ジタバタしてるだけに見える

ねこまんまときみどりのことり

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マーブルの秘密

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「アンクロッテ様、私もう嫌です。ぐすっ、もう心が悲鳴をあげています。いっそ死にたい、です」


 私は占い師を生業としているアンクロッテ。
 深い紫のベールで顔を隠し、同じ色のローブで全身を包んでいる。

 占いの館に来たのは、子爵令嬢のマーブル・クロソフライン。
 政略結婚でリビドー・ダンロ男爵に嫁ぐらしい。

 家の借金返済の代わりに、生け贄のように嫁がされるそうだ。
 その借金だって、子爵の後妻とその娘の贅沢で出来たもの。
 マーブルが13歳の時に母親が死に、後妻達が邸に住み出した。
 当時継母となるレサウは34歳で、義姉ルママは16歳。


 父親トーデと継母が結婚したのだが、なんと義姉と父親も体の関係を持っていたのだ。
 二人ともその方面の商売をしていたらしい。

「ねえ、トーデ。私ドレスが欲しいわ」
「お義父様、私は宝石が欲しいの」
「ああ、良いぞ。好きなのを買いなさい」

「ありがとう、トーデ。愛しているわ。私を男爵夫人にしてくれた貴方のことを! チュッ」
「私も好きー。綺麗な宝石、たくさん欲しい」
「ああ、俺も愛しているぞ。二人とも」

 ふふふっ、ほほほ、あははと、笑い声が響く我が家なのに、その輪の中にはマーブルはいない。

 マーブルが持つ高級な物と見なされた物は、全て二人の物。
「これ頂戴ね。良いでしょ、お古の物を貰ってあげるわ」
「そうよ、そうよ。子爵の娘なら、新品を購入しなさいな。……ただ、トーデが買ってくれるかしらね?  オホホッ」


 真面目だった父親は、妻の死に堪えられず救いを求めた。酒や快楽に身をゆだね、現実逃避をしてしまったのだ。

その結果がこれだ。

 血の繋がりのある娘より、後妻とその娘を優先したのだ。快楽に逆らえずに。

「トーデ、大好きよ。今夜も癒してあげるわ」
「ああ、楽しみにしているよ」
「私だって愛しているわ。お義父様。ふふっ」


 当然、執事を始めとする使用人達は猛反発した。

「旦那様、目を覚まして下さい。もう蓄えも底をつきます。散財はお止めください」
「そうですよ、旦那様。娼婦上がりにだまされないで、マーブル様を守ってください。あの女達は、お嬢さんに理不尽を強いています」

「うるさい、うるさい、うるさい !!! 嫌なら辞めればいい。ああ、そうすればお金も減らないな。家のことも領地のこともマーブルにさせれば良い。今まで育てた恩を返して貰おう 」

「旦那様、しっかりして下さい」
「お考え直しを」
「旦那様、本気でそんなことを?  お嬢様はまだ13歳なのですよ。保護されるべき年齢です。……それなのに」

「とにかく、レサウ達を悪く言うな。これ以上言えば、クビにするからな!」


 主人に忠言しても耳に届かず、怒りだけが増す現状。
 彼らはマーブルを守る為に、此処に残ることにした。

 トーデの横暴さに当然辞める者も多くなり、人の減った邸は閑散としている。それでも後妻達の贅沢だけは止まらず続く。
 呆けたトーデに仕事はできず、結局マーブルが執事の手を借りながら執務を行っていった。

 使用人達の給金は遂に支払われなくなり、食事の質も平民と変わらなくなり始めた。

(義母達の持つ宝石1つ売るだけで、使用人の給金等すぐ工面できるのに)
 悔しく思うマーブルは、両手を握りしめた。

 殆どの使用人は去り、執事のローランと従者ライザ、メイド長アロマだけが、マーブルを一人に出来ないと責任感で残るだけ。勿論既に無給状態だ。

 マーブルは苦しげに彼らに話す。
「あなた達には、今までお世話になりました。でももう無理しないで良いわ。……私はダンロ男爵の後妻に入ることになったの。……だから、だから……うっ、今までありがとう」

「っ!(まさか)」
「(そんな…………)」
「(酷い!)」

 涙を堪える彼女に、使用人達は切なくて一瞬押し黙った。
 今の彼らには反対さえ出来ないからだ。

 もう40歳に手の届く男爵は、好色のサディストだと言われている。もう何度も結婚と離縁を繰り返すロクデナシ。
 いつまでも落ち着いた結婚ができない息子に、彼の母親は借金漬けのマーブルを宛がおうとした。子爵の娘なら丁度良いと、金で囲おうとしたのだ。
 彼は彼で父親が必死に築き上げた林業加工での財産を、父親の没後に使い潰す勢いで女に使っているクソ野郎。
 息子に甘い母親は諫めもせず、一緒になって散財している有り様。夫は倹約家で生きている時は贅沢できなかった言うが、その言い分は怪しい。若い頃から派手に着飾っていたから。



「なんでお嬢様が、あんな男の所に! 旦那様は狂っている」
「逃げましょう、お嬢様。此処にいては駄目です」
「マーブル様、私が面倒みます。私は貴女のことを娘のように思っているんです」

 自分を必死に心配する姿に、縋りそうになるマーブル。
でも駄目だ。使用人が子爵に逆らえば、どんな目にあわされるか。
 最悪無実の罪をでっちあげられて、騎士団に捕まることさえあるだろう。

 此処にいる者の生家は、騎士上がりの爵位持ちか男爵家の出の者だ。没落しそうな我が子爵家でも、逆らうことは難しいだろう。

 だから別れを告げた。

「私は男爵家に嫁ぐわ。そうでなければ娼館に売られそうなの。…………きっと逃げ切れないと思う。だからお願い、みんなは幸せになって、ぐすっ」

 心の底ではみんなも分かっていた。
 金づるになるマーブルを、トーデが逃がさないであろうことを。

 だから彼女は、彼ら使用人達を逃がしたのだ。
 最後まで尽くしてくれた、本当の家族のような人達を巻き込まないように。

「さようなら、元気でね」
「お嬢様、お嬢様。嫌です、離れません」
「ああ、酷い。こんなこと、奥様が生きていればなかった筈なのに」
「……せめてお体を大切に。手紙を書きます。お嬢様……」

 その夜、みんなに出て行って貰った。
 私が逃げないようにする為か、いつの間にか入った若いメイドがいつも近くにいるから、話を聞かれていれば彼らが危険だと思ったからだ。


 2階の窓から、去っていく彼らが安全に行けるように祈る。
 ああ、無事に逃げられたわ。良かった。

「さようなら」

 彼らの決別と、自らの人生を諦めた瞬間だった。


 ある日の朝、庭で何かが燃えていた。
 駆け寄るマーブルは悲鳴をあげる。

「お母様の肖像画、私とお父様と3人で描いて貰ったものまで燃えている。……どうして?」

 項垂れるマーブルに、継母のレサウが告げる。
「必要ないからよ。持ってたってお金にも代えられないわ、こんなもの」

「そんなこと! だって、お父様だって許さないわ」

 言ってから気づくマーブル。
 代々の家族の肖像画のある部屋には、鍵がかかっている。
 日の光で、絵の具が変色しない為だ。
 鍵を開けなければ、レサウの目には触れない筈なのに。


 レサウは勝ち誇った顔で、嘲るように言う。

「鍵のかかっている部屋が気になって、トーデに開けて貰ったの。でもお宝なんてなくて、似顔絵だけでガッカリしたわ。全部燃やそうと思ったけど、あんたと母親の描かれているものだけにするわ。だって全部だと時間がかかるものね」

 何を言われているのか、理解できなかった。
 私達の肖像画だって、燃やす意味はない筈だ。

「なんでここまでするの? そんなに私が憎いの?」

 怒りと悲しみで、口調に力が籠る。
 最初こそ父親に訴えたけど聞き入れてくれない為、ずっと継母達の行動には目を瞑ってきた。

 父親の仕事も代行し、大事なものを全て奪われた。
 それなのにこの仕打ちに、血の涙を流すマーブル。
 執事が出て行ってから、倒れる程仕事をしていた彼女の毛細血管は脆くなっていた。
 体の状態もすこぶる悪い。


「なによあんた、血の涙なんか流して。どっか悪いんじゃないの?  まあでも良いわ。どうせ男爵の家に行くんだものね。男爵はね、娼館にいた時の私の客なのよ。あの男道具を使うから痛くて、本当に嫌だったの。あらごめんなさい、お楽しみはこれからなのに。ほほほっ」


 脱力して動けない私を尻目に、去っていくレサウは楽しげだ。

「もう、頑張れない。お母様、どうして私を置いていったの?  ねえ、どうして?」




 マーブルは橋の欄干を両手で掴み、体を持ち上げた。
「待ちな、そこの人。早まるんじゃないよ」

 偶然に通りかかった女性は、マーブルを掴んで尻もちを突いた。

「痛たたっ。ああ、間に合った。何かあったのかい?  話なら聞くから付いておいで。あーあ、ベールが取れちまったよ」

 その女性は紫のローブを羽織った、神秘的な顔立ちの人だった。なんというか彫りが深くて、目鼻立ちがクッキリしているエキゾチック異国風な。

「…………ありがとうございます。失礼ですが、あの貴女は誰なのですか?」

 だって子爵家の醜聞は、知らぬ者がいない事実。
 私のことを知っている人なら、近づいては来ない筈だ。

「ああ、私かい? 私は占い師のアンクロッテだ。格安で借りた館で、占いをしているんだ。勿論あんたからお金なんて取らないさ。いいからおいで、こんな鶏ガラみたいに痩せて、可哀想に」

 アンクロッテのことは、以前に聞いたことがあった。若いメイドが見てきたみたいに当たると騒いでいたから。
この方が、その占い師なのね。


 雰囲気のある古い洋館に入り、お茶とお菓子を振る舞われるマーブル
 お金を支払って占いをする場所で、逆に振る舞いを受ける人は私くらいなものだろう。

 アンクロッテ様は、かなり細かい情報を知っていた。
まるで私の家にいたみたいに。

「あんたはどうしたいの? 今の家に居場所はないし、結婚したってあの男爵じゃあね。頼れる親戚とかはいないの?」
 そう言うと、テーブルに肘を突いていた彼女は、即座に向き直り謝罪をしてきた。

「ごめんな。いればこんなに困ってないよな。あんたの母方の祖父母も亡くなっていて、そこの代替わりした後継も今のトーデ、失礼子爵を煙たがりあんたに関わりたがらない、か。酷いな、逃げ道なしじゃないか?」

 言われて更に絶望する私。

「ああ泣くな、マーブル。今相談相手出してやるから。もうこっちに来て良いぜ、マリーネ」

 マリーネ、それは母と同じ名前だった。

 トコトコと歩いてきた黒猫は、マーブルの足に絡まり“なぁ~”と甘えた声を出した。
 その後一瞬光ったかと思えば、光に包まれたまま大きくなるマリーネ。

「え、 なんで?  どうしてお母様がここに?  死んでしまった筈なのに。ああ、でも、会いたかったわ。お母様!」

 マーブルはマリーネに抱きついた。
 この瞬間がもし幻で、橋から落ちていく途中の走馬灯でも構わない。
 迎えに来てくれて嬉しいとさえ思う。

「ごめんね、ごめんね、マーブル。何も出来なくて、ごめんなさい」
マリーネは、マーブルをきつく抱きしめて話し出す。

「私は不治の病と告げられて絶望したの。でも話を聞いてくれたアンクロッテが、提案してくれたのよ。 
 彼女アンクロッテに協力すれば、貴女マーブルをこれからも見守られるようにしてくれるとね。最初はどういうことなのか分からなかったけれど、魔女だと明かされたら信じるしかないわ。
 彼女は男性にも女性にも、動物の姿にもなれるのよ。    
    最初は私もびっくりしたわ」

 にわかには信じられないけど、今自分が母親と会えているのが現実なら、不思議な力があることに納得できる。

 マリーネは悔しそうに言う。

「まさか、トーデがあんなに腑抜けるなんて予想外よ。再婚するなとは言わないし、私が死んで悲しいのは分かるけど、同じく悲しんでいるマーブルを放って置いてあんな女達と。最悪よ、殺したい!」

 相思相愛の父親と母親の絆が、ブチリッと切れた音がした。可愛さ余って憎さ百倍である。

 そもそもマリーネが従った提案も、トーデがマーブルを愛し続けるのが前提であった。
 こんなことになるなら、財産をぶんどって離婚しただろう。でもこれは、マリーネが死んだから起こった出来事だ。どうにも難しい。

 でもトーデはきっと、2年後に自分が死んでいても同じことをしただろう。
 人の本質は変わらない。
 それならばせめて、15歳になるまでマーブルの傍にいた方が良かったのか?
 正解はでない。


 アンクロッテの提案は、マリーネの残りの寿命を2年分引き取り、違う姿となってアンクロッテの欲しい情報を調査すること。
 その対価にマリーネが死ぬまで、遠くから見届けられるように誓約を交わすことだった。

 その時にマリーネは思ったのだ。
 このままの姿で2年間、不自由な体で心配をかけて生きるより、マーブルの姿を見守る方が良いかも知れないと。
 マリーネから正体は明かさないつもりだった。
 確かにマリーネの肉体は死んだのだ、マーブルを混乱させたくない。
 けれど前提条件が変化したことで、アンクロッテとマリーネは腹を括った。

 誓約はマーブルが死ぬまでだったが、こんなに早くその日が来るのはアンクロッテも望んでいない。

 マーブルが飛び降りて命を絶てば、マリーネと結んだが誓約が解けてしまう。使い勝手の良い手駒を逃したくないのだ。


 すかさずアンクロッテは、自分が魔女だとマーブルに明かした。
 知ってしまえば、何らかの誓約を結ばなければならない。
 他の人間に正体を知られれば、教会から異端者と見なされてしまう。
 過去に火あぶりになった魔女もいたのだ。

 それ程力のある魔女は、教会から異端視されている。


「アンクロッテ、マーブルには酷い誓約をしないで。私なら何でもするから」
 マリーネはアンクロッテに、切なそうに懇願する。

「アンクロッテ様、私にも誓約をさせて下さい。お母様だけが辛い思いをするのは嫌なのです。どの道私は、先程助けられなければ死んでいました。私にも何かさせて下さい」

 マーブルに迷いはない。
 彼女は母親に会えたことで、今までの辛さがふっとんでしまっていた。
 一目母に会えただけで良かった。
 暗かった彼女の世界に、光が満ちたから。


 アンクロッテは頷いて、マーブルに告げる。
 私の誓約は二つ。

「一つは私の正体を告げないこと。
 二つ目は私の為に、情報を仕入れることだ。
 出来るかい?」

「はい、分かりました。必ずお役に立って見せますわ!」
 マーブルは快諾し、誓約を交わす。

 ちなみにマリーネとは、正体を言わない約束はしていない。
 もし言ったとしても、最早自分の肉体がないマリーネが行く場所はないからだ。
 すぐに天に召されるのは、彼女の意に沿わない。



 そしてアンクロッテは、マーブルがダンロ男爵に嫁ぐことを促す。
 マリーネは大反対だが、話には続きがあった。

「もし嫁いでも、男爵はお前には触れない暗示をかけてあげるから。『マーブルは仕事ができるから、仕事をさせる為に結婚しただけ。子爵の名があれば、いろいろ便利だ』とね。
 あとは万が一にも迫ってこないよう、その気になった時に、お前の顔が男爵の母親に見える錯覚も付けておいた。さすがに母親の顔では萎えるだろうよ。
 …………それでも駄目な時は、これ“催眠スプレー”。
 どうする? 止める?」

 ここまでして貰っては後にはひけない。
 快諾一択だ!

「やるわ、アンクロッテ様。そして男爵周辺の情報を隈無く報告します」

 やる気に満ちているマーブルは、アンクロッテのことを正義の魔女だと思っていた。
 きっと困っている人を見逃せないの人なのだと。
 そして迷惑をかけないように、心配させないように、護身術を習おうと決意する。



 残念ながら、アンクロッテは正義の魔女ではない。
 ゴシップ大好き魔女ッ子だ。
 長寿な魔女界ではまだ若者で、たったの300歳だ。
 人との時の流れは違う。
 人間界のドロドロ人間ドラマを生で見たくて、危険を犯してまで此処に住んでいる。
 ただの変わり者なのだ。



 そして誓約を交わし、ダンロ男爵夫人になったマーブル。
 結婚式の時は、継母レサウと義姉ルママはニヤニヤしっぱなしで、イヤらしい言葉を掛けてきた。

「今夜は、たくさん可愛がって貰いなさいな。男爵夫人様」
「可愛くおねだりしないと、優しくされないわよ」

 下卑た微笑みで、心底楽しげに話す二人。


 でも父親のトーデの顔色は悪い。

「ああ、マーブル。花嫁衣装綺麗だよ。(でも何でこんなに早く嫁に出したんだろう?  まだ15歳になったばかりなのに。何だかもやがかかったみたいに、頭がハッキリしないんだ。)……幸せになるんだよ」


 何だかボンヤリしているトーデを、変だと思ったマーブル。
 子爵邸にいる時には、3人で自分を攻め立てていたのに、今いる父親は以前の優しかった面影が見える。

 それでも息をいっぱいに吸い込み、最後の挨拶をするマーブル。
「お世話になりました、お父様。お元気で」

 マーブルは此処で父親と決別した。
 縁を切ったのだ。
 今後、何があっても助けないつもりで。
(さようなら、大好きだったお父様)

 父親が再婚しても反対等しなかったのに。
 ずっと傍にいた使用人達の声を、少しでも聞き入れてくれていたら、きっと縁を切ろうとは思わなかった。
 もう全てが過ぎたことだ。



 それから初夜になるも、リビドーはマーブルを抱かなかった。
 マーブルに何故か母親の面影が重なる。

「美しくないお前など抱かぬ。仕事だけしていれば、此処に置いてやる」

 そう言い捨てて、彼は部屋を去っていく。
 その後リビドーは、マーブルの寝室に現れることはなかった。
 完全なる白い結婚である。

 そうしてマーブルの仕事漬けに加え、使用人達の細かな情報もアンクロッテに伝えていく。


 そのうちに、リビドー男爵の庶子アガサが訪ねてくることになる。
 同じような不幸な少女を放っておけず、気を配るマーブル。

 マーブルにとって、領地経営などは慣れたものだった。
 ただアンクロッテへの情報を流す為に、社交界に顔を出すのが苦痛だった。
 社交界はたくさんのゴシップネタの宝庫だから、例え冷笑されても参加せねばならない。
 ちなみにリビドー男爵は常に女の所にいるから、社交に出席することすらないのだ。

 そんな中でも話術が巧みな彼女マーブルは、不幸な貴族女性達との繋がりを深めていく。
 彼女達の話を真摯に聞くマーブルは、いつしか聞き上手な女性としてその方面に人気になっていったのだ。
 そしてアンクロッテのことを紹介すれば、いつも驚かれた。

「あの方スゴいのよ。私の家の間取りや飼っているインコのピーちゃんの名前まで当てたんだから。それにすごく楽しい方だわ。相談内容の答えも的確だし。ありがとうマーブル様」

 なんて喜びの声も聞こえる。
 半分はマーブルからの情報で、半分はアンクロッテの使い魔からの情報だ。ちなみにマリーネも使い魔枠らしい。
 そのマリーネの潜入中のグランザリ伯爵家でも、姉妹の争いで面白くなっているようだ。
 なんとマリーネはその家のメイド長をしている。


 そんなこんなで、アガサを伯爵家の母の下に逃がすマーブル。

 ヴァリーナが結婚する前には、マーブルもアガサ達と楽しく過ごしていた。
 そんな時にリビドーが腹上死する。
 相変わらず借金漬けのクロソフライン子爵は、恥じらいもなくマーブルにお金の無心をしてきた。

 マーブルがコスタリア侯爵家と、グランザリ伯爵家の支持を受け、当主就任したからだ。
 リビドーの母親は認知症を発症し、マーブルの作った老人ホームに入っている。
 強欲だった表情はなく、いつも穏やかに笑っている。

 マーブルの社会的貢献を知る者は、義母を老人ホームに入れて酷い何て言わない。
 老人ホームの中でも大きな部屋に、メイドも派遣しているからだ。
 部屋に閉じ込められるよりも、子供達と触れあう方が幸せそうだからだ。
 勿論マーブルも定期的に通う。
 その時に、孤児院に来ているメイド長マリーネとも交流を持ち、楽しげにしている姿も多い。


 マーブルから報告を受けたアンクロッテは、天敵である教会に陳情書を出す。勿論、匿名で。

「今、社会貢献の立役者であるマーブル・ダンロ女男爵は、家族に虐待されていた。その虐待は父親の再婚からで、後妻は娼婦だったのに威張り散らし、現在のマーブル様が13歳の時から自分の娘と共に虐げていた。
 ダンロ男爵との結婚も、借金返済の代わりらしい。

 証言は元働いていた、子爵家の使用人達がしてくれるでしょう。

 そしてまた、男爵位に就いたマーブル様にお金の無心をしています。でも可笑しいのです。トーデ子爵は先妻がいた際は、こんな人ではなかった。魅了ですか、そんな魔法を掛けられているかもしれません。
 どうか恩人のマーブル様の為にも調査をお願いします」

 魔女のアンクロッテが、他の魔女を嵌めるような文言だ。でも魔法のようなと言っても、魔女とは書いていないところが、何とも(笑)。

「調査してみましょうか。功績のあるマーブル男爵に負担を掛けるのはよしとしませんからね」
 なんて言って、教会の偉い人が動き出した。

 すると本当にレサウは魔力が強く、意識下で魅了を使っていると判断された。
 けれど子のルママには魔力はないという。

 レサウの過去を調べ、貴族や金持ちの家を荒らしていることが判明した。
 以前に結婚していた家の娘は、娼館に売られたらしい。そうやって破産すると、次の男次の男と繰り返し結婚していたことが判明。

 魔女かどうか分からないも、悪質だと判断されて生涯を牢の中で過ごすことになった。

「ここから出してー、私を誰だと思っているのよ。子爵夫人なのよ。トーデ、トーデ出して。何で来ないのよ、薄情者、サイテー!!!」

 幾ら柵を揺すっても、騒いでも、ここからは出られないのだ。

 牢を守る騎士達は、司教の祝福で魅了は効かないらしい。
 魔法も祝福も変わらない気もするが、聖職者は悪事を働かない前提と言われれば何となく納得だ。


 そしてルママは、落ちぶれた子爵家でトーデと暮らしていた。
 一応義父と義娘だが、体の関係を持っている爛れた関係である。
 レサウが捕まったからといって離婚し、ルママと結婚する訳にもいかないだろう。

 そもそもトーデは、冴えない風貌をしている。
 レサウ達が一緒にいたのは、純粋な金目的だ。

 魅了が解けた今、愛情が薄れたトーデがルママを抱くこともないし、金のないトーデといても得もないルママ。


 奔放に生きているルママは、指輪を幾つか身に付けて子爵家を去っていく。

「そろそろ潮時みたいだから、私もおさらばするわ。あんたは最高の太客だったよ、最初からずっとね。義父だと思って盛るほど、私は落ちちゃいないのさ。そんな気持ち悪いのは物語の中だけだよ。そりゃあ絶世の美男なら、考える余地はあるだろうけど。ふふふっ、じゃあね」

 投げキッスをして意地悪く笑う彼女を、さすがに追う気力はない。彼女からすれば、自分はただの客でしかなかったのだから。

 1人になったトーデは、とてもつもない後悔に襲われた。

 何故こんなことになっているのかと苦悩した瞬間に、曖昧だった事実が急に鮮明となり、脳裏に描かれ出した。

 マーブルはいつの間にか嫁に行き、今や時の人だ。
 でもでもでもでも、トーデにはその間の記憶がハッキリしない。まるでずっと夢を見ているような感じなのだ。

 それでもマーブルの悲しい顔や執事達にされた忠告などは、鮮明に思い出した。
 魅了の最初で諫言に従えば、まだ救われたのに。
 記憶があるのは、魅了が浅かった時だからだ。

「ああ、マーブル。俺はなんてことを。ああっ、済まない、済まない、マーブル…………」

 もう遅い、遅すぎる。
 けれど正気に戻った今、彼は領地を建て直す使命を思い出す。

「せめてこれからは、人の為に尽くそう………………」

 トーデは残された宝石や衣装を全て換金し、借金の返済に充てた。
 そして放り出した経営に向かうのだが、なかなか領民と信用は結べない。
 放置の間、その領地を援助していたのがマーブルらしく、トーデが行うことでマーブルが手をひくと聞き落胆していたからだ。

「もう放ってくれていれば良いのに」と切実な声が聞こえる。ますます肩身を狭くするばかりだ。

 それからは女性に関わることなく生涯を過ごすトーデ。
 マーブルにも、元の使用人達にも会わす顔がないし、女なんて信じられない。
 悔恨だけが、常に胸をもたげる。

 子爵家のこれまでの醜聞と、顛末も多くの人の知るところとなり、財政を立て直した後の邸の使用人も男ばかりだ。
 それでも白い目を向けられている気がする。
 魅了には勝てねえと同情する者も、良い思いしたんだから良いじゃねえかと冷やかす者もいる。
 女性にはゲジゲジのような扱いを受けるので、社交には全く出ていない。


 時々レサウに面会に行くも、お洒落もできず暗い空間に住まう彼女は激変していた。
 食事も摂らずに壁の方を向いて、妄想を口にし一日を過ごしているそうだ。

「ほほほっ、私が一番綺麗よ。もっと宝石を、もっとドレスを」

 痩せぎすで見る影もない程に頬も痩け、本当の魔女のようだ。

「何でこんなことに………………」


 それでもマーブルの噂を糧に、今日も生きる彼。
 肖像画の部屋には、愛した妻の絵もマーブルの絵もない。全部レサウが焼いてしまったからだ。

「ああ、もうボンヤリしか顔を思い出せないよ。会いに行くことも出来はしないし。
 ……せめて元気でいてくれ。うっ、うっ」


 そんな父親を他所に、マーブルは初めて愛する男性と過ごす日々に癒されていた。
 多くの噂話をアンクロッテに伝え、占い師としてアンクロッテを紹介する日常。

 アンクロッテは正義だけの魔女ではないと、最近は気づき始めたマーブル。


 でも母マリーネと夫ジムと、三人で囲む食卓は至福でしかないのだ。
(ジムにはメイド長は仲の良い親戚と告げている)

 その輪には、時々アガサとアンクロッテが加わっている。

「ジム、私幸せよ。今が一番」
「もっともっと、幸せになるさ。子供もできるかもだし、できなくても勿論愛してるけどさ。それにアガサだって、いつか結婚するだろう?  これからも見えない未来は楽しいぞ」

 ジムに言われると、本当にそんな気がするから不思議だ。


 そしてジムの初恋の人の不幸を知っている、アンクロッテ。彼女が人間界にいる時間は長いのだ。

 マーブルとアンクロッテの誓約は続いている。
リビドー男爵の死にも、アンクロッテが関わっている可能性は否定できない。
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 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

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