女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

こ、この味はまさか!?

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「ようこそおいで下さいました」

 イーハ村の村長むらおさ以下、村の人たちは満面の笑みで出迎えてくれた。
 ああ、ほっとする。いじわるな人たちとのささくれ立ったやり取りの後にこの出迎え。涙が出るほど身にしみて嬉しい。ありがたいなあ。

 村長のイリアス老は豪快な人だった。たくましい腕も顔も日焼けして、海の男という雰囲気だ。ほかの男たちも同様で、いかにも漁師の村、といったところ。

 その村で、わたしたちは歓待を受けた。素朴な村だから豪勢な食事、というものはないけれど、獲れたての魚をふんだんに使った料理はおいしかった。

「この村は生魚も食べるのですね」
「はい。ですから野蛮人の村、などと言われていますがね」

 笑い飛ばす村長は気にしたふうもない。

「野蛮なんてこと、ありませんよ」

 あたしも微笑みながら魚の切り身を取る。
 刺身というにはちょっと豪快。何しろ切り身がでかい。あたしの口にひと口では入りきらない。でも新鮮だから臭みもなくて美味しい。

(あとはしょう油があればなあ)

 やっぱり刺身にはしょう油とわさびよね、といかにもなことを考えていたら、村長が何かをあたしに差し出した。

「陛下、どうぞこれをお試し下さい。見た目は真っ黒で気持ちのいいものではないでしょうが……」

 それを見た時のあたしの驚愕を、誰か想像してみてほしい。
 いやいや、驚いたのなんのって。

 そこにある黒い液体。
 そして脇に添えられた淡い緑の植物らしきもの。

 間違いない。

「帝国の珍品、ソーイとサビィにございます。見た目は今ひとつなのですが、魚にはことのほか合います」

 はい。よーく存じ上げておりますとも。

 食いぎみどころか喰らいつく勢いで、あたしは刺身にわさびを乗せ、しょう油にひたした。
 口に入れた瞬間、舌に触れるしょっぱさ。つんと鼻をつく辛味。その刺激とあいまって魚の旨味が大きく広がる。さっきまでの生のままの切り身の何倍も美味しい、これはまさしく刺身。

 ああ、日本人でよか……今は魔族か。

 でも心は日本人にすっかり戻っていた。
 なぜこれで箸がないのか、とあたしは手にしたフォークを真剣に眺めたほどだ。

「あの……陛下?」

 あたしの不気味な行動を村長が不安げな目でみている。あたしは慌てて笑顔を取りつくろった。

「……と、とても美味しいですわ」
「そうですか。お気に召していただけたようで、なによりです」

 ほっとしている村長に、あたしはたたみかけた。これはぜひ、確認しておかなければ。

「あの……村長さん?」
「はい?」
「これは帝国で産するものなのですか?」
「はい。そう聞いております。なんでも帝国に召喚された勇者が発見したものだとか。とある木の実を絞るのだと……。サビィは植物の根っこのようです」

 うおお。もしや海の向こうには日本人がいるの!?
 あたしみたいに、日本から召喚された人がいるんだ、きっと。

 だって、こんな変な味のものをどう使うのか、そもそも食べられるのかなんてわからないよね。そういうものだと知らなければ。
 きっとあたしと同じような記憶を持った者がいて、「これ」を求めて探し回ったに違いない。

 そんないきさつはともかく。
 今目の前にあるもの。ソーイつまりしょう油と、サビィつまりわさび。
 絶対手に入れる!

「サティアス卿!」
「はっ」
「ティーハン航路、何としても開通するわよ。そしてそこから帝国との通商を確立する」
「ソーイとサビィのためにですか?」
「そうよ。これを輸入するのよ」
「陛下がそんなに食い意地が張っているとは存じませんでした」
「そうよ。おいしいごはんのためなら……って、違う! これは私利私欲じゃないのよ!」
「そういうことにしておきましょう。乙女の食い気には大義名分が必要ですから」

 う~~~、こやつ、あたしをいじって楽しんでるな。
 ほら、村人に笑われてるじゃない。あれは小動物を眺めてほっこりしている目だわ。あたし今、精神的にもふもふされてる。女王なのに。威厳あふれる女王なのに。威厳……。

「もう! これが価値あるものって、あなたもわかってるんでしょ? イーハ村の発展にきっと役に立つわ」

 しょう油とわさびはこのイーハの食事に非常によく合う。お刺身が何倍にも引き立つ。
 ただの魚の切り身が、素晴らしい食事に化けるのよ。それこそ国中、いや他国からも食べにくるほどの名産になるに違いない。

 それには安定した供給が必要。つまりは安全な通商路の確立が不可欠だ。
 国同士でちまちま角突き合わせている場合じゃない。美味しいお刺身の方がはるかに重要だ。ニヒトハンのいやがらせなんかに邪魔されてなるもんですか。

 拳を握って不退転の決意を固め、ひとり燃えているあたしをサティアス卿はにやにやと眺めている。いいわよ笑ってなさい。あたし、絶対に手に入れるわよ。

 しょう油とわさび。

 だってそれで食べたお刺身……想像しただけでごはん三杯はいける。あ、この世界にはごはんないんだった。お米が取れないのがほんとに残念でならないけど。でもあたしの充実した食卓のために、あなたにも働いてもらうわよ。

「ノリノリで燃え上がっているところ申し訳ないのですが、陛下」
「なに、サティアス卿? あたし、もう決めたのよ。絶対にしょう油とわさびを手に入れる
わ。それがあたしの天命よ!」
「一国の女王の天命がずいぶん安上がりですね」
「いいのよ、安くったって味がよければ歴史に名を残すのよ!」
「陛下の味見をしてくれるもの好きな殿方は現れるのでしょうか……」
「うるさい! あなたってば人が気にしてることをぐさぐさと……少しは遠慮とか気遣いってないの!?」

 もう、今のは傷ついた。ハートがずたずたよ。ああ、慰めてくれる優しい殿方はどこかにいないものかしら。ただし目の前のイケメンはのぞくけど。

「陛下のお手軽な天命はともかく、ソーイとサビィっていくらくらいするか、ご存じですか?」
「知らないわ」
「今目の前にある分だけで銀貨一枚はしますかな」
「えっ!?」

 あたしは絶句した。

 銀貨一枚あったら外食でお腹いっぱい好きなものを食べられる。庶民の生活だったら一日余裕で食いつなげるくらい。
 その贅沢な銀貨が、目の前の小皿ひとつ分にしかならないなんて。

「珍品ですからな」
「知らなかった。ごめんなさい」

 あたしは村長むらおさに頭を下げた。

「そんな貴重なものをわたくしなんかのために使っていただいて……申し訳ないわ」
「とんでもない!」

 村長は慌てて手を振る。

「陛下に喜んでいただきたくて用意したものですから。こんな粗末な料理を美味しそうに召し上がっていただいて、拝見しているわたしたちも嬉しくなります」

 しょんぼりしているあたしに、村長は笑いかけてくれた。目を上げると、みんなそんな感じの、あったかい目であたしを見てくれている。
 そっか、そんなに喜んでくれるんだ。ならあたしが来た甲斐もあったわよね。なんか小動物を愛でる目の色なのがちょっと不満だけど。

「ありがとう」
「はい。ありがたきお言葉にございます」

 嬉しくなってちょっと笑ってから、あたしは考えた。
 輸入の算段はあたしたちの仕事だけど、さすがにこれは高すぎる。みんなが気軽に楽しむというわけにはいかない。

「なんとかならないかしら、サティアス卿?」
「そうですね。簡単なのは補助金ですか」

 あたしの唐突な問いにも彼はよどみなく答えてくれた。

「たとえばこの村にソーイとサビィに匹敵する独自の名産があって、その利益で補填できるなら、高級品を手に入れることも可能ですし、安価で供することも出来るでしょう」
「さすがね、サティアス卿。ただのあこぎな商人あきんどじゃなかったのね」
「失礼な。わたしは財務の達人ですぞ。陛下が目の前の刺身に一喜一憂している間もそれに振り回されることなく、つねに国の財政を案じているのです」
「あなた、あたしを敬うという気持ちはないのかしら?」

 こやつ、絶対あたしをおもちゃにしてるわね。
 太刀打ちできない自分に腹は立つけど、やっぱり彼は有能だ。きっといろいろ考えてくれていたに違いない。

「この村の名産と言えば何かしら、村長?」
「名産と言われましても、海しかない村ですから……。雨も少なく、あるのは活きのいい魚と鯨くらいしか」
「鯨がいるの?」
「はい、鯨をご存じですか? この辺りでは捕鯨もするのです。なんなら明日、ご覧になりますか?」
「うん! 見てみたい!」


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