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第一章 元冒険者、真の実力を知る
14:兄だけが知る昔話、姉の決意
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あともう一人。クロエはセスと話した次の日の朝イチで、兄がいる部屋に向かった。
冒険者ギルドの最上階である四階の部屋を、兄・サムは寝床としている。
コンコンコン
「お兄さま、いらっしゃいますか、お兄さま」
「あい、今開ける」
まだきょうだい全員が家にいたころから、サムは家族の誰よりも早く起き、弓の練習をしていたくらいである。朝は強いらしい。
バタバタと足音が迫ってきて、ドアが開いた。
「クロエか。クロエにしては早起きだな」
「早く来ないと、お兄さまは慣らしをしに行ってしまうと思ったので」
「ああ、もうすぐ行こうかと思っていたころだ。まぁ中に入れ」
何の用事で来たのかとは聞かれず、さっと中に入れさせてくれた。
本来三人で使うような部屋をサム一人が使っているため、中はゆったりとしていた。小さいテーブルにもう一脚イスを持ってきて、向かい合わせで二人は座った。
「……クリスタルの話か? 昨日の夜、セスから聞いた」
「それなら話が早いですね。クリスタルのことで来ました」
実はセスは夕食のあと、サムの部屋に寄って、クロエと話をしたことを伝えていたのである。
「ではお兄さまにも同じ質問をしますね」
サムの顔が険しくなる。
「私たち、ずっとクリスタルに冷たい態度をとってきましたよね。お兄さまはどうしてクリスタルにそうしていたんですか」
「……どうして、か。お父さまから言われたからとしか言えないな」
弟と同じく兄も、父から言われて冷たい態度をとっていたという。
「やっぱりそうなんですね。お兄さまとセスはお父さまから、『クリスタルは下手だから厳しくしろ』とか『甘やかすな』と言われていたんですね」
「クロエは違うのか」
「私はお父さまからそのようなことは言われていません」
「そうだったのか」
またもサムとセスは、クロエが何も言われていないことを知らなかったのだ。
サムは足を組み「で、ここからが本題だろ?」と催促し始める。早くこの話を終わらせて慣らしに行きたいのだろう。
「はい。それでお兄さまは、正直なところクリスタルにあのような態度を、お兄さまもとらなければいけなかったと思いますか」
「……そういうこと」
サムは昨日のセスと同じように、この質問にはすぐに答えることができないようだ。「そう言われるとな……」とぶつぶつつぶやきながら、組んでいる足をゆらゆらと揺らす。
「いらねぇな。あっ、クロエは覚えてないかもしれないけど」
そう言って、きょうだいの長子ならではの昔話をし始めるサム。
「クリスタルが弓を始めて、半年くらいだったかな。半年やっても俺たちのように上達しないクリスタルに、俺は『焦らないで、まだ始めたばっかりだからね。頑張れ』って言ったことがあるんだ。だが、それをお父さまに見られてて、俺は怒られた。『他の人に構っている暇があったら練習しろ。上達に応援など必要ない。練習あるのみだ』って」
クロエは眉をひそめる。それと同時に「お父さま、言いそう」とぼやく。
「それで、もうクリスタルを突き放すしかなくなったんだ。せっかく応援したのに怒られるって、子どもながらショックだったな。年が離れた妹だから、本当はかわいがってやりたかったんだが」
「そうだったんですね。それがお兄さまの本心ですか?」
「そうだな。本当は冒険者どうしみたいに励まし合いたかったけど、お父さまに何言われるか分からなかったから」
意外だった。父に一番近いと思っていたサムが、誘導することなく本心を話してくれたのだ。
昨日セスから例のことを言われて、サム自身は一晩考えていたのかもしれない。
「俺も家を出て冒険者になってから七年になるんだ。色んなやつの昔話を聞いてきたからさ、自分と比べんだよ。そういうことだ」
サムは唐突にイスから立ち上がると、弓と道具を持ってクロエを手で追い払う。
「話は終わっただろ? もう行きたいんだ」
「あぁ、すみません。突然おじゃまして、話に付き合ってくださりありがとうございました」
「クロエも今はソロじゃなくてパーティにいるんだろ? 早く戻ってやんな」
「はい、おじゃましました」
サムもクロエと一緒に部屋を出ると、鍵をして、階段の方へと歩いていく。クロエはその反対方向へと歩いていく。クロエは一度振り向いたが、サムは一度も振り向かずに階段を下りていった。
数日後、クロエは消耗品であるタブ(指のプロテクター)を買いに王都に来ていた。
「クリスタル、どうしてるかな」
クロエの歩む方向が変わった。
「声はかけないけど、見るだけなら」
先日母にクリスタルの居場所を伝えたものの、それはクロエ自身がその目で見たわけではなく、サヴァルモンテ亭の周りに住んでいる人や店の人から聞いただけだったのだ。
クリスタルがふらふらになりながら走った道を、姉が心配そうな表情を浮かべて歩いていく。
着いた。一度来たことはあるが、やはり緊張している。
「クリスタル……いた」
窓からのぞくと、お目当ての人物を発見した。
「すっかり変わっちゃってる」
店の中で忙しそうに料理を運ぶクリスタル。見たことのない笑顔をしていた。やつれていた顔は穏やかになり、無駄に長く伸びてボサボサだった髪は、頭のうしろできれいにお団子でまとまっている。
「お待たせしました、日替わりランチです。ごゆっくりどうぞ」
はきはきとしたクリスタルの声が聞こえてくる。クリスタルがこんなに明るい声を出せるのかと、クロエは驚いた。見違えるほどに変わった妹の姿にため息をつく。
「ダメだ、今は。でも、近いうちにまた来てクリスタルと話そう」
首をふったクロエはサヴァルモンテ亭を離れ、買い物をしに北に続く道へと歩いていった。
冒険者ギルドの最上階である四階の部屋を、兄・サムは寝床としている。
コンコンコン
「お兄さま、いらっしゃいますか、お兄さま」
「あい、今開ける」
まだきょうだい全員が家にいたころから、サムは家族の誰よりも早く起き、弓の練習をしていたくらいである。朝は強いらしい。
バタバタと足音が迫ってきて、ドアが開いた。
「クロエか。クロエにしては早起きだな」
「早く来ないと、お兄さまは慣らしをしに行ってしまうと思ったので」
「ああ、もうすぐ行こうかと思っていたころだ。まぁ中に入れ」
何の用事で来たのかとは聞かれず、さっと中に入れさせてくれた。
本来三人で使うような部屋をサム一人が使っているため、中はゆったりとしていた。小さいテーブルにもう一脚イスを持ってきて、向かい合わせで二人は座った。
「……クリスタルの話か? 昨日の夜、セスから聞いた」
「それなら話が早いですね。クリスタルのことで来ました」
実はセスは夕食のあと、サムの部屋に寄って、クロエと話をしたことを伝えていたのである。
「ではお兄さまにも同じ質問をしますね」
サムの顔が険しくなる。
「私たち、ずっとクリスタルに冷たい態度をとってきましたよね。お兄さまはどうしてクリスタルにそうしていたんですか」
「……どうして、か。お父さまから言われたからとしか言えないな」
弟と同じく兄も、父から言われて冷たい態度をとっていたという。
「やっぱりそうなんですね。お兄さまとセスはお父さまから、『クリスタルは下手だから厳しくしろ』とか『甘やかすな』と言われていたんですね」
「クロエは違うのか」
「私はお父さまからそのようなことは言われていません」
「そうだったのか」
またもサムとセスは、クロエが何も言われていないことを知らなかったのだ。
サムは足を組み「で、ここからが本題だろ?」と催促し始める。早くこの話を終わらせて慣らしに行きたいのだろう。
「はい。それでお兄さまは、正直なところクリスタルにあのような態度を、お兄さまもとらなければいけなかったと思いますか」
「……そういうこと」
サムは昨日のセスと同じように、この質問にはすぐに答えることができないようだ。「そう言われるとな……」とぶつぶつつぶやきながら、組んでいる足をゆらゆらと揺らす。
「いらねぇな。あっ、クロエは覚えてないかもしれないけど」
そう言って、きょうだいの長子ならではの昔話をし始めるサム。
「クリスタルが弓を始めて、半年くらいだったかな。半年やっても俺たちのように上達しないクリスタルに、俺は『焦らないで、まだ始めたばっかりだからね。頑張れ』って言ったことがあるんだ。だが、それをお父さまに見られてて、俺は怒られた。『他の人に構っている暇があったら練習しろ。上達に応援など必要ない。練習あるのみだ』って」
クロエは眉をひそめる。それと同時に「お父さま、言いそう」とぼやく。
「それで、もうクリスタルを突き放すしかなくなったんだ。せっかく応援したのに怒られるって、子どもながらショックだったな。年が離れた妹だから、本当はかわいがってやりたかったんだが」
「そうだったんですね。それがお兄さまの本心ですか?」
「そうだな。本当は冒険者どうしみたいに励まし合いたかったけど、お父さまに何言われるか分からなかったから」
意外だった。父に一番近いと思っていたサムが、誘導することなく本心を話してくれたのだ。
昨日セスから例のことを言われて、サム自身は一晩考えていたのかもしれない。
「俺も家を出て冒険者になってから七年になるんだ。色んなやつの昔話を聞いてきたからさ、自分と比べんだよ。そういうことだ」
サムは唐突にイスから立ち上がると、弓と道具を持ってクロエを手で追い払う。
「話は終わっただろ? もう行きたいんだ」
「あぁ、すみません。突然おじゃまして、話に付き合ってくださりありがとうございました」
「クロエも今はソロじゃなくてパーティにいるんだろ? 早く戻ってやんな」
「はい、おじゃましました」
サムもクロエと一緒に部屋を出ると、鍵をして、階段の方へと歩いていく。クロエはその反対方向へと歩いていく。クロエは一度振り向いたが、サムは一度も振り向かずに階段を下りていった。
数日後、クロエは消耗品であるタブ(指のプロテクター)を買いに王都に来ていた。
「クリスタル、どうしてるかな」
クロエの歩む方向が変わった。
「声はかけないけど、見るだけなら」
先日母にクリスタルの居場所を伝えたものの、それはクロエ自身がその目で見たわけではなく、サヴァルモンテ亭の周りに住んでいる人や店の人から聞いただけだったのだ。
クリスタルがふらふらになりながら走った道を、姉が心配そうな表情を浮かべて歩いていく。
着いた。一度来たことはあるが、やはり緊張している。
「クリスタル……いた」
窓からのぞくと、お目当ての人物を発見した。
「すっかり変わっちゃってる」
店の中で忙しそうに料理を運ぶクリスタル。見たことのない笑顔をしていた。やつれていた顔は穏やかになり、無駄に長く伸びてボサボサだった髪は、頭のうしろできれいにお団子でまとまっている。
「お待たせしました、日替わりランチです。ごゆっくりどうぞ」
はきはきとしたクリスタルの声が聞こえてくる。クリスタルがこんなに明るい声を出せるのかと、クロエは驚いた。見違えるほどに変わった妹の姿にため息をつく。
「ダメだ、今は。でも、近いうちにまた来てクリスタルと話そう」
首をふったクロエはサヴァルモンテ亭を離れ、買い物をしに北に続く道へと歩いていった。
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