みんな同じ顔 (一話読みきりの短編集)

ねこまんまときみどりのことり

文字の大きさ
3 / 11

そう言うしくみ

しおりを挟む
 私が祈ると女神様の像が光輝き、その場にいる人々の病が全て癒えます。

「ううっ、ありがとうございます。女神様」
「これでまた、働くことが出来ます」
「子供を助けてくださり、感謝します」

 教会では、その奇跡に人々が涙を流し、多くの謝礼がもたらされていました。

 それは女神の癒しなので、祈った私には関係ないと神父に言われ、感謝されることもなく育ちました。


「ほら、今日のご飯だ。お前はもう地下に戻れ」
「はぁはぁ、ありがとうございます」

 固くなった黒パンを投げつけられて、最近疲れやすくなった体を引き摺りながら、私は地下の部屋へ戻ります。
 私が外に出られるのは、女神様の像を光らせる仕事がある時だけです。

 物心ついた時から地下が自分の場所で、足には大きな枷と重りが付けられ、自由に外に出られません。

 柵がないので牢屋ではないですが、痩せっぽちで重りがある状態では、部屋の中を僅かに動くだけで精一杯です。
 ほとんどの時間を、教会で見た嬉しそうな人々の様子を思い出して眠るのでした。
 この時だけ私は、笑顔でいられたのです。


 そこは教会の物置の下にある、野菜を保存するむろのような場所でした。光さえ差し込みません。

 あるのは石造りの寝台と厠だけで、壁もまた石で囲まれていました。

 元々の一枚岩をくり抜いたのでしょう。
 その上を申し訳程度の小屋を建て、むろを隠した状態のようです。


 体は垢やフケと埃で汚れ、衣類もズタ袋の穴を開けたものを被せるように着せられました。

 こんな生活なのに病気一つせず、淡々と日々が続いて行きます。ただ前よりも、疲れやすくなってきました。
 動くことは少ないので、寝ていれば分からないのですが、女神様の像を光らせて民の癒しを願うと、息切れするようになってきたのです。 
 肌の張りも、なくなったように感じました。


 ある日教会の神父家族が、数日の旅行に行くことになりました。表向きは視察の旅ですが。


 そこには1日1つずつ食べるようにと、固いパンが7つ置かれました。

 私はお礼をして受けとりました。
 私の存在はその神父しか知らないので、食料を纏めて渡したのでしょう。


 神父がその地を離れ、数日間大雨が続きました。
 地下を隠すだけの物置は雨盛りがひどく、部屋を少しづつ浸水させていきます。
 戻った神父が地下で見た私は、浸水した雨水で溺死状態でした。

『ああ、やっと呪縛が解けた。体が軽くなったよ』


 声にならない嬉しそうな感情が、神父の頭に響きます。
「何だ、今のは?」

 混乱する神父に、さらに別の声が禍々しく響きました。

「次はお前の番だね」
「だ、誰だ! 何をする気だ! 離せ、ウワーッ」


 その瞬間から、神父は家族の前から姿を消しました。

「父上、何処ですか?」
「貴方、返事をしてください」

 行方を探す家族の前に、二度と神父は現れません。
 同時のように、女神様の像が奇跡を起こすことはなくなり、教会は寂れ人が来なくなりました。

 元々神官等ではない神父の妻と子は、ここを去ることになりました。
 今までに神父が溜め込んだ金貨は、家族にも隠していたので手がつけられず、今も銀行に眠っています。
 妻子は懸命に働き地に足をつけ、今も神父の帰りを待っているのです。



◇◇◇
「出せー、この野郎! 誰だか知らないが、容赦しないぞ!」

 神父は暗闇に放り出され、怒りから喚いていました。
 もう何日経ったか分からないほど、不確かです。

「なあ、もう、出せよ。出して下さい。家族も待っているんだ。頼むからさあ!」

 その問いに、あのときの声は応えます。

「なんだ、お前。自分がした約束を覚えていないのか? もうお前が戻れる場所なんてないぞ!」


 薄明かりで目が慣れ、自分の格好が見えてきました。
 奇しくも彼がむろで目にしてきた子供のように小さく、出で立ちも同じような感じなのでした。

 ズタ袋の服に足枷あしかせと重りが付けられていて、更なる混乱を生みます。

「ど、どうして、この姿に? 何故だ?」
泣きそうに顔を歪め、見えない声の主に語りかけました。

 すると見えない誰かは言います。

「お前は賭けに負けたんだよ。
あれだけ欲望に負けないと俺に誓いながら、私欲に堕ちた。だからこれは罰だよ。
お前が粗雑に扱った、あの子供姿の者と同じ暮らしをする罰さ」

「あ、あぁ、なんで、今頃になって?」
「今頃? 何馬鹿なことを? 俺はずっと楽しかったよ。お前を見るのがね。フフッ」


 そう、神父は遠い昔、神に願ったのを思い出していました。

「どうか私達を助けてください、神様」

 医師もいないこの場所で流行り病が続き、多くの人が倒れて死んでいきました。神父である私は、祈るしか道が残されていなかったのです。

 そしてその時、見えない誰かはこう言ったのです。
「お前の望みは聞いた。けれど条件が一つある。
お前は今後、いくら豊かになろうともその心を忘れず、民に尽くしていけるか?」

 愚問でした。
 そのままならば、明日にも自分は死ぬでしょうから。
 だから即座に「民の為ならば、この身を尽くします」と誓ったのです。


 その後空から、目映まばゆい光が土地全体に降り注ぎ病が治癒していきました。そして健康体に戻った後は、みんなで力を合わせて田畑に実った麦や野菜を収穫して、生活を立て直したのです。

 その時に見えない誰かが言ったのです。

 彼が連れてきた子供が、この奇跡を起こしたのだと。
 そして彼と契約したのは神父になるから、契約者以外の人にはその姿は見えないと言うのです。 

「その子供と協力して、この地を救え。そしてもう十分なら俺を呼べ。または約束を違えた時は……。まあ、愚問か? お前は約束を守るだろう?」

「勿論です。早速助けて下さり、ありがとうございます」
 真摯に礼をすると、その姿は煙のように消えてしまいました。


 神父は子供と共に、病を癒し続けました。
 その噂は広がり、近隣の村や町にも知れ渡っていきます。
 お布施や尊敬も高まり、生活は豊かになっていきました。


◇◇◇
 数年後。
 助けた人の一人と結婚し、子も生まれました。
 神父にも結婚は許されていたので、結婚自体は罪ではないのですが、他の女性とも姦淫かんいんに耽っていました。贅沢し、横領にまで手を染めて。

 地下の子供が逃げないように、粗末な服を着せ、更に足枷あしかせと重りまでつけました。

 お金だとて、妻子に渡す分は最低の金額だけでした。
 それでも2人は感謝を忘れず、快活に生きていました。
 神父はわざわざ変装し、隣町まで遊びに出掛けていたのに。
 それに気づき諭す妻を不満に思い出した神父は、勿論通帳などを渡すことはなかったのでした。


 預けられた子供は体調を崩すこともなく、成長することもありませんでした。ずっと初めて会った時のままです。
 そして自分のことも話しません。
 以前に聞いた時、覚えていないと言っていたような気がします。
 次第に普段の口数も減っていき、遂には返事しかしなくなりました。

 そして自分以外に、その子供が見えないのも本当でした。


 ただ、初めて会った時のような、輝くような笑顔はなくなり、身綺麗だった姿はなりを潜めていきます。
 今では浮浪児のような有り様に見えました。
 子供は文句一つ言わず、言われたことを熟していきます。

 神父は忘れていました。
 子供は大きな力で、人々を癒すほどの力があるのです。
 何故、今まで見くびってしまったのだろうか? と、急に不安を抱きました。


「ああ、あれは罰を科した天使だ。
だからお前に逆らえないようにしていたんだ。
力を使う度にやつれていたよね。

でもね、お前が真に私欲のない聖人だったなら、あれも大天使になれたんだけどね。
まあ、人間に絡んでうまくいくなんて稀だしね。

結局お前も、自己の為に余計な力を誇示するのだもの。
今回の顛末を聞いて、馬鹿なことをする者(天使)も少なくなるだろうね」


 淡々と話す見えない誰かは、神父に何かが入っている袋を渡してきました。

「お前は約束を破ったから、その報いを受けて貰うよ。
袋には、お前が天使に渡した物が入っている。
固くなったパンとズタ袋の服に、足枷あしかせと重りか。

馬鹿だね。精神生命体に食べ物なんて。
それもこんな不味そうなもんを。

それでも天使に感謝して、それ相応の物をあげていればお前にあげたのに。

 足枷あしかせと重りなんて、ずいぶんと酷いね。
あの子は俺との約束で逃げられないし、素振りもなかっただろ?

この場合は契約者の気持ちが入るから、あの子も重たさを感じただろうね。

ここに来る前の、記憶を奪っておいて良かった。
屈辱で消滅したかもしれないからね。

お前は拷問官にむいているかもね。
まあしばらくは、その逆になるけど」


 そう言った途端、神父はある国の鉱山に落とされていました。

「ちんたらしてるんじゃないぞ、お前達。働かない奴は飯抜きだ!」
「「「はいっ!!!」」」

 神父は子供にされ、記憶があるまま鉱山奴隷となっていたのです。
 ここに彼の身内はいないはずなのに、親が奴隷でその子供も奴隷に、ということになっていたのでした。

 子供ではノルマが熟せず、満足に食事も貰えません。親も子に構えるほど、甘い状況ではありませんでした。
 仕方ないので、あの袋をあさります。
 すると固くなったパンを見つけました。
 何故か腐ることもなく、神父は空腹をしのぐことが出来たのです。
 ですが、そのパンさえ、いつまでもつことか。
 そして鞭打たれ、傷の手当てをしてくれる人も頼れる者もいないこの場所で、いつまで生き延びられるのでしょうか?


 人々を癒したのは自らの力ではないのに、自分が神に祈ったから民を救えるのだと、慢心していました。
 教会に寄せられる全ての感謝も称賛もお布施も、自分の祈りがあったからだと、付け上がっていたのです。
 力が必要でなくなった時は、そう伝えろと言われていたのに。
 人々に失望されることが怖くて、緊急性がない状態でも、神からの子供を手放せなかったのです。



 契約を守り、真面目に生きれば良かったのでしょうか?
 途中で天使を返せば良かったのでしょうか?
 そもそも何とかして欲しいと、超越者に祈ったのが駄目だったのでしょうか?
 天使への待遇を、正当にすれば良かったのでしょうか?

 それはもう遅いけど。

 傲慢にさえならなければ、頑張るあの子天使に良い待遇くらいは与えられたことでしょう。

「何も無い時は清廉せいれんな男だったのに、堕ちるのが早過ぎる。だからこそ面白いのだけどね。
……誰もがそうだ。一度味わった快楽(称賛や期待など)は、なかなか忘れられないものだからね」


 見えない誰かは、自分を呼ぶ声に時々応じます。
 声をかけてくる彼らの生涯を、暇潰しで楽しむ為に、満面の笑みを向けながら。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...