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アメルダの場合 前編
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『アメルダ・ロゼクローズ前伯爵夫人』
彼女はマイナリーと、メロディ(とは義理)の母親である。
離婚前のサンダーと別居中に、生家子爵家の商売を手伝った利益で、彼の莫大な借金を自らの手腕で買い取った女傑。
当時は商会二つを運営していた彼女は、父子爵ブリザードに商売の才を認められ、現在は彼の右腕として働いている。
実質の商会ナンバー2である。
彼女の母である子爵夫人マリリアールは、アメルダの弟で次期子爵となるソラージロを連れ、貿易と言う名の密偵修行を彼にさせていた。
「大きな商会はライバルが多くて、足元をすくわれやすいの。もしあなたにこの商会を継ぐ気持ちがないのなら、今のうちに言いなさい。爵位だけはあなたに継がせて、商会は別の者に渡すようにするから」
母マリリアールに真剣に問われ、表情を固くするソラージロは、「何故、そんなことを。私では何か不足ですか?」と呟く。
マリリアールは首を横に振り、否定する。
「それは違うわ、ソラージロ。あなたは優し過ぎるから、裏の仕事も絡んでくる商会が重荷になると思ったの。冒険者修行の時も、小さな魔獣(毒角うさぎ)が可哀想だと言って殺せなかったでしょ? 事前にその魔獣が農家の作物を食い荒らし、その食い荒らした時の猛毒の唾液が毒霧となって、人々を重篤な麻痺や死に追いやったことを知っていても」
「そ、そうですが、でも大きい魔獣ならば!」
一瞬言葉が詰まるソラージロに、「小さき者に庇護欲がわく。それは普通の反応よ。でもね、魔獣と戦うには一瞬の隙が命取りになるの。商会の中には魔獣・猛獣駆除部門もあるでしょう? 時には当主自らが前線で指揮を取ることもあるの」と、言葉を続けるマリリアール。
「アメルダを想像してご覧なさい。あの子なら『わあ、このうさぎ。とっても美味しそう。じゅるり』と涎を垂らしながら屠るでしょうね。毒腺を除去すれば、美味なうさぎ肉ですから。どんなに可愛らしくても、魔獣や猛獣は敵だと選別しているのよ」
確かに姉ならそうだろう。
「ぬいぐるみじゃないんだから、可愛いとか言うのは(魔獣側に)失礼だわ。立場はいつでも対等よ。もし私が奴らに傷付けられても殺されても、恨んだりしないわ」
確かにそうだ。そうだった……。
そんなことを思い出し、ふぅーと深い息を吐いたソラージロ。
「そうですね。では私は、どうすれば良いのでしょうか?」
彼がマリリアールに問えば、答えはすぐに返ってくる。
「あなたが魔獣への気持ちを切り替えるか、それが無理だと思えば適性のあるあなたの子供が育つまで、アメルダに商会の切り盛りを任せてみるか。または全然別の、ブリザード様の部下に商会を任せるかと、選択肢はたくさんあるわ。
商会からは手を退いて他の貴族達と同じように、普通に子爵家を継いで領地を守るのだって良いんだから。そんなに悩まないで」
「でも、せっかく母上達が立ち上げて、大きくした商会なのに……。申し訳なくて」
辛そうな顔を向けてくる息子に、彼女はあっけらかんと言う。
「ふふっ、そんなことを気にしていたの? この商会はね、ブリザード様が効率良く魔獣の流通を行う為に作ったものなの。まあ今は、それに紛れて隠密達も放っているけどね。
そもそもブリザード様は爵位自体に興味がないの。
あなたのお祖父様が次男なのに爵位を継いだ頃、ブリザード様は冒険者として生計を立てようとして体を鍛え、当時からかなり強かったの。その時10歳だった彼が、護衛と共にならず者から私を救ってくれて。まあ、それは知っているわよね(幼い時に眠る前、何度も聞かせてきたから)。
商会には信用のおける実力者がいるから、彼に経営を任せても良いのよ。後ろ楯がガラナント子爵家としておけば、手を出してくるバカもいないし。
そもそもブリザード様自身が、冒険者をしやすい体制を作っただけだもの。
あなたに爵位を譲れば冒険者に戻るつもりで、体も鍛えていることだし」
言外にガラナント子爵家側には、ロゼクローズ伯爵家、グラッセル伯爵家(マロンの生家)、チュートリナ公爵家、ファルマー王家も付いて来るのだと含みを持たせるマリリアール。
聞いてから暫し考え、「えー! 冒険者に戻るって、何で今さら!」と驚くソラージロ。既に50代を越える父に、 “どうして?” と疑問が湧く。
その声に「うん、うん、分かるよ~」と、宥めながら、話を進めていく。母は強し。
「だからね、ソラージロ。無理をして全部背負おうとしなくて良いの。あと、アメルダの勇ましさは別格だから、卑下しなくて良いわ。
あの子……借金を返す為に、あの当時魔獣がお金に見えてたみたいだから(泣)。経理仕事を熟なす傍ら、時間を割いて魔獣狩りにも行ってたみたいなの。
勿論、クラウディも付いて行ったけどね。まるで鬼神のような迫力で、来るもの全て急所を突いて屠ってたらしいわ。高く売れるように、傷付ける箇所を減らして。それも売って返済資金に当てて……」
「そんなことが……。だからあんなに逞しくなっていたのか? ドレスを美しく着る為に、単純に鍛えているのだと思ってたけど。私は知らないことが多過ぎですね」
落ち込む彼を、マリリアールが励ます。
「私も子爵家に引き取られてからは、お義母様に鍛えられたわ。『ブリザードはいつか、冒険者に戻りたい時が来るかもしれないわ。その時になっても隣にいたければ、足手まといにならぬよう鍛えなさい』と言ってね。
だから私も、かなり実力が付いたと自負しているわ。それでもアメルダには敵わないけれどね。ふふふっ」
大商会に生まれた以上は護身術は必須で、ソラージロとアメルダは幼い時から特殊な訓練を受けていた。魔獣の討伐とか、他家の天井裏に入り弱味を握る訓練とか……。
そんな教育を受けた兄妹の倫理観は、他とは少し違うことを彼らは気付いていない。ちなみに両親も気付いていない。
誰も突っ込む者がいないからだ。
ただ捕まったらヤバいとは教えられているので、その辺は心得ている。
どこまでも貴族に向いていない家族。
「お母様、ありがとうございます。気が楽になりました。少し考えてからお伝えしますね」
「ええ、分かったわ。商会を手放しても、子爵家当主はあなたで変わりないわ。嫁であるクララも戦うスキルは低い(ソラージロ程度だ)から、無理はしない方が良いと思うの」
「そうですね。私もそう思っていました」
ソラージロの嫁クララは男爵家の令嬢でありながら、騎士を目指していた過去がある。結局は騎士団に入団できず落ち込む彼女を、実力を評価していたブリザードが子爵家の護衛としてスカウトした。
その後ソラージロと気が合い、結婚に至った経緯がある。
(向き不向きってあるよなぁ。私は家族と領地を中心に、身の丈にあった道を生きていくよ)
彼の結論は決まったようだった。
◇◇◇
母親譲りのプラチナブロンドの髪と、父親のピジョンブラッドの瞳を持つアメルダは、美しく強さも兼ね備えていた。
女性にしては背も高く、男に絡まれた女性を難なく救い出す騎士のような振るまいに、女性達の人気が凄まじかった学生時代。
「大丈夫ですか? 貴女は美しいから、自然と悪い虫が寄って来るのでしょう。護身術等を身に付けた方が良いですね」
なんて言いながら、まるで劇場の男役のように颯爽と去るのだ。ちなみにお世辞ではなく、自分のように無駄に背が高く猫目の自分より、可愛らしいからと心配しての言葉だった。
「「「「きゃあ~、格好良い。お姉様ぁ♡」」」」
女性には憧れられ(年上からもお姉様と言われ)、男性には疎ましがられたアメルダだが、特に気にもしていなかった。
その後に商会の経営する護身術道場が、爆発的にヒットしたことも知らない。
「ここに来れば、お姉様に会えると思ったのに残念だわ。だけど強くなって人助けできるようになれば、褒めていただけるかも?」
「そうね。私達だって、守られるだけじゃいられないわ。特に生家が大商会のお姉様は、常に誘拐の危険性があると聞きましたもの。いざとなれば、私がお守りしたいですわ!」
「ええ、私もよ。まずは、みんなで強くなりましょう」
「「「「えいえい、おー!!!」」」」
そんな影響もあり、後日初の女性騎士の誕生に到るのだった。
◇◇◇
そんな達観していたアメルダだが、当時まだ荒くれていたサンダーに出会う。彼は幼き時に母を亡くし、新しい継母とも折り合いが悪く、喧嘩を繰り返す日々。
その日は黒い雲が重なりあい、暗雲が垂れ込めていた。
そんな最中で子猫を蹴飛ばす少年の集団に、一人で向かっていくサンダー。
「そんなに小さい動物を虐めて、恥ずかしくないのかよ」
「うるせえよ。誰だよ、てめえ。怪我したくなかったら黙ってろ!」
「そうだ、あっちに行け!」
サンダーを無視して、子猫を蹴飛ばす少年達。
その光景に怒りを覚え、彼は彼らに殴りかかった。
「やめろー!!!」
けれど5人対サンダーでは、さすがに勝ち目がなかった。本来伯爵令息の彼だが、衣服が薄汚れていて貴族らしくなかったから、平民だと思われたのだろう。
貴族と分かれば、とっくに向こうが逃げていただろうし。
果敢に子猫を庇い抱きしめながら踞る彼を見て、アメルダの心は揺れた。
「弱い癖にバカみたい。何で逃げないで殴られているのよ」
彼が気を失った後、アメルダは彼らを怒鳴り付けた。
「自分より弱い者に勝ったからって、満足げでみっともない。今度は私が相手よ、かかっておいで!」
一方的に貶され瞬時に怒りが湧く少年達は、怒りの形相でアメルダにかかってきた。
「女の癖に生意気な奴。俺達の苦労も知らないで!」
「そうだ。俺達の苦しみが分かってたまるか!」
「貴族なんて、いなくなれ!」
そう叫ぶ彼らに向き合う彼女は高く飛び上がり、三人を相手に後頚部、膝、腹部と順に技を繰り出して倒していった。
幼い時から魔獣と戦ってきた技だ。
手加減をしなければ、ただではすまなかっただろう。
残りの二人は、倒れた者を見捨てて逃げ出していた。
その後。
とうとう雨が降りだし、視界が悪くなってきた。
倒れている彼らを無視し、彼女はサンダーを背負って街にある近くの商会まで歩いて行く。子猫は制服のポケットに入れて。
クラウディも彼女に気付かれぬように背後にいたが、ブリザードからは危機がなければ出るなと言われている。
常に一人でいると周囲に認識させ、油断を誘う作戦なのだろう。
アメルダ一人でも十分に強いのが、前提ではあるが。
◇◇◇
商家に着いたアメルダは、事情を話して部屋を用意して貰い、医師を手配した。
助けられた黒猫は心配なのか、頻りにサンダーの顔を舐めている。暫くするとサンダーの意識が戻った。
「ここは……俺は殴られていた筈……。ああ、助かったのか? 良かったな、クロ」
「みゃ~」
(起きた早々に、猫の心配か。本当は良い人なのかしら?)
「ここはガラナント子爵家の経営する商会よ。今医師が来るから、見て貰いなさい」
「医者なんていらねえよ。……悪い、世話になったのに怒鳴って。俺は今、金がねえからいらね」
ばつの悪そうな彼にアメルダが言う。
「お金はいらないわ。それに貴方のことは置いといても、子猫を見せないと。蹴られていたでしょ?」
「ああ、そうだった。こいつは見て欲しい。後から内出血して苦しんだら可哀想だからな」
オレンジの短髪からは雨の雫が落ち、金の瞳が優しく子猫を見つめる。背もアメルダより10cm以上高く、喧嘩慣れのせいか体が引き締まっているようだ。
(それにキリリとした目元が涼しげで、格好良い!)
悪者が見せた優しさに、キュンキュンしたシチュエーション。それに美形コンボで恋に堕ちたアメルダだ。
両親から得られる愛に飢え、女性の愛に縋ったり喧嘩をして気を紛らせていたサンダー。
そして動物にも惜しみ無く愛を注ぐ姿に、「お付き合いしてくれない? 私みたいのじゃだめかしら?」と、思わず心の声を発していた。
「あんたのことは知っていたよ。凛として格好良いと思ってた」
次の瞬間には彼女の顎をクイっと上げて、唇を奪っていく。驚くアメルダだが、嫌じゃないと思ってしまった。
照れる彼女に口角を上げる彼は、水も滴る良い男だった。
それを見てブリザードに報告するクラウディだが、「アメルダは男っ気がないから、少し様子を見てみよう。嫌なら物理ではね除けるだろ」と言われ、なし崩しに進展する恋愛を見守る日々が続く。
モヤモヤする気持ちを抱えるクラウディは、彼女の結婚後にその気持ちに気付くのだ。彼女をずっと愛していたことを。
彼女はマイナリーと、メロディ(とは義理)の母親である。
離婚前のサンダーと別居中に、生家子爵家の商売を手伝った利益で、彼の莫大な借金を自らの手腕で買い取った女傑。
当時は商会二つを運営していた彼女は、父子爵ブリザードに商売の才を認められ、現在は彼の右腕として働いている。
実質の商会ナンバー2である。
彼女の母である子爵夫人マリリアールは、アメルダの弟で次期子爵となるソラージロを連れ、貿易と言う名の密偵修行を彼にさせていた。
「大きな商会はライバルが多くて、足元をすくわれやすいの。もしあなたにこの商会を継ぐ気持ちがないのなら、今のうちに言いなさい。爵位だけはあなたに継がせて、商会は別の者に渡すようにするから」
母マリリアールに真剣に問われ、表情を固くするソラージロは、「何故、そんなことを。私では何か不足ですか?」と呟く。
マリリアールは首を横に振り、否定する。
「それは違うわ、ソラージロ。あなたは優し過ぎるから、裏の仕事も絡んでくる商会が重荷になると思ったの。冒険者修行の時も、小さな魔獣(毒角うさぎ)が可哀想だと言って殺せなかったでしょ? 事前にその魔獣が農家の作物を食い荒らし、その食い荒らした時の猛毒の唾液が毒霧となって、人々を重篤な麻痺や死に追いやったことを知っていても」
「そ、そうですが、でも大きい魔獣ならば!」
一瞬言葉が詰まるソラージロに、「小さき者に庇護欲がわく。それは普通の反応よ。でもね、魔獣と戦うには一瞬の隙が命取りになるの。商会の中には魔獣・猛獣駆除部門もあるでしょう? 時には当主自らが前線で指揮を取ることもあるの」と、言葉を続けるマリリアール。
「アメルダを想像してご覧なさい。あの子なら『わあ、このうさぎ。とっても美味しそう。じゅるり』と涎を垂らしながら屠るでしょうね。毒腺を除去すれば、美味なうさぎ肉ですから。どんなに可愛らしくても、魔獣や猛獣は敵だと選別しているのよ」
確かに姉ならそうだろう。
「ぬいぐるみじゃないんだから、可愛いとか言うのは(魔獣側に)失礼だわ。立場はいつでも対等よ。もし私が奴らに傷付けられても殺されても、恨んだりしないわ」
確かにそうだ。そうだった……。
そんなことを思い出し、ふぅーと深い息を吐いたソラージロ。
「そうですね。では私は、どうすれば良いのでしょうか?」
彼がマリリアールに問えば、答えはすぐに返ってくる。
「あなたが魔獣への気持ちを切り替えるか、それが無理だと思えば適性のあるあなたの子供が育つまで、アメルダに商会の切り盛りを任せてみるか。または全然別の、ブリザード様の部下に商会を任せるかと、選択肢はたくさんあるわ。
商会からは手を退いて他の貴族達と同じように、普通に子爵家を継いで領地を守るのだって良いんだから。そんなに悩まないで」
「でも、せっかく母上達が立ち上げて、大きくした商会なのに……。申し訳なくて」
辛そうな顔を向けてくる息子に、彼女はあっけらかんと言う。
「ふふっ、そんなことを気にしていたの? この商会はね、ブリザード様が効率良く魔獣の流通を行う為に作ったものなの。まあ今は、それに紛れて隠密達も放っているけどね。
そもそもブリザード様は爵位自体に興味がないの。
あなたのお祖父様が次男なのに爵位を継いだ頃、ブリザード様は冒険者として生計を立てようとして体を鍛え、当時からかなり強かったの。その時10歳だった彼が、護衛と共にならず者から私を救ってくれて。まあ、それは知っているわよね(幼い時に眠る前、何度も聞かせてきたから)。
商会には信用のおける実力者がいるから、彼に経営を任せても良いのよ。後ろ楯がガラナント子爵家としておけば、手を出してくるバカもいないし。
そもそもブリザード様自身が、冒険者をしやすい体制を作っただけだもの。
あなたに爵位を譲れば冒険者に戻るつもりで、体も鍛えていることだし」
言外にガラナント子爵家側には、ロゼクローズ伯爵家、グラッセル伯爵家(マロンの生家)、チュートリナ公爵家、ファルマー王家も付いて来るのだと含みを持たせるマリリアール。
聞いてから暫し考え、「えー! 冒険者に戻るって、何で今さら!」と驚くソラージロ。既に50代を越える父に、 “どうして?” と疑問が湧く。
その声に「うん、うん、分かるよ~」と、宥めながら、話を進めていく。母は強し。
「だからね、ソラージロ。無理をして全部背負おうとしなくて良いの。あと、アメルダの勇ましさは別格だから、卑下しなくて良いわ。
あの子……借金を返す為に、あの当時魔獣がお金に見えてたみたいだから(泣)。経理仕事を熟なす傍ら、時間を割いて魔獣狩りにも行ってたみたいなの。
勿論、クラウディも付いて行ったけどね。まるで鬼神のような迫力で、来るもの全て急所を突いて屠ってたらしいわ。高く売れるように、傷付ける箇所を減らして。それも売って返済資金に当てて……」
「そんなことが……。だからあんなに逞しくなっていたのか? ドレスを美しく着る為に、単純に鍛えているのだと思ってたけど。私は知らないことが多過ぎですね」
落ち込む彼を、マリリアールが励ます。
「私も子爵家に引き取られてからは、お義母様に鍛えられたわ。『ブリザードはいつか、冒険者に戻りたい時が来るかもしれないわ。その時になっても隣にいたければ、足手まといにならぬよう鍛えなさい』と言ってね。
だから私も、かなり実力が付いたと自負しているわ。それでもアメルダには敵わないけれどね。ふふふっ」
大商会に生まれた以上は護身術は必須で、ソラージロとアメルダは幼い時から特殊な訓練を受けていた。魔獣の討伐とか、他家の天井裏に入り弱味を握る訓練とか……。
そんな教育を受けた兄妹の倫理観は、他とは少し違うことを彼らは気付いていない。ちなみに両親も気付いていない。
誰も突っ込む者がいないからだ。
ただ捕まったらヤバいとは教えられているので、その辺は心得ている。
どこまでも貴族に向いていない家族。
「お母様、ありがとうございます。気が楽になりました。少し考えてからお伝えしますね」
「ええ、分かったわ。商会を手放しても、子爵家当主はあなたで変わりないわ。嫁であるクララも戦うスキルは低い(ソラージロ程度だ)から、無理はしない方が良いと思うの」
「そうですね。私もそう思っていました」
ソラージロの嫁クララは男爵家の令嬢でありながら、騎士を目指していた過去がある。結局は騎士団に入団できず落ち込む彼女を、実力を評価していたブリザードが子爵家の護衛としてスカウトした。
その後ソラージロと気が合い、結婚に至った経緯がある。
(向き不向きってあるよなぁ。私は家族と領地を中心に、身の丈にあった道を生きていくよ)
彼の結論は決まったようだった。
◇◇◇
母親譲りのプラチナブロンドの髪と、父親のピジョンブラッドの瞳を持つアメルダは、美しく強さも兼ね備えていた。
女性にしては背も高く、男に絡まれた女性を難なく救い出す騎士のような振るまいに、女性達の人気が凄まじかった学生時代。
「大丈夫ですか? 貴女は美しいから、自然と悪い虫が寄って来るのでしょう。護身術等を身に付けた方が良いですね」
なんて言いながら、まるで劇場の男役のように颯爽と去るのだ。ちなみにお世辞ではなく、自分のように無駄に背が高く猫目の自分より、可愛らしいからと心配しての言葉だった。
「「「「きゃあ~、格好良い。お姉様ぁ♡」」」」
女性には憧れられ(年上からもお姉様と言われ)、男性には疎ましがられたアメルダだが、特に気にもしていなかった。
その後に商会の経営する護身術道場が、爆発的にヒットしたことも知らない。
「ここに来れば、お姉様に会えると思ったのに残念だわ。だけど強くなって人助けできるようになれば、褒めていただけるかも?」
「そうね。私達だって、守られるだけじゃいられないわ。特に生家が大商会のお姉様は、常に誘拐の危険性があると聞きましたもの。いざとなれば、私がお守りしたいですわ!」
「ええ、私もよ。まずは、みんなで強くなりましょう」
「「「「えいえい、おー!!!」」」」
そんな影響もあり、後日初の女性騎士の誕生に到るのだった。
◇◇◇
そんな達観していたアメルダだが、当時まだ荒くれていたサンダーに出会う。彼は幼き時に母を亡くし、新しい継母とも折り合いが悪く、喧嘩を繰り返す日々。
その日は黒い雲が重なりあい、暗雲が垂れ込めていた。
そんな最中で子猫を蹴飛ばす少年の集団に、一人で向かっていくサンダー。
「そんなに小さい動物を虐めて、恥ずかしくないのかよ」
「うるせえよ。誰だよ、てめえ。怪我したくなかったら黙ってろ!」
「そうだ、あっちに行け!」
サンダーを無視して、子猫を蹴飛ばす少年達。
その光景に怒りを覚え、彼は彼らに殴りかかった。
「やめろー!!!」
けれど5人対サンダーでは、さすがに勝ち目がなかった。本来伯爵令息の彼だが、衣服が薄汚れていて貴族らしくなかったから、平民だと思われたのだろう。
貴族と分かれば、とっくに向こうが逃げていただろうし。
果敢に子猫を庇い抱きしめながら踞る彼を見て、アメルダの心は揺れた。
「弱い癖にバカみたい。何で逃げないで殴られているのよ」
彼が気を失った後、アメルダは彼らを怒鳴り付けた。
「自分より弱い者に勝ったからって、満足げでみっともない。今度は私が相手よ、かかっておいで!」
一方的に貶され瞬時に怒りが湧く少年達は、怒りの形相でアメルダにかかってきた。
「女の癖に生意気な奴。俺達の苦労も知らないで!」
「そうだ。俺達の苦しみが分かってたまるか!」
「貴族なんて、いなくなれ!」
そう叫ぶ彼らに向き合う彼女は高く飛び上がり、三人を相手に後頚部、膝、腹部と順に技を繰り出して倒していった。
幼い時から魔獣と戦ってきた技だ。
手加減をしなければ、ただではすまなかっただろう。
残りの二人は、倒れた者を見捨てて逃げ出していた。
その後。
とうとう雨が降りだし、視界が悪くなってきた。
倒れている彼らを無視し、彼女はサンダーを背負って街にある近くの商会まで歩いて行く。子猫は制服のポケットに入れて。
クラウディも彼女に気付かれぬように背後にいたが、ブリザードからは危機がなければ出るなと言われている。
常に一人でいると周囲に認識させ、油断を誘う作戦なのだろう。
アメルダ一人でも十分に強いのが、前提ではあるが。
◇◇◇
商家に着いたアメルダは、事情を話して部屋を用意して貰い、医師を手配した。
助けられた黒猫は心配なのか、頻りにサンダーの顔を舐めている。暫くするとサンダーの意識が戻った。
「ここは……俺は殴られていた筈……。ああ、助かったのか? 良かったな、クロ」
「みゃ~」
(起きた早々に、猫の心配か。本当は良い人なのかしら?)
「ここはガラナント子爵家の経営する商会よ。今医師が来るから、見て貰いなさい」
「医者なんていらねえよ。……悪い、世話になったのに怒鳴って。俺は今、金がねえからいらね」
ばつの悪そうな彼にアメルダが言う。
「お金はいらないわ。それに貴方のことは置いといても、子猫を見せないと。蹴られていたでしょ?」
「ああ、そうだった。こいつは見て欲しい。後から内出血して苦しんだら可哀想だからな」
オレンジの短髪からは雨の雫が落ち、金の瞳が優しく子猫を見つめる。背もアメルダより10cm以上高く、喧嘩慣れのせいか体が引き締まっているようだ。
(それにキリリとした目元が涼しげで、格好良い!)
悪者が見せた優しさに、キュンキュンしたシチュエーション。それに美形コンボで恋に堕ちたアメルダだ。
両親から得られる愛に飢え、女性の愛に縋ったり喧嘩をして気を紛らせていたサンダー。
そして動物にも惜しみ無く愛を注ぐ姿に、「お付き合いしてくれない? 私みたいのじゃだめかしら?」と、思わず心の声を発していた。
「あんたのことは知っていたよ。凛として格好良いと思ってた」
次の瞬間には彼女の顎をクイっと上げて、唇を奪っていく。驚くアメルダだが、嫌じゃないと思ってしまった。
照れる彼女に口角を上げる彼は、水も滴る良い男だった。
それを見てブリザードに報告するクラウディだが、「アメルダは男っ気がないから、少し様子を見てみよう。嫌なら物理ではね除けるだろ」と言われ、なし崩しに進展する恋愛を見守る日々が続く。
モヤモヤする気持ちを抱えるクラウディは、彼女の結婚後にその気持ちに気付くのだ。彼女をずっと愛していたことを。
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