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第一章:女王さま始めました。
小鬼族撃退! その結果……。
しおりを挟む心にたぎる怒りのままに、あたしはすたすたと前に進み出た。
まだ拳を振り上げて演説している小鬼の前まで行き、しゃがむと、
「えいっ」
ぴんっ
「うきゃああああああああああ!」
あらすごい。
小鬼くんてば、五メートルくらい後ろまで転がってったわ。たかがデコピンなのに。
もしかして魔族の力って、思ったよりずっと強い?
「おう!?」
「暴行だ!」
「女王が我々に暴力を!?」
「圧制の復活だー! 王制残滓だー!」
「女王の暴挙を許すな!」
「女王は我々に謝罪しろー!」
「「「謝罪しろー!!」」」
「やかましいっ!」
「ぴーーーーー!」
あたしが手を横に振り抜くと、小鬼どもが残らず吹き飛んでいった。
あら、風魔法も使えたのねあたし。これで最弱で役立たずって……魔族ってどれだけ強いの?
しかしそれよりも何よりも今、あたしは怒っていた。
湧き上がる怒りがあたしを衝き動かしていた。
怒りのままにあたしは叫ぶ。
「ぴーぴーうるさいわよ! だいたいあなたたちの国にはお父さまが莫大な独立祝い金を下賜したはずです。それを何度も賠償賠償って……賠償にお代わりはないのよ!!」
傲然と啖呵を切った。だって我慢ならなかったんだもの。
あたしはこの国に来たばかりだけれど、ミルドレッドの思いはよくわかる。
大好きなお父さん。その苦労を間近で見てきたから。
たくさんの人たち。生命を賭けて、自分たちを守ってきてくれたから。
その人たちを、その人たちの好意を侮辱するようなことは到底許せなかった。
だからわざと言ったのよ。「下賜」って。
贈与でも授与でも進呈でも、まして献上でもない。
あなたたちには恵んでやったのよ。
「だから、少しは身のほどをわきまえなさい!」
……って、誰も聞いていなかった。
あたしが風魔法でみんな吹き飛ばしちゃったから。
ふう。まあいいか。
ちょっとすっきりした。
息をついて頭に上った血の気を下げて、そこであたしは気がついた。
村人が凍りついていた。
村人だけじゃない。
随伴の役人、護衛の剣士、一人残らず身動きもせずに、呼吸すら忘れたようにあたしを見つめていた。
その中でも鬼のような形相の侍従長。となりではクロエが「はわわわ……」と真っ青な顔をしている。
……なんかやらかしちゃったみたい。
◇
「まったく、軽率にもほどがありますぞ、陛下」
「……はい、反省しています」
かれこれ一時間以上、わたしは侍従長のお小言を頂戴していた。
この人は昔からわたしの教育係でもあった人だ。女王とはいえ、わたしなんてちょっと背が伸びたちびっ子くらいにしか思っていない。そりゃ背も胸も小さいけれど。これでも女王なのよ。少しは女王らしい扱いを要求するわ。
「一体いつになったら女王にふさわしい分別がつくのですかな?」
……はい、返す言葉もございませんわ。
「何度も言いますが、ことは微妙な国際問題なのです。だからこそ、みな腫れ物にさわるような慎重な扱いをしておりますのに……このような振る舞い、必ずや連中の抗議が舞い込みましょう。今まで積み上げてきた信頼を台なしにしかねない行いですぞ!」
お言葉ですけど、と声に出せない意気地なしなあたしは、心の中で抗議した。
積み上げてきた信頼って、先方はほんとに感じてくれているのかしら? こちら側だけが一方的に相手を信頼し、「いつかはわかってくれる」といじましい努力を続けているような気がする。その努力は本当に報われるの? 正当に評価される日が来るのかしら?
お小言を受け続けてため息をつきながら、あたしは思った。
だめだ。ものすごく根深い。一朝一夕でどうにかなる問題じゃない。
みんな自分たちが悪いと思い込んでいる。そうじゃない。そうじゃないの。あたしたちは何も間違ってない。ただその誠意が正しく伝わっていないだけだ。
そう伝えたいのに、うまく伝わらない。どうしたらみんなにわかってもらえるかしら。
結局さらに数十分のありがたい指導を拝聴したあと、あたしはくたくたになって解放された。
「おつかれさまでございます、陛下」
侍従のクロエが笑いながらお茶を差し出してくれる。椅子にへたりこんだあたしは、やっとのことでカップを手に取った。
「……ああ、ありがとうクロエ。あなただけがあたしの味方だわ」
少しくせのある茶色の髪からのぞく小さな角が可愛らしいこの娘は、わたしが王位に就く前からわたしに仕えてくれていた。わたしより年上だけど、身分もあってわたしを姉のように慕ってくれている。わたしとしても可愛い妹みたいに思う時があり、じゃれたりからかったりもする反面、誰にも言えないぐちを聞いてもらったりもする。その時は懐深いお姉さんのように辛抱強く聞いてくれて、つい甘えてしまう。
「先ほどは本当に心臓が止まるかと思いました」
「お願い。もう言わないで。ちゃんと反省していますから」
いつもは優しくて、あたしをだだ甘に甘やかしてくれるクロエからまで非難めいた言葉が飛び出して、あたしは本当にへこんで卓に突っ伏した。
「いつもの陛下じゃないみたいで、びっくりしました」
どきっとしたあたし。正体がばれた?
気づかれないように身を固くしているあたしに、
「でも、勇ましくて……ちょっとどきどきしちゃいました」
ああ、なんて優しい笑顔なんでしょう。
クロエ、我が天使よ……ああ、魔族だったっけ。
「わたくし小鬼族は……好きになれません。あの人たち、厚かましいし。群れてやかましいし」
「あら、クロエでも嫌いなものはあるのね」
「え? いえ、その……そんなつもりでは……」
表情に困ってもじもじしているクロエ。ああ、可愛いなあ。
抱きしめてほおずりしたい……。
「意外ね~。可愛いクロエちゃんの暗黒面を見たわ」
「もう、からかわないで下さい、陛下」
ちょっと素が現れたクロエがいとおしくて、思わず微笑んでみつめてしまう。
「ああ、陛下。そんな可哀想なものを見るような目でわたくしを見ないで下さいまし」
「そんなことないわよ。可愛い可愛いクロエを愛でているのよ」
「もう。陛下はいじわるです」
「ごめんごめん」
少し涙目のクロエ。ちょっといじりすぎたかな。
「でもさあ、嫌なものをずっと我慢して暮らすのって、嫌だなあ」
「仕方ありません。我が国は敗戦国ですから」
「そう! それよ!」
いきなり立ち上がってびしっと指を突きつけるあたしに、クロエがびっくりして「ひっ」と小さく声を上げる。
「我が国は敗戦国。それは事実よ。でもね、それで全てが否定されるなんておかしいと思わない?」
「そうはおっしゃいましても、帝国や回りの国が……」
「それもあるけど。だけどだけど。なによりあたしたち自身が一番、自分たちを否定してないかしら?」
「…………」
そう。
あたしはまだ、ちら見しただけだけど。
みんな自信を失っている。意気消沈している。小さくなっている。
そんなに回りの顔色をうかがって生きる必要なんかないはずなんだ。
みんなもっと自由に、もっと笑顔で楽しく生きていいはずなんだ。
「……はあ」
あたしは力なく、再び椅子にもたれかかった。
みなを幸せにしてあげたいのに。
今のあたしには、その力がない。
悔しい。はがゆい。もどかしい。
「……みんなが幸せになれたらいいのにね」
ひとりつぶやくあたしに、クロエは微笑んで、
「ありがとうございます」
「? あたしはなにもしてないわよ」
「いつもわたくしたちのことを真剣に考えて下さっています。身に余る光栄です」
うーん、面映ゆい。
まだなにも出来ていないのに。
「やっぱりいつもの陛下ですね。でもいつも申し上げておりますが、もう少しご自身の幸せもお考えください」
ミルドレッドはそう言うのね。
いつも国民のこと、考えてるんだ。
えらいな。
あたしにもできるかな。
――できるわ。
――わたしにもできたんだから。
弱気なあたしの気持ちが、優しいミルドレッドの心に包まれて、泣きそうになる。
そうだ。できる。きっとできる。
そしてちゃんと結果を出さなきゃ。
少ししんみりしていると、ドアがノックされた。
「失礼します、陛下。お食事の用意が整いましてございます」
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