夢から夢、私から私

房藤空木

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第1章 長い夢

なりきり姫

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  目を覚ましても夢からは目覚めていなかった。日常に戻れていないのだ。
  ベットから飛び起きて部屋をうろうろする。このままではいけない、そう思った。目に付いた調べられる物は片っ端から調べていった。だけど高価そうな装飾品やドレスしか見つからない。
  またうろうろし始めた時、魔法とか使える世界なのだからこの部屋にも仕掛けがあってもおかしくない、ということにやっと気付く。今度は怪しい所から調べ始める。ベットの下、ドアの側。一つずつ丁寧に調べていって、残るは本棚の前に立った。
  そして不思議な点に気付く。本の文字を理解出来るのだ。
  そういえば確かにルイや周りの人達は思い切り人種が違うのに言葉が通じていた。
  もしや、このお姫様の体になっている以上、能力はお姫様と同じ、なのだろうか。記憶はないから、仕掛けなどは自力で探すしかないけれど。
  ''王の死廊''同様、どこか押せばいいのかも知れない。目が疲れた私は片っ端から本を押していくことにした。途轍もない数の本を、両手を使って押していく。姫も本が好きなのだろうか。そういえば、ルイに会った時、「本の読みすぎで頭がおかしくなったか」とか言われたっけ。酷い言われようだが、それぐらいこの姫は読書に貪っていたのだろう。
  そんな事を思いながら、3つ並んだ棚の真ん中の、1番下の右端の本を押した途端、奥までいくのに気がつく。咄嗟に本を見ると、中から代わりの本が出てきた。姫の体である私だから出来たのかは分からないが、やっとヒントを得そうなその本を手に取る。
  何のタイトルも付けられていない分厚い本。心の中でお姫様に謝って、本を恐る恐る開く。
  --そこには、直筆の文字がびっしりと並んでいた。
「・・・日記?」
  日付も書かれていて、最新のページを開く。
『--侍女に頼んで、城下町で売られている本を買って来させた。最近本の取り締まりが厳しいので、こういう本はあまり手に入らない。異世界についての本だ。魔法というものが一般である私達の世界以外での世界の事を想像するのを禁じる宗教団体がいる。私にとっては馬鹿馬鹿しくて憎々しい』
  異世界。どうやら城にある学問の本やポエムなどでは飽き足らず、外の世界について興味を持ち出したらしい。
  引きつけられるように姫の日記を読む。
『--しまった。あの腹に何を飼っているのか分からない奴め。私の秘密を知っていた。取り引きを仕掛けてきた。お父様に迷惑はかけられない。取り締まりが緩い国があると聞いた。私はそこへ一人ででも行く。・・・ルイ、付いてきてくれれば嬉しいのだけれど』
  誰の事だろう。王様の部下に悪い奴でもいるのだろうか。秘密とは、多分本がバレたのだろう。これが1番新しいページだ。今日が何日か分からないけれど、この後に姫は''王の死廊''に何故か行った、はず。
  今度はペラペラと適当に読む。すると、ある言葉が目に留まる。そして知ってしまう。姫のもう一つの秘密。
  驚いた途端、突然きつい目眩に襲われる。視界がぐらつき、頭の痛みで、片手で抱える。辛さで目をぎゅっと瞑ったら、本を持っている感触が消え、遠くから声が聞こえる。
「・・・はっ!?」
  目を開けた時には、両手で私は社会の教科書を持っていた。時代は中世だ。
  辺りをきょろきょろと見回す。いつもの教室だ。どうやら現実らしい。でも驚愕したのは、私は眠り続けていると思ったら、起きて生活をしていたということ。今、向こうの姫はどうなっているのだろう。またルイ達が騒いでいるかもしれない。いや、杞憂だ。あれらは夢なのだから。そう言い聞かせる。
  
  --その日の授業も終わり、帰り支度をして席を立つと、目の前に誰かが立つ。
「おかえり、翼」
  ぎょっとして相手を見ると、幼馴染で隣のクラスの神木かみき しんがにっこりと微笑んで私を見ていた。
  いや、それにしても「おかえり」って、え?
「何か色々言いたそうな顔してるな。ま、今日は一緒に帰ろうよ」
「う、うん・・・」
  清の話し方からして、如何にも全てを知っているような感じだ。私がほぼ1日、夢の中から出られなかった事を。もしかすると、ルイ達の事まで。
  清は地元にある結構大きな神社を管理する神主さんの息子だ。小さい時から何処か不思議な子で、私は割と真面目にこの子に何か力があるんじゃないかと疑っている。

  一緒に帰ろうとしているのを同級生に見られ、からかわれ、赤くなりつつ、清を見ると気にしていなさそうな涼しげな顔をしているのに対して不貞腐れたりと、一人、リアクション芸人並みの顔芸をしている所へ、清から話し始めた。
向こう・・・では極力怪我しないようにね」
「向こうって・・・夢の事?」
   いきなり重要そうな話をし始めるので、必死に理解しようと、清の顔を見つめる。
「夢だけど、現実だよ。だから怪我しちゃいけない。現にほら、頭」
   清が自分の頭をトントンと人差し指で叩く。何か付いているのかと頭を触ると。
「え、あ、包帯・・・?」
   いつか触った感触が蘇る。これは、夢の中で怪我したはずじゃ。今まで気が付かなかった。
   夢の中で怪我したものが現実の体にも影響するという現象に気味が悪くなる。
   只事じゃないような気がして、清を問い詰める。
「ね、ねえ、私が見ている夢は一体何なの?何か知ってるの!?」
   清は人差し指を立てて静かにというようなジェスチャーをする。私は口を噤む。
「今はまだ言えないけど。とにかく、翼は向こうで役目を果たさなくちゃいけない。大丈夫、俺もいるから」
「し、清もいるって、どういう・・・」
「あ、本当の俺がいるわけじゃないよ。じゃ、また」
  肝心な事を言わないどころか、疑問を増やし、清はひらひらと手を振って分かれた。待ってと言いかけたが、逃げ足が速い。捕まえる事が出来なかった。
  1人になった私は考え事をしながら歩いたのでいつもより帰宅に時間がかかった。
  これからもルイ達の夢を見るのだろうか。現実に戻ろうとする度何かを見つけなければならないのだろうか。そんな事を考えながら。
  夕飯の支度をしているお母さんに、普段通りに話しかける。
「お母さん、今日の私、変じゃなかった?」
「何急に。何かあったの?」
「いや、目眩がしただけ・・・」
「ええ?大丈夫?貧血かしら」
「かもね」
「もうちょっと献立考えようかな」
  母の言い方からして、夢の中にいる私は特に問題なかったようだ。てっきり私と姫が入れ替わっていると思っていたけれど、違うみたいだ。じゃあ、どちらも私という事になる。ますます分からない。
  ご飯を食べている時も、お風呂に入っても宿題をしても、頭から夢の事が離れない。
  そしていよいよ就寝時間が来たのだが--。ベットの側で立ったまま、私はベットをじぃっと見ていた。
  正直、あまり行きたくないのもある。だけど、気になることもある。そもそも、向こうの役目とやらを果たさなくてはならないと清が言っていたっけ。
  面倒なことになってしまったなと、勢いよく倒れこむ。次、目覚める時はどうなっているのだろう。緊張して眠れないのも問題だけど。
  さあ来い、と私は大の字になって目を瞑った。

  --どこかで聞き覚えのある声がする。清の声だ。
『記憶はお前の想像と等しいよ』
  何の事、と返事をしようとすると、ジェットコースターに乗ったような浮遊感に襲われる。
「っ!?」
  そして急に視界が明るくなり、しかめ面になる。明るさに慣れると、私は両手にナイフとフォークを持っていた。
「もうお腹が膨れましたか、エミリー」
「え・・・!?」
  手が止まっているのが目に留まったのか、また新たな人物に話しかけられる。とても綺麗な女性で、姫の顔に似ているから、もしかしたら王妃様かもしれない。
  女性の言葉を聞いて、近くにいた何時間ぶりかの王様がやっぱり大きくリアクションする。
「どうしたんじゃエミリー!ちゃんと食べないと記憶も頭の傷も治らんぞ!」
  大きな窓から差し込む光が眩しさの原因と分かる。多分今は朝食なのだろう。朝っぱらから、エミリー姫の父はどんだけ元気なんだ。周りを見渡せば皆呆れた顔をしている。
  少し困った顔をした先程の女性が、王様を諭す。
「貴方、エミリーは疲れているのですよ。無理矢理押し込んでもいけませんし、ね?」
「う、うむ・・・」
  私が黙っている所為でどんどん話が流れていく。私は慌ててやっぱり王妃様だった女性に平気さを見せる。
「だ、大丈夫です。まだ食べられます・・・」
  すると王妃様はますます眉を下げさせる。
「そう?まあ、何だか口調も違うわ、可哀想に・・・」
  しまった。と口を抑える。なんて言う事だ、簡単に喋れないなんて。傍で立っていたルイが発言する。
「私が今日からエミリー王女様の記憶回復のお手伝いをします。完全にご回復するまで、心が痛まれると思いますが、お待ち頂ければと思います、アネット様」
  王妃様は優しい微笑みでルイを気遣う。
「ルイにはいつも感謝しています。エミリーをよろしくね。出来ることなら、私も手伝いますから」
「はっ、ありがとうございます。必ずやご使命果たして見せます」
  ルイの覚悟と、アネット王妃の女神のような言葉に感化されたのか、王様がまた大声で中に入ろうとする。
「わしも手つだ」
「僕もエミリーのサポートをしよう」
「れ、レオ・・・今わしが」
「だから父上は気にせず仕事に勤めてよ、ね?」
「む、むう・・・」
  王様の発言を遮り、しかも引っくるめた、只者ではない隣の席に座る青年を見る。隣、といっても広すぎて一定の距離があるが。
  私の心情を察したのか、ルイが耳打ちをしてくる。
「レオ様はこの国の第一王子、つまり貴女のお兄様となります」
  私の視線に気付いたのか、レオ王子がこちらにウインクをしてきた。戸惑った私は咄嗟に視線を逸らす。
  レオ王子は話をルイに向けた。
「ルイ、僕も手伝おう。昔よく3人で遊んだからね。僕の護衛、リュカも使っていいよ」
  レオ王子の傍に立っている、珍しく小柄で赤毛の青年が緊張した面持ちでぺこりとお辞儀をした。
  ルイは一瞬だけ一瞥した後、丁寧に返事をした。
「有難いお言葉、感謝します」
  王妃様が口に手を当てて、上品に笑う。
「ほほ、みんなエミリーの事が好きなのねえ」
  王妃様は純粋に言っただけなのだろうけれど、エミリー姫の身内の男性にはうすら寒いものを覚えるのは気の所為だろうか。王様は父親で仕方ないとして、この兄
「勿論、何たってエミリーは僕の妹、だからね」
  レオ王子には背筋が凍る。僕の妹、という部分が強調された時には、一気に食欲が減った。

  --「全く、この城にはまともな者はいないのか」
  自室へ戻る間、ルイが愚痴を溢す。滅多にしないだろうが、姫がこんな状態になっているのもあって我慢できなくなっているのだろう。
「でも、王妃さ・・・、母上は、まともなんじゃないの?」
  私の質問にルイがぶるりと震えた。
「あの方もある意味恐ろしい・・・」
  ルイは苦労人だ、きっといい死に方しなさそうだ、と不謹慎ながら直感で思った。
  家族の会話から、私が現実にいる間、やっぱり姫が元に戻っている事はないようだ。まさか、エミリー姫と白木翼を交互に生きる人生になるんじゃないだろうか。助けてよ、清。心の中でそう思った。
  今日から記憶を戻す為、とか何とか言っていたが、具体的には何をするのだろう。
  ふかふかのソファに座りながら、姿勢よく起立するルイに聞く。だが、返ってきたのは首を横に振るだけだった。
「それが、お恥ずかしながら具体案を決めていないのです。姫、何か思い付くものはありますか?」
  思い付くものと言われても、この城や国の事はまだまだ知らない。考えた末、分からないのを好機とした。
「じゃあ今日はルイとお話をするわ。聞きたい事が山程あるの」
「私と・・・ですか?」
  こくりと頷く、少し驚いた顔をしていたルイだったが、分かりましたと了承してくれた。
「では、何か飲み物を持って来させましょうか?」
「じゃあ・・・お願いします」
  自分が今お姫様という事を忘れて、つい下手に出てしまう。ルイが面食らった顔をした。
「では、少々お待ち下さい」
  部屋に出てメイドに頼むのかと思いきや、ルイは耳に付けてある黒くて結構大きな丸いピアスに触れて、誰もいないのに話し始めた。
「ルイだ。姫の部屋に例のお茶を頼む」
「ど、どうなってるの、それ」
  不思議でならなくて言い終わった途端聞いてしまう。
  ルイは何故か誇らしげに説明する。
「最新の連絡用魔法具です。これ、ダイアルになってるんです」
  ルイが近付いてきて、そのピアスをよく見せる。じっと見ると、確かに回せるダイアルになっていて、数字が6まである。電話番号の役割だろうか。
「これを指定の番号に回すんです。この城の上の者は持っています。今連絡したのはメイド長で・・・あれ?」
  説明し続けるルイがなにかに気付く。私は頭にはてなを浮かべる。ルイが私の右耳を触った。
「・・・そういえば貴女、していませんね、ピアス」
  耳を触ると穴は開いているものの、確かにピアスがない。というか、現実の私は耳を開けてないから、怖くて付けたくもないんだけれど、極力は。
「何処かで外しました?」
「いや?''王の死廊''からなかったかも」
「おかしいですね・・・必ず付けている筈ですが。・・・まあいいです、新しいのを今度お持ちします」
  ああ、やっぱり付けなきゃいけないのか。想像するだけで、歯が浮く。
「とにかく、これすごく便利なんです」
  確かに。携帯電話の有り難みを覚える。まあ、通話するだけなら、このピアスの方が便利かもしれない。どういう構造で成り立っているのか分からないけれど。
「我が国が開発したんです。経済的効果も期待できます」
  ああ、だからあんなに誇らしげな顔をしていたのか。この調子だとルイのうんちくが始まりそうだと、身構えていると、タイミングよくお茶菓子が運ばれてきた。助かった。
  言わなければずっとルイが立っているような気がして、メイド達が出た後、促して椅子に座らせた。
「このお茶はエミリー様専用です。ロイク氏が研究したものです。リラクセーション効果他、記憶にも効果が期待できるものです」
「そうなんだ」
  香りを嗅いでみると、普通に良い香りのする紅茶だ。味も、詳しくはないけれどとっても美味しい。
  さっき食べたばかりだから、いい心地になって眠くなってきた。いけないいけない。
「美味しい、とっても落ち着く」
  素直な感想を言うと、ルイはとても嬉しそうな顔をする。髪や目の色は違うけれど、笑うとますます清に似て・・・何故だか胸が高鳴る。気持ちを紛らわす為に質問をする。話し方が分からなくてぎこちないが。
「あの・・・レオ、兄様、はシスコン、なの?」
「はい?シスコン?」
  いけない、略しすぎか。ますます心配をかけてしまう。
「あ、シスターコンプレックス。何というか・・・妹絶対主義者のような」
「ええ・・・全くその通りですよ。王様は親バカですが、娘は1人ですから気持ちも分かります、ただあのレオといったら・・・」
  また王様をバカといい、ルイは幼馴染の影響か王子を呼び捨てにする。そしてわなわなと震えだし、いかにもレオ王子を許せないといった感じだった。
  朝のレオ王子の発言について文句を言い出した。椅子から立ち上がり、うろうろしている。
「何が''3人でよく遊んだ''だ!姫に固執しすぎて私を邪魔者扱いしたというのに!」
「る、ルイ」
「第一王子、というよりこの国に王子はレオ王子しかいません。アネット王妃様はお身体が弱く、あまり子宝に恵まれなかったのです。必然的に次期の王はレオ王子。ですが私は反対です。あんな、何を考えているのか分からない男なんて・・・!」
「ルイ!落ち着いて!」
  ルイは熱くなりがちなようだ。見た目からして、冷静で隙がなさそうなのに、意外だ。
  私の声で我に返ったルイはコホンと咳払いをして、椅子に戻る。?茲が赤めだ。
「とにかく記憶のない今の貴女がとても心配です、いつレオ王子につけ込まれるか・・・」
  不安そうな声と顔で私を見るのに対して、私は笑う。
「つ、つけ込まれるってそんな」
「笑い事ではないのです」
  ルイは一度周りをきょろきょろと警戒しつつ、人差し指を口の前に立てた。
「記憶がない貴女にまた知らせるのもあれですが・・・。レオ王子は実の息子ではありません」
  その衝撃的な事実に声も出ず、只々口を開けるだけだった。
  姫としてははしたない行為に、気に食わないルイが私の顎をくいと閉じさせる。
「言ったでしょう、なかなか子宝に恵まれなかったと。王としては後継する為の男の赤子は絶対。ですが、やっと授かって生まれてきたのは女である貴女だったのです」
  子供が産まれたら喜ぶべきなのに、あまり喜べなかったということか。もしレオ王子という存在がいなかったら?エミリー姫はきっと、あの溺愛してくる王や優しそうな王妃からでさえ、よく思われなかったかもしれない。寧ろ、レオ王子がいるからこそ、あの人柄の王と王妃がいるのかもしれない。時代と家柄によってこういう問題も出てくるものなんだなと、哀しい気持ちになる。
「ロイク氏からこれ以上の出産は無理だと判断され、悩んだ王様は・・・どこかから、赤ん坊を連れて来させたのです」
「・・・どこか分からないの?」
「はっきりとは。恐らく貧民街からです。育てられなくなった赤ん坊を貰ったのでしょう」
  じゃあ全く血の繋がりのない王子が、王様を受け継ぐことになる。
「王様の一番信頼の置ける家臣を王にする、なんてことより、血が繋がっていると嘘を吐いてでも、身内を王にする決まり事があるの?」
  ルイは私の言葉を聞いて、眉も口角も下げさせた。変な顔だ。多分困った時の顔だろう。
  伏し目がちに目の前の護衛は答えた。
「そういう決まりは・・・我が国にはありません。私も、なろうと思えばなれる事でしょう。ですがそういう話は聞いた事がない。決まりというより、暗黙の了解なのですよ、姫。そうなってしまっては家系も何も意味がないのですから。歴史と血を汚させたくないのです」
  確かにそうだ。会社でも何でも殆どがそうだった。レストランを一緒に働く息子が継がずに店員が継ぐようなものだ。馬鹿な事を聞いてしまった。
  だけどルイの話し方は、自分の価値を上げているような、変な感じがした。
「ルイは王様になりたいとは思わないの?」
  ルイはどこかを見て、目を合わさずに答えた。
「それは・・・」
  そして思い出したかのように、また怒り出す。片眼鏡から下がっているチェーンのようなものが、ふるふると震えている。怒りを露わにしているのが分かる。
「どこで知ったのかは知りませんが、自分が本当の子供ではないと知った時から様子がおかしくなったレオ王子を、はいと素直に王様にはしたくありません。自分で言うのもあれですが、王様に一番信頼の置かれている私が、王という重要な役目をレオ王子よりも務めさせていただく自信があります!」
  ルイの率直な思いを聞いて、私は励ました。
「そっか。・・・じゃあ私はルイに1票、あげる」
「姫・・・」
  ルイの驚いたまん丸な目が揺らぐ。瞳の奥に、エミリー姫の姿をした私が写る。
  笑いかけると、ルイはそっぽを向いてぼそりと吐き捨てた。
「・・・以前にも同じような事を言われた気がします」
「そうなの?」
  切なそうな表情をした整った顔が近くなる。両肩を掴まれるが、痛くはなかった。
「姫、本当にお忘れになったのですか、私の事を・・・」
  ルイから醸し出される雰囲気に飲まれて、何かを思い出しそうな感覚に襲われるが、また現実に戻るのではないかと思い、堪える。今向こうに言ってしまうと、重要な事を聞き逃しそうだ。
  姫の日記に書かれてあった事実。それが今を物語っている。
「私はとても辛いです、一緒に笑いあった幸せな時間まで、私の存在さえ、なかったことになってしまうなんて・・・」
  あまりにも辛そうな顔をするので、自分の眉毛もつられて下がる。何故だろう、意識は私なのに、とても悲しく感じる。心から哀しいと。心が泣いている。
「ごめんね、ルイ」
「・・・いえ、姫は悪くない。・・・あ」
「どうしたの?」
  しんみりした空気から一転、ルイがまた椅子に慌ただしく律儀に戻ってから話し始めるので、どたばたする。
  ルイはまるで探偵が推理ショーをするかのようだった。
「ロイク氏が傷の原因を解析して下さいました」
「?あの人私の傷を見ても触れてもいないのよ?」
「ロイク氏はお医者様なので医療に特化したスキルをお持ちです。傷を直接見たり触れたりせずとも、本人と患部の場所さえ分かれば、分析出来るのです。ロイク氏が引っ張りだこなのはこれが第一の理由です」
  何て便利すぎるスキルなんだろう。そんなのがもし現実にもあったら、多額の検査費も、国が投資して開発する検査機器も、不要ということになる。
「そんな忙しいお医者様が、どうして私に時間を割けれるの?母上の時もいたんでしょ?」
「ええ、ロイク氏は元々、長年城に仕えていた者なのです。ですから、王の命とあらば第一優先にして来て下さるのです」
しかし長年仕えていたとはいえ、余程あの王様に忠誠心が無い限り縁を保とうとは思わないだろう。仕事を中断してまで、ここに来てくれるなんて。案外あの王様は、人望厚いかもしれない。
「と、話が逸れてしまいました。姫の傷痕の原因は、石、でした」
「い、石?」
  想定外の単語が出てきて、戸惑う。よくこれだけで済んだなと、背筋が寒くなる。
「といっても、小さな石だと仰ってます。''王の死廊''には石があります。低確率ですが、脆くなってますから、上から落ちてきた石が当たったのでしょう。良かったですね、姫。傷痕が残らなさそうですよ」
「そう、良かった」
  ''王の死廊''に何故か行ったエミリー姫は、頭を怪我した上に、連絡を取るピアスも無くしている。相槌を打った私だけれど、何か気に食わない。あの日記を読んでいないルイにしたら、疑問を抱かないのだろう。
  清が言ってた、何かを果たさなくちゃいけないと。もしかしたら、姫を、国までも救うことが、この夢での役目だとしたら。何で私が、とは思うが、行動しなければ現実に戻れない訳で。
「ねえルイ、頼みがあるんだけど」
「・・・何でしょう、何なりとお申し付け下さい」
  突然真剣な面持ちで話す私に、ルイも察したのか表情が変わる。
  私の口から発せられた言葉は、相手を驚かせるには十分だった。
「この城のどこかにある、異世界についての本、持ってきてくれないかな」
「・・・はい・・・!?」
  聞きたいことが山程ありそうな顔をしたルイを尻目に、少しぬるくなった紅茶を口に入れた。
  
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