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第一章:女王さま始めました。
目覚めたら……女王さま?
しおりを挟む「陛下。到着いたしました」
「んぅ……?」
寝ぼけていたあたしは次の瞬間、がばっと跳ね起きた。
そして何かに頭をがつんとぶつける。
「~~~~~」
涙目になりながら頭をさする。と、頭の両脇についた何かに手が触れた。
ん? カチューシャかなにか付けてたっけ?
そこで、違和感に気づいた。
あたしの部屋じゃなかった。もっと狭い。ずっと狭くて、両手を広げれば前後左右に指先が届いてしまうくらい。
脇に小さな窓がある。外は……田園風景?
おかしい。なにかが、いや全てが、変だ。
ここどこ? 今何時? あたしは何を、ていうか、あたし誰?
「陛下。おくつろぎのところ申し訳ございませんが、ラフォーの村に到着してございます」
「は……はい!」
あわてて返事をして立ち上がる。今度は頭をぶつけないよう気をつけて……って、今返事したの、あたしだよね? 確か「陛下」って呼びかけに答えたよね?
「陛下」ってものすごくえらい、王さまとかそういう身分の人のことだよね?
「……えっと」
何だかわからないままに、扉を開けた。
地面から少し高い所にいる。目の前には降りるための、二段ほどの階段。
その前に控えているのは、小柄な、とても小柄な「おじさん」という年齢くらいの……魔族?
魔族、でいいんだよね?
だって角、生えてるもの。
そうか、あたしの頭に生えていたのも角かあ……って、なに納得してる、あたし!
あたしは角なんか生えてなかったぞ!?
混乱しながらもあたしはドレスの裾をつまんで地上に降り立った。そう、ドレス。質素だけど間違いなくドレス。やっぱりあたし、けっこうな身分の人になってる。けどなんでそうなっているのかがわからない。
気がつけば、たくさんの人があたしを待っていた。
たくさんといっても五十人くらい。みんな魔族だ。だって角があったり牙があったり、肌の色が青みがかっていたり。ヒトとそんなに違わないけど、ヒトとはちょっと違う。その人たちが満面の笑みであたしを出迎えてくれている。
「ありがとう」
やっとそれだけを、あたしは口にした。
村の代表があいさつを述べている間も、あたしは忙しく考えをめぐらせていた。
どうやらあたし、異世界転生したらしい。
うーん、転生と言っていいのかな。前世の日本人、白川未悠の記憶はある。もしかしてあたし、死んでしまった?
わからない。死んだ記憶がない。そりゃ死んだら記憶はそこでおしまいだけど、「あ、死んだ」という記憶がない。寝ているうちに静かに息を引き取った?
でもこの世界でのわたしの記憶もある。名前はミルドレッド。魔族。
そしてミルドレッドの立場はと言うと。
「女王陛下がおいでになるのを心よりお待ちしておりました。こたびの行幸にわが村を選んでいただいたこと、感謝の念に堪えませぬ」
やっぱりだ。えらいこっちゃ。
王女さまとか女王さまとか、ある意味女の子の憧れなのかもしれないけど、いきなり何の前触れもなく――しかもどこの国なのか見当もつかず、そもそもヒトですらないらしい――そんな身分にさせられたって、困る。果てしなく困る。
ただの主婦でしかないあたし、白川未悠ではどうしようもない。
そこで助けてくれたのはわたし、ミルドレッドの知識だった。
最初のあいさつをなんとか受け切って、あたしは侍従長の案内で奥へと移動した。
今、前を歩いているのはホーリー侍従長。わたしが子供の頃から宮内係にいて、わたしのおじさんみたいな、先生みたいな、口うるさいけど頼りになる侍従長。背丈は十歳の子供くらいしかないけど、怒ると怖い。
という記憶はあるんだよね。
混乱しているなわたし。落ち着けあたし。と一人突っ込んで苦笑する。
「陛下? お疲れですか? お顔の色がすぐれませんが」
さすが侍従長、よく見てらっしゃる。
「大丈夫です……けど、少し休んでもいいかしら?」
「はい。すぐにお部屋でございますので、暫しおくつろぎ下さい」
◇
「陛下。お茶をどうぞ」
「ありがとう」
侍従のクロエが用意してくれたお茶を手にして、あたしは一所懸命考えた。
えーと、整理しよう。
まず、あたしはだれ?
――わたしはバンクロディ王国の女王、ミルドレッド。
ここはどこだっけ?
――シオドリア亜大陸の東の果て、魔族の国バンクロディ。
今あたしは何してたっけ?
――北方の村ラフォーに行幸中。近隣の国民の慰撫も必要だし、隣接する共和国や帝国との国境の安全も確認しないと。やることはまだまだたくさん。ふう。
おおう、女王さま仕事している!?
そう感嘆するあたしの中に、照れるような苦笑するような感情が同じく湧き上がってくる。
ふむ。
どうやらあたし白川未悠と、女王ミルドレッドが同一の身体に入っているっぽい。
ここはあたしにとって異世界だから、白川未悠がミルドレッドの中に入り込んだ、という感じかな。
考えや記憶、感情は違和感なく湧いてくるので、どちらかのものでも一人のものとして共有できるみたいだ。
さて、あたしはなにゆえ女王さまなんかに転生したのか?
考えようとしてやめた。多分意味のない行為だ。答えはきっと、今は出ない。
それより今は、目先どう振る舞うか。ありていに言えば、目先をどう凌ぐか。
今のあたしは女王ミルドレッド。だから女王として振る舞わなきゃならない。いきなり女王さまがいなくなったら大変だものね。
そう思ってふと、あたし白川未悠がいなくなった後のことを考えた。
突然あたしがいなくなった世界。誰か心配してくれてるかな? 平々凡々なあたし一人がいなくなったところで、誰も気にしてもいないかな?
せめて家族くらいは、あたしがいなくなっておろおろして……くれてるかな?
あたし、誰かに必要とされてたのかな?
いなくなっても誰も心配してくれない、何の影響もない、いくらでも代わりの効くモブの一人に過ぎないのかな?
……淋しい。
……やるせない。
しょせんあたしって、そんなもの?
急に耐えがたい淋しさに襲われて、あたしはあたし自身をぎゅっと抱きしめる。
心が急に冷えていくみたいだ。どうしよう? 我慢できない。もう泣き出しそうだ。
そんなあたしの心を、何かがふわっとなでてくれた。
……そんなことない。
……そんなことないんだよ。
わずかばかりの自信。
包み込むような暖かさ。少しずつだけど、心があったかいもので満たされていく。
ああ、ミルドレッドだ。
ミルドレッドがあたしを慰めてくれてるんだ。
今あたしを認識している、世界でたったひとりの人。もうひとりのあたし。
ごめんね。
自分のことにばかりかまけている場合じゃなかった。
あなたの方が、もっともっと大変よね。
あなたの身体に入り込んで、何か変なことになっちゃってるけど。
取り敢えず今は、あなたの邪魔をしないよう、あなたの名誉をけがさないよう頑張るから。
「よしっ!」
ぱしっ、と両手で頬を叩く。さあ、仕切り直して今後を考えよう。
幸い女王としての記憶も知識もある。回りの人の目が点になってしまうような、ずれまくりな行動をすることは多分ない。
胸を張って顔をあげなさい。
今のあたしはミルドレッド。
バンクロディ王国の女王だ。
……でもやっぱり、とっても不安。
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