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第一章:女王さま始めました。
団らんていいね。
しおりを挟むほんとは村の人全員に存分に食べてもらいたかった。
だけどそれには足りなくて、ほんのひとすくいしか回らなかった。
「ごめんなさいね。全員にお腹いっぱい食べてほしかったんだけど」
「いえ、とんでもございません。全員にくまなく下賜いただいただけでも身に余る光栄にございます」
村長が恐縮している。村人は言わずもがな。
「堅苦しいのは抜きにして、食べてみて」
とは言っても、おそれ多いうえに珍しいとあって、みんななかなか口にしない。冷めるとおいしくないわよ。遠慮はいらないから。
仕方なく、あたしが率先して食べてみせる。うん、手前みそだけど、なかなかいける。これなら根菜もよりおいしく食べられるはずだ。身体もあったまるし、寒い地方にはちょうどいい。
あたしの様子を見て、みんなおそるおそる口にし出した。
「……おいしい」
「……ほんとだ。味は薄いのに……なんでだろ?」
「でも……おいしい。不思議な食べ物です」
気に入ってもらえたようだ。ふふふ、ならば次は、調理方法の伝授よ。
これはあなたたちでも作ることができるんだから。
希望者を募って厨房に集めたけど、興味津々で希望者が殺到し、入り切らない。仕方なく代表を選んで中に入れた。あとはその人たちから聞いてね。
みんながみんな感嘆して聞き入ってくれるのは、ちょっと気分がよかった。
中でも特に熱心だったのは、昼間いた少年だった。
「すごい! こんな方法が……骨ってこんな使い道があったのですね!」
「野菜をこんな切り方で……なるほど、味が染みやすいのに、煮込んでも形が崩れない!」
青い髪に金の眼の少年は、名をエゼルと言った。
「骨も野菜も煮込むと旨みが出るのよ。いろいろ試してみて」
「はい!」
エゼルの眼はきらきらしている。もとから金色だからきらきらなんだけど、興味と興奮でさらにきらきら。ああ、可愛いね少年。抱きしめてほおずりしたいくらい。クロエもそうだけど、みんな純朴で真面目で、ほんとに可愛いなあ。その一所懸命さ、おねえさん大好きだよ。中味はおばさんだけど、今はおねえさんだから。おねえさんだから!
香味野菜を一緒に煮込んで臭みをとる方法と、出来たスープを漉して雑味をとる方法、などいくつか教えると、少年は考えを巡らせ始めた。そうそう、自分で考えるのが大事なんだよ。あたしが教えたのは基礎だし、原則。それを応用して新しいものを作っていくんだよ。きみが。だから、がんばれ。
あたしのことなどそっちのけで考え始めた少年を後に残し、振り返ると、女の子と目が合った。
あれ?
この子、さっきまでいなかった……よね?
厨房の入口に、水色の髪の女の子がいた。歳の頃は五歳くらい? 確か、昼間も見かけた気がする。
なぜ憶えているかというと、角がないからだった。
ヒト族……ではないよね?
この国にヒト族はわずかながら居るけど、この村には住んでいないはずだ。
角を失ってしまったり、稀に角を持たない魔族もいるけど。
どこの子だろう? 家族は一緒じゃないのかしら?
まあ、いいや。
「こっちへいらっしゃい」
あたしが手招きすると、女の子はとことこと近寄ってきた。
「スープは食べたかしら?」
首を横に振る。
「あら、そう。まだあったかしら」
鍋を探って、少しの残りを器につぎ足して差し出す。
「残りものでごめんなさいね」
あたしが渡した器を、女の子は首をかしげて見ていたが、やがてこくりと飲み干して、笑った。
「おいしかった?」
女の子の頭をなでてあげると、嬉しそうに笑ってくれた。
ああ、あたしの料理で喜んでくれている。幸せだなあ……。
◇
け、けっこう疲れた……。
力尽きてベッドに倒れ込んだ。
狭い一室。質素な部屋。
それでも精一杯用意してくれた行宮だということはよくわかる。居心地は悪くないものね。
(あ、いけない。開けっぱなしだわ)
入口を閉め忘れていたことを思い出して起き上がると……そこにさっきの女の子がいた。
「あら、こんな時間にどうしたの? ご家族は?」
女の子は黙って首をかしげている。その仕草が愛くるしくて、思わずぎゅってしてみたくなった。
「こっちにいらっしゃい」
女の子はとことこと近づいて来ると、何も言わないうちからあたしの膝の上によじよじと登ってきた。
「あらあら」
苦笑しつつも、最初からそうするつもりだったので、あたしはされるがままにしていた。
女の子はあたしの膝の上におさまり、ご満悦の様子だ。
いったいどこの子だろう? と思いながら頭をなでる。
「綺麗な髪ね。長くて……。みんなが羨ましがるような髪ね」
褒めてあげると、女の子はあたしを振り返ってにっこりと微笑んだ。くぅ~、可愛いなあ。
あたしは手荷物から櫛を取り出して、女の子の髪を梳き始めた。
この櫛はヒト族の国から手に入れた工芸品だ。けっこう高い。いい品だったはず。
魔族の国でも工芸品はそれなりにあるけれど、高級品になるとまだヒト族の職人に及ばない。その高級品を女王というだけで手にできるのは、ちょっと心苦しい。
その櫛で髪を梳きながら、女の子に語りかける。
「ありがとうね。みんなによくしてもらって、とても嬉しいわ。どうお礼をしたらいいかわからないけれど、みんながもっと幸せになれるよう、一所懸命考えるからね。
このままじゃただの物見遊山で終わっちゃう。それじゃ申し訳がたたないしね。せめてもう少し水が確保できればなあ」
女の子は黙って聞いてくれた。理解してくれているかはわからないけれど、あたしは独り言のように続ける。
「この行宮も、みんなの役に立つといいな。女王の泊まった場所だからって大切にされるでしょうけど、それだけじゃなく、みんなが使ってくれると嬉しい。どうしたらいいかな……」
行幸の栄誉の数々はこの村代々語り継がれていくだろうけど、それだけで終わってほしくなかった。少しでもみんなの役に立ってほしかった。
「そうだ。この櫛を置いていくわ。女ならみんな綺麗になりたいと思うものね。これをみんなで使って、あなたみたいに綺麗な瑞々しい髪になってくれたら嬉しいな」
女の子の髪はただ綺麗なだけじゃなく、しっとりしていて艶やかだった。この時代この世界でこれだけの髪質って、すごいかも知れない。みんながこうなれるとは思わないけど、少しでも手伝いができたらいい。
と、女の子が振り返ってあたしの手――正確には手にした櫛――を両手で包み込むような仕草をした。
「えっ?」
なんだろう? 櫛がほんのり輝いたような気がする。
でもすぐに光は消え、女の子はふたたびにっこりと微笑んだ。
「あなたは、いったい……?」
女の子はあたしから飛び降りると、とことこと去って行ってしまった。
◇
明けて、出立の日。
「みなさん、お世話になりました」
村人総出で見送ってくれる中、あたしは頭を下げた。
「みなさんによくしてもらったこと、忘れません。みなさんの暮らしが少しでもよくなるよう、わたくしも力を尽くします。ささやかなご恩返しですが、行宮に櫛を置いてきました。女性のみなさんが綺麗で輝いていられるよう、お使い下さい。では」
一同を見渡してから、あたしは馬車に乗り込んだ。
水色の髪の女の子は見当たらなかった。あの子は何だったんだろう。もしかすると人ではない何かなのかも……なんてね。そんなわけないか。
いつまでも手を振ってくれる村人に手を振り返しながら、あたしは村をあとにした。
あたしは何か役に立てただろうか? ううん、一日二日じゃとても無理。でもその一日二日を辛抱強く積み重ねていかないと。それが十年後、二十年後に花開いてくれればいい。
村に残した櫛はその後、不思議な効果を発揮した。その櫛で髪を梳くとまるで洗い髪のごとく、誰でも艶々した美しい髪になるのだという。
そんな話を、あたしはずいぶん後になって聞いた。女王の威光の賜物か、などと言われているらしいけど、それはあまりに買い被り過ぎ。ちょっと恥ずかしい。
心当たりはあったけど、確かめる方法はなかった。あたしは誰かも分からなかった女の子に向けて、心の中でお礼を言った。理由はわからないけれど、もしあたしに何かの力を分けてくれたんだったら、とても嬉しい。
その後ラフォーの村では新しい泉がいくつも見つかり、農業に大きく貢献することになった。今まで作れなかった作物も試せるようになり、村は大きく変わるきっかけを得た。
でもその時、あたしはそんなことは知らなかった。
ただ、次の懸案に泣きそうになりながら取り組んでいるだけだった。
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