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第一章:女王さま始めました。
南は南で、ややこしい。
しおりを挟む北から帰って、今度は南。
イーハの村は、比較的温暖なところだ。入り江を望む場所にあり、山に囲まれているので、雨が少ない。
入り江は外海に繋がっていて、その先にはティーハン国の大きな島影が見える。そのさらに向こうはヒト族の大帝国、レマン帝国だ。
ティーハン国と誼を通じることは、さまざまな意味があった。
悪鬼族の国はふたつある。ひとつは我が魔族の国バンクロディ王国と境を接する広大な国、ニヒトハン共和国。もう一つは南海に浮かぶ島にあるティーハン国。
この二国、同じ民族だけど敵対関係にある。昔ニヒトハンの中で政争があって、敗れた一族が南の島へ逃れたんだそうな。その一族が建てた国がティーハン国。昔と言ってもそんなに昔じゃない。先王エリアル王、つまりあたしのお父さんが子供だったくらいの頃の話だという。
ティーハン国はレマン帝国と仲がいい。ぶっちゃけて言っちゃえば、レマン帝国の庇護を受けている。だからここを通じて帝国と友誼を深める、というのは安全保障上必要なことだった。
そしてティーハン国と誼を通じることで、ニヒトハン共和国を牽制できる。裏の目的はこれだった。敵の敵は味方。綺麗ごとだけじゃ敵だらけのこの地域を生き抜けない。特にニヒトハンみたいにずる賢くて、侵略の意志を隠そうともしない連中相手には、相応の覚悟が必要なんだ。
だからこそ、ここには国費を投じてでも事業をなす意味がある。
「それで、取るものも取り敢えず駆け付けたわけですが」
同行の財務方、サティアス卿が笑いながら語り掛けてきた。
「何かわかりましたかな?」
「……サティのいじわる」
あたしはちょっと涙目になってふくれながら、ぷいと横を向いた。サティアス卿はにやにやとそんなあたしを眺めている。
サラサラの金髪もさわやかな、このいけすかないイケメンは御年三十歳、あたしをいじることを生き甲斐にしてるんじゃないかと思うくらいよく絡んでくる。真面目に生きてる時間ってあるのかしら、この人は。
でもこの国では数少ない、ちゃんと金勘定が出来る人だ。だから財務もお願いしているし、今回の案件もまかせている。
「おやおや、それでは国政を放り出してまで飛んできた甲斐がありませんな」
「わかってるわよ」
ちょっと反省はしている。
聖女さまの言葉に不安に駆られてあとさき考えずに飛び出してきちゃったけど、いかに現地情報が大切とはいえ女王さまが政務を放り出してほっつき歩いてばかりいるのもまずいわよね。水戸黄門の諸国漫遊じゃあるまいし。
道すがら、サティアス卿に状況の説明は受けていた。ティーハン国、ひいてはレマン帝国と仲良くしようとしていることにニヒトハン共和国がいい顔をしないこと。ことあるごとに抗議を繰り返していること。
まだ実力行使には至っていないけど、偶発的な衝突がいつ起こらないとも限らない。
それを未然に防ぐため、このサティアス卿がたびたび現地入りしては交渉に当たっているのだけれど、ニヒトハンは中々に強硬らしい。
「どうしたらいいと思う? サティアス卿?」
「さて、袖の下で解決するならわたくしめの領分ですが、手もとの山吹色の菓子で足りますやら」
こういうことを平気で言っちゃうから、聖女さまみたいな人たちから嫌われるんだよね、この人。有能なのに。
「サティ。あなた、もったいないわよ。もう少し言動を考えなさい。せっかくのいい男が台なしだわ」
「お褒めにあずかり、恐縮でございます」
「……あなた、あたしのこと絶対ばかにしてるでしょ?」
あたしの突っ込みなんか平気で無視して、この優男は続ける。
「この後、悪鬼族の代表と会うことになっております。立ち会いますかな?」
あたしは緊張してうなずいた。
生の交渉の現場が見られる。矢こそ飛び交わないけれど、真剣勝負の場であることは間違いない。
あたしもその技を会得しなくちゃ。
◇
悪鬼族の国ニヒトハン共和国の代理人。
悪鬼族は鬼族のひとつ。角が生えているけど、魔族の角とは違う。こめかみの上あたりから真っ直ぐ突き出ている。
その鬼が不機嫌な顔をしていると、それだけで怖い。
「我が国はティーハンなる者どもを国と認めていない。あれは我らに弓引く叛徒どもの集団にすぎない。それと国交を持とうなど我が国に敵対する意図があるとしか思えん!」
不機嫌な鬼が形相のままの声を出すと、かなり怖い。
あたしはサティアス卿の秘書、という態でうしろに控えていた。直接相対しているわけじゃないけど、それでもけっこうびびる。
けれど表面上サティアス卿は平然としていた。
「そんな意図はありません。わたしたちはニヒトハンともティーハンとも友好的な関係を築きたいと思っています。敵対するつもりなどありません」
「どうだか」
なかばあざ笑うように、悪鬼族の代表が言う。
「帝国を相手に大戦争をしでかしたこと、我々は忘れていないぞ。今もティーハンと結託し、我が国を陥れようとの策略があるのは明らかだ」」
「あれは不幸な出来事でした」
サティアス卿は神妙に答える。
「わたしたちは大いに反省したのです。戦争はなにも生み出さない。いいことなど何もない。どこの国とも諍いを起こさず、平和的に付き合っていくのが、結局は両国のためにいちばんよいのだと」
「ごまかすな!」
悪鬼はテーブルをどんと叩いて、
「そんなおためごかしでは誤魔化されんぞ! そうやってまた我々をだますつもりだろうが!」
「いえいえ、そんなつもりはありませんよ」
「口先ではなんとでも言える! 到底信用することなどできん!」
うーん、勢いよくいろいろ言っているけれど。
要するにウチに言い分を認めたくないってことみたい。
おまえらはオレたちの風下に立っていればいいと。
「どうすれば信用していただけるのですかな?」
「我が国をたばかることはないという誠意を見せてもらおう。でなければ信用できん」
「で、どのようにせよと?」
「それは貴国が考えることだ」
サティアス卿の後ろで、表情を見られないよう注意しながらあたしは心の中で舌を出していた。
ふざけんなって。これって完全ないやがらせよね? 誠意を見せろとか、ヤクザじゃあるまいし。
「金ですかな? ですが我が国と貴国は戦争をしたこともなく、賠償金など払う名目が存在しないのですが」
「金額や名目の問題ではない! 貴国が我が国を侵略しないという証が必要なのだ!」
「すると人質ですか? まさか女王を差し出せと?」
「そこまでは言わない。だがそれに準じる行為は検討に値する」
「ティーハンと断交せよということですかな?」
「我が国はティーハンなる者どもを国と認めていない。その基準に則った節度ある判断を求めるものである」
まわりくどいなあ……。
要するに、おれの側につけ、と。まるでガキ大将の言い争いみたいよね。はあ、男ってほんと、バカ。
「わかりました。貴国には深遠にして高邁なる理想が存在するのですな」
「そうだ。我が国の理想に貴国も殉ずることを進める。貴国もさらなる高みへと進むことができるだろう」
「なるほど、わたくしごときでは貴国の深遠にして高邁なる理想を理解できかねますが、他ならぬ深遠にして高邁なる理想、間違いのあろうはずがございませんな。深遠にして高邁なる境地に至れるよう、われわれも深遠にして高邁なる叡智をはたらかせましょうぞ」
悪鬼族の代表は露骨にいやな顔をした。からかわれているのがわかったんだろう。
サティアス卿は気づかぬふりで真面目そうな顔をしながら、
「次回は深遠にして高邁なる手土産を用意いたしょう。しばしお待ちを」
最後まで馬鹿にし切って席を立ったのだった。
◇
「ご苦労さま。最後はちょっとやり返したみたいだけど?」
「不完全燃焼ですな。もうちょっとへこましてやりたかったのですが」
めずらしくサティアスはまじめに返答してくれた。肚に据えかねていたのはあたしと同じみたい。
「まあやり返すのは次のラウンドにしましょう」
「調子いいこと言って、手札はあるの?」
「切り札は何枚かありますよ。ですが今ひとつ決め手に欠けましてね。もう少し材料がほしいのですが。それはそうと」
サティアスはがらりと口調を変えて、
「さっさとイーハの村へ参りましょう。不愉快な連中との不愉快なやりとりは忘れて、地元の慰撫に精を出しましょうぞ。イーハにも名産はございますよ」
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