ができるアメルダだが、娘達(メロディ含む)のことになると、我を忘れる傾向があるからだ。
(取りあえずは良しとしましょう。早急にアイリスと合流しなければ!)
執事のクラウディは、怒りで国王を殴り倒しそうな形相のアメルダに、冷静になるように諭し成功した。
マイナリーの侍女であるアイリスは、アメルダの父ブリザードが手配した隠密の一人だった。彼女は、マイナリーが生まれた時からロゼクローズ伯爵家で彼女を守ってきた、もう一人の母的存在である。
未だアメルダはクラウディのことと同様に、隠密の存在を知らないままではあるが。
呼び出しの登城までに、後3日。
アイリスから報告を受けたブリザードは、トークラシャ王国にいる隠密達へ、国の内情を知らせるように連絡を送った。
「全くあの国は、いつも騒ぎばかり起こしおって。我が国の公共事業(特に子供に関する福祉)が充実しているからと、自国から貴族の庶子達を捨てに来ているのは知っておるぞ。
自分達の国では福祉政策をせずに、孤児達が悲惨な目にあっているのに、改善もしないで。ほんに嘆かわしい。
それでいて見目が良く育てば、親切面をして引き取って行くと言うのだから。厚顔無恥とはあの国の高位貴族のことを指す言葉だわい」
子爵家でありながら大商会を維持するブリザードは、若い頃から秘密裏に福祉事業に力を入れてきた賢人と呼ばれる者の一人だ。
この国の福祉が充実しているのは、国より先に彼が先導してきたお陰だと言っても過言ではない。
「俺は生まれた場所で、未来が決まるのは納得がいかん。何も持たない孤児が惨めに生きるのは、為政者のせいだと思う。
神の言うように転生と言うものがあるなら、俺は俺の為にチャンスがある場所を作ろうと思う。
この国に生まれるなら、たとえ親がいなくても心配なく生まれて来られる場所をな」
けれどそのせいで陞爵しそうになり、名を伏せることにしたのだ。下手に爵位が上がって国にあれこれと命令されるなど、面倒でしかない。
特に使用人については、素性は無視して実力で雇い入れている為、脛に疵持つ者がわんさかいる現状だ。
「王家の介入する高位貴族にはならんぞ。下位貴族のままで動く方が商売もしやすいからな。ワハハハッ」
さすがはアメルダの父である。彼女の血の気が多いのは父親譲りだった。ちなみにアメルダの母マリリアールは平民である。
……平民なのだが、プラチナブロンドの髪にエメラルドの瞳を持ち、素晴らしく美しかった。
幼いブリザードが孤児院へ慰問に訪れた際、ならず者に拐われそうだったマリリアールを助けたのは、彼と彼の護衛(隠密)だった。お察しの通り、護衛の働きが主である。
けれど護衛は主人の命令なくは動かない為、間接的にブリザードの働きになる。
「君、大丈夫かい? 怪我はない?」
ブリザードの優しい声を聞き、泣きながら彼にすがり付くマリリアール。
「怖かったよぉ。ありがとう、お兄ちゃん」
その言葉と乙女の麗しの涙で、ブリザードが庇護欲と共に撃沈。
美しいマリリアールが二度と拐われる危険がないようにと、子爵家で預かることになった。
名目上彼女はメイドとして働くことになったが、何れの者が見てもブリザードが好意を持っているのは明確だった。
常に照れながら声をかけて、お菓子を入れた包み等を渡していたからだ。彼女も恩人であるブリザードに好意があり、共に過ごすことで愛情は育まれていった。
ブリザードの両親は、元冒険者として世界を旅する武闘派だった。家を継ぐはずの長男が、男爵家の庶子と駆け落ちして離脱し、ブリザードの両親が繰り上がりで当主になったのだ。
そんな彼らだから、親しい男爵へマリリアールを養女の籍に入れて貰い、偏見なくブリザードの嫁にした。
「純愛なんて素敵よ♡ ねえ、貴方?」
「マリリアールは賢くて優しいから、お前も裏切るんじゃないぞ。そうなった時は、俺はマリリアールの味方になるからな」
「まあ、ジャックったら。じゃあ、私もそうする~」
「ジュリアのそう言うノリ、好きだな」
「まあ、ありがとう♡」
元々中継ぎだと思ってるブリザードの両親は、貴族っぽくなく未だに冒険者の意識が強い。
そんな彼らだから駆け落ちした兄であるフレックのこともあっさり許し、フレック夫婦とその子供達にトークラシャ王国の商会支店を任せている。
ジャックはその際、フレックにも隠密を付けていた。他国で生きていける手助けをする執事や侍女として、優秀な人材を複数人。
その彼らの代表は今、トークラシャ王家で得た情報を現子爵家当主のブリザードに伝える為に、彼の手紙が到着した数刻後には馬で駆け抜け、暗い海を小舟で(密入国で)渡り、最後は人気を避けて一心不乱に走ったのだ。
「ブリザード様。お呼び出しにより、ただいま到着致しました」
慇懃に挨拶した隠密のイキスラに彼は頷き「急で済まない。その分謝礼は十分に渡すから許せ」と、労いながら報告を受けたのだ。
布袋いっぱいの金貨に、疲れも吹っ飛んだ。
一気に粋の良くなったイキスラは、順を追って丁寧に話をしていく。
報告内容は想像以上に酷いもので、吐き気を覚えるほどだった。
「国王が愛人と共謀し、王妃を貶めて殺害。生まれた子はこの国に捨てられているんだな。そして愛人は新しく王妃になった訳か。アカシア公爵家の力も強く、他貴族が抵抗も出来ないと。最悪だな。……そうか、王子達は協力者が欲しいと言う訳か。ならばやりようはある。
ご苦労だな、イキスラ。部屋は用意してあるから、ゆっくり休んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
共に話を聞いていたアイリスに案内を受けるイキスラは、礼をして部屋を後にした。
そしてもう一人、共にいたクラウディは拳を握りしめて悔しげに呟いた。
「カルデナ様は平和協定の為に、ダンジアナ王国から5歳で、嫁がれた才あるお方でした。私が知るあの方は泣き言も言わず、他国で学びを深める立派な淑女に見えました。それからまもなく私はこの国に来た為詳細は知らぬままでしたが、惜しい方を亡くしたものです」
「そうか。そんなに素晴らしい王妃さえ、国王は欲で殺したか……。その国王は、もう駄目だな」
「はい、旦那様。私もそう考えます」
ブリザードは深く頷き、王妃へ手紙を手早く認めた。
「悪いがクラウディ。この手紙を王妃に届けてくれ。彼女なら分かってくれるだろうから」
「はっ、承りました。確実に読むまで、影から確認して参ります。では御前失礼致します」
クラウディは月の隠れた闇に消えた。明日は謁見の日となる。
彼は王妃の寝室のベッドに、手紙をそっと置いて天井裏に隠れた。
部屋に入った王妃は、一瞬怪訝そうにベッドにある封筒を見たが、その封蝋を目にして安堵の表情を浮かべる。
「ブリザードが直々に動いたのね……。用件は予想がついてるわ。居るんでしょ、彼の使いの者が。今返事を書くから、急ぎ持っていって頂戴!」
彼女はブリザードの友人だった。彼はマリリアールが共に過ごした孤児の友人達の心配をする為に、福祉事業に力を注いでいたことを知っている。
本当は伯爵に陞爵して、王家の力になって欲しかったが逃げられた。
当然彼らの隠密達のことも知っており、王家の隠密と協力して貧民街の後ろ暗い輩を共に追い出し(一部亡き者とし)、平和な地区を作り上げたのだから。
国王と王太子には、そのことを知らせていない。
下手に隠密の存在を知れば、彼らは悪い方向に力を使う可能性が拭いきれないからだ。
それは前国王夫妻と相談した結果なので、王妃の一存ではない。
もし知っていたならジャンバルデの件でも隠密を使い、不正をする可能性もあっただろう。
前国王夫妻は、自分の息子リーフ(現国王)を信じていなかった。懸命に教育しても駄目だと悟っていたのだ。かと言って弟サンダー(現王弟)に王位を譲位すれば、派閥で国が分断しかねない為、全てを現王妃に委ねたのだった。
「苦労をかけるエクレアよ。その分、そなたのする国の采配に口は出さんし応援する。リーフはお飾りにしても良いから、国を頼む。お願いだ!」
「私からもお願いよ。国が滅びるのを助けるのは、貴女しかいないの」
国王夫妻に土下座されそうになり、慌てて止めるエクレア。
「お、お任せ下さい、お義父様、お義母様。私はこの国をもっと良くしていくことをお約束します!」
勢い余って野心を晒したエクレアは、はっと口を閉じたが既に遅かった。
「それは素晴らしいな。そなたが嫁いでくれて良かった。この国の今後も安泰だな」
「ほんに感服ですわ。優秀で向上心もあるなんて。息子がアレでも何とかなるかも……」
彼らが求めるのは私欲ではなく、あくまでも国の安寧だった。はらはらと泣き崩れる義両親を、言葉なく見つめるエクレアは決意を新たにする。
(やっちゃって良いの。私が目指す国作りを? ずっと生家では、女は慎ましく前に出るなと言われてきたのに。でしゃばるなといつも窘められたのに。良いのね!)
そして、ちょっと喜んだ。
そんな感じで好きなように、国を牛耳って来たのである。
けれど国王であるリーフが馬鹿過ぎて、失言や愛人問題等を度々引き起こしていた。王太子となる息子は素直で良い子だが、父親に感化される時があり困っていた。既に妻子がいるのに、父を真似て愛人を作ったりと頭が痛い。
夫と息子の足を引っ張られながら後始末まで手配し、エクレアは頑張ったのだ。
そんな残念な王族達(家族)を知る彼女は、爵位や血筋等を最早気にすることもなく、実力主義で人材を雇っていく。ブリザードと理念が似ていたからこそ、友人となったのだ。
時には人材を奪い合う程に。
それを知っている隠密達は、仲が良かった。
「いっそこの二人が夫婦なら、面倒もなかった気もするな」
「馬鹿言うなよ。こんな我の強い人間が二人も揃って、反対意見なんて出てみろ。誰も収拾がつかないだろ!」
「そ、そうかな? 話し合いすれば良いんじゃない?」
「どっちが折れるんだよ。恋愛感情もなくて、自分の意見を曲げるのかよ? あの人達が」
「そうかもな。じゃあ、今で良いのか?」
「たぶんな。離れていた方が意見を聞き入れられるだろ?」
「まあ、そうかもな」
なんて下らないことを言い合える間柄だった。
時々呑みにも行っているし。
そんなブリザードとエクレアのやり取りは、恙無く交わすことに成功し、明日を待つことになった。
◇◇◇
翌日の王宮。
謁見の間に通されたロゼクローズ伯爵家と、チュートリナ公爵家。
トークラシャ王国からはクリフティーとエルメルダが、微笑みながら待っていた。
ロゼクローズ伯爵家からはマイナリーとアメルダ、チュートリナ公爵家からはアルバートと公爵マギス、そして公爵夫人のグレースだ。
数段高い場所に座る王妃エクレアは口元を扇で隠し、国王リーフは謁見の前から土気色の顔を晒していた。王太子のヴァルサは、今回は王妃の命令で欠席(出てこないように)させている。
それぞれが挨拶を交わした後、王妃は馬車乗り場まで彼らを誘導した。
「お茶も出さずに悪いけれど、貴方達には紹介したい人がいるのよ。話はそこに付いてからするわね」
3頭立ての大きな馬車が2台待っており、王妃と公爵夫妻とアメルダ、子息と息女達が乗り合わせることになった。
何故かリーフはその場に残り、エクレア達を見送ることになった。
「あの人は行かない方が良いと思うのよ。私に怒られて、お義父様とお義母様にも怒られて、豆腐メンタルが傷ついているから。
それよりも婚約に水を差す形になって、ごめんなさいね。クリフティーとエルメルダが何を言っても、マイナリーとアルバートは渡さないから。
それにトークラシャ王国の現状を共有しておこう思って、この馬車分けにしたの。それはね………………」
暫し話を聞く、マギス達は驚愕する。
「そんなことがあの大国で起きているなんて」と。
その後にエクレアは言葉を続ける。
「もうこれで私達は運命共同体ね。協力もよろしく~」
軽いノリ彼女とは違い、マギス、グレース、アメルダは「そんな国家機密を話すなんて、嘘でしょ!」と血の気が引く思いがした。
けれどその殆どが、アメルダの父ブリザードからの情報だと知れば、彼女は卒倒するだろう。
◇◇◇
一方マイナリーとアルバート、クリフティーとエルメルダの乗る馬車は、緊張に満ちていた。
マイナリーの向かいに座るクリフティーは、優しい瞳で彼女を見つめていた。エルメルダもアルバートをアルカイック・スマイルで見ていた。
その様子にアルバートは横に座るマイナリーの手に自らの手を乗せて、冷笑をクリフティーに返す。
「私は第二王子だから、主に外交を担当しています。今回この国に来たのも、関税を下げて貰うことが目的でした。
ロゼクローズ嬢は数か国語を話せる才女で、領地の経営や学校運営に力を入れていると国王様から話をお聞きしました。素晴らしいことですね」
アルバートの圧に屈することなく穏やかさを崩さないクリフティーは、さすがに場数を踏んでいるようだ。
マイナリーも無視は出来ず、返事を返す。
「お褒め頂き光栄です。ですが私よりも優秀な方は、たくさんおりますわ。こちらのチュートリナ公子は、語学も私より堪能で優秀なのです」
微笑みながら話すマイナリーに、自然と頬が緩むアルバート。
(マイナリーに褒めて貰えた。嬉しいな。ってそんな場合じゃないのに。でもなぁ、滅多に人を褒めない彼女が、僕のことを……良いなぁ、こういうの)
女性の友人ならば褒めることもふざけることもあるが、誤解を避ける為に友人と言えど男性には、褒める言動等はしていなかったのだ。
今回はお互いの気持ちが通じたことで、初めてこのような言動になった。アルバートがデレるのも、仕方がないことなのだ。自然に手にも触れたことだし。
その反面でエルメルダは、愛だの恋だのはくだらないと思っていた。
(どうせ王命にでもなれば、別れることになるのに。まあ、トークラシャ王国は今それどころではないから、婚約者候補くらいになるでしょうけどね。所詮大国には小国が逆らうことはできないのよ)
そう考えつつも、役目は果たす彼女。
「ええ、そうなのですか? 私は語学が苦手だから、アルバート様のような方が伴侶になってくれると嬉しいわ。ねえ、お兄様」
「そうだね。公子が妹の婿になれば、私も嬉しいよ」
「ねっ、そう思うでしょ。うふふっ」
「文武両道で友人も多いのだとか。我が国に来て貰っても、この国に妹が嫁いでも安心だ」
彼らの勝手な物言いに横入りもできず、じっと手に力が入るマイナリーとマイナリー。
そんな中で、馬車が到着したのだ。
◇◇◇
到着したのは伯爵領の孤児院だった。
王妃が先触れを送っていたのか、到着時には門の前にシスターと女の子が待っていた。
彼女を見たクリフティーとエルメルダは、彼女を見て息をのんだ。
「王妃様、彼女はいったい。いいえ、それは愚問ですね」
「もうおわかりでしょ。そうよ、彼女はバルセナ様ですわ。貴国からこの伯爵領の噂を聞いて、わざわざ捨てていったのでしょう。……それか家臣が気を利かせて、少しでも良い環境をと望んだのでしょうか?」
シスターには事情を伝えたが、リーサ(バルセナ)は何も知らない。だからこそ疑問だけが過る。
「私のことを知っているの? 貴方達は誰なのですか?」
亡き母と面差しの似た、生まれた瞬間に離れてしまった妹。父は違えども、妹であることは確かなのだ。
「あぁ、似ている。母上に……」
「私の妹なのですね」
◇◇◇
突き付けられた事実に、愕然としたクリフティーとエルメルダ。馬車で訪れた一行と共に応接室に案内され、先程の続きをエクレアから伝えられる。
但しリーサ(バルセナ)には衝撃が強い為に、後で個別に話すことになり、別室で待機して貰うことになった。
バルセナは今、リーサとして暮らしていることや、天涯孤独でも真面目に学問の習得に励んでいること等、日常のことから。
亡き王妃カルデナのオレンジの髪と朱の瞳を持って生まれた為、国王から不義の子だと詰られクリフティー達は顔も見ることさえ許されず、離されていった妹にここで会えたのだ。
そして知らされていなかった、母親に強要された望まぬ(人工受精での)妊娠に、不義の子を生んだとして貶められた名誉、出産後に殺されたこと等も詳細に伝えられた。
「本当のことなのですか? だってこの話は私達ですら知らないのに、他国の貴方達がどうして?」
「そうよ。想像で言うのならば、訴えられてもおかしくない内容よ。責任を持てるのかしら?」
初めて聞く恐ろしい数々に、訝しげな顔のクリフティーとエルメルダ。
だが王妃は声のトーンを落とし、静かに語り続ける。
「大国でないから余計に隠密や商人達は、他国の情報を必要とします。どこの国でどんな危険があるのかを知ることで、対策を取る為です。我が国の隠密は優れている為に多くの情報を得ていますが、他国とて無関心ではないでしょう。
カルデナ様が亡くなり、愛人の公爵令嬢が後妻に入った事実と、国王が国政を放り出して王太子が寝る間もなく働いている事実は、調査せずとも知られているわ。
国政を一手に担っていたカルデナ様が、子供達を愛していたあの方が過ちを起こすなど考えられない。
そしてもう一人、貴方達に会って貰う人がいるの。
待たせてごめんなさい、マリリアール入って頂戴」
中扉(室内にある隣と繋がる扉)から、60代くらいの女性が現れた。
「え、ええ! お母様ではありませんか? どうしてここに?」
アメルダは母の登場に驚くと共に、クリフティーとエルメルダに似ていることに気が付いてしまう。
「王妃様、まさか、お母様はもしかして……」
「調査の結果。トークラシャ王国の前国王と側妃の間に生まれ、拐われた王女だと判明しています。3歳の彼女は自分の名前を覚えていました。
……クリフティー様とエルメルダ様の血縁者(叔母)になりますね」
エクレアは彼らの知らないことを次々と告げていく。にわかに信じられない事ばかりだが、他国の王妃が戦争にもなりかねない発言をする訳がないと瞬時に判断する。
周辺国の共通認識でこのファルマー王国は、エクレアが回していると知られていたからだ。
「どうやら、全て本当のことのようです。バルセナもマリリアール様も、私達の血縁。そしてマイナリー様がどことなく母に似ているのも、我が国の貴族の血が入っているせいかもしれませんね」
考えが纏まらず頭を抱えて苦悩するクリフティーに、エルメルダは彼の両手を握りしめて「大丈夫ですわ、お兄様。私がおります。私が何とかしますから」と泣きながら声をかけている。
馬車の中で話を聞いていたアメルダと公爵夫妻も、マリリアールのことは初耳だった。マリリアールがトークラシャ王国の王女であり、アメルダにもトークラシャ王国の血が流れているなんて。
◇◇◇
全体的に重々しい空気の流れる中、マイナリーだけが目をキラキラとさせていた。
「お祖母様は孤児だと聞いておりましたのに、大国の王女様だったのですね。身元が分かって良かった。故国はトークラシャ王国ですか。肌が白くて美しいのはそのせいだったのですね!」
マイナリーは領地や孤児院等で、様々な人生経験を持つ者を見てきた為、鋼のような強メンタルの持ち主になっていた。
孤児が寂しい思いをしているのを知り、身元が分かることは孤独から救われるように思っていたのだ。
勿論悪人や嫌な人と血が繋がっている時は、辛いこともあるだろう。けれど自分のルーツを知れることは、それ以上に価値があるように思えた。
「もし親が見つかって嫌な奴だったら、思いっきり文句を言って縁を切っちゃう。でも理由があったなら、聞いてあげても良いけどさ」
孤児院で聞かれるこんな言葉。
嫌な奴でも親の顔をみたい希望はあるのだ。
そんな希望は殆どが叶わないけれど。
そんな時の気持ちが、つい口に出てしまったのだ。
その後の沈黙で、不適切だったかもしれないと焦るが、アルバートが肯定してくれた。
「そうだね、マイナリー。君の美しさのルーツは、トークラシャ王国にあるのかもね。僕のお姫様!」
「もう、アルバート様。お姫様はお祖母様だけですよ。でも今さら分かっても、トークラシャ王国にお祖母様は返しませんよ。大事なファルマー王国の、私の大事な人ですからね!」
「勿論さ、マイナリー。彼の国は、捨てたことを精々後悔することになるね。マイナリーのような、素敵な女性が生まれる機会を逃したのだから」
「もう、もう、もう! 今日のアルバート様は少し変ですよ。あまり褒められると……ドキドキして困りますから、もう止めて下さいね」
「僕の声でドキドキしてくれるなんて、すごく嬉しい。もっと僕を意識して。君を好きなことを分かってくれるように」
「もう!(恥ずかしい~)」
初々しい二人(照れてるのはマイナリーだけ)は、あえて空気を読まず場を和ませていた。
(そうだ、遠い異国で血縁者に会えたのだ。今だけは出会いを喜んでも良いだろう)
そんな気分にさせてくれたのだ。
マリリアールとリーサ(バルセナ)には顔を合わせたことはないけれど、髪や容姿が親近感を感じさせた。
「マリリアール様を見ていると、懐かしい気持ちになるのです。ここで会えたのも何かの縁だと思いますので、お話をさせて貰っても良いですか?」
「私も良いでしょうか? トークラシャ王国には信じられる者が少ないのです。是非、力をお貸し下さい。おば様」
クリフティー達の提案にマリリアールは頷き、「ありがとう二人とも。私に出来ることなら、手助けするわ」と嬉しそうに伝えていた。
母の微笑む姿に、アメルダも手助けしてあげようと思うのだった。
今さら年老いた自分がトークラシャ王国に行っても、戸惑われるだけだろう。前国王と側妃であった両親は、以前に調査した時には既にこの世にはおらず、他に会いたいと思える者はいなかった。それでも甥や姪と繋がりが持てるのは、何となく嬉しいと思えたのだ。
側妃の子であるマリリアールが拐われたのは、当時の国王が王妃を蔑ろにした報復だった。だが王族の命を奪うのは憚られ、遠くの国 (ファルマー王国)へ捨てたらしい。
その部分は言わない方が良いわねと、エクレアは判断した。だって彼らは王妃の直系だから。
何の因果か今度はリーサ(バルセナ)が、国王に捨てられてしまったが。
(どこの国でもいろいろあるわよね。私だって、国王の代わりに国政を担っているのだしね。
でも……タガネメ国王嫌いだわ。細胞レベルで無理。まだリーフの方が愛せるわ!)
そんな感じで様々な思いが交錯する中、エクレアの公開暴露は終了したのだ。
◇◇◇
その後エクレアはリーサ(バルセナ)に、「貴女はトークラシャ王国の王女なのよ」と伝えれば、王女でありながらここにいる理由を教えて欲しいと言う。
「何か捨てられる訳があったのでしょ? 今さら何を聞いても、たぶん驚かないですから。お願いします、聞かせて下さい」
躊躇するエクレアにリーサ(バルセナ)は、ビランゼル公爵家の庶子であるマークのことを伝え、自分も真実を知りたいのだと、真剣な眼差しを向けた。
マークは10歳で、彼女はまだ7歳だ。
けれど年少時は女の子の成熟は早いと思い、素直に打ち明けることにした。
「そんなこと(人工受精なんて技術)があるんですね。でもお母さんは丈夫に私を生んでくれたし、クリフティーさんとエルメルダさんもお兄さんとお姉さんと呼んで良いって言ってくれたし、それが分かって嬉しいです。うっ、うっ、ぐすんっ、うっ、泣きたくないのに、なんで、何か涙が止まらないよぉ」
その顔を見たマリリアールは、思わず彼女を抱きしめた。
「リーサちゃん。私もトークラシャ王国の王女らしいの。幼い時に誘拐されてこの国に来て、孤児院にいたのよ。だから私と貴女は親戚になるわね。もし良かったら、私の養女にならない? とても他人と思えないのよ。娘とも相談したから、大丈夫よ」
「良いのですか? 私の家族になってくれるの?」
「ええ、勿論よ。リーサちゃんさえ良ければね」
「……お願いします。家族になって、一緒にいて下さい」
「ええ、ええ。一緒に暮らしましょう。私の夫も優しい人よ。きっと楽しくなるわ」
「うえ~ん、ありがとう。ありがとうございます」
「私の方が嬉しいわ。こんなに可愛い孫が出来るのだもの。よろしくね、リーサ」
「はい、よろしくお願いします。おばあ様」
今日はリーサの記念すべき日になった。
だって家族が出来たのだもの。
彼女はマリリアールとブリザードの養子となり、リーサ・ガラナント子爵令嬢となった。
ブリザードはリーサとはしゃぐマリリアールが楽しげに笑い、以前よりも若々しくなったことで、リーサに心から感謝していた。
(生き生きしている君は、美しいよ。マリリアール♡)
今後も勉学を学び作法を身に付ければ、貴族のお茶会に参加することになる。そうなればまた、マークと会うことも出来るのだ。
もし二人が思い会えば、高位貴族の養女になり嫁ぐことも可能になる。まあ、それはまだ未来のことだ。
貴族になっても定期的に孤児院に訪問する彼女は、子供達に絵本を差し入れて、優しい声で読んであげている。以前と変わらず優しく可愛いので、大変人気がある。
マークにも、マークの義母レアンセルにも時々孤児院で会い、嬉しすぎて頬が緩んでいるのは内緒だ。
(レアンセル様は孤児の私にも優しくて、憧れていた女性なの。それにマークにも普通に話せるようになったし。嬉しいなぁ)
貴族になったマークに一方的に感じていた、貴族と孤児の隔たり(貴族のマークに、近付いちゃ駄目だと思う気持ち)も感じなくなり、明るい気持ちになれた。
マークからすればリーサは、何があっても変わらない大切な存在だから、心配等いらなかったのだが。
◇◇◇
そしてクリフティーとエルメルダに対しては、ガラナント子爵家、ロゼクローズ伯爵家、チュートリナ公爵家が支援を約束した。非公式だがファルマー王国も、彼らの味方に付いた。
トークラシャ王国とファルマー王国にいる隠密以外にも、ブリザードの放っている隠密は、商会の数だけ存在している。
基本金払いの良いガラナント商会は、信用されているので裏切り者は少ない(でも皆無ではないが)。
今後はカルデナの故国ダンジアナと協力し、王太子ニルスを脱出させた後、王位を奪う計画を立てている状態である。
今はニルスの政務を手伝う為に、多くの隠密が城に潜入し、地盤を固めている。
トークラシャ王国の隠密はタガネメしか動かせず、ニルスには権限がないとのことだが、ブリザードの隠密が文官と護衛を兼ねる為、安全は確実に守られる筈だ。
タガネメとカーマイン、カーマインの生家であるアカシア公爵家は権力を悪用し、多くの貴族に迷惑をかけ嫌悪されている為、城を攻める前に決着が付くかもしれない。
クリフティーとエルメルダは時々交易(貿易)がてらファルマー王国に遊びに来て、バルセナから完全にリーサになった妹やマリリアールと交流している。
王太子ニルスに味方ができたことで、彼に課せられた政務も大幅に減り、穏やかに過ごせているそうだ。
いつか兄もここに連れて来て、気がねせずにゆっくりお茶を飲ませてあげたいと思っているエルメルダ。
彼女は完全にアルバートから興味をなくし、今はブリザードの商会経営に興味を持っていた。時々しれっと売り子もしている。
(バリバリと仕事を熟して、経済的に自立する男って良いわよね。貴族なんて立場によっては、すぐに没落するし。やっぱり結婚するなら、金のある誠実な人よ!)
彼女の選ぶパートナーは、貴族ではないのかもしれない。やけに具体的だし……。もう手中の相手がいるのかも。
そう言えば最近、熱心にボブのことを見てるようだ。彼はまだ商会の見習い定員(16歳)だ。筋肉モリモリで、よく荷運びをしている。
もしや彼女も筋肉信者か?
彼女の美貌なら、たぶんイケる筈だ。もうすぐ19歳になるけど、エルメルダなら大丈夫だろう。
クリフティーがマイナリーに抱いた淡い感情は、後から振り返れば確かに恋だった。けれど一瞬でアルバートに持って行かれ、完全に当て馬ポジションに。
彼はそれに気付いていないが、マイナリーとアルバートにとっては、クリフティーは恋のキューピッドだった。
アルバートは非常に感謝しており、チュートリナ公爵家が彼の協力者になったのは、ちょっとした恩返しなのだ。
「アルバート様、今日は美術館に行く日ですね。楽しみです」
「そうだね。でも僕は君がいれば、それだけで幸せだよ」
「まあ、冗談ばかりですね。ふふっ」
「本当なのにな~。まあ、良いか」
腕を組ながら歩く二人は、熱愛カップルとして羨ましがられている。あの硬派なマイナリーの変化にみんなが驚いていた。
お化粧と美容とワードロープに本気を見せたマイナリーは、以前に増して美しくなり磨かれていた。それを引き出したのはアルバートだと囁かれ、彼の評判もうなぎ登りだ。
二人の結婚も近いだろう。
◇◇◇
そんな二人を温かく見つめる、メロディとマロン。
「ようやく、アルバートの気持ちが伝わったな。お互いに好意があるように見えたから、ヤキモキしていたんだ。……この俺が思うのもなんだけどさ」
照れて俯く彼に、優しく囁くメロディ。
「やっぱりマロン様は優しいですね。私もお姉様が楽しそうに着飾るのが嬉しいんです。やっと何かから解放されたみたいで。私も幸せな気分になれるんです」
「俺も……幸せだよ」
「ふふっ。一緒ですね」
顔を真っ赤にするマロンに、心が満たされていくメロディ。彼女はもう孤独になることはないだろう。
◇◇◇
幸せな二人を確認し、クラウディの平穏な日常は戻ってきた。けれど憤ったアメルダの表情を思い出し、「美しかったなぁ、あの時のお嬢さん」と妄想に耽っている彼は、若い娘達 (メロディとマイナリー)に先に結婚されそうである。
彼の恋模様は次元が違うのか、ただのヘタレなのかは見る者によって評価が分かれるという。
ただ女性陣からの評価は、『ヘタレ』一択である。
「早く告白しないと、誰かに取られちゃうわよ」
なんて冷やかすのは、まさかのマイナリーだった。
彼女はいつも母のことを考えてくれるクラウディのことを、かなり高く評価している。だからこそ自分と似たところのある彼に、発破をかけようと思ったのだが……。
未だに父を密かに見に行く母を見ると、さすがにクラウディが可哀想になってしまう。陰ながら護衛するクラウディに、「頑張って」と心から応援するマイナリーなのだった。
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