女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

勇士たちは、かく戦った。

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 外にニヒトハン、内に教会、さらに身内のサティアス。まあ彼は敵じゃないけど。
 回り中敵だらけの我がバンクロディ王国。あー、ほかにも敵はまだまだいっぱいいるのよね。

 そして女王ミルドレッドの敵はそれだけじゃない。
 歴史すらも敵だったりする。

 見えない敵と対峙するために出かけたあたし……だったんだけど。

「はあ……つ、疲れた」

 村長むらおさのところから戻ってきたあたしは、疲労困憊、もうよれよれだった。

「おつかれさまです、陛下」

 くてっとソファに座り込んだあたしを、侍従のクロエが笑顔で迎えてくれる。

「ああクロエ、あなただけがあたしの味方だわ。すさんだあたしの心をいやして~」
「はいはい」

 笑いながら、クロエはあたしを抱き止めてくれる。ああ、いやされるう~。

「では、お茶をお持ちしますね」
「あん、だめ、置いていかないで~」
「すぐ戻りますから」

 そのままソファにひとり寝そべったあたし。だめだ、クロエの前だと際限なく甘えてだめになっていく気がする。

 でも今日はほんと、ヘヴィだったしなあ。さっきの村長の話がとどめだった。
 きつかった。思い出しても涙が出る。


 ◇


 今夜はイーハ村村長、イリアス老に昔の話を聞くことにしていた。
 内容はおもに、先の戦争のこと。

 ヒト族の帝国、レマン帝国との戦争が終結したのは十年前。その時あたしはまだ子供だった。だから前線のこと、実際の戦闘のことは本当には知らない。

 その時その場所をリアルに生きた人の話を直に聴けることは本当に貴重なことだ。
 ましてここは終戦時、最前線だったんだから。

 ヒト族と魔族は昔から小競り合いを続けてきた。
 そして何十年かに一度、全面戦争に至ることがあった。

「異種族同士の戦争は苛烈を極めましてな。相手は人でないから何をしてもいい、そういう戦いでした」

 あたしは身を固くして、息を呑んで聞いていた。
 怖かった。
 涙が出そうで、手をぎゅっと握って耐えた。でも話が続いたら耐えられないかも。

 それほどひどい話を村長は淡々と語った。


 ◇


 ヒト族の国、レマン帝国は大帝国だ。国力は魔族の国バンクロディ王国の数十倍はある。
 だけど、魔族個々の身体能力はヒト族を圧倒している。数倍の敵軍とも互角に戦う魔族に、ヒト族は最初苦戦した。

 そのうちヒト族は気がついた。正面から戦う必要などない。
 相手は人ならぬ魔族。何をしようと勝てばいい。

 ヒト族は魔族の土地に侵攻し、そこの女子供を残らず捕らえた。そして対峙する魔族の軍に、投降すれば人質は逃がしてやると呼びかけた。
 人質が助かるならとおのれの命をあきらめ、武装解除した魔族を、ヒト族は人質もろともみな殺しにした。

 ある時は魔族が立てこもる砦の前に近隣の村人を連行し、目の前で首を刎ねた。砦を明け渡すまでそれを繰り返し、出て来た魔族の軍をなぶり殺しにした。

 またある時は停戦の協定を結び、引き上げ始めた魔族の軍を後ろから襲ったり、あるいは両軍が退いて負傷者の手当てに奔走している看護兵を襲撃したりもした。その看護兵は敵であるヒト族の兵士を助けていたのにもかかわらず、だ。

 そうして魔族は次々人と国土を失っていった。だが次第に魔族も同じ手には引っかからなくなってきた。降伏してもどうせみな殺しにされる。魔族は死兵と化した。野戦では数十倍の敵を向こうに回して最後の一兵まで戦い、攻城戦では砦を守って非戦闘員まで一人残らず自決した。

 それでも彼我の国力差を埋めることはできず、魔族は西へ西へと逃れ、ついには大陸から追い落とされた。

 帝国は勢いにまかせて海を渡り、魔族の王国を攻め滅ぼそうとした。けど、上陸戦はそんなに簡単じゃない。魔族も必死に守った。
 だけど、海岸線は長かった。魔族の寡兵では守り切れなかった。海岸の防衛と上陸してきた兵の掃討。そこかしこで血みどろの激戦が展開され、非戦闘員もたくさん巻き添えになった。
 そこで捕らえた多くの捕虜と引き換えに、ようやく魔族はヒト族から休戦と講和を引き出せたのだ。

 そんな捕虜など殺してしまえ、という声は多かった。それほど、魔族の人々にとっては恨み骨髄だったのだ。その声を抑えたのは当時の王、エリアル王だった。不当な扱いを受けたからと言って、やり返してはいけない。魔族の誇りを忘れてはいけない。相手がどれほど傲慢だろうと卑怯だろうと、同じことをやり返すのは愚かなことだ。われわれは誇りある魔族なのだから。

 魔族たちはその思いに応えてくれた。

 多くの犠牲を払いながら、先達はあたしたちの誇りを守ってくれた。そして、つかの間の平和を手に入れた。


 ◇


「つらい戦いでした」

 村長が言葉を切った。

 あたしは震えていた。
 拳を握ったくらいじゃ耐えられなかった。

 あたし、今は魔族だけど。
 ついこの間まで、ヒトだった。世界は違うけど、間違いなくヒトだった。

 ヒトは人道だの博愛だの、言っていたのではなかったか?

 それはしょせん偽善だって、思い知った。
 ヒトはいくらでも残酷になれる。
 ひどい。とてつもなくひどい生き物なんだ。

「でもそれで終わりではありませんでした」

 やめて。もうやめて。
 ごめんなさい。ほんとにごめんなさい。
 魔族のみんなをこんな目にあわせてしまって。
 ヒトとしていたたまれない。

 まず和平交渉が難航した。
 帝国はあくまで強気だった。莫大な賠償金を要求し、こちらの捕虜交換にも条件をつけてなかなか応じなかった。魔族はヒトの捕虜を全員解放したが、魔族の捕虜はどれだけ解放されたのかついに分からなかった。戦死者や行方不明者が多かったうえ、生き残った者も奴隷として売り飛ばされ、行方を追うことは困難だった。

 それでも、魔族たちは引き揚げを始め、現存する魔族の王国領へと向かったのだが、その道中も過酷だった。略奪、暴行、強姦、虐殺、遊び半分のリンチ、ありとあらゆる災難が避難民に降りかかった。やっているのはならず者ばかりではなく、ヒト族の正規軍の軍人や普通の民間人まで加担していた。

 それを守るべき魔族の武人は、休戦協定によって武装解除されていて手が出せなかった。下手に反撃すれば協定違反と言われかねない。帝国に付け入る口実を与えるわけにはいかなかった。魔族の武人たちは武器も誇りも何もかも捨てて、民間人と一緒に逃げ回ることしかできなかった。どんなにか悔しかったことだろう。

 いったいどけだけの人が本国にたどり着けたのか、誰にも分からなかった。王国は律儀に賠償金を支払ったのみならず、奴隷として売られた魔族を買い戻すため、少なくない金を毎年使っていた。なにを隠そう隣にいるサティアスもそうやって買い戻された奴隷だったのだ。

 だが村長の話はまだまだ終わらなかった。

「長い間の戦争とその後のいざこざで、わたしたちはすっかり生気を失くしてしまいました。それから帝国を始め、回りの国が露骨に侵略の動きを見せ始めたのです」

 それまで魔族の国、バンクロディ王国は怖れられていた。侵しがたい強国と思われていた。
 それが一度の敗戦で変わった。

 どさくさに紛れて独立を果たし、何かにつけてたかってくる小鬼族の国、クロア。
 ここは地理的に重要な位置なので、王国としても手放すわけにはいかなかった。それをいいことに、クロア国は際限なく増長している。

 悪鬼族の国、ニヒトハン共和国もいろいろとちょっかいをかけてくる。ニヒトハンとは直接戦争していないはずだけど、やたら戦争責任だのなんだのと難くせをつけてくるようになった。果ては今回のように内政にまで口を出してくる。

 もちろん帝国も例外じゃなかった。
 大軍こそ動かさないものの、隙あらば剣をちらつかせてきた。それに対して決然と立ち向かう気力を、魔族の人たちは失っていた。

 四方から攻め立てられて、魔族の人々は疲れてしまった。誇りも自信も失い、自分たちが何を頼りに生きるべきなのかわからなくなってしまったのだ。回りの国からされるがまま、みんなうつむいて生きるようになってしまった。

 それが今に続いている。
 その後はあたしもよく知っていた。父であるエリアル王は心労で倒れ、この世を去った。あたしは十五歳にして唯一生き残った直系の王族として王位に就くことになった。右も左もわからなくてどれほど心細かったことか。

「今もわれわれは縮こまって、回りの国を気にしながら生きています。ですが、わたしは昔を知っている。陛下のお父上は強く、そして寛大な王であらせられました。民もそれに倣うかのように、強さに裏打ちされた優しさを持ち合わせていました。その誇りを取り戻してほしいと願うばかりです」

 村長はそう結んで、話し終えた。
 
 あたしはしばらく動けなかった。
 ぐすぐすと鼻を鳴らして、涙を拭き続けていた。ああ、みっともない。
 でも恥だとは思わなかった。偉大な先人たちの足跡に触れて、とても名誉なことだと思った。
 ご先祖さまの業績を素直に讃えられるのって、素敵なことだと思うんだ。早くみんなも、他の国に気がねすることなく、自分たちを守ってくれた先達にありがとうって言えるようになってほしい。

 だってみんな、自分の命と引き換えにあたしたちを守ってくれたんだから。

「ありがとう、村長。つらい話だったでしょう。おかげで勇気をもらえました」

 村長は静かに、まるで黙祷を捧げるかのように頭を下げた。


 ◇


 つらい歴史。悲しい過去。
 笑って語れるようにはならないけど、でも正しく受け止めたいと思うんだ。
 誰にも恥じるようなことはしていないんだから。

 早くみんなもそう思えるようになってほしい。

 クロエのお茶につかの間癒されながら、あたしはそう願わずにはいられなかった。



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