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第一章:女王さま始めました。
あたしと、わたし。
しおりを挟む暗い所に、あたしはぽつんと座っていた。
ここは夢の中。夢の中だとわかる夢。
そういう感覚、たまにあるよね?
あたしのそばには、女性が一人、こちらを見て座っていた。
長く豊かな黒髪。そこからのぞく、小さな角。
おっとりした感じの、穏やかそうな小柄な女性だった。歳は二十代前半くらいかしら?
それがミルドレッドだと、あたしはわかっていた。今この世界で、あたしが身体を共有している人。この国の女王さま。
「えと…………」
意識はしっかりしているのに、何を話したらいいのかわからなかった。そうだね、ここはミルドレッドに話してもらおう。きっといろいろ言いたいことがあると思うし。
だっていきなり異世界の人間が自分の中に入り込んで来たら、びっくりするし迷惑だよね?
そう思って、あたしは口をつぐんだ。
◇
彼女、未悠は何も言わない。黙ってわたしを見つめている。
長くて綺麗な黒髪。角はない。ヒト族なのね、きっと。
おっとりした感じの、穏やかそうな小柄な女性だった。歳は……四十になるそうだけど、そうは見えない。三十代くらいかしら?
うーん、困ったな。何か言いたいことはない?
だっていきなり異世界に自分がひきずりこまれたら、びっくりするし困るよね?
そう思って少し待ち、やっとわたしは思い当たった。わたしに先を譲っているんだ。
お互い思っていることは同じだった。ふいにおかしくなって、笑いがこみ上げる。
◇
「ふふっ」
「?」
「わたしたち……やっぱり似てるわね」
ミルドレッドが口を開いた。印象のとおりの、穏やかな口調だ。
「似てる……かしら?」
「うん。だって、相手に先を譲ろうとしているじゃない? きっと言いたいことがあるんじゃないかって」
なんだ、ミルドレッドもそう思ってたんだ?
口もとに手を当てて微笑むミルドレッドを見て、あたしは思った。
まったく別の人だけど、でもやっぱり他人じゃない。顔かたちとかは違うのに本質は同じ気がする。でなかったら、同じ身体に同時に存在なんてできないよね。
「初めまして、白川未悠。わたしはミルドレッド。あなたを召喚した者よ」
「召喚? 召喚されたんだ、あたし」
「多分」
「多分? ということは、あなたがやったんじゃないんだ?」
ミルドレッドは困ったような、申し訳なさそうな表情になった。
「ごめんなさい。どうしてこんなことになったのか、実はわたしにもわからないの。確かにわたしは力を欲した。みんなを救える、国民を導ける力がほしいと切に願った。
そしたら、あなたがわたしの中に入り込んできたの。神さまの御業かしら? でもなぜそうなったのか、わたしにはわからない。あなたは何か特殊な能力を持っているのかしら? 未悠?」
あたしは全力で首と手を振った。
「とんでもない! あたし、何の力もないよ。ただの主婦だよ。平凡なサラリーマンとこの嫁だよ」
「さ……りぃまん?」
「うん、なんの取り柄も特技もないよ! 剣も魔法もかすりもしない世界から来たんだ。断言するけど、剣も魔法も使えない。なんも出来ない! んでもって、全力で謝る。ごめん! 役に立たなくて!」
あたしは切腹せんばかりの勢いで平伏した。こんないい娘を困らせてしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「がっかりしてるよね? 決死の思いでガチャ回したのに引いたのがこんな外れサーヴァントとか、金返せって思うよね?」
「言っていることがよくわからないけれど……」
ミルドレッドは困ったように苦笑いしながら、
「役に立たないなんて、そんなことないよ。だって小鬼族を退治してくれたじゃない?」
「いやそれは、空気を読まないよそ者がいきなり乱入してご迷惑をおかけして、なんとお詫びをすればよいのやら……」
その件はほんと、反省していますから蒸し返さないでお願い。
いたたまれずに小さくなっているあたしに、ミルドレッドは近づいて手を取ってくれる。
「ふふ。大丈夫。みんなあの人たちには困っていたの。でもわたしじゃ何にも言えなくて……あなたが啖呵を切ったの、すごく気持ちよかったわ。わたしのかわりに、ううん、あの時わたしも叫んでた。ふざけんじゃないわよ! って。あー、すっきりしたわあ」
にこにこと、晴ればれした表情のミルドレッドを、あたしは上目づかいで見た。
「ほ……ほんとに?」
「うん。まあ後でちょっと国際問題になるかもしれないけど」
「ごめんなさい! ほんっと、ごめんなさい!」
「ううん、違うの!」
さらに小さくなるあたしに、ミルドレッドは慌てて首を振る。
「ほんとはわたしがしなくちゃいけないことだったのに勇気がなくて……。わたしが出来ないでぐずぐずしているうちにあなたがやってくれちゃった。わたしこそ謝らなくちゃ。ごめんね、嫌な役目を押し付けて」
「いえいえ、こんなあたくしでもお役に立ったんなら嬉しいです女王陛下」
「いえいえ、あたくしの代わりにお役目ご苦労様でございました女王陛下」
お互いに手をついて頭を下げ合って、顔を上げたら目が合った。
「「あ」」
同時に笑う。やっぱりあたしたち、似ているかもしれない。
「でもやっぱり、謝るべきはわたしだわ」
ミルドレッドがあたしに頭を下げた。
「あなたの人生も生活もあったでしょうに、わたしの都合で呼び寄せちゃったみたいで。なんと言ってお詫びすればいいのか……」
「そんな、お詫びだなんて」
ちょっとしょんぼりしているミルドレッド。どうしよう? 彼女はきっと悪くない。
元気づけてあげたいのに、どうしていいかわからない。ああ、もう! あたしってばホント、役立たず。
「せめてあなたの邪魔をしないようにするわ。わたしが今差し上げられるのはこのわたしの身体くらいしかないけれど、あ、でもわたしはこの国のものだからその次ということになるけど、自由に使ってもらえれば……」
泣き出しそうな顔で一所懸命話しかけるミルドレッド。
あたしはふいに、おかしくなってまた笑った。
「ふふっ。変なの」
「? 変……かしら?」
「うん。だってあなた、女王さまでしょ?」
女王さまだったら国を作った王さまの子孫だから、国の所有者だよね? 普通だったら『この国はわたしのもの』じゃないの?
それが『わたしはこの国のもの』って……どれだけ謙虚なのよ?
それだけこの国のこと、必死で考えているのね。寝ても覚めても、ずっと女王さまなんだ。
「ほんとに変なの。変なミルドレッド」
「むぅ……。そんなに何度も言わないでよ、未悠」
ふくれっ面をしたミルドレッドは可愛かった。とてもいおとしかった。守ってあげたいと思った。一所懸命で儚げな、か弱い女。細いその肩に国と国民の全てを背負って立つ覚悟を決め、その通り実行している女。
ああ。なんか自分の悩みがすごくちっぽけな感じがしてきたな。
あたしの悩みなんてしょせんあたし一人の悩みだもの。ミルドレッドとは桁が五個くらい違う。
でも守ってあげたくても、あたしには何の力もない。だからせめて、と、あたしは彼女をそっと抱き寄せた。
今のあたしにできるのは、このくらい。
気休めだけどほんの少しでも力づけてあげられたら。
ミルドレッドは黙ってあたしに身を預けてくれた。
「大丈夫だよ、ミルドレッド。あなたは頑張ってる。あたしは知ってるよ。あなたがどれだけ頑張ってきたか」
今日一日、あたしはミルドレッドだった。彼女が考えること、感じること、彼女の知識、記憶、みんな共有してきた。
貧しくて弱いこの国。戦争に負けて国土も誇りも失い、しかも回りは敵だらけ。
どうしたらこの国を守れるだろうか。どうしたら国民みんなが明るく幸せになれるだろうか。
いつも考えていろいろ試して、うまく行かなくて挫けて心が折れて、ベッドで泣きながらそれでも明日はがんばらなくちゃって気合いを入れ直して。
「ずっと、ずうっと一人で頑張ってきたんだね。えらいね」
「……ふっ、ぐすっ……ふえ、ふええええ」
最初、震えながら必死で泣くまいと堪えていたミルドレッド。
ついに堪え切れなかった。
あたしの胸の中で、ミルドレッドは泣いた。
あたしはその頭をゆっくりとなでた。
今はこんなことしかしてあげられないけれど。
「大丈夫だよ。きっと大丈夫。あなたの努力は必ず報われる。だから安心して。あなたは間違ってないよ」
ミルドレッドは泣き続けた。
でも、あたしは感じていた。
それは悲しいだけの涙じゃないって。
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読んでくださる方や応援してくださる全てに
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