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短編 グローリア、前世のお話
00:ただの音楽バカにはなりたくない
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……暑い。今日こんなに暑くなるって言ってたっけ?
私はアルトサックスのケースを背負い、楽譜が入ったファイルや、音合わせの時に使うチューナー、その他もろもろが入ったバッグを手に電車に乗りこんだ。
電車の中を巡る冷たい風が、心地よく体を冷やしてくれる。
県大会のほぼ一か月前の今日は、期末テストのテスト休みに入る最後の練習日である。
私は部長に立候補したがなれなかった上に、既に副部長も希望者多数だったため、学生指揮者というものになった。
この学生指揮者の経験が、まさか死んだ後で発揮されるとは思ってもいなかったけど。
「あっ、奏音~! 一緒に行こ!」
ちょうど同じ時間の電車を使う、トランペットパートのリーダー。高校からのつき合いだが、今や親友と呼べるほど仲良しである。
「ねぇねぇ、昨日のあれ見た?」
「見た見た! もう、めっちゃかっこよかったよね!」
好きなアイドルの推しを語り合い、情報交換をし合い、時には一緒にライブにも行く。推しの取り合いにならないのは、互いに互いの意見を尊重しているからだろうと、私は思っている。
私の高校の吹奏楽部は、毎年全日本大会に出場している強豪校だ。一日休みは月に一度あったらマシな方。
「今日の学指揮は奏音だよね?」
「……あっ、そっか。私か」
危うく仕事をすっぽかしそうになり、ヒヤヒヤする私。
明日から一週間半はできないから、いつも以上にちゃんとやろう! とやる気マンマンだったのだが。
学生指揮者の仕事は日替わりで、しかも私含めて五人いるので、忘れやすいのだ……と言い訳をしてみる。
昨日の学指揮から指揮棒を受け取ると、サックスを静かにイスの上に置いて、指揮者専用のイスに座った。
目の前には指揮者用の大きめの譜面台、横にはキーボードが置いてある。このキーボードでメトロノームの音を流したり、音取りをしたりする。
パンパンパン
私は手を何回か叩いて、個人練習を一旦止めさせる。
「基礎合奏やります」
「「「はいっ!」」」
お腹から出されるはっきりした声が、ズレることなく部屋中に響き渡る。
「ロングトーンやります」
「「「はいっ!」」」
私の指揮に合わせ、全ての楽器が同じ音を伸ばし始めた。
「今日はいつもより暑いので音が合わせにくいですが、チューニングの時点で、合わせづらい音を把握しておくようにしてください」
私はサックスなので、楽器によってどれくらいの違いがあるかは分からない。クラリネットやオーボエが特にそうらしい。
いつもチューニング大変そうだしね。
そう言うと、キーボードのボタンを長押ししてメトロノームのテンポを変えた。
昼休み、私はテストのために英単語帳とにらめっこしていると、先月の模試の結果が返ってきたのだ。
何も、テスト勉強で忙しくてメンタルがやられるこの時じゃなくてもいいのにさぁ。
「はい、出席番号順に取りにきてー」
出席番号二番の私は急いで赤シートを英単語帳に挟み、通路にあるリュックを飛び越えて『結果シート』を受け取る。
「……おっ、よっしゃ」
前回と比べると、国語も数学も世界史も英語も、少しずつ偏差値が上がっていた。
「えっ、奏音すごいじゃん」
後ろから、クラスで一番仲がいい友だちがシートをのぞきこんでいたのだ。
「うわっ、ちょっと何で見るの!」
「いいじゃん、私より頭いいし」
ポンッと私の頭に手を乗せてつかまれると、円を描くようにぐるぐると回される。
「あの吹部に入りながらこの成績はすごいよ。だってそもそも『吹奏楽特進コース』があるのに、あえて普通科から音大行くんでしょ?」
「そう、ただ音楽しかできない人にはなりたくなかったから」
苦笑する私。
もちろん私の夢は、音大を出てプロのサックス奏者になることだ。それだけではない。いつか自分の吹奏楽団を持ってみたいとも思っている。
そうなると必要なのは、みんなをまとめる力と指導力である。音を『こういう感じで』と言葉で説明するのは難しい。やはりお勉強ができないとやっていけない。
「奏音さー、よく自分のこと『その場しのぎでやってきた人』って言うけどさー、ホントはちゃんと考えてるでしょ」
「これで考えてるっていうのかな? みんな考えてるんじゃないの?」
「だってさー、まだ進路決めてない人だっていると思うけど」
「ふーん」
進路はしっかり考えざるを得なかったというか……これからコンクールシーズンに入るから、計画的に勉強しなきゃいけないし……。
「まっ、お互いに頑張るだけだね」
笑って手を振り、友だちは席に戻っていく。
友だちは運動部で、私は文化部。既に友だちは部活を引退しているが、私は引退するどころか勝負はこれからだ。
そういう意味でハンデはあるが、そんなことで嘆いていられない。高校受験の時にそれは経験済みなので、分かっていながら高校でも吹奏楽を続けている。
確かに大変だけど。
私は寝室の窓を開ける。幾千もの星が空に散りばめられ、心地よい風が私の短い髪を揺らす。
「って、考えてたときもあったなぁ」
多忙だった人生に終止符を打ったのは、皮肉にもコンクール当日のコンクール会場での事故だった。
今世でも忙しいのには変わりないよね。私は忙しい方が性に合ってる気がするし、まぁいっか!
片頬に一粒のしずくが伝っていくが、私の表情には清々しさすらあった。
「よし、じゃあ新しい曲書いてみるか」
私は五線譜と羽根ペンを持つと、静かな夜に耳をすませ、浮かぶメロディーを綴っていった。
私はアルトサックスのケースを背負い、楽譜が入ったファイルや、音合わせの時に使うチューナー、その他もろもろが入ったバッグを手に電車に乗りこんだ。
電車の中を巡る冷たい風が、心地よく体を冷やしてくれる。
県大会のほぼ一か月前の今日は、期末テストのテスト休みに入る最後の練習日である。
私は部長に立候補したがなれなかった上に、既に副部長も希望者多数だったため、学生指揮者というものになった。
この学生指揮者の経験が、まさか死んだ後で発揮されるとは思ってもいなかったけど。
「あっ、奏音~! 一緒に行こ!」
ちょうど同じ時間の電車を使う、トランペットパートのリーダー。高校からのつき合いだが、今や親友と呼べるほど仲良しである。
「ねぇねぇ、昨日のあれ見た?」
「見た見た! もう、めっちゃかっこよかったよね!」
好きなアイドルの推しを語り合い、情報交換をし合い、時には一緒にライブにも行く。推しの取り合いにならないのは、互いに互いの意見を尊重しているからだろうと、私は思っている。
私の高校の吹奏楽部は、毎年全日本大会に出場している強豪校だ。一日休みは月に一度あったらマシな方。
「今日の学指揮は奏音だよね?」
「……あっ、そっか。私か」
危うく仕事をすっぽかしそうになり、ヒヤヒヤする私。
明日から一週間半はできないから、いつも以上にちゃんとやろう! とやる気マンマンだったのだが。
学生指揮者の仕事は日替わりで、しかも私含めて五人いるので、忘れやすいのだ……と言い訳をしてみる。
昨日の学指揮から指揮棒を受け取ると、サックスを静かにイスの上に置いて、指揮者専用のイスに座った。
目の前には指揮者用の大きめの譜面台、横にはキーボードが置いてある。このキーボードでメトロノームの音を流したり、音取りをしたりする。
パンパンパン
私は手を何回か叩いて、個人練習を一旦止めさせる。
「基礎合奏やります」
「「「はいっ!」」」
お腹から出されるはっきりした声が、ズレることなく部屋中に響き渡る。
「ロングトーンやります」
「「「はいっ!」」」
私の指揮に合わせ、全ての楽器が同じ音を伸ばし始めた。
「今日はいつもより暑いので音が合わせにくいですが、チューニングの時点で、合わせづらい音を把握しておくようにしてください」
私はサックスなので、楽器によってどれくらいの違いがあるかは分からない。クラリネットやオーボエが特にそうらしい。
いつもチューニング大変そうだしね。
そう言うと、キーボードのボタンを長押ししてメトロノームのテンポを変えた。
昼休み、私はテストのために英単語帳とにらめっこしていると、先月の模試の結果が返ってきたのだ。
何も、テスト勉強で忙しくてメンタルがやられるこの時じゃなくてもいいのにさぁ。
「はい、出席番号順に取りにきてー」
出席番号二番の私は急いで赤シートを英単語帳に挟み、通路にあるリュックを飛び越えて『結果シート』を受け取る。
「……おっ、よっしゃ」
前回と比べると、国語も数学も世界史も英語も、少しずつ偏差値が上がっていた。
「えっ、奏音すごいじゃん」
後ろから、クラスで一番仲がいい友だちがシートをのぞきこんでいたのだ。
「うわっ、ちょっと何で見るの!」
「いいじゃん、私より頭いいし」
ポンッと私の頭に手を乗せてつかまれると、円を描くようにぐるぐると回される。
「あの吹部に入りながらこの成績はすごいよ。だってそもそも『吹奏楽特進コース』があるのに、あえて普通科から音大行くんでしょ?」
「そう、ただ音楽しかできない人にはなりたくなかったから」
苦笑する私。
もちろん私の夢は、音大を出てプロのサックス奏者になることだ。それだけではない。いつか自分の吹奏楽団を持ってみたいとも思っている。
そうなると必要なのは、みんなをまとめる力と指導力である。音を『こういう感じで』と言葉で説明するのは難しい。やはりお勉強ができないとやっていけない。
「奏音さー、よく自分のこと『その場しのぎでやってきた人』って言うけどさー、ホントはちゃんと考えてるでしょ」
「これで考えてるっていうのかな? みんな考えてるんじゃないの?」
「だってさー、まだ進路決めてない人だっていると思うけど」
「ふーん」
進路はしっかり考えざるを得なかったというか……これからコンクールシーズンに入るから、計画的に勉強しなきゃいけないし……。
「まっ、お互いに頑張るだけだね」
笑って手を振り、友だちは席に戻っていく。
友だちは運動部で、私は文化部。既に友だちは部活を引退しているが、私は引退するどころか勝負はこれからだ。
そういう意味でハンデはあるが、そんなことで嘆いていられない。高校受験の時にそれは経験済みなので、分かっていながら高校でも吹奏楽を続けている。
確かに大変だけど。
私は寝室の窓を開ける。幾千もの星が空に散りばめられ、心地よい風が私の短い髪を揺らす。
「って、考えてたときもあったなぁ」
多忙だった人生に終止符を打ったのは、皮肉にもコンクール当日のコンクール会場での事故だった。
今世でも忙しいのには変わりないよね。私は忙しい方が性に合ってる気がするし、まぁいっか!
片頬に一粒のしずくが伝っていくが、私の表情には清々しさすらあった。
「よし、じゃあ新しい曲書いてみるか」
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