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清次郎の悩みごと
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片切清次郎は、本来与力の職を与えられている。
片切家は昔から、現老中の伊折家と切磋琢磨し競ってきた家柄である直参(将軍に直接仕える武士)の旗本である。
南町奉行、片切進之介の母あざみは、後妻である清次郎の母ゆりより※石高の多い武家の娘であった。
しかし進之介の幼い時にあざみが病死し、スペアを必要とした父、一朗太にゆりは嫁いだ。
※(土地の生産性を石という単位で表したもの。簡単に言うと収入)
進之介は順調に出世し、着々と立場を固めていた。
弟である清次郎も優秀で、片切家は安泰だと褒めそやされていた。
南町奉行になった進之介は治安を守ろうと動いていたが、如何せん上昇思考が高く、老中の地位を狙っていた。
その為に他の旗本達を味方に付け、時に賄賂を、時に罪を見逃すこともあったようだ。
あくまでも奉行の裁量の範囲ではあったが。
目立つ部分には手を入れても、長屋や貧困者に対してはあまり食指を動かさない為、細かな部分は下で働く者が状況に応じて対応していたのだ。
清次郎は取りあえずそれで良いと思っていた。
全てを一人で賄えることは困難だからだ。
しかし老中が数年後に退職の年となり、北町奉行である近江儀三郎と進之介が候補に上がった。
両者身分・仕事振りに優れ、最終的には犯罪の検挙率で決めるような流れのようである。
その話が出た時に、清次郎は進之介に呼ばれたのだ。
「お前は市井に潜り、普通の捜査では得られない情報を集めろ。場合により賭場や女郎屋に出入りも許す。
与力では不味いだろうから、同心の身分も作っておく。同心でいる間の与力であるお前の居場所は、俺の手伝いをしていることにしてやる。
俺が老中になればお前が仕事の出来ない与力でも、誰も不満など言えなくなる。無事に俺が上がれるように協力すれば、家門も安泰なのだ。
とにかく一件でも多く事件を解決しろ。
お前の役割は、生まれた時から俺の補佐なのだ。
分かってるな」
「…………分かっております、兄上」
こうして対して同意もしないうちに、彼は浅賀清次郎の身分を得た。岡っ引きを持つことも、彼の裁量として任された。
◇◇◇
そんな兄に言われるまま、源に無理をさせて強引な捜査をしてきた。源の罪を兄は知らないが、役に立つなら多少のことには目を瞑るだろう。
何と言っても彼は有能だから。
けれどここに来て、お菊の出自をどうすべきか迷いが生じている。
兄の妻は出産後に死別し、男児が一人居るだけだ。
再婚も検討している兄がお菊のことを知れば、次期老中の王手の為に当然目を付けるだろう。
老中の奥方からお菊を守るなら、兄の邸は安全だろうが、それはお菊が望まないと思う。
源もお菊に自由を与える為に、必死に金を貯めているのだろうし。何より彼女の幸福だけを願っているのだ。
自由もない武家で、なおかつ厳つくて四十路に手の届く子持ちの俺様男では、あのじゃじゃ馬と喧嘩する未来しか見えない。
それくらいなら、僕が拐って逃げてやろうと思うほど、お菊を大事に思っている。今のお菊は、本当に綺麗になった。
でも…………。
あの兄が彼女の存在を、知らないなんてことはあるのだろうか?
せめて名前だけでも変えておけば、少しは違ったのだろうか?
何れにしろ、老中の伊折様の子であると証明する品物は、まだ表に出ていないから確信は持たれていないだろうが。
「あの子にはいつも笑って欲しいな。政に巻き込まれるくらいなら、逃がしてあげたいが…………。果たしてどうなることか?」
源と仲良く暮らすお菊には、何も知らずにこのまま過ごして欲しい。
そう願う清次郎なのだった。
片切家は昔から、現老中の伊折家と切磋琢磨し競ってきた家柄である直参(将軍に直接仕える武士)の旗本である。
南町奉行、片切進之介の母あざみは、後妻である清次郎の母ゆりより※石高の多い武家の娘であった。
しかし進之介の幼い時にあざみが病死し、スペアを必要とした父、一朗太にゆりは嫁いだ。
※(土地の生産性を石という単位で表したもの。簡単に言うと収入)
進之介は順調に出世し、着々と立場を固めていた。
弟である清次郎も優秀で、片切家は安泰だと褒めそやされていた。
南町奉行になった進之介は治安を守ろうと動いていたが、如何せん上昇思考が高く、老中の地位を狙っていた。
その為に他の旗本達を味方に付け、時に賄賂を、時に罪を見逃すこともあったようだ。
あくまでも奉行の裁量の範囲ではあったが。
目立つ部分には手を入れても、長屋や貧困者に対してはあまり食指を動かさない為、細かな部分は下で働く者が状況に応じて対応していたのだ。
清次郎は取りあえずそれで良いと思っていた。
全てを一人で賄えることは困難だからだ。
しかし老中が数年後に退職の年となり、北町奉行である近江儀三郎と進之介が候補に上がった。
両者身分・仕事振りに優れ、最終的には犯罪の検挙率で決めるような流れのようである。
その話が出た時に、清次郎は進之介に呼ばれたのだ。
「お前は市井に潜り、普通の捜査では得られない情報を集めろ。場合により賭場や女郎屋に出入りも許す。
与力では不味いだろうから、同心の身分も作っておく。同心でいる間の与力であるお前の居場所は、俺の手伝いをしていることにしてやる。
俺が老中になればお前が仕事の出来ない与力でも、誰も不満など言えなくなる。無事に俺が上がれるように協力すれば、家門も安泰なのだ。
とにかく一件でも多く事件を解決しろ。
お前の役割は、生まれた時から俺の補佐なのだ。
分かってるな」
「…………分かっております、兄上」
こうして対して同意もしないうちに、彼は浅賀清次郎の身分を得た。岡っ引きを持つことも、彼の裁量として任された。
◇◇◇
そんな兄に言われるまま、源に無理をさせて強引な捜査をしてきた。源の罪を兄は知らないが、役に立つなら多少のことには目を瞑るだろう。
何と言っても彼は有能だから。
けれどここに来て、お菊の出自をどうすべきか迷いが生じている。
兄の妻は出産後に死別し、男児が一人居るだけだ。
再婚も検討している兄がお菊のことを知れば、次期老中の王手の為に当然目を付けるだろう。
老中の奥方からお菊を守るなら、兄の邸は安全だろうが、それはお菊が望まないと思う。
源もお菊に自由を与える為に、必死に金を貯めているのだろうし。何より彼女の幸福だけを願っているのだ。
自由もない武家で、なおかつ厳つくて四十路に手の届く子持ちの俺様男では、あのじゃじゃ馬と喧嘩する未来しか見えない。
それくらいなら、僕が拐って逃げてやろうと思うほど、お菊を大事に思っている。今のお菊は、本当に綺麗になった。
でも…………。
あの兄が彼女の存在を、知らないなんてことはあるのだろうか?
せめて名前だけでも変えておけば、少しは違ったのだろうか?
何れにしろ、老中の伊折様の子であると証明する品物は、まだ表に出ていないから確信は持たれていないだろうが。
「あの子にはいつも笑って欲しいな。政に巻き込まれるくらいなら、逃がしてあげたいが…………。果たしてどうなることか?」
源と仲良く暮らすお菊には、何も知らずにこのまま過ごして欲しい。
そう願う清次郎なのだった。
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