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第二話:知らない写真
しおりを挟む「なあ春翔、これ見てみ? まじヤバ」
放課後の部室。
まだ着替えもせずにスマホをいじってた福井が、いきなり画面を突き出してきた。
「なんだよ?またネタアプリ?」
「ほら、例のヤツ。黒歴史、画像も記憶も消せるってアプリ。春翔、まだ入れてねぇの?」
「……ああ、あれね」
数日前から校内では”黒歴史”を消せるというアプリが話題になっていた。
なんでも、消したい画像や動画をネット上だけではなく人々の記憶からも消してしまうという、ちょっと眉唾物のアプリだ。
福井が差し出したスマホの画面を、春翔は見遣る。
そこには、その例の”黒歴史消去アプリ”の画面が表示されていた。画面の中央に広告らしきバナーが出ていた。
黒い背景に、白の太字、赤い枠線。
> 『消したい? 写真も、記憶も。』
バナーの背景には女の子の横顔が使われていた。
もとは普通の女の子画像なのだろうが、色味が加工され、
さらにはまったく別の画像と合成されているらしく、ジャングルの中で女の子が踊っているようなコミカルな編集がされていた。
見たことのない画像。
なのに、なぜか、見覚えがある気がした。
「……これ、……」
「笑えるよな、その広告。ひょっとこみたいじゃね?」
福井が笑う。
春翔は黙ったまま、もう一度その女の子の横顔を見つめた。
斜めを向いた横顔。唇がほんの少し、とがってる。
ジュースのストローをくわえようとしている――そんな瞬間に思えた。
でもなぜそんなことを思い浮かべる?
初めて見た画像なのに。
……初めて、か?
ふと目線を泳がせた春翔の視界に、部室の隅、去年の文化祭の模擬店で使ったのぼり旗が映った。
そうだ、あのとき――
去年の文化祭だった。
サッカー部で出した模擬店。
開店直後からかなりの人気であっという間に売り切れになった。
準備に走り回った1年のみんなで喜んでいたところに、カメラを持った写真部が来て、ちょっと遠くから「撮るねー!」って言って。
仲間たちは変顔したり、ピースしたり、じゃれ合っていた。
春翔も笑って映った。
文化祭のあと、写真部が公開した中にその写真はあった。
それを見たサッカー部の先輩女子マネージャーが笑って言った。
「右奥の子、松崎君にちゅーしてるみたいに見えるね」
写真の右奥。ピントが甘い、でも見ればすぐ同校の女子だと分かる制服。春翔と同学年ということを示す首元の緑色のリボン。
口元を少しとがらせていて、自分の頬の近くにいるように見えて――
確かに、それはまるで、春翔の笑っている顔にキスしてるように見えた。
でもそれは狙ったものではなく、数々の偶然が重なった結果だ。何の意図もない。
当時は、自分も先輩女子マネージャーもそんな雑談はすぐに忘れた。
でも。
福井がスマホをしまったのと同じタイミングで、部室に先輩たちが入ってきた。
部員たちがそそくさと準備を始める。
春翔も同じように着替えの手を速めた。
(……あの髪の結び方は、たぶん)
頭の中に浮かんだ同級生の顔を、広告バナーの女の子と重ねてみる。
似ている気もするし、全然違うようにも思う。
「春翔、行くぞ」
着替え終わった福井の声で思考が途切れた。
「ん、今行く」
明日、確かめよう。
そう思い、春翔はグラウンドへと向かって走った。
翌日、春翔は教室を出て部室とは逆方向へ足を向けた。
隣のクラスの扉は開け放されていて、そこから中を伺った。席がどこだか分からなかったが、尋ね人は教室の窓際で掃除の後片付けをしているようだった。
一度は教室を通り過ぎ、再び戻ってみる。まわりに人が少なくなったタイミングで近づいた。
「川瀬さん」
声をかけたその相手、川瀬早織はこちらを向くと、目を見開いた。驚いたようだった。
あまり接点のない自分がいきなり話しかけたら驚くよな。
申し訳ないと思いつつ、春翔はなるべく小声で切り出した。
「なあ、去年の文化祭のときの写真のことなんだけど」
早織は怪訝そうな表情を強め、首を傾げる。
「写真?」
「うん。去年の。サッカー部の模擬店で撮られたやつ。川瀬さんも映ってなかった?」
早織は眉間にしわを寄せ、1秒だけ固まったあと、首を振った。
「私がサッカー部の写真に? そんなの知らないし……あるわけなくない?」
「……そっか」
そのまま会話は終わった。
早織に別れを告げ、春翔は教室を出た。
背後で、早織の隣りにいた女子生徒が何やら盛り上がっていたようだったが、自分が弁明する必要はないだろうと思った。
彼女は、川瀬早織は、本当に何も知らないという顔だった。
部活動を終えて帰宅しても胸の中は晴れなかった。
何かを探そうと手を伸ばしたのに何も振れず、
何を探しているのかすら、その輪郭がぼやけている。
この違和感は自分だけしか感じていないのか。
「ただいま」
自宅の玄関に入ると同時に食欲を刺激する匂いが春翔の顔を包んだ。
「「おかえり~」」
母と妹の声が重なって聞こえた。匂いにつられ、春翔は自室よりも先にキッチンへ顔を出した。
「ただいま。あー、腹減った」
「すぐご飯だから、手洗って着替えて来なさい」
「ん」
言って、冷蔵庫に手をかけた。喉が乾いていた。
「こら、手を洗ってからでしょ」
横から諌める母の声が、ふっと遠くに聞こえた。
「これ……」
冷蔵庫のドアに、マグネットで紙類がいくつも貼られている。
ゴミの分別や曜日割、妹の小学校の給食献立表、地区のお知らせ、スーパーの特売チラシ、ドラッグストアのクーポン券……
その中に、それはあった。
「これ、この写真」
春翔が指差した写真、それは紛れもなく、あの画像だった。
去年の文化祭の模擬店。1年のみんなで撮られたあの瞬間。
右奥にいる女の子
間違いない。
川瀬早織だ。
横顔で写っている川瀬早織、その、少しだけ尖らせた唇が、自分の頬に触れそうな構図。
川瀬のこの横顔だけが抜き出され、あのアプリの広告バナーに使われていた。
1枚の写真を指差して動けずにいた春翔の顔を、母が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの? その写真がなに?」
「これ、この写真、なんでここに?」
母の質問には答えず、春翔は母に詰め寄った。
母は少し面食らったような顔つきになったが、すぐにコンロの上のフライパンに視線を戻して答える。
「どうだったかしら…? ママもよく覚えてないけど、でも春翔がこんなに笑ってる写真なんて貴重ね。そう思って印刷したんだったのかな」
「ちょっとこれ借りる!」
母の言葉が終わらないうちに、春翔はその写真を剥がし、自室へと踵を返した。
「あっ、それ捨てたりしないでよ!」
背中から追いかけてくる母の声と夕食の匂いを振り切り、部屋のドアを閉める。
鞄をベッドへ放り投げる間ももどかしく、ポケットからスマホを取り出す。
校内SNS、写真部の画像公開ページをくまなく探した。
――ない。
手にした写真の画像データはどこにも見当たらなかった。
あるのに、ない。
ないのに、ある。
昨日の福井とのやりとりを思い出す。
データだけではなく、記憶も消せるというアプリ、そこにあった広告。
> 『消したい? 写真も、記憶も。』
「もしかして……、誰かが、アプリでこの画像を消した?」
写真部が自分たちのデータを消しただけ、という可能性もある。でも、それなら校内の誰かが再アップロードした投稿まで消えることはないだろう。
じゃあ、やっぱり誰かが、アプリを使った。だから、“消えた”。
誰が?
何のために?
春翔は手にしたスマホと写真を見比べる。
あのアプリはすでに生徒のほとんどが使っているらしい。
ということは、かなりの“記憶”が消されているということではないのか。
このままでいいのだろうか。
母の記憶も、この画像に関しては曖昧になっているようだった。
母があのアプリを使っているはずはない。
でも――“印刷をした”から?
アプリや該当画像を介して
記憶の抹消が伝染する……?
“黒歴史消去アプリ”を使えば、画像も記憶も消すことができる。それは、消した本人だけではなく、周りの人たちのそれも。
「あのアプリ、もしかしてやばいんじゃ……?」
静かな部屋に春翔のつぶやきだけが響く。
その答えはうっすらとも見えてこなかった。
……同じ頃。
校内SNSに新たなアカウントがひっそりと作成されていた。
“消された”記憶が並べられていく。
#黒歴史って消えない
#この画像ほんとにあった?
(第二話・了)
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