女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

教会と孤独なヒト。

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 明けて、朝。
 あたしはサティアス卿と打ち合わせをしていた。ブリーフィングってやつ?

 当面、最大の懸案はニヒトハン共和国にどう対処するか、だけど。
 教会にもちょっとお灸をすえとかないとね。
 教会全部がそうじゃないとは思うけど。

 それがニヒトハンを搦め手から追い詰めるきっかけにもなりそうだ、とあたしたちは判断した。

 と言っても、潰しちゃうわけにもいかないし。あんまりやり過ぎると教会丸ごと敵になりかねないから、難しいところ。

 財務方サティアス卿と、自称秘書であるあたしは、隣村にある福音教会に向かった。
 教会組織はどこの国でも半ば独立した国家みたいなものだ。なまじ権威があるだけに無視もできない。
 戸籍管理をするためにも必要な組織なんだけど、そのうち増長してくるのが必ずいるんだよねえ。教会組織の権威が自分の権威だと勘違いするやつ。

 しかし、さすがに国の大臣が面会を求めてきたら、無碍にもできない。

「これからこの地域はたくさんの異人が行き交うところになります。当然身元不詳の輩も増えるでしょう。地域の安寧のため、教会にはいっそうの協力をお願いしたい」
「もちろんですとも」

 ここのトップの司祭さまとの会談は和やかに進んでいたんだけど。

「教会には人の動きを監視していただきたい。具体的には金の流れです。そこでまず、ここ最近の寄進の内訳をお教え願いたい」
「なっ!?」

 司祭さまの顔色が変わった。
 すまし顔のサティアス。あれ、絶対内心舌なめずりしてるわよね?

「む……尊き寄進の内容を公開することは……」
「いやいや、これがばかにできぬのですよ。異民族が入り込もうとするとき、その土地の権威を取り込もうとする。つまり教会を抱き込もうとするわけです」
「ばかな!? われわれが祖国を裏切るとでも言うのか?」
「いえいえ、そんなことがあろうはずもありませんよ。異民族にそういう動きがあるというだけです。だからそんな動きがあったらぜひ、教えてほしいのです。たとえば」

 サティアスは身を乗り出して声をひそめた。

「悪鬼族が裏に表に助力を申し出ているとか」
「な、なにを!?」

 血相を変えて司祭さまが立ち上がる。

「われわれが国を売るとでも言いたいのか!」
「そんなことはありませんよ」
「いや! 疑っているな? われわれとて魔族、その誇りは忘れていない! ニヒトハンなどに魂を売るようなまねは断じて……」
「おや、わたしは悪鬼族としか申し上げておりませんが? ニヒトハンに何かそのような動きでも? だったら大変だなあ」

 ああ、なんて意地の悪い……。
 まるで悪魔だわ。あ、魔族か。

「い、今の情勢で考えれば、それがあり得るというだけだ!」
「そうですね。まったく油断ならない。ですから一度、台帳を拝見いたしたく」

 司祭さま、赤くなったり青くなったり、大変だな。
 ていうか、まさかバカ正直に台帳に記載してないよね? 後ろ暗いことをするなら、それなりの知恵くらい働かせなさいよ。

 と、サティアスがこちらを向いた。

「きみ。ちょっと馬車へ戻って資料を持ってきてくれないか。どうも忘れてしまったようだ」

 むむ。資料なんて何かあったっけ?
 サティアスの表情は何か言いたげだ。これは……もしや?

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 あたしは一礼して部屋を出た。

 サティアスの狙いがあたしの思うとおりなら、ちょっと大胆、かなり大ざっぱ。
 ばれるとちょっと面倒だけどね。なるべく上手く立ち回ろう。

 まず教会の裏手に回った。少しうろついて、放置されていた洗濯物の中からローブをくすねる。それを素早く身にまとって、準備よし。
 部外者が教会内をうろついていたら、目立つものね。

 さて、目指すものは、探し出せるかしら。

 あたしは手の先に魔力を集中した。あたしが使える魔法、風魔法。そのスキルの組み合わせで、なんとかなるかな。

「追跡」

 手の中に生まれたちいさなつむじ風に命令して、あたしはそれを放り上げる。目に見えない風の流れが上に奔っていくのがわかる。よし、ちゃんと動きは感じられる。

「一番怪しいのは、司祭さまの部屋、よね」

 つむじ風が建物の中を移動していく。追いかけているのは司祭さまのにおいだ。それをたどっていけば、一番においが濃いだろう居室にいけるはず。

 だいたいの場所がわかったところで、あたしは外からそこに向けて飛び上がった。
 瞬間的に突風を起こして身体を巻き上げる。建物の上半分、手近の窓に取りついた。

 中に飛び込んで、さて。
 あたしたちが欲しいのは、寄付の内容を書きつけているだろう台帳だけど。
 どこに隠しているか。それをあたしが見てわかるか、よね。

「そこにいるのは誰ですか!?」

 突然横から声をかけられて、あたしは硬直した。身構えるのをかろうじて堪える。
 怪しい動きをしなかった自分を褒めながら、あたしは横を見た。

 若い男性だった。教会の聖職者さん、だよね? あたしが今着ているのと同じローブだから。
 だけど違和感を覚えたのは、彼に角がないからだった。多分ヒト族、つまり帝国の監督官だ。

「ここで何をしているのですか?」

 彼の問いかけは、それほどきついものではなかった。あたしを不審者と見ているのではなく、単純な興味で訊いている、という感じがした。
 ならば、あまりおどおどしなくても大丈夫だろう。

「あの、司祭さまから寄進の管理帳を持ってくるよう仰せつかりまして」
「司祭さまが?」

 訊き返されて思わずどきっとする。何かまずかったかな。

「はい。財務卿がお見えなので、持参するようにと」

 あまり上手い言い訳が思いつかず、正直に答えてしまう。このくらいなら……グレーか? それともアウトか?
 男性は黙ってあたしを見た。見られたあたしは気が気じゃない。背中を冷や汗が伝いおちる。

「書庫はそちらではありませんよ。ついてきなさい」

 男性は背を向けて歩き出した。
 よかった。怪しまれずに済んだみたいだ。

 フロアをさらに一階あがって、あまり大きくはない部屋に入る。
 
「これを持ってお行きなさい」

 あたし向かって冊子を差し出してくれた。

「はい。ありがとうございます」

 あたしは努めて事務的に頭を下げたけど、内心穏やかじゃなかった。嬉しい、というより戸惑っていた。こんなに簡単にことが運んじゃっていいのかしら? どこかに落とし穴でも仕込んでない?

「どういたしまして。これで司祭さまも少しは懲りるといいのですが」

 半ば独り言めいた言葉に、あたしは思わず探るような目を向けてしまった。
 そして、目が合ってしまい。

「あ? え? あ、あの……申し訳ありません!」

 しまった。何を不審なことをしているんだろう。せっかく上手く行っていたのに。
 冷や汗をかきながら頭を下げていると、

「そんなにかしこまらなくてもいいですよ。今のはただの愚痴です。よそ者の繰り言ですよ」

 男性は苦笑いしている。その笑いはどこか投げやりな感じがした。
 よそ者、って言ったわよね。やっぱりヒト族の監督官だ。
 自分が異邦人であることを知っている。

「あの……監督官さまでいらっしゃいますよね?」
「そうだが?」
「遠い異郷におひとりで……さぞやお淋しいでしょうね」

 その気持ちはあたしも……わかるつもりだ。
 彼との違いは、あたしにはミルドレッドがいたということだけで。

「そうだね。ははっ、よもや敵である魔族に心配されようとはね」

 男性の表情は悲しみだろうか。
 初めて人らしい感情が現れた気がする。

「帝国のための尊い任務だなどと言われて送り出されたが……この地にたった一人派遣されて、仲間もなく回りは異種族、気の休まる暇もない。もうわたしのことなど忘れ去られているだろう。今さらわたしの行く場所など、もうあるはずもない」

 なんだろう。淋しさで胸が締めつけられて、息ができない。
 もうちょっとで涙がこぼれるところだった。

 彼の呟きは、ほんの少し前のあたしの呟きだった。
 彼はこの地で、本当にひとりぼっちを噛みしめているんだな。

 ひとりじゃないよ、と言ってあげたかった。心から。
 でも今のあたしは魔族・ヒトじゃない。彼と同じ境遇を分かち合うことはできない。
 それはとても淋しかったけど、でも少しでも元気づけてあげたかった。

「大丈夫ですよ。あなたの働きはきっと報われます。無駄なことなんてありませんよ」

 彼は驚いていた。目を丸くしてあたしを見つめる。
 見つめられてちょっと恥ずかしかったけど、でもあたしは微笑んだ。

「きっと大丈夫ですから」

 重ねて言うあたしに、彼は少し表情を緩めたようだった。

「ふふ、敵に心配してもらうとはね。いや、そんな言い方は失礼か」

 彼はあたしの方に向き直って、軽く頭を下げた。

「ありがとう。正直に言って、きみらの事は敵だとしか思っていなかった。だけど……無理に敵対することもないな」
「そうですよ。せっかく縁あって同じ場所にいるんですから」

 あたしの言葉の意味を、きっと彼は理解していないだろう。でもそれで充分。
 彼は少し笑って、

「まあ、種族は違えど、やることはみな同じだしな。その台帳が証明しているよ」
「え?」

 思いもかけず話題が元に戻って、あたしは緊張して台帳を胸にぎゅっと抱きしめた。
 それってもしかして、これ結構重要な証拠物件?

「財務卿に披露して差し上げるといい。これで少しは風通しが良くなるといいんだがね」

 彼はそのまま、あたしに背を向けた。

 なかば呆けて見送ったあたしは、我に返ってそして――慌てた。
 なんか、けっこうすごいもの掘り当てたかも。



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