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第一章:女王さま始めました。
やって来たのは……小鬼?
しおりを挟む旅の疲れで少し休憩した、という形にして、あたしは公務に復帰する。
今は村長を始め、村の代表と会談中。そんなに難しい話じゃない。だけど。
やっぱり落ち着かない。
だってあたし、いきなり見ず知らずの場所に飛ばされてきたんだよ?
知り合いなんか一人もいない、友だちも親類縁者も、それどころかヒトすらいないんだよ?
うまくやってけるかなあ?
うまくやってるように見えるかなあ?
そんな不安はおくびにも出さず、あたしは優雅な微笑みをたたえている。
バンクロディ王国女王ミルドレッド。端麗な容姿と穏やかな人となりで国民みなから慕われている若き統治者。
と、自分で言うのも面映ゆいのだけれど、まあそういう情報が心に流れこんでくるんだから仕方がない。あ、ミルドレッドは二十歳なのねーあたしゃこないだ二度目の成人式を越えたわよ、ちくしょー。
と、内心の葛藤は脇に置いといて。
ひと通り話を聞いたあと、あたしは外に向かった。村人全員に顔を見せるためだ。
「先ほどは失礼いたしました。みなさんのお出迎え、感謝いたします。この村での滞在はきっと有意義なものになることでしょう。みなさんの声を直接拝聴できること、とても嬉しく思います」
集まった村人たちの顔が輝いていた。
そりゃそうだよね。憧れの女王さま、雲の上の人から親しくお言葉を賜って笑いかけてもらって、こりゃ末代までの語り草だよね、と納得するあたし。
そんな大したものじゃないのにな。だって至って普通というかみんなより非力だし役立たずだし、でも喜んでもらえるならこんなに嬉しいことはないわ、とほっこりするわたし。
どっちも自分で、どっちの思いも納得できて、うんうんと頷くあたし。何だろう? 二人なのに一人。すっかり馴染んでる。
不思議な感覚に、あたしは一人くすりと笑った。
村人たちは最初こそ緊張していたものの、慣れると人懐っこくあたしに語り掛けてくれた。
今の村の状態。あたしへの思い。自分たちの将来。たくさん語り合った。
それが思いのほか楽しくてつい時を過ごし、気づけば陽も暮れかけていた。
「あらあら。もうこんな時間」
もう夕暮れ時だけど、食事には少し早い。
そろそろ、とあたしは屋内に引き取ろうとした。その時。
急にあたりが騒がしくなった。村人がざわついている。
不穏な気配に、お付きの剣士たちがあたしをかばって前に出る。
なに? 一体なにごと?
人々の視線の先、騒ぎの元が近づいてくる。あたしもそっちに目を向けた。
一団の人々が固まって歩いて来る。よちよちと歩くその姿は。
「……ゴブリン?」
うーん、あたし実際にゴブリンなんて見たことないけど、でもそれはまさしくゴブリンだった。
低い背丈。ホーリー侍従長も大概小さくて、小柄なあたしの胸より下くらいだったけど、それよりさらに低い。あたしの腰くらい?
額の両脇、こめかみの上あたりに小さい二本のツノ。あ、牙も見える。肌の色は灰色っぽい青だったり緑だったり。
そんな小鬼が二十人ばかり、こちらをにらんでいた。眼つき悪いなあ。敵意丸出しだなあ。雰囲気最悪だなあ。
その敵意は間違いなくあたしに向けられていた。この場でそれに相当する身分の人って、あたしくらいだものね。でも、あたし何か悪いことしたかしら。そんなに敵意丸出しで睨みつけられるほど、ひどいことしたとは思えないんだけど。
「バンクロディ王国ミルドレッド女王にもの申す!」
先頭の男――だよね多分。ゴブリンの性別よくわかんないけど――が拳を振り上げ、大声で演説を始めた。
「バンクロディ王国ミルドレッド女王にもの申す! 王国は長いこと、我々から収奪してきた。我々の誇りを踏みにじり、歴史を歪曲し、圧制のもとにわが民族を同化しようとしてきた。
長きにわたるお前たちの非道を我々は決して忘れない! 我々の受けた苦しみは決して癒えることはない!
だが正義は顕現し、我々は独立を果たした。今こそ王国はその罪を真摯に認め、我々に対し心からの謝罪と賠償を為すべきである! 女王は地に額づき、悔恨と懺悔の涙を流すべき時だ! 歴史を奪われた我々の苦しみの前に打ちひしがれ、王国を挙げて我々に尽くし誠意のこもった謝罪と賠償に邁進するべきだ! 我々は王国の圧制に屈しない。王国から受けた仕打ちを忘れない! 聞け! 我々の魂の声を! シュプレヒコール!」
「「「おう!」」」
「バンクロディ王国は歴史的な罪を認めて我々に、謝罪しろー!」
「「「謝罪しろー!!」」」
「我々の歴史を踏みにじった魔族の罪を、ゆるさないぞー!」
「「「ゆるさないぞー!!」」」
「女王は長きにわたって不当に我々から奪ったものを、賠償しろー!」
「「「賠償しろー!!」」」
……。
…………。
…………………。
……目が点、とはこのことだわ。
まさか異世界に来てまで、デモ行進が見られるなんて。しかもゴブリンの。
スマホがあったら間違いなく写メ撮ってた。
じゃなくて。
「……なんなの、こいつら?」
合図に合わせて拳を突き上げるゴブリンに気を取られて、思わずつぶやいたあたしに、
「いつもの小鬼族ですよ」
村長が苦々しげに答えてくれた。
「小鬼族?」
「いつものロキア国の『謝罪と賠償』です。陛下がお見えになるとどこかで聞きつけたのでしょう。今日はずいぶんと元気がいい」
……ああ、そうか。
わたしが子供だったころ、戦争に負けたわが国から独立した小鬼族の国、ロキア。
別に支配していたわけじゃなくて、庇護していたというか、属国みたいな扱いだったんだけど。
独立と言っても戦争したわけでもなくて、我が国の敗戦のどさくさに独立しちゃっただけなんだけど。
それがヒト族の帝国の庇護を受けてから、事あるごとにさっきのような言いがかりをつけてくるようになったんだっけ。
そう、言いがかり。
だってウチの国、ずいぶん援助してあげたんだよ?
独立して少し経ってからだけど、多額の独立祝い金も贈ったし、記念式典までしてあげた。
それ以降も事あるごとに資金援助したり、事業の手助けをしたり。
ウチの国だって戦争に負けて国土はずいぶん減っちゃって経済も大変だったのに、自分のところの国民より気を遣ってあげてた。
お父さま――先代のバンクロディ国王エリアルの苦労を間近で見ていたから、よく知っている。
なのに彼らは少し経つと、今までの援助などまるでなかったかのように、またやって来ては金を無心する。
みんないい加減うんざりしてる。それはみんなの表情を見ればわかる。
なのに誰も言い返さない。
みんな目をそらして俯いて、なんとかやり過ごそうとしている。
わたしたちはヒト族の帝国、レマン帝国と戦争して負けた。十年前のことだ。
レマン帝国は大帝国。それに較べたらわたしたちのバンクロディ王国なんて芥子粒みたいなもの。経済規模でも数十倍、人口は多分百倍以上、勝てるわけがなかった。
そのレマン帝国に取り入って、ロキア国は独立した。
正直に言って、ロキア国なんてバンクロディのさらに十分の一以下。吹けば飛ぶような存在だ。
そんな小国を我が国がヒト族から守ってきたんだけど、こともあろうにそのヒト族に取り入った。
そのへんのしたたかさは大したものというか、みんな呆れたものだった。
そのうち、大きな顔をして我が国に文句を言って来るようになった。
いわく、永年にわたる圧制だの収奪だの、いわく、我が国の歴史を奪っただの歪曲しただの。
そして最後には「謝罪と賠償」。
でもみんな、何も言えない。
戦争に負けて、わたしたちは国土を失った。たくさんの同胞を失った。そして誇りを失った。
みんな俯いてしまった。胸を張れなくなってしまった。もともと人が好い魔族の民。ほんとは争いなんか好きじゃない。力は強いけど、無益な争いは好まない。
そこにつけ込まれて、帝国や小鬼族にいいようにされている。でも言い返せない。
回りには他にも油断ならない国がひしめいている。ずる賢い悪鬼族の国、冷徹な竜人の国、一歩間違えばこの国は、魔族の国は食い物にされ、いいように荒らされてしまう。
そうならないよう、わたしは必死で頑張ってきた。
この国の人たち。身体は強いけど不器用で、お人好しで騙されやすくて、でも気のいい魔族たち。
そんな人たちを守りたくて、わたしはわたしなりに頑張った。懸命に走った。
でも、わたし一人ではどうにもならなかった。
一度の敗戦で、みんな自信をなくしてしまった。みんなどこか翳のある表情をするようになってしまった。こんな人たちじゃないのに。みんな、本当はもっとすごいのに。
みんな思い出して。
わたしは一所懸命訴えてきた。訴えてきたつもりだった。でも届かなかった。
今も目の前の小鬼族に、まともに目を向けられないでいる。
わたしは何を間違ったんだろう? 女王であるわたしは、何ができるんだろう?
もうどうしていいのか、すっかりわからなくなってしまった。
このままわたしも、ここにうずくまってしまおうか。
そう思ったとき。
「……ふざけるんじゃないわよ」
あたしの心を、強烈な感情がわしづかみにした。
感情はあたしの心を揺さぶり責める。うあ、めまいがしそう。
「ふざけるんじゃないわよ」
それは怒り? 反抗心? 自分でもよくわからない。
ただ感情があふれ出た。
ただ言葉が口をついた。
「ふざけるんじゃないわよ!」
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