女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

メシマズなんて言ったら失礼だよね。

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 ラフォーの村は、田舎の村。
 バンクロディ王国の北方、首都イースキーから馬車で三日。でも、田舎だ。

 東京のような人があふれる大都会を知るあたしにとってももちろん、魔族の国の基準で見ても、わびしい村だ。寒村と言わざるを得ない。

 だけど、すぐ北は大河を挟んで悪鬼族の国ニヒトハン共和国と境を接し、東へ行けばほどなく海。その向こうはヒト族の大帝国、レマン帝国が横たわる。我が国の北の重要な拠点なのだ――田舎だけど。

 重要な拠点なのに人を割けないあたり、今のこの国の現状を物語っている。

 そんな村でも、女王のあたしをもてなそうと一所懸命に用意してくれた料理が目の前に並んでいた。

 口にはできないけど、心の中で、敢えて言おう。

 わびしい。

 メインディッシュは、肉。鶏とか、豚とかだろうか。ボリュームもあってそれなりの体裁にしてあるけど、良く言えばシンプル。ぶっちゃければ、質素だ。
 脇には黒パン。それと具がほとんどないスープ。付け合わせの根菜はそれなりだったけど、素朴という印象。

 だけどその料理を見てわたしは、感激で涙ぐみそうになった。
 だってこの村総出で頑張ったであろう跡が感じられたから。

 このラフォーの村は本当に貧しい。大した産業もなく、寒冷地のため農作にも適さない。おまけに水に恵まれず、いつも食うや食わずの状態なのをわたしは知っていた。

 今回の行幸に先立って、村には支度金が渡されていた。わたし、ミルドレッドをもてなすための費用と言うのが名目だけど、実質は村への援助金だった。そうでもしてあげなければ食いつなげないほど、この村はまずしかった。

 ラフォーの村だけじゃない。この国はどこもかしこも似たり寄ったりだ。当然中央だって潤っているわけじゃないけど、なんとかやりくりして、助け合っていかなくちゃならない。少しでもみんなが楽になれるよう、頑張ったけど、一所懸命頑張ったけど……。再び涙が出そうになって、わたしはあわてて笑顔を浮かべた。

「素敵なもてなしですね。嬉しいです。いただきます」

 村人たちの好意を無駄にしちゃいけない。ありがたくいただこう。

 黒パンは固かったけど、丈夫な歯とあごのおかげでサクサク食べられた。けどこのパン、フランスパンを一週間天日に干したってくらいの硬さよね? ほとんど石と変わらない。
 お肉は、おいしい。新鮮だし、肉の旨みがよく出ている。けど、大味なのは否めない。
 味付けは塩味のみ。香辛料はなし。貴重なうえに、寒冷なこの国ではぜいたく品だ。めったに手に入らない。

 それでも村のみんなが精魂込めてつくってくれた食事だ。わたしは存分に楽しんだ。その姿を見てみなが喜んでくれているのがわかる。それがわたしにも嬉しい。

 時おり会話をはさみながら、あたしは食事を終えた。あたしにとっては見知らぬ異世界の人とも親しくなれたし、まずはお腹もふくれた。質素だけど、穏やかで幸せな晩餐だった。ああ、こんなにゆったりしたの、いつ以来だろう。

 あたしはいつも何かに追われていた。時間に、仕事に、家事に、人間関係に、何だかよく分からないものに。いつも追われて何もできないまま一日が終わる。そんな毎日の繰り返しだった。

 でも久しぶりに素のままでいられた、そんな気がする。何も気にせず、追われず、心おきなく一日を終えられる。未解決の問題はたくさんあるけど、それにめげることなく、自分を生かしてくれたすべてのものに素直に感謝して、満ち足りた気分でいられる。村人さんたちには感謝しなくちゃね。ごはんは、まあ……お腹いっぱいになっただけでも幸せだよね。

「ごちそうさまでした。おかげでとっても幸せな気持ちになれました。ありがとう」
「いえ、おそれ多いお言葉にございます。お粗末さまでございました」
「みなさんもおつかれでしょう。どうぞ遠慮なく食事を摂って休んでくださいまし」

 あたしはみんなに笑いかけると、部屋に引き取った。


 ◇


 「はあ……」

 狭い一室は行宮あんぐうだ。これでも多分、この村では一番上等な場所に違いない。
 あたしはベッドに倒れ込んだ。満ち足りていたけど、疲れてもいた。もう動きたくないけど、寝る前にメイクを落としてお風呂に……なんて必要なかったか。
 あたしは苦笑いして寝返りをうった。メイクなんかしてないし、お風呂は……ないよね。そんな話かけらも出なかったし。せめて顔、洗えるかしら。

 なんか、気疲れがひどい。起きている間じゅうずっと見られていたものね。女王って存在するだけでも大変だわ。その報酬がメシマズ……って言ったら失礼だけど、ご褒美はスイーツが定番じゃないの?

(……帰りたい)

 もといた場所に。現代日本に。わずらわしいけど快適な場所。
 そこで過ごすいつもの時間。水曜のドラマと土曜のアニメ。あ、先週発売のコンビニスイーツ、まだ試してなかった。来週は話題の映画の続編が封切りだけど、また見られないかな。新しい春物のジャケットと帽子も欲しいけど。カフェでお茶を飲みながらSNSを眺めてまったりとすごして、それから、それから……。

 全部できないことばかりだ。

 毎日家事に追われて、余計なことをする時間なんてなかった。大好きだったゲームすらすっかりご無沙汰で。あたしの毎日はなんだったんだろう?

 ダンナも息子もあたしのことなんかこれっぽっちも気にしてない。もしかしたらあたしが消えたことすら気づいていないんじゃあ?
 それとも少しは困ってる? ご飯を作ってくれる人が突然いなくなって、怒ってる? でもそれって家政婦さんとかメイドさんと同じ扱いだよね。あたし自身が必要なわけじゃないよね?

 ……誰もあたしのことなんか、心配してないんだ。

 ふいに涙がこぼれた。
 あたしの存在って、意味があったの?
 少なくともミルドレッドはこの地で必要とされている。みんなから絶大な信頼を寄せられている。あたしとは雲泥の差だ。

「ふふっ……」

 涙を流しながら泣き笑い。滑稽だ。帰りたいと願っている場所は、あたしを必要としていない。あたしなんかいなくても、あの世界はなんにも変わらない。

 あたしって、なんだったんだろうな。

 思考がぐるぐる巡って、何を考えているのかすらわからなくなってきた。帰りたい? 帰りたくない? あたしはどうしたいのかしら?

 混乱した頭のまま、意識がもうろうとして沈んでいく――。


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