夢から夢、私から私

房藤空木

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第1章 長い夢

プリンセスの夢

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  あっという間に学校が終わり、あっという間に1日が終わる。いつもの様に部屋の電気を消し、寝ようとベットに倒れこみ、目を瞑った。これらをサイクルしている。
  真っ暗闇の世界から、また1日が始まる。今日1日の疲れを癒す為だけの時間。ああ、目が覚めるのは嫌だ。疲れているから眠りに落ちるまでそう時間はかからない。ほら眠気がやってきた。おやすみ。
  そう思っていたら、何故か自分は走っていた。夢だろうか。 夢にしては何だかリアリズムに満ちあふれている。
  息が荒くなって、とてもしんどいと分かるし、視界もはっきりして、踏みつける地面もしっかりしている。だけど何に追われているか分からないからやっぱり夢かもしれない。後ろを振り向けば良いだけのことだが、そんな余裕が今の自分には無い事は感じ取れた。
  走り続けたら夢から覚めるだろう。きっと目覚めが悪いが。

  だが、一心に走り続けるが、一向に景色は変わらないし、後ろから感じる気配もなくならない。
「...ち、なさい!...待ちなさい!!姫!!」
「!?」
  後ろの気配が喋った。私を追いかけているのは人間なのか。
  話したら分かり合えるかもしれないという、少しの安心感で足を止めそうになる。そこで、いや待てよ、と止める私。後ろにいる奴は姫と言った。もしかしたら複雑な状況で追われているかもしれない。夢なのにこれ以上苦労したくない。
  走る足を止めずに後ろに言い返す。
「人違いです。姫って誰ですか、あっ、頭どこかぶつけたんですか?」
「違いますっ!!とにかく止まりなさい、走り続けても永遠にループするだけですよ!」
「何ですって」
「ぶっ!?」
  永遠にループと聞いて急に立ち止まる私に対応出来ず、背中に後ろの誰かがぶつかる。そこでやっと後ろに方向転換をする。
  見上げれば顔が整い、身なりは中世を思わせる(-社会は苦手なのでよく分からないが-)、片眼鏡を掛けた男が辛そうな顔をして立っている。髪はブロンド、目は綺麗な海を思わせるような青で・・・。
「何ジロジロ見てるんですか、姫」
  と、ついつい見つめてしまっていたらしく、我に返る。
  そうだ、見惚れている場合じゃないんだ、さっきから姫と呼ばれているし、夢にしては壮大な設定だ。
「さっきから姫姫って・・・そうか、夢だからだ」
  すると私の言葉に青年は眉を顰める。
「何を言ってるんです?貴女は我が国の姫ですよ?・・・って、あ!?姫、頭から血が!?」
「ひえっ、血!?」
  血、と言われ、ぎょっとする。言われて初めて痛みを感じた。頭に触れようとすると、青年に腕を持たれ、止められる。
「触れてはなりません。私に傷口を見せて下さい」
  大人しく言う事を聞く。応急処置を受けている間、焦りだした。これは本当に夢で、また、覚めるものなのだろうか。もし私が何か精神的な病気でこんなものを見ているとしたら?
「姫、傷口は浅いですがもしもの事があったら一大事です。すぐに城へ帰りましょう。もしかしたら記憶喪失かもしれない」
「き、記憶喪失?」
  身に覚えのない症状を言われ、驚く。記憶障害も何も、夢なのだから何も分からないのは確かだ。
  状況が読み込めていない私に青年は呆れた顔をして質問をし始めた。
「では、ここがどこか分かりますか?」
「いや、気付いたら走ってた」
「私が誰だかお分かりですか?」
「存じ上げません」
「御自分のお名前は?」
「白木 翼ですけど」
  正直に、普通に自分の名前を言うと、青年の口がへの字に曲がった。
「何ですかその異国の名前は・・・。もしや遂に本の読みすぎで頭がおかしくなったのか?」
  さっきからの言われように、夢でも我慢が出来なくなった私は機関銃のようにまくし立てた。
「あなたも何なの、これは夢じゃないの?私が姫なら、あなたもっと丁寧な言葉を使うはずでしょ!?」
  まくし立てた私にびくともせず、青年は逆に言い返した。
「私は貴女の世話役兼護衛です!そんな事まで忘れたんですか?夢だとか何だとか・・・目を覚ましなさい!口調は、まあ・・・幼馴染だからであって」
  最後の方は何故か恥ずかしそうに頬をぽりぽりと掻いている。
  それにしても夢が出来すぎている。夢にちゃんと痛覚とかあったっけ。それにこの人が幼馴染?私には確かに同じような雰囲気を持った幼馴染がいるが、この人ではない。いや、だから夢だから夢の住人は当たり前のように話すのか。
  もう何が何だか分からなくなって頭がこんがらがった私は自分にこれは長い夢だと言い聞かせる。夢に従って過ごすしかないのだ。
「・・・あなたの名前は?」
  突然名前を聞かれて青年は少し驚いた顔をする。が、ああそうかと納得言ったのか、とても丁寧に、片膝をついて名乗る。私ってそんなに偉いのかと、少し優越感に浸る。
「私は貴女の護衛と世話役を任されております、バジョット家の長男、ルイと申します。改めて、以後よろしくお願いします」
「ってことは、ほぼ行動一緒なの?」
「ええ、嫌だとは思いますが・・・。あ、まずは姫の手当てが先です、向かいながら話しましょう。学者に姫の記憶のことも聞かなくては・・・。さあ、付いてきて下さい」
  私を視界に入れながら前を歩き出すルイという青年について行く。腰に下げた剣を見るあたり、段々ルイの言葉に現実味が増してきたが、信じ切った所で夢は夢。軽く受け流しておこう。
「そういえば、ここ永遠ループだって・・・。脱出できるの?」
「出来ます。そもそもここは我が国が敵を自滅させる為に作った道なので、私達にだけ、出口が分かります。記憶がある時の貴女が何故ここを使ったのかは分かりませんが・・・」
  永遠にループする道なんて作れるのか。ここは夢らしく本に出てくるようなファンタジーな世界なのだろうか。
  ルイは急に立ち止まると、ちょいちょいと手招きをする。
「記憶を失った貴女に万が一の為教えます。ここに微妙に光る石煉瓦があるの、分かりますか?」
  私は無数にある石煉瓦の中にきらきらと薄く輝く煉瓦を確認して、こくこくと頷いた。
「うん、分かる」
「この石が、出口に繋がります。どれだけ進もうと、またここを通るので安心して下さい。見つけたら、押すだけです。少し力は要りますが・・・」
  私に説明をしながら、ルイは実行した。ガコン、という重い音がした次には周りにあった他の石もみるみる内にへっこんでいき、大きな扉の形をした穴が出来た。大量の煉瓦はどこへいったのだろうときょろきょろしていると、ルイは進みだしたので黙ってついていく。
「この階段を登っていけば、王室の扉に繋がります」
「王・・・!?」
  いきなり王様という、見た事もない存在に会うというのか。もしや、私の父に似てはいないだろうか。そんな気がしてきた。もしそうなら、笑いかねない。
「と言っても、偽の王の扉ですが。昔、城を攻め込まれた時に役に立ったらしいですよ」
  何だ、身構えた自分が馬鹿らしくなった。
「でも、流石に途中で分かるんじゃ?」
「いえ、魔法を使う者が幻覚をかけさせるのです。あたかも王がいると見せかけて」
  魔法。聞きなれない2文字がこの世界では実在するらしい。好奇心と恐怖心が交差する。
  ルイに連れて行かれるまま、今度は大きな扉の前に立った。ルイがこちらを見てくるので、見上げると少し怒ったような顔をしていた。嫌な予感がする。
「・・・さて、記憶を失っているとはいえ、貴女はまた国を出ようとしました。しっかり国王にお叱りを受けてもらいますからね!」
  記憶のない人からのお説教。しかも相手は王様。想像出来たのは、数々の処刑だった。
  震え上がった私は壁際にへばり付く。
「や、やだよ!まだ生きたい!」
  ルイは溜息を盛大に吐き、鬼と化した形相で私の手を引っ張って無理矢理連れて行く。
「城中の者が皆心配しているのです!いつ城下の者に姫が行方不明と知れたら、国の大問題となります!」
「や、やだ・・・っ!!」
「王様!ルイです!只今、エミリー第一王女様をお連れしました!」
  ここで自分のこの世界での名前や、第一王女であるということを知る。というか、そういう場合じゃない。
「・・・やっとか、エミリー。今までどこにいたんだ・・・」
  腹の底に響き渡るような低い声が真正面から聞こえる。恐る恐る顔を見上げると、白髭を長く伸ばした、いかにも王という風貌をした・・・父とはかけ離れた容姿をした人だった。さては顔見知りが出てくる夢ではないのか。
  王様はゆっくり立ち、恐怖で立ち竦む私に近付き、そして。
「おおおっ、我が愛しの娘よっ、父はとても寂しかったんじゃぞ、よくぞ無事に帰ってきてくれた!」
「!?」
  ガタイのいい男にきつく抱きしめられる。絞め殺しの刑だろうか。ルイに助けてもらおうとギギギと首を動かすと、頭を振ってやれやれと呆れている。いや、助けてくれ。
  私が苦しんでいるのも知らずに王様は感激するのを止めない。
「ルイ!流石私が見込んだ男だ、後で褒美を与える!」
「・・・は、お褒めにあずかり、光栄です」
「それで、どこにおったのじゃ?ん?」
  やっと抱き締めるのを止めてくれた王様は私に聞くが、ギャップがありすぎる王様との出会いでショックが大きく口を開ける事しか出来ない私に代わってルイが横から答える。
「''王の死廊''におりました」
  そのさっきまでいた場所の名前を聞くや否や、王様は大きな体を大きく打ち震えさす。
「なんとッ!あそこにはいつも行くなと言い付けているであろう?お願いだから、城で大人しくしておいておくれ」
「・・・・・・」
「ああ、そうやって父を無視するのも相変わらずだなあ、頑固者め」
  いや、何と答えればいいのか分からないので黙っていただけなのだが、まさか普段の姫が父親に対してこういう態度をとっているとは思わなかった。
「お前がいなくなってから実に30分じゃというのに」
  王様がかちゃりと懐中時計のようなものを開いて確認する。
  姫、家出するもたったの30分。しかも30分でこんなに騒ぐ父って一体。「実に」の使い方を間違えている気がする。
「疲れたじゃろう?部屋に戻ってゆっくりと・・・」
「申し訳ありませんが王様、姫をお休み頂く前に、ご報告しなければならない事が」
  一歩下がったままだったルイが王様に近付いて耳打ちをする。大方、いや確実に、私の記憶障害についてだと思う。話を聞いている間の王様はやっぱり大袈裟に体を震えさせたり、「なんとッ!」と叫んで目を見開いたりしていた。
  全てを聞き終えたらしい王様はルイに「じゃあ彼奴あやつを部屋に通しておこう」と言った。
  それから王様は仕事を投げ出してまで私について来ようとしたが、ルイに止められ、結局王様は別の部屋へ消えた。
「さあ、姫。貴女の部屋へご案内します。広いので覚えにくいですが、ゆっくりでいいですから覚えていって下さい」
「覚えるの苦手なんだけどなあ・・・」
「覚えないと城内で途方に暮れますよ」
「いいもん、給仕の人とかいるでしょ?」
「・・・」
  痛いところを突かれたのか、ルイは何も答えない。黙ってしまったので、話を変える。
「王様のイメージと違った」
「・・・昔からああです。姫が御生れになってから、親バカまっしぐらです」
「今王様の事バカ呼ばわりしたよね」
「まったく、あの方は叱らないから姫も反発するんだ・・・」
  ルイの顔がみるみる内に青くなっていく。その様子から普段のルイの苦労ぶりが伺える。娘に盲目な王様と、何かと脱走を試みるお姫様に挟まれるルイ。嗚呼、哀れ。
  同情の目で見ていると、気づいたルイがむっとした顔をする。
「・・・何ですか、そんなに私が不憫ですか」
「・・・安心しなよルイ。私脱走なんてしないよ」
「っ!本当ですか!!」
  私の言葉を聞いて今度は見る見る内に破顔していくルイ。嬉しさを隠せないといった感じだ。
「だって道分からないもの」
「この時ばかりは道を覚えないでほしいと思ったよ・・・」
  上へ上へと大分上がってから、やっと自分の部屋という所へ着いた。ルイが部屋を開けて私を先に通すと、次から次へと一緒に侍女、所謂いわゆるメイドさんが入ってきた。一体何処で待機していたんだろう。
  メイドさん達に椅子に座らされた私はテキパキと頭の傷の処置をしてくれた。触ると、包帯の感触がする。
  ルイが「ご苦労」とだけ言うとメイドさん達はぺこりとお辞儀をして、しずしずと部屋を出て行った。
「包帯なんて大袈裟だよ」
「駄目です、傷はしっかり治さなくてはいけません。それに貴女は姫。大切にされて当然です」
  最後の方は説得力に欠けるが、まあ手当てしてくれたのは有り難いので素直に喜ぼう。
  ルイが王様が持っていたのと同じ懐中時計を取り出し、時間を確認する。
「さて、そろそろ来る頃か・・・」
「誰が?」
「医者兼学者ですよ。非常に有名でして、あちこちの国を飛んでいます」
「そんなに忙しい人がすぐに来れるの?」
「国によって違う門が一つの国に集まってるんですよ。指定の門を通れば、その国に行けます」
「へええ・・・」
  普通に感心してしまう。もしかしたら、現実より便利かもしれない。
  困ったな、現実に帰りたくなくなったらどうしよう。と、馬鹿な事を考えているとコンコンとドアが鳴る。そして向こう側から「ロイク様がお見えです」と声がし、ルイが「通せ」と簡単に言った。するとほぼ同時にドアが開き、如何にも賢そうな、ローブを羽織った年配の男性がにこにこと笑いながら入ってきた。そのロイクという人は先に私に片膝をついて名を述べ(-こういうのは慣れていないからむず痒い-)、次にルイに挨拶をした。
  立ち上がったロイクさんは「失礼しますぞ」と言いながら近付き、傷を負った頭をじろじろと眺めるが、触りはしてこない。私は緊張で固まるだけだった。
  ロイクさんは気付いたことをすらすらとルイに話す。その聞いたことをルイは宙に文字を書いている。目に映る文字。目が飛び出るかと思った。
「おかしいですねえ、記憶障害にしては程遠い位置に傷がある。傷の深さは?」
「浅めだ」
「ふむ、記憶障害の原因は傷ではないということになりますな」
「傷を受けた衝撃では?」
「これ程の傷だと、衝撃にも期待できそうになりませんな」
  何だか難しそうな話になってきて眠くなる。欠伸が出そうになるが、我慢する。張本人がこんな態度では怒られそうだ。
「姫の最近のご様子は?」
「いや、特に何も」
「では、どれ程記憶が失われているのか調べましょう」
  やっと私の出番が来たようで、目が覚める。ロイクさんは鏡台にあった手鏡を私に渡して見るように促した。
  その鏡には仰天せざるを得ない姿があった。
  普段の私とは何の共通点もない顔立ち。髪色が違うならば、目の色も違う。そもそも私はアジア人なのに鏡の向こうにはブロンドの女性だ。唯一似てると無理矢理言うならば、目元とほくろの位置。
  あまりに驚いた私は思わず叫んだ。
「だっ、誰これえぇっ!?」
  手鏡を持って驚愕する私を見てロイクさんとルイが困惑する。
「かなり・・・重症のようですな」
「・・・そのようだ。名前を忘れているのは先程確認したが・・・まさか容姿までとは。どうすればいい?」
  自分を受け入れられない私を余所に、ルイらが話を進める。
「焦ってはなりません。私達が慌てれば、記憶障害者はますます不安になるのです」
  いや記憶も何も、目を覚ましたいんだけどね、私は。別の症状で不安だよ。
「記憶は、なくなってはいないはずです。ただ忘れているだけのこと。私達が、思い出させてあげるのです」
「・・・成る程、思い出の地などに連れて行ったりすれば良いのだな?」
「左様です。私も前例がないか調べてみますが・・・。早期解決出来ること、願っております」
「ああ・・・ご苦労だった」
  浮かんでいた文字を、ルイが手で端から握って潰した。どういう効果があるのだろう。
  ロイクさんが挨拶を丁寧にする。落ち着きを取り戻した私も、深々と頭を下げた。
  パタン、と何だか寂しくドアが閉じた途端、ルイがずいっと肩を掴んで顔を近付けた。
「ちょ、近・・・!」
「本当に、忘れてしまったのか・・・」
「え・・・まあ・・・」
  途轍もなく真剣な表情に、返す言葉が見つからない。私は白木 翼。エミリー姫ではないのだ。
「・・・必ず思い出させる。・・・待ってろエミリー」
  その目と言葉は、私ではなく、私の中にいる姫に話しかけているようだった。
  
  --夢でも夜は来た。ロイクさんが訪ねてきた後はルイに休めと言われ広い部屋に取り残される。ルイは護衛だから部屋の前にいるだろう。だけど途轍もなく暇だった。豪華な夕食と、体を洗う時に人に会うのが救いだった程に。
  夢で寝るなんておかしな話だが、不思議と眠気はある。もしかしたら寝たら目が覚めるかもしれない。こんなことなら目が覚めたくないと思わなければよかった。夢を見たまま年を取るなんてそんなのは嫌だ。読みたい本もあるってのに。
  1人で寝るには大きすぎるベットに横になる。家のよりもふかふかで、よく眠れそうだ。こういう所では現実に戻った時に贅沢になっているかもしれない。
  目を瞑り、ルイや王様を思い浮かべる。とてもエミリー姫のことを心配しているのはひしひしと伝わった。特にルイのあの目。だけどもう心配ない、私はまた現実に戻って、この体の本人もきっと思い出す。そうだ、私が夢でエミリー姫になりきっているのだろう。
  眠気に抗えず、意識が落ちていく。夢の夢を見そうな程、心地よかった。
  さよなら、ルイ。  

  夢に幼馴染が出てきた。あれ、ルイ髪染めた?と思ったけど、違う違う、こっちが本物の幼馴染だ。
  2人で何かを話していた。楽しい話ではなかった。でも何のことか印象に残らない。
  息を長く止めていたように苦しくなって「ぶはっ」と空気を求めて起き上がる。
  目に飛び込んできた部屋は、昨日と全く同じだった。--どうして?




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