女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

はじめてのスープ。

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 これは……なかなかなんじゃない?
 あたしはちょっと、いやかなり嬉しくって、その場にいた人たちに味見してもらった。

「これは……」
「なんというか、味はうすいけど……おいしい……です」

 みんなが戸惑っているのを見て、あたしはひそかに拳をぐっと握った。
 この国の料理には、出汁という考えがあまりない。地味だけどこれが、料理の味を大きく変えるんだよ。

「すごい! すごいです陛下!」

 中でもひときわ感激している少年がいた。

「これ、もとは骨ですよね? どうしたらこんな不思議な……」
「ふふっ。知りたい?」
「え? は……はい!」
「後で教えてあげる。簡単だから、みんなでやってみて。ね?」

 少年はびっくりしている。
 でもね、仕上げはこれからだよ。
 もっとびっくりするから。

 と言いつつ、これをどうしようか、あたしはちょっと迷った。

 根菜がそれなりにあったから、それを煮込んでポトフにしよう。素朴だけどきっと美味しくできあがるよ。
 それを村のみんなに食べてもらおう。驚いて、喜んでもらえたら嬉しいけど、それだけじゃない。みんなに作ってもらうんだからね、それ。今後のみんなの糧になるんだよ。

 料理は楽しかった。いつも作ってはいたけど、ほとんど仕事。味気ないことこのうえなかった。独りぼっちで、おいしいのかまずいのかすら反応がなくて。

 今日はたくさんのひとに囲まれて、手伝ってもらって、なによりその人たちのために作るのがとっても楽しかった。誰かのために作るのってこんなに幸せな気持ちになるものだったんだ。あたしは久しぶりにその感覚を思い出して、嬉しかった。

「陛下! 包丁などお手に何をなさるのですか!」
「なにって皮むきよ、クロエ」
「ひいぃぃぃ!?」

 侍従のクロエが顔色を失って悲鳴を上げている。
 そんな大げさな。そりゃあ一流の料理人ってわけじゃないけど、いちおう毎日料理してたのよ、あたし。

「陛下。陛下。御身の不器用さをお忘れですか!? 昔包丁であやうく指を落としそうになって、みな心臓が止まるかと思ったのですよ? 刃物は何ひとつまともに扱えない想像を絶する不器用さをみながどれほど心配しているかご存じないのですか?」

 クロエ、動転しまくってものすごく失礼なこと言ってるの、気づいてないわね。真面目な娘だからねえ。あたしに対する責任感のゆえなので、むしろ微笑ましいけど。

「どうか、どうかおやめください。あぶのうございますから」
「そんな、大げさよお。大丈夫だってば」

 軽く笑って答えるあたしに、思いつめたような目を向けるクロエ。
 ごくりとつばを飲み込むと、上目遣いの目線からきっぱりと言い切った。

「陛下。陛下の御身を守るのがわたくしの務め。万が一その包丁に陛下の血の一滴でも付くようなことがあれば、わたくし生きてはおられませぬ。即座にその包丁で喉を突いて果てる所存」
「ひいぃぃぃ!?」

 今度はあたしが悲鳴を上げた。
 本気だ。この目は本気だ。

 仕方なく自分で調理するのはあきらめて、みんなに任せることにした。脇でクロエが胸を撫で下ろしている。
 いつも心配かけてごめんね、クロエ。あなたの気遣いはいつも感謝しているよ。

 そんなこんなで料理が出来上がり、さあ晩餐という時に騒ぎは再び起きた。


 ◇


「え~、小鬼族、また来たの?」

 あたしは露骨に嫌な顔をして侍従長ににらまれた。だって嫌なものは嫌なんだもの。
 でもさすがに昨日はちょっとやり過ぎたかな。少しは謙虚に反省しよう。

「そうですか。ではお詫びのしるしに、おいでのみなさんに食事でも振る舞いましょう」

 そうして、出来上がったばかりのポトフを小鬼族の来訪者に供することにした。ほんとは村の人に真っ先に食べてほしかったんだけどね。

 今日の来訪者は八人。背が低いので、子供が座るような足高の椅子に腰かけ、落ち着かなげに辺りを見回している。その様子がほんとに子供みたいで、あたしは笑いを堪えるのに必死だった。笑ってはいけない。こういうプライドが高い人たちは、自分が馬鹿にされているという雰囲気にものすごく敏感だから、気をつけないと。

「昨日は行きすぎた真似をしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。ご容赦いただけるとは思っておりませんが、せめてものお詫びとして、わたくしの手料理をご用意致しました。お口汚しではございますがご賞味いただければ幸いにございます」

 小鬼がちょっとどよめいた。いかに下に見ているとは言え、一国の女王の手料理だものね。これを供するんだから、付加価値半端ないものと知りなさい。

「高慢な圧制者の子孫ではあるが、謙虚な申し出には見るべきところがある。昨日の無礼は不問にしてやってもよい」

 小鬼族の代表はあくまで傲慢だった。ていうか、王族に面と向かってそこまで言うか普通?
 絶対に反撃してこないと思ってなめ切ってるわね。
 血の気の多い衛士なんかいたら即座に首が飛んでるよ、主君を侮辱したとかで。

 が、むかっ腹が立つのを今は我慢する。いい気になっているのも今のうちだ。
 今日のあたしの必殺の武器は剣じゃない。目の前に差し出した、白いスープ皿。さあ文字通り、これでも喰らえ!

「!」
「こ、これはっ!」
「うむむむむ……!」

 ひと口食べるなり小鬼たちの目の色が変わり、夢中でスプーンを動かし始めた。
 あたしはテーブルの下でぐっと拳を握る。あたしの一撃、あんたたちの胃袋にクリティカルヒットしたわね。もはや陥落同然。勝った。

「いかがでしょう?」
「う、むむむむ……」
「うむ……うむ」
「ぐ、ぬぬぬぬ……」

 みんななんとも言わない。しゃべる間も惜しんで、もぐもぐ口を動かしている。

「いかがですか?」
「う、うむ……いや、なんだこれは? 薄い。薄味だ。こんなものが美味いわけがない」
「そうですか。お口に合いませんでしたか?」
「うむ。うま……いや、いや! 断じてそんなことがあるわけがない! 我が国の料理こそが最上。我が小鬼族数百年の歴史こそが究極にして至高! 下等な魔族の料理など!」

 どうやら意地でも「美味い」と言いたくないらしい。
 あたしは笑いを堪えながら、

「ほかのみなさまは、いかがですか? おかわりもありますよ?」
「ほおお、おかわ……いや、いやいや! このようなもの、これ以上食えるか!」
「どのあたりがお気に召しませんでしたでしょう?」

 うろたえる小鬼たちに向けてにこやかに微笑みながら、あたしは容赦なく追撃する。

「う……そ、そうだ、トウガラシがない!」
「うむ、そうだ! あの真っ赤なトウガラシの食欲をそそる刺激がない! こんなものは料理と認めぬ!」
「あらあら」

 トウガラシですか。
 確かにスパイスはあった方がいいけど、真っ赤になるほど入れちゃったら味もなにもあったもんじゃないわよね。

「後学のためにお訊きしたいのですけれど」

 ふと思いついて訊いてみた。

「みなさまは普段、どのようなものを召し上がっていらっしゃるのですか?」
「肉だ!」

 代表の小鬼が吼えるように答える。

「肉こそ究極にして至高! こんな野菜など、下賤の者が食べるものだ!」
「ましてやトウガラシもない!」
「そうだ! それにごま油もない!」
「そうだ! こんな半端な料理、食えたものではない!」
「……ああ、なるほど」

 トウガラシとごま油。どちらも味や刺激がとても強い。使っているうち、くせになってどんどん量が増えていく。だから気をつけて使わないと、やがて味がそれ一色になってゆく。マヨネーズと並んで取り扱い注意の食品だ。彼らの料理はなんとなく想像がついた。

「確かに至高の調味料。わたくしごときの手に負えるものではありませんね」
「そうだろう。わかればよい。こんなもので我々を篭絡できたと思うなよ」

 偉そうにしながらも、全員残らずスープの一滴まで平らげて、小鬼族は去っていった。胃袋は正直よねえ。さて、下等な魔族の料理の虜になってしまったこの屈辱、どう乗り越えるのかしらね? うふふふふ。

 あたしは笑いながら、村人に言った。

「では、わたくしたちも食事にいたしましょうか」

 ほっと緊張がゆるんだ気がした。みんなの顔に笑顔が戻る。
 邪魔もいなくなったことだし、みんなでゆっくりと食事を楽しもう。


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