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第一章:女王さま始めました。
この世界を変える! スープで!
しおりを挟むクロエが起こしに来る前に、あたしは目が覚めた。
う~、なんだろこれ?
いろんな感情がぐちゃぐちゃに入り混じってる。まるで飲み過ぎて記憶が混乱しているみたいな。
「~~~~~~」
最初に感じたのは恥ずかしさだった。
なんか、やらかした感が半端ない。あられもなく取り乱したなあ。未悠にすがって泣いて……って、未悠はあたしじゃないの?
そうだった。今、あたしはわたし。で、わたしはあたし。
ゆうべの夢は二人別々だったけど、今は一人だ。だから両方わかる。
ミルドレッドの気持ち。つらくて淋しくて。
それを未悠に認めてもらえた嬉しさ。
未悠の気持ち。帰りたいけど帰る場所がない。
ミルドレッドをほうっておけない。守りたい。
昨日ほど違和感なく、一人の意識としてすっと入ってきた。
今、ミルドレッドを守るってことは、あたしが頑張るってことでもある。
そりゃ元の世界に帰りたいって気持ちもある。けど、優先順位が下がっているのは確かだ。未開の見知らぬ土地でも、ここはあたしを必要としてくれているから。
あたしなんかで役に立つのか。
立ちますとも。立って見せる。
伊達にミルドレッドの倍の人生生きてないわよ。
さあ、一緒に頑張りましょ。
ゆうべ散々「大丈夫」って請け合ったからね。
起き抜けにあたしは厨房に向かった。
「おはようございます」
……あはは、みんな驚愕で固まっている。
そりゃそうよね。女王陛下がいきなり下々の生活の場に踏み込んできたら驚くし、どう対処したらいいかわからない。
でも、やるわ。
まずは食事の改善よ。
◇
予想通り、骨は残っていた。
ゆうべの料理に供された、肉を捌いた残りもの。それをもらい受けてきて大なべに放り込む。
さあ、うまく行くかしら。
鶏ガラや豚骨を煮出してスープをいちから作るなんて、やったことないから上手くいくかなんてわからない。でもこの世界には、だしの素も固形スープもないから、自分でやるしかない。
すべてはおいしい料理のため。ひいてはこの国の料理のためよ。頑張れあたし。
下準備を終えて火にかけて。あたしは火の魔法が使えないから、出来る人に点火して火加減を調節してもらう。便利だなあ、魔法。もの凄く文明的でない? だってガスコンロやIHヒーターとほぼほぼ同じことができるんだよ?
もちろんヒト族にも魔法が使える人はいるけど、数はずっと少ない。これだけでもヒト族より凄いアドバンテージじゃない?
厨房の女性に火の番をお願いして、あたしは厨房を辞した。
いや~緊張した。だってみんな見てるんだもん。
そりゃ女王陛下のすることだからねえ。注目されるのは当然だけど……つかれる。
「どこへ行っておいでですかな、陛下」
びくうっ。
おそるおそる振り返ると、侍従長がいた。胡散臭そうな目であたしを見ている。
「女王たるもの、下々の生活の場に軽々しく踏み込んではなりませぬ。陛下の威厳が損なわれるばかりか、下々の安寧をいたずらに乱すことも感心しませんな」
「は~い、気をつけま~す。じゃ、早速視察に行ってきます!」
「あっ、陛下! またそうやって逃げようとなさる!」
侍従長のお小言を華麗にスルーして、あたしは外に飛び出した。
言い訳ばかりじゃなく、次は巡察。
少しでもたくさん周辺の状況を見たい。知りたい。リアルに確認したい。そして、どうしたらいいか考えたい。できることはまだまだたくさんあるはず。
ラフォーの村は寒村だけど、地理的には重要な位置にある。本当はここに守備兵を配置するべきなのだろうけど、諸般の事情で果たせずにいた。
ひとつは兵力の余裕がないこと。人員もそうだし、それを支える国費もかつかつだ。
そしてもうひとつは、近隣諸国がうるさいこと。
つまり周囲に気兼ねして、ごく当たり前の軍事的な行動すら取れないのだ。
あたしは平和ボケした日本人だけど、都市経営ゲームとかもやっていたから、軍事の重要性は頭ではわかっているつもりだ。軍備をおろそかにしていると、何も悪いことをしていなくても攻め込まれるのだ。最悪、そのまま国を滅ぼされてゲームオーバー。そんな莫迦な、と言っても聞いてくれない。いいか悪いかじゃない、強いか弱いかなのだ、国家経営というものは。
だからせめて最低限の守りは固めたいのだけれど、ちょっと目立った動きをすると、やれ侵略の意図が見え隠れだの、鉄血主義の復権だのと、ほんとうるさい。戦争に負けてからどんどんひどくなっている。口で言っているうちはまだいいんだけど、そのうち「実力をもって阻止する」とか口実を作って侵略されたら目も当てられない。
実際、帝国はもとよりニヒトハン共和国さえ軍をちらつかせて恫喝してくることがある。敗戦国の哀しい現実よ。ニヒトハンに負けたことなんてないのに。
国境の川のほとりで、あたしは対岸を眺めやった。川幅は広く、そう簡単には渡れない。今はこの川が防壁になってくれているけど、その気になったらわたる方法はいくらでもある。そうなったとき、真っ先に標的にされるのはラフォーの……。
ぞくっと寒気を感じて、あたしは震えた。あたしを暖かく迎えてくれたあの人たちがひどい目に会うなんて、考えたくもなかった。
でも考えなくちゃいけない。それを回避する手を打たなくちゃいけない。それがあたしの、女王の義務だ。
そして、あたしの家臣団はあたしの要望にちゃんと応えてくれていた。
「ここが、財務卿が特別区域を計画して下さっている場所です」
村長が指さして説明してくれたのは、川のほとりの広大な土地だ。
よく見ると平らにならされて、いかにもこれから開発する場所、という感じがした。
「ここを非課税区域として共和国にも開放し、商業の交流を興そうという計画です。
入国の手続きは必要ないようにしますが、当然ここより先は外国になりますので城壁で囲います。陛下のお心をわずらわせることにはならないかと存じます」
ここを商業特区にして開放する。両国の商人に便宜を図ってあげて、我が国の経済にも貢献してもらう。相手に国土をくれてやるような行為だけど、その外側には入国管理という名目の壁と兵士を配置できる。これなら文句もつけにくいはず。
あたしは村長と、平ったい土地を交互に眺めた。
うちの大臣方、ちゃんと考えてくれてる。
ありがたい。首都に帰ったらもう一回確認しておこう。
さて、外国も要注意だけど、国内にもちゃんと目をやらないと。
ラフォーの村は国の北の方で気候は寒冷。お米が作れないのは痛い。けど、稲は南方の植物だから、この国自体が栽培に適さないんだけど。
だから寒さに強い根菜類が主な産物。じゃがいもができるのは強いよね。
でもこの村は寒いうえに水が少ない。川は遠いし、せめて泉か井戸がもう少しあれば楽なんだけど。
これは懸案事項として持ち帰り。治水事業も必要かなあ。どのくらいかかるだろ?
必要な予算をちょっと想像してげんなりする。はあ、国の安泰は遠くて、あたしの名君への道も険しいわ。
昼食の頃にはあたしは精神的にへとへとだった。ミルドレッド、すごいよね。こんなにたくさんの難しい案件を捌いてるんだから。あたしは役に立てるのか。早くも心配になってきた。
午後も何か所かを視察して話を聞いた。けど、実はこのころにはかなりそわそわしていた。
疲れた、ということにして少し早めに戻ることにする。
みなの衆、すまん。今は政治よりも何よりも……スープの出来の方が重要だ。
でもこれなら、きっとあたしでも役に立てる。さあ、仕上げをごろうじろ。
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