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第一章:女王さま始めました。
帰ってみれば……聖女さま。
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「まずはお帰りなさいませ、陛下。そして、何やらしでかして戻っていらしたとか?」
「う~、お願い、そのことは言わないでぇ」
御前会議。
首都イースキーに戻って早々、あたしは閣僚の方々に吊し上げられて小さくなっていた。
閣僚。まあ、大臣よね。それも全部で四人しかいない。この魔族の国、バンクロディ王国にはヒト族の帝国みたいなしっかりした政治機構はまだない。国の規模もそんなに大きくないし。
なので今は女王親政のような形。それを大臣が輔弼する。というと聞こえはいいけど、みんなで寄ってたかってなんとか政をやっつけている感じ? 中心のあたしが頼りないものだから、みんな大変だ。苦労ばかりかけて、ごめん。
みんなに助けられてばかりだから、せめて御前会議は大変だけどちゃんと顔を出すようにしている。
「ともあれ、陛下のやらかし体質は今に始まったことではないので問題ありません」
「まるであたしが手のかかる子供みたいじゃないの、ザクレス卿」
「みたい、ではありません。子供そのものです」
「ひっどーい」
あたしはふくれっ面をした。
あたしの左隣ですまし顔の壮年の男性。国事方のザクレス国務卿だ。
卿と言ってもこの国に貴族はいない。これは仕事をする人に対しての敬称みたいなもので、この称号に対して領地がつくとか税金が入るとか、そんな特典は一切ない。一切ないのにこの気苦労。少しは報いてあげたいのだけど。
「そうお思いでしたら、財務諸表などお読みいただけると嬉しいのですが。読み方は財務卿がみっちり仕込んだものと記憶しておりますが?」
「う~~~~~」
あたしは言葉に詰まってうなるばかり。
ザクレス卿は四十代、父の代から閣僚を務めている。あたしにとっては父親代わりみたいな人だ。そのせいか、あたしを容赦なく子供扱いする。まあ確かにミルドレッドがやらかし体質なのは否定できない。そのうえ白川未悠というさらにやらかし体質の人間が入ってしまっては……。返す言葉もございません。はい。
「小鬼族の件はこじれると面倒なので監視させていますが、今回はさほど問題になっていないようなので大丈夫でしょう」
「そう。ならよかったわ」
少しは『女王の手作りスープ』が功を奏したかしら。あたしのことであたしに災難が降りかかるならまだしも、ラフォーの村の人たちを巻き込んだとあっては「やらかし」では済まされないものね。
その点はザクレス卿も逐一目を光らせてくれているようだ。落ち着いていて頼りになる大臣筆頭。めったなことでは取り乱さない。まあ取り乱す前にあたしがパニクっちゃうから、かえって冷静でいられるってのもあるんだろうけど。
「ですから陛下、思ったことを口になさる前に、一度熟考なされませ」
「わかりましたってばあ。もう勘弁して」
もう、みんなしてまるで親子のやりとりをほっこり眺めるような、そんな微笑ましい視線を向けるのはやめてよね。
「して、陛下。何か得るものありましたかな?」
ザクレス卿の、心の裡まで見透かすような冷徹な視線を受けて、はっとする。このおじさま、どこまで勘付いているのだろう。
「わからないわ。何か得たかも知れないし、それが全然役に立たないかも知れない。すべてはこれからの行動にかかっているわ。そう、今までと同じよ」
「そうですか」
あたしは目を合わせなかったけど、卿は卿なりに理解して受け止めてくれたみたいだ。
そう、すべてはこれからのあたしの行動次第。
「だからあたしはもっと、この国のことを知らなくちゃならないの。どうしたらこの国をもっとよくできるか」
「その通りですが、あせるのはよろしくないですな。もっと肩の力を抜かないと長持ちしませんぞ」
ザクレス卿の言葉はいたわるような、からかうような、どっちにしても上から目線だった。
はいはい、どうせあたくしはまだ子供ですよ。未悠が入り込んで二人かがりでも、この人はびくともしない。
「そう言えば、福音教の聖女さまが、またぞろ物申すところがあるそうで」
「うえええ?」
あたしの口から変な声が出た。
「陛下。なんですかその食用蛙の呻き声のようなはしたない声は? 侍従長に叱られますぞ」
「だって~苦手なんだもん、あの方」
あたしは卓に突っ伏した。
もう、あたしの回りって苦手な人しかいないのかしら。
福音教教会はもともとヒト族の宗教だけれど、この国の国教にもなっている。いちおう。
いちおう、というのはこの国、けっこういい加減なので、唯一絶対神とか誰も信じていない。というか、唯一絶対神なのにそこらの土着の精霊と同列の扱いなのだ、この国では。
でも曲がりなりにも国教なので誰も面と向かって否定はできない。
そんなわけでその教会の象徴である「聖女さま」はそれなりの影響力を持っていて、やっぱり誰も面と向かって逆らえないのだ。たとえ王族でも。
「陛下。ご機嫌うるわしゅう。また地方に行幸されていらっしゃったと聞きました。相変わらず精力的ですわね」
「恐れ入ります、ベアトリスさま。この国の隅々まで聖女さまの威光が行き渡っていること、改めて思い知りましてございます」
「そんな、威光だなんておそろしげなことを言わないで下さいまし。わたくし、か弱い乙女でございますのよ」
聖女ベアトリスさまは穏やかに微笑む。その笑みは艶めかしくもあり、妖しくもあり、底が知れない。悔しいけどあたし程度じゃ読み切れない。若々しいけど御年四十とも五十とも言われている。とんでもない美魔女だわ。
「こたびの予算、また公共事業費が増えているとか」
「……はて、そうでしたか?」
「まあ、お人の悪いこと。いけませんわ陛下、土建業にいたずらに国のお金を浪費するべきではありません。国の援助を切実に欲している貧しい人たちがまだこの国にはたくさんいるのですから」
「存じております、聖女さま」
ああ、またこの話か。
うんざりした顔を見せないよう用心しながら、あたしは心の中で舌を出した。
なんだろうねえ、この『公共事業イクナイ!』って人。
異世界まできてお目にかかろうとは思わなかった。
確かに税金の無駄遣いは良くないですよ。民間事業が自力で発展できて、国の関与は最低限、それが望ましいのはわかってる。
ですがね。
この国は経済基盤自体が脆弱だ。国がテコ入れしてあげないと食い詰めてしまう人がまだまだ多いのは事実なのだ。
公共事業でも金は金。お金がたくさん回って来れば経済も回るし国も文化も文明も発展する。あたしも社会人になって最初の就職は建築関係で、ほどなくリストラの憂き目に遭ったから、お金が回ってこない悲哀はわかっているつもりだ。
聖女さまの言うように福祉も大切なことなんだけど、それに潤沢に資金を回せるほど我が国はまだ豊かじゃない。弱い人を助けられる人まで力尽きてしまったら、誰が弱い人を助けるの?
だいたいさあ、公共事業が駄目っていうなら、悪鬼族の国ニヒトハン共和国はどうなのよ!? 土建業に税金使い放題、挙げ句によその国の事業まで金にものを言わせてかっさらってるじゃない? あれ、もとは全部市民の血税だからね?
と、言いたいことは山ほどあるんだけど、あたしは自分を抑えた。
結局この人たちはどんなに論理的に論破されても自説を曲げることはない。もとが感情から発しているから、論理では納得しない。
あたしが黙っているので、聖女さまはさらにたたみかけて来る。
「陛下におかれましては、本当に理解しておいでなのか、疑問を抱かざるを得ませんわ。こたびも悪鬼族のティーハン国と航路を開くために莫大なお金を投下なさるとか。無駄な投資ではないのか、検証の必要があると思いますが?」
「お言葉ですが」と言いかけて、あたしは言葉を飲み込んだ。
なにかが引っかかった。頭の中に警告が浮かんでいる。
悪鬼族の国はふたつある。ひとつはバンクロディ王国と境を接する広大な国、ニヒトハン共和国。もう一つは南海に浮かぶ大きな島にあるティーハン国。
この二国、とにかく仲が悪い。それだけならまだしも、回りの国まで巻き込もうとする。
ニヒトハンと仲良くしようとするとティーハンがやっかむし、ティーハンと仲良くしようとするとニヒトハンが邪魔をする。特にウチの国とか、妖精族の国ヴィシュヌとか、境を接する国は利害が大きいので、それぞれの工作員が入り込んでいるとかいないとか。
そこまで思って、ふと気づく。聖女さまのうしろに控えている供回り。
魔族じゃない、ヒト族だ。
確か、あれよね。帝国の回し者、じゃなかった、教務指導の聖職者だ。
宗教関係の指導と両国の友好を担う者、という建前だけど、要は教会を押さえて我が国を管理下に置きたいという監督官みたいな役割よね。
おそらく聖女さまみたいな重要人物にはずっとついて回っているんだろう。ご苦労なことだ。
聖女さまも大変よね。あたしは少し同情する気になった。怖いひとなのは変わりないけど。
その監督官を意識しながら、あたしは言葉を選んだ。
「ティーハン国との交易路は、ひいてはヒト族のレマン帝国との交易の足掛かりになります。レマン帝国との和平を強固にすることが我が国の生きる道であり、我が国を平和に導く要諦であると考えております。猊下にはどうかご賢察あって、我が国を守ることにご協力いただければと希望いたしますわ」
公共事業の必要性。ヒト族の帝国に敵対する意志がないこと。
それらをさりげなく強調したつもりだ。うー、少ない言葉で的確に訴えるのって、すごくむずかしい。
ベアトリスさまは答えなかった。扇子で口もとを隠し、表情を読ませない。うわーその目つき、めっちゃこわいんですけど……。
その視線が一瞬、後ろの供の者に向いた。
ほんの一瞬のことだ。
……やっぱり気にしている。
「ふん」
やがてベアトリスさまは席をお立ちになった。
「小娘ふぜいが」
流し目であたしを見ながら、ごく小さい声でベアトリスさまはおっしゃった。かろうじて聞こえる程度だったけど、その低い声にあたしは震えあがった。やっぱすっげえおっかないよ、この女……。
でもその声は、むしろ後ろにいるヒトにアピールしているように聞こえたのはあたしの気のせいだろうか。聖女さまも身内に望まぬ勢力を押し付けられて、立ち居振る舞いに苦慮なされているのかもしれない。
心の中じゃ涙目だったけど、礼を欠いてはいけないのであたしも立って見送りに出た。
「陛下もいろいろ、お考えのようですわね。わたくしごときの浅知恵が及ぶところではございませんわ」
「恐れ入ります」
表面上はにこやかに微笑むベアトリスさま。あたしはひたすら恐縮して頭を下げ、目を合わせないようにしていた。
「ティーハン航路、上手くいくといいですわね。近頃不穏な噂も耳にいたしますもので」
あたしは驚いて思わず顔を上げてしまい、ベアトリスさまと目が合った。
相変わらず表情は読めない。けど、なにを訴えているのだろう、その目は?
そのまま口を開くこともなく、ベアトリスさまは馬車に乗り込んだ。
あたしは呆けたように、教会御用達の専用馬車が去るのを見送るだけだった。
そして馬車が見えなくなってから、ザクレス卿にかみついた。
「今すぐ行きます!」
「どちらへですか、陛下? また行幸ですか?」
「そうよ。今度はイーハの村。急いで確かめないと!」
「う~、お願い、そのことは言わないでぇ」
御前会議。
首都イースキーに戻って早々、あたしは閣僚の方々に吊し上げられて小さくなっていた。
閣僚。まあ、大臣よね。それも全部で四人しかいない。この魔族の国、バンクロディ王国にはヒト族の帝国みたいなしっかりした政治機構はまだない。国の規模もそんなに大きくないし。
なので今は女王親政のような形。それを大臣が輔弼する。というと聞こえはいいけど、みんなで寄ってたかってなんとか政をやっつけている感じ? 中心のあたしが頼りないものだから、みんな大変だ。苦労ばかりかけて、ごめん。
みんなに助けられてばかりだから、せめて御前会議は大変だけどちゃんと顔を出すようにしている。
「ともあれ、陛下のやらかし体質は今に始まったことではないので問題ありません」
「まるであたしが手のかかる子供みたいじゃないの、ザクレス卿」
「みたい、ではありません。子供そのものです」
「ひっどーい」
あたしはふくれっ面をした。
あたしの左隣ですまし顔の壮年の男性。国事方のザクレス国務卿だ。
卿と言ってもこの国に貴族はいない。これは仕事をする人に対しての敬称みたいなもので、この称号に対して領地がつくとか税金が入るとか、そんな特典は一切ない。一切ないのにこの気苦労。少しは報いてあげたいのだけど。
「そうお思いでしたら、財務諸表などお読みいただけると嬉しいのですが。読み方は財務卿がみっちり仕込んだものと記憶しておりますが?」
「う~~~~~」
あたしは言葉に詰まってうなるばかり。
ザクレス卿は四十代、父の代から閣僚を務めている。あたしにとっては父親代わりみたいな人だ。そのせいか、あたしを容赦なく子供扱いする。まあ確かにミルドレッドがやらかし体質なのは否定できない。そのうえ白川未悠というさらにやらかし体質の人間が入ってしまっては……。返す言葉もございません。はい。
「小鬼族の件はこじれると面倒なので監視させていますが、今回はさほど問題になっていないようなので大丈夫でしょう」
「そう。ならよかったわ」
少しは『女王の手作りスープ』が功を奏したかしら。あたしのことであたしに災難が降りかかるならまだしも、ラフォーの村の人たちを巻き込んだとあっては「やらかし」では済まされないものね。
その点はザクレス卿も逐一目を光らせてくれているようだ。落ち着いていて頼りになる大臣筆頭。めったなことでは取り乱さない。まあ取り乱す前にあたしがパニクっちゃうから、かえって冷静でいられるってのもあるんだろうけど。
「ですから陛下、思ったことを口になさる前に、一度熟考なされませ」
「わかりましたってばあ。もう勘弁して」
もう、みんなしてまるで親子のやりとりをほっこり眺めるような、そんな微笑ましい視線を向けるのはやめてよね。
「して、陛下。何か得るものありましたかな?」
ザクレス卿の、心の裡まで見透かすような冷徹な視線を受けて、はっとする。このおじさま、どこまで勘付いているのだろう。
「わからないわ。何か得たかも知れないし、それが全然役に立たないかも知れない。すべてはこれからの行動にかかっているわ。そう、今までと同じよ」
「そうですか」
あたしは目を合わせなかったけど、卿は卿なりに理解して受け止めてくれたみたいだ。
そう、すべてはこれからのあたしの行動次第。
「だからあたしはもっと、この国のことを知らなくちゃならないの。どうしたらこの国をもっとよくできるか」
「その通りですが、あせるのはよろしくないですな。もっと肩の力を抜かないと長持ちしませんぞ」
ザクレス卿の言葉はいたわるような、からかうような、どっちにしても上から目線だった。
はいはい、どうせあたくしはまだ子供ですよ。未悠が入り込んで二人かがりでも、この人はびくともしない。
「そう言えば、福音教の聖女さまが、またぞろ物申すところがあるそうで」
「うえええ?」
あたしの口から変な声が出た。
「陛下。なんですかその食用蛙の呻き声のようなはしたない声は? 侍従長に叱られますぞ」
「だって~苦手なんだもん、あの方」
あたしは卓に突っ伏した。
もう、あたしの回りって苦手な人しかいないのかしら。
福音教教会はもともとヒト族の宗教だけれど、この国の国教にもなっている。いちおう。
いちおう、というのはこの国、けっこういい加減なので、唯一絶対神とか誰も信じていない。というか、唯一絶対神なのにそこらの土着の精霊と同列の扱いなのだ、この国では。
でも曲がりなりにも国教なので誰も面と向かって否定はできない。
そんなわけでその教会の象徴である「聖女さま」はそれなりの影響力を持っていて、やっぱり誰も面と向かって逆らえないのだ。たとえ王族でも。
「陛下。ご機嫌うるわしゅう。また地方に行幸されていらっしゃったと聞きました。相変わらず精力的ですわね」
「恐れ入ります、ベアトリスさま。この国の隅々まで聖女さまの威光が行き渡っていること、改めて思い知りましてございます」
「そんな、威光だなんておそろしげなことを言わないで下さいまし。わたくし、か弱い乙女でございますのよ」
聖女ベアトリスさまは穏やかに微笑む。その笑みは艶めかしくもあり、妖しくもあり、底が知れない。悔しいけどあたし程度じゃ読み切れない。若々しいけど御年四十とも五十とも言われている。とんでもない美魔女だわ。
「こたびの予算、また公共事業費が増えているとか」
「……はて、そうでしたか?」
「まあ、お人の悪いこと。いけませんわ陛下、土建業にいたずらに国のお金を浪費するべきではありません。国の援助を切実に欲している貧しい人たちがまだこの国にはたくさんいるのですから」
「存じております、聖女さま」
ああ、またこの話か。
うんざりした顔を見せないよう用心しながら、あたしは心の中で舌を出した。
なんだろうねえ、この『公共事業イクナイ!』って人。
異世界まできてお目にかかろうとは思わなかった。
確かに税金の無駄遣いは良くないですよ。民間事業が自力で発展できて、国の関与は最低限、それが望ましいのはわかってる。
ですがね。
この国は経済基盤自体が脆弱だ。国がテコ入れしてあげないと食い詰めてしまう人がまだまだ多いのは事実なのだ。
公共事業でも金は金。お金がたくさん回って来れば経済も回るし国も文化も文明も発展する。あたしも社会人になって最初の就職は建築関係で、ほどなくリストラの憂き目に遭ったから、お金が回ってこない悲哀はわかっているつもりだ。
聖女さまの言うように福祉も大切なことなんだけど、それに潤沢に資金を回せるほど我が国はまだ豊かじゃない。弱い人を助けられる人まで力尽きてしまったら、誰が弱い人を助けるの?
だいたいさあ、公共事業が駄目っていうなら、悪鬼族の国ニヒトハン共和国はどうなのよ!? 土建業に税金使い放題、挙げ句によその国の事業まで金にものを言わせてかっさらってるじゃない? あれ、もとは全部市民の血税だからね?
と、言いたいことは山ほどあるんだけど、あたしは自分を抑えた。
結局この人たちはどんなに論理的に論破されても自説を曲げることはない。もとが感情から発しているから、論理では納得しない。
あたしが黙っているので、聖女さまはさらにたたみかけて来る。
「陛下におかれましては、本当に理解しておいでなのか、疑問を抱かざるを得ませんわ。こたびも悪鬼族のティーハン国と航路を開くために莫大なお金を投下なさるとか。無駄な投資ではないのか、検証の必要があると思いますが?」
「お言葉ですが」と言いかけて、あたしは言葉を飲み込んだ。
なにかが引っかかった。頭の中に警告が浮かんでいる。
悪鬼族の国はふたつある。ひとつはバンクロディ王国と境を接する広大な国、ニヒトハン共和国。もう一つは南海に浮かぶ大きな島にあるティーハン国。
この二国、とにかく仲が悪い。それだけならまだしも、回りの国まで巻き込もうとする。
ニヒトハンと仲良くしようとするとティーハンがやっかむし、ティーハンと仲良くしようとするとニヒトハンが邪魔をする。特にウチの国とか、妖精族の国ヴィシュヌとか、境を接する国は利害が大きいので、それぞれの工作員が入り込んでいるとかいないとか。
そこまで思って、ふと気づく。聖女さまのうしろに控えている供回り。
魔族じゃない、ヒト族だ。
確か、あれよね。帝国の回し者、じゃなかった、教務指導の聖職者だ。
宗教関係の指導と両国の友好を担う者、という建前だけど、要は教会を押さえて我が国を管理下に置きたいという監督官みたいな役割よね。
おそらく聖女さまみたいな重要人物にはずっとついて回っているんだろう。ご苦労なことだ。
聖女さまも大変よね。あたしは少し同情する気になった。怖いひとなのは変わりないけど。
その監督官を意識しながら、あたしは言葉を選んだ。
「ティーハン国との交易路は、ひいてはヒト族のレマン帝国との交易の足掛かりになります。レマン帝国との和平を強固にすることが我が国の生きる道であり、我が国を平和に導く要諦であると考えております。猊下にはどうかご賢察あって、我が国を守ることにご協力いただければと希望いたしますわ」
公共事業の必要性。ヒト族の帝国に敵対する意志がないこと。
それらをさりげなく強調したつもりだ。うー、少ない言葉で的確に訴えるのって、すごくむずかしい。
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その視線が一瞬、後ろの供の者に向いた。
ほんの一瞬のことだ。
……やっぱり気にしている。
「ふん」
やがてベアトリスさまは席をお立ちになった。
「小娘ふぜいが」
流し目であたしを見ながら、ごく小さい声でベアトリスさまはおっしゃった。かろうじて聞こえる程度だったけど、その低い声にあたしは震えあがった。やっぱすっげえおっかないよ、この女……。
でもその声は、むしろ後ろにいるヒトにアピールしているように聞こえたのはあたしの気のせいだろうか。聖女さまも身内に望まぬ勢力を押し付けられて、立ち居振る舞いに苦慮なされているのかもしれない。
心の中じゃ涙目だったけど、礼を欠いてはいけないのであたしも立って見送りに出た。
「陛下もいろいろ、お考えのようですわね。わたくしごときの浅知恵が及ぶところではございませんわ」
「恐れ入ります」
表面上はにこやかに微笑むベアトリスさま。あたしはひたすら恐縮して頭を下げ、目を合わせないようにしていた。
「ティーハン航路、上手くいくといいですわね。近頃不穏な噂も耳にいたしますもので」
あたしは驚いて思わず顔を上げてしまい、ベアトリスさまと目が合った。
相変わらず表情は読めない。けど、なにを訴えているのだろう、その目は?
そのまま口を開くこともなく、ベアトリスさまは馬車に乗り込んだ。
あたしは呆けたように、教会御用達の専用馬車が去るのを見送るだけだった。
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