女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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第一章:女王さま始めました。

逆襲の魔族。ただし、意地悪い。

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 結局、あたしは『それ』を持ち帰った。

「これはこれは……。まさか本当にやらかしてしまうとは思ってもみませんでした」
「それじゃまるであたしが、とんでもないことしでかしたみたいじゃないの」

 あたしはふくれっ面をして見せた。けっこう危ない橋を渡って貴重なものをゲットして来たというのに――まあ半分以上偶然と幸運の産物だけど、運も実力のうちなのよ!――その評価はあんまりじゃないの?

 狭い馬車の中で、あたしとサティアスは額を突き合わせるようにして打ち合わせていた。
 かれの膝の上には、件(くだん)の台帳がある。

「で、それでなにかわかるの?」
「いやいや、そのものずばりですな。ニヒトハンの代理人から寄進があったと記載されています」
「うわあ……」

 寄付する方もされる方も、油断しすぎじゃないの?
 もう少し隠れ蓑を使って迂回するとか、符牒で記入するとかっていう知恵はないの?

「でもおかげで証拠を掴んだわ。これであいつらをとっちめて……」
「非合法に手に入れた証拠では、正面切って問い詰めるのは無理ですな」

 サティアスがすかさず冷や水をぶっかけてよこす。

「この文書はどこから? と問われて、盗み出しましたではお話しになりません」
「そんなあ……」

 これはちょっと、いやかなり、へこむわ。せっかく手に入れた証拠なのに。

「これと王家の紋章セットで突き付けて成敗、ってわけにはいかないかしら?」

 ほら、水戸のご隠居さまとかやんちゃな将軍さまとか、よくやってるじゃない。葵の御紋にものを言わせてさ。ああいうの、駄目?

「なにを訳の分からないことをおっしゃっているのですか。とはいえ」

 台帳をたたんで、サティアスが言う。

「これで状況はつかめました。今日もこれからニヒトハンの代理人とまた交渉ですが、少し有利に立てるかも知れません」
「ほんとに?」
「ええ。ですが」

 笑顔を浮かべたあたしにすまし顔を向けて、サティアスはさらに言う。

「たまたま上手くいったからといって調子に乗りませんように」
「なによ! ひっどい!」
「御身が大切だから申し上げているのです」

 思いがけず真剣な声に、あたしは思わず硬直してしまった。

「サティ……」
「御身に代わりはいないのですから、あり無茶をなさいませんよう。いいですね?」
「……はい。気をつけます」

 あたしは素直に謝った。
 口先ではどうあれ、サティアスが心配してくれていることはよくわかったから。


 ◇


 サティアスは再びニヒトハンとの交渉に臨んだ。
 あたしはまたも秘書のふりをして、後ろに控えている。

「貴国とティーハンとの国交は認められない」
「どうしても? どんな条件がついてもですか」
「いかなる前提もない。無条件かつ恒久的に不可である」

 どんどん強気になってきている。
 こっちが反撃しないと思って増長しているわね。謙譲は美徳じゃない。それじゃこの国の人たちを守れない。
 それはサティアスも充分承知していた。

「そうですか。実に残念だ」

 サティアスが芝居っ気たっぷりに肩をすくめ、両手をあげて見せる。
 さあ、反撃。どんな反応を見せてくれるかしら。

「せっかく貴国とは、共に発展できる大規模な経済開発をと考えていましたのに……」
「なに……?」
「いや実に残念だ。これが成ればニヒトハン共和国は向こう三十年に渡って二ケタ成長間違いなし、帝国とも肩を並べ得る事業計画でしたが……どんな条件も認められないとおっしゃる。いや実に、実に残念だ」

 大仰にため息をつくサティアスを見て、悪鬼族の大使の目が一瞬泳いだ。

「なんのことだ? どんな計画だ?」
「いや、どうせ実現しない夢物語、ここで語っても時間の無駄でしょう。いや実に残念なことだなあ」
「話してみろ。場合によっては……」
「いやいや、『いかなる前提も条件も認められない』のですから、我が身の非力さがうらめしい」
「聞いてやると言っている! いいから話せ!」

 あたしは笑いをこらえるのに必死だった。悪鬼族は利に敏(さと)い。この代理人、儲け話をふいにしたと本国に知られたら、すっごく怒られるんだろうなきっと。

「大した話ではありませんよ。今回のティーハンとの通商開通に当たってイーハや隣のマリハムの港を開くのですが、ニヒトハンの商人には租税、関税、通行税といった税の一切を免除しようかと思いましてね」
「なんだと?」

 あ、あたしそれ、知ってる。楽市楽座ってやつ?
 税とか取引資格とかなしにしちゃって、市場原理全開で商売回してくっての。

 楽市楽座はちょっと古いか。
 多国間貿易協定、てところかな。

「知ってのとおりティーハンの向こうには帝国の広大な市場が横たわっているわけでして。寄港地を無税で利用できるメリットは計り知れないと思いますがね」

 代理人は答えない。プライドと実利を天秤にかけているに違いない。

「そうそう、我が国の北方、国境(くにざかい)の近くに経済特区を造成しようという計画もありましてね。ニヒトハンとの経済交流をより拡大しようというだけの話です。そこでの貴国の課税免除と、造成に当たっての事業の分担をお願いしようと思っていたのですが……。それに先立ってまず橋をかけなければなりませんね。それだけでもどれほどの大事業になるか……いや、つまらぬ話です。忘れていただいてけっこう」

 攻守交代。
 手を上げてさえぎるサティアスにどうやって食いつこうかと、代理人が忙しく思案を巡らせているのがわかる。うかつに飛びついて足もとを見られるのも嫌だが、儲け話をふいにするのも嫌。思案のしどころだねえ、鬼さん?

「い……いや、我が国と貴国は多様な交流で結ばれている。今後もよりいっそうの拡大を望むものだ」
「そうですね。ではごきげんよう」
「待て!」

 サティアス、えぐいなあ。
 わざとらしくため息をついて、座りなおす。

「では我が国も多様な交流を求めていること、認めていただけますね?」
「う、うむ。だが我が国はティーハンなる国を認めていない。あたかも国であるかのごとく通商を行うのは我が国にとって認めがたく……」
「そうですか。ではごきげんよう」
「待てと言っている!」

 お国の面子と、これから発生するだろう利益と、天秤のバランスが難しいねえ、大使さん?

「まあその点は譲歩しましょう。あくまで民間の通商、我が国は関知しません。国交もありません。それでいいですね?」

 サティアスが慈悲の笑みを向ける。脂汗をかいている大使は救いを得たように何度もうなずいた。

「それに我が国の交易の主目的はティーハン国ではありません。レマン帝国との和議を強固にすることです。ぜひご理解をたまわりたい。我が国があやうくなれば次に帝国とことを構えるのはニヒトハン共和国ですよ。国の名前がティーハンとなるのは、あなた方も望むところではないでしょう。ですから」

 サティアスは一度言葉を切った。それから相手の肚の底まで見透かすような目を向けて、

「教会をそそのかして我が国を内から揺さぶろうなど、ゆめゆめお考えになりませんよう」

 代理人の顔色が目に見えて変わった。
 そして驚愕の表情でサティアスを見返す代理人にさらに追い打ちをかけるように、彼はにっこりと笑って見せたのだ。

 ああ、これは悪魔の笑いだわ。魔族だけど。

「な、何を言っている?」
「あなた方に思惑があるように、われわれにも思惑がある。さて、ぶつかり合えばどうなりますかな? 自分たちがいつまでも安泰だと思わないことだ」

 サティアスが言ったように、あたしが手に入れた証拠は使えない。けどそれは重要じゃない。
 こちらが状況を掴んでいるのだと思わせること。手の内はばれているのだと思いこませることがポイントだ。

 ニヒトハンの代理人に、あたしは同情した。これはいつもの、あたしをいじってるレベルじゃないわね。本気のサティアス、おっかない。あたしも気をつけよ。

 同時に、こんな人が味方についてくれていることがとっても頼もしい。いつもからかわれてばかりでムカつくけど、やっぱり頼りになるなあ。

「ではこの案件、持ち帰って検討していただけますね?」

 この一戦、サティアスの逆転勝ちね。
 したたかに逆襲をくらった代理人。このままこの地にとどまる面の皮はあるかしらね。



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