16 / 49
第一章 元冒険者、真の実力を知る
16:あの時とはもう違う、これが今の私です
しおりを挟む
エラがドアに『庭にいるからドアの鈴を鳴らしてくれ』という看板をかけると、姉を連れて裏庭に行った。店の横を歩いていく足音がする。
私は自分の部屋で防具をつけ、腰に矢筒をかけると、黒い弓を持って裏庭に出る。
この裏庭では毎日二人で、短距離の弓の練習を毎日している。この前行ったような練習場よりはかなり狭いが。
「……クリスタル、その弓は?」
私を見たとたん、姉もやはりこのほぼ黒い弓に目を奪われている。
「エラさんに買ってもらいました。……前の弓は、お父さまに荷物ごと投げられたときに折れてしまったので」
エラは私の弓を指さして姉を催促する。
「その弓、すごく堅いんだ。姉貴も弓使いだろ? やってみるか?」
「はい、試しに」
散々弓のことで冷やかしてきた姉に、自分の弓を貸すことに少々複雑な気持ちになるが、顔には出さずに渡す。
「さぁ、現役冒険者の姉貴はどうかな?」
私が以前に姉のことを『本来数人でパーティを組まないと危ないようなダンジョンを、一人で行くくらい優秀な冒険者だ』といったことがあるので、エラもかなり期待しているようだ。
この弓を作ったタイラーでさえ「引くのが限界」だと言っていたくらいの弓だが、果たして……。
「ホントだ、堅い! フンッ!」
姉はいつものように弓を引こうとするが、弓はビクともしない。力をかけて引いてみるが、少ししかたわまないのだ。
「クリスタル……こんなので練習してるの?」
「『こんなの』とか言うなよ姉貴。それは私御用達の弓職人が苦労して作った、ダーツリーの弓だ」
私が姉からの質問に「はい」と答えようとすると、エラが首をつっこんできた。
「えっ、ダーツリーですか!? あのすごく堅い木の――」
「それを操るのが、クリスタルだ」
と言ったエラは、少し距離をとって眺めていた私を前に引っぱり出す。
「わわわっ」
「クリスタル、あの巻藁に打って。ねらいはどこでもいい」
「わ、分かりました」
姉から弓を返してもらうと、今朝靴のかかとで引いた線の前に立つ。ねらいは巻藁の真ん中の方にしてみる。
矢をそえて弓を引く。きしむ音を立てながら弓を引ききると、ねらいを定めて矢を放つ。
ピュンッ!
風がないおかげもあり、地面とほぼ平行に矢が刺さっている。
「クリスタルが……まっすぐ矢を飛ばせてる」
目を丸くする姉。
「どうだ? これが今のクリスタルの実力だ」
「あんなに堅くて重たくて、反動もかなりあるでしょうけど……いや……」
まだ姉は目の前で私がやったことが信じられないようだ。そりゃそうだよね。散々私の下手な弓を見てきたから。
「もう一本やってくれる?」
「はい、今度は……巻藁の上の端と刺さってる矢との間をねらいます」
指をさして姉に予告をする私。それにまた驚く姉。「『当たればいい』じゃない……!」という小声が聞こえた。
この相棒になって三週間が経ち、この堅さに慣れてきている。最初の一週間は手首を少し痛めたが、今は大丈夫だ。
そんなことを考えながらの二本目。ねらいはさっきより若干上向きにし、矢を放つ。
読みどおり・宣告どおりの場所に矢が刺さってくれていた。
「うそっ……!」
「お姉さま、今の私の弓はこんな感じです」
私は足がガクガクと震えている姉に呼びかける。
「冒険者をやめて、弓が職業じゃなくなってから上達するなんて、思ってもいませんでしたけど」
顔がこわばっている姉にほほ笑むが、余計にこわばってしまった。
「どうして……? 正確に打ててるし、お父さまによく言われていた左肩も直ってる。ずっと直せなかったのに、この一ヶ月で?」
「はい、この弓に変えてから」
「まさか、弓のせい?」
「私が使っていたくらいの安い弓だと、変な癖がついてしまうらしいんです。ってエラさんの弓職人の方が」
言っている私でも弓のせいにはしたくないのだが、これが現実だ。
「そうだ、クリスタルだけしょぼい弓だった。もし私とかお兄さまとかセスのような弓を使っていたら……」
うつむくと、姉は言葉に詰まってしまった。
上手くなって、今も冒険者を続けていたはずなのに、と言いたいのだろうか。
「でもそうしたら、エラさんにもこの弓にも出会えなかったし、冒険者ギルドっていう狭い世界しか知らなかったと思います」
「おぉ、そうか。クリスタル、いいこと言うな!」
エラにひじで腕をつつかれる。
今のところ、詳しい事情を唯一知っているエラも「いい弓で練習していれば、あんなことをされずに済んだかもしれない」というようなことを考えていたのだろう。
「『追放されたおかげで』とは言いませんけど」
初めて姉に皮肉を言った。家では言えなかった皮肉だ。私が皮肉返しができないことをいいことに、浴びるほどの皮肉を言ってきた姉に。
「……今のクリスタルを、お兄さまやセスに見せてやりたい。近いうちに連れてくるから」
悔しそうでもあり、何かたくらんでいるようでもある姉は、「そろそろギルドに戻ります」と歩き出す。が、一回止まってこちらに向き直る。
「エラさん、クリスタル、ごちそうさまでした」
「ああ。また食べにきてな」
これには作り笑顔と会釈で返した姉は、踵を返して消えてしまった。
結局、姉からの謝罪への返答をすることはできなかった。
【第一章 終】
私は自分の部屋で防具をつけ、腰に矢筒をかけると、黒い弓を持って裏庭に出る。
この裏庭では毎日二人で、短距離の弓の練習を毎日している。この前行ったような練習場よりはかなり狭いが。
「……クリスタル、その弓は?」
私を見たとたん、姉もやはりこのほぼ黒い弓に目を奪われている。
「エラさんに買ってもらいました。……前の弓は、お父さまに荷物ごと投げられたときに折れてしまったので」
エラは私の弓を指さして姉を催促する。
「その弓、すごく堅いんだ。姉貴も弓使いだろ? やってみるか?」
「はい、試しに」
散々弓のことで冷やかしてきた姉に、自分の弓を貸すことに少々複雑な気持ちになるが、顔には出さずに渡す。
「さぁ、現役冒険者の姉貴はどうかな?」
私が以前に姉のことを『本来数人でパーティを組まないと危ないようなダンジョンを、一人で行くくらい優秀な冒険者だ』といったことがあるので、エラもかなり期待しているようだ。
この弓を作ったタイラーでさえ「引くのが限界」だと言っていたくらいの弓だが、果たして……。
「ホントだ、堅い! フンッ!」
姉はいつものように弓を引こうとするが、弓はビクともしない。力をかけて引いてみるが、少ししかたわまないのだ。
「クリスタル……こんなので練習してるの?」
「『こんなの』とか言うなよ姉貴。それは私御用達の弓職人が苦労して作った、ダーツリーの弓だ」
私が姉からの質問に「はい」と答えようとすると、エラが首をつっこんできた。
「えっ、ダーツリーですか!? あのすごく堅い木の――」
「それを操るのが、クリスタルだ」
と言ったエラは、少し距離をとって眺めていた私を前に引っぱり出す。
「わわわっ」
「クリスタル、あの巻藁に打って。ねらいはどこでもいい」
「わ、分かりました」
姉から弓を返してもらうと、今朝靴のかかとで引いた線の前に立つ。ねらいは巻藁の真ん中の方にしてみる。
矢をそえて弓を引く。きしむ音を立てながら弓を引ききると、ねらいを定めて矢を放つ。
ピュンッ!
風がないおかげもあり、地面とほぼ平行に矢が刺さっている。
「クリスタルが……まっすぐ矢を飛ばせてる」
目を丸くする姉。
「どうだ? これが今のクリスタルの実力だ」
「あんなに堅くて重たくて、反動もかなりあるでしょうけど……いや……」
まだ姉は目の前で私がやったことが信じられないようだ。そりゃそうだよね。散々私の下手な弓を見てきたから。
「もう一本やってくれる?」
「はい、今度は……巻藁の上の端と刺さってる矢との間をねらいます」
指をさして姉に予告をする私。それにまた驚く姉。「『当たればいい』じゃない……!」という小声が聞こえた。
この相棒になって三週間が経ち、この堅さに慣れてきている。最初の一週間は手首を少し痛めたが、今は大丈夫だ。
そんなことを考えながらの二本目。ねらいはさっきより若干上向きにし、矢を放つ。
読みどおり・宣告どおりの場所に矢が刺さってくれていた。
「うそっ……!」
「お姉さま、今の私の弓はこんな感じです」
私は足がガクガクと震えている姉に呼びかける。
「冒険者をやめて、弓が職業じゃなくなってから上達するなんて、思ってもいませんでしたけど」
顔がこわばっている姉にほほ笑むが、余計にこわばってしまった。
「どうして……? 正確に打ててるし、お父さまによく言われていた左肩も直ってる。ずっと直せなかったのに、この一ヶ月で?」
「はい、この弓に変えてから」
「まさか、弓のせい?」
「私が使っていたくらいの安い弓だと、変な癖がついてしまうらしいんです。ってエラさんの弓職人の方が」
言っている私でも弓のせいにはしたくないのだが、これが現実だ。
「そうだ、クリスタルだけしょぼい弓だった。もし私とかお兄さまとかセスのような弓を使っていたら……」
うつむくと、姉は言葉に詰まってしまった。
上手くなって、今も冒険者を続けていたはずなのに、と言いたいのだろうか。
「でもそうしたら、エラさんにもこの弓にも出会えなかったし、冒険者ギルドっていう狭い世界しか知らなかったと思います」
「おぉ、そうか。クリスタル、いいこと言うな!」
エラにひじで腕をつつかれる。
今のところ、詳しい事情を唯一知っているエラも「いい弓で練習していれば、あんなことをされずに済んだかもしれない」というようなことを考えていたのだろう。
「『追放されたおかげで』とは言いませんけど」
初めて姉に皮肉を言った。家では言えなかった皮肉だ。私が皮肉返しができないことをいいことに、浴びるほどの皮肉を言ってきた姉に。
「……今のクリスタルを、お兄さまやセスに見せてやりたい。近いうちに連れてくるから」
悔しそうでもあり、何かたくらんでいるようでもある姉は、「そろそろギルドに戻ります」と歩き出す。が、一回止まってこちらに向き直る。
「エラさん、クリスタル、ごちそうさまでした」
「ああ。また食べにきてな」
これには作り笑顔と会釈で返した姉は、踵を返して消えてしまった。
結局、姉からの謝罪への返答をすることはできなかった。
【第一章 終】
0
あなたにおすすめの小説
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました
東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。
王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。
だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。
行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。
冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。
無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――!
王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。
これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる