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女王さま、あれこれ試す。
この献上品、反則だわよ。
しおりを挟む「ちーす、ザック団長」
「……陛下、なんですかその口の利き方は? だらしないにもほどがありますぞ」
「うぃーす、ザック団長」
「……まだ芸人気分が抜けないようでございますな。この口ですか? この口からしつけ直しましょうか?」
「いひゃいひゃい」
そんなにほっぺた引っ張られたら、お肉がたるんでしまいますう。
あたしの頬を捩じり上げるザクレス卿を眺めながら、サティアス卿がにやにやしている。
「しばらく見ないうちに、お二方はずいぶんと親密におなりになったようで。いや羨ましいかぎり」
「……サティ、あんたもほっぺたつねってほしいのね? そうなのね?」
サティアス卿の口を夢中になってつねるあたしと、悠然とつねられているサティアス卿。その様子をルーク将軍が苦笑いしながら見ている。
ちょっとだらけ過ぎかなあ。でもここのところ緊急事態が続いたから、少しくらいいいよね、みんなと戯れていても。
「あの……」
遠慮がちな声をかけられて、全員が固まった。
入口の方を見ると、侍従のクロエが表情に困ったという顔で控えている。
「あの、陛下に拝謁の方がいらしておりますが」
咳払いをしてザクレス卿が姿勢をただす。ちょっと困った表情なのは見逃してあげよう。
「そうでした。陛下、ニヒトハン共和国の使者が謁見を求めております」
「ニヒトハンが?」
まあ、あたしに何用かしら。
◇
「陛下にはご機嫌もうるわしく、また拝謁がかないましたこと、恐悦至極に存じます」
悪鬼族の使者は膝をついて深々と頭を下げた。
先日の代理人と違い、今日はご機嫌うかがいの使者だけあって、物腰もとても穏やかだった。
「遠路はるばるご苦労さまです」
あたしは型通りに使者をねぎらった。敵意はないとわかっているけど、どうしても緊張してしまう。相手は油断ならない悪鬼族だものね。
あたしの内心を知ってか知らずか、使者は満面の笑顔で顔を上げた。
「先日の戦闘、まことに遺憾なことでございました。我らが代表はこの不幸な事態にたいそう心を痛め、女王陛下のお見舞いにとわたくしを遣わしましてございます」
そう言って貢物の数々を差し出して見せた。
ふむふむ、名目は見舞い、ということみたい。
ということは内実はあたしと王国の偵察、ということでいいかしら。
サティアス卿が言っていたっけ。
「今回小規模とは言え、かの帝国と互角に戦いこれを撃退したミルドレッド陛下に、周辺国は大いに興味を引かれています。さしずめ陛下の値踏み、といったところでしょうか」
となればあたしは、今回の功績を最大限利用しなくちゃならない。
回りの国がわがバンクロディ王国に手出しできないように。
「わずかばかりの見舞にて心苦しいのですが、わが代表は陛下の武勇にもいたく感じ入った次第にございます。ついてはその武勇を称える意味を込めまして、我が国の珍獣を献上致したく」
珍獣? 生き物なの?
うーん、動物は嫌いじゃないけど。
使者の後ろに、布をかけられたずいぶんと大きい物体が曳いてこられた。悪鬼族はたいてい大柄だけど、その頭よりさらに高い。よほど大きな生き物かしら?
「それではとくとご覧下さいませ。我が国の幻の珍獣、熊猫にございます」
え?
まさか?
まさかまさか?
さっと布が取り払われると、大きな檻が現れる。その中にいたのは。獣。
もこもこで、丸まっちくて、白黒で。
これは……間違いなく!
「パンダだあっ!」
あたしは思わず檻に駆け寄った。
そう、これは紛れもない、パンダだ。
「うわあああああ!」
あたしの目にはハートマークが浮かんでいたに違いない。
パンダ。
本物だよ。本物のパンダだよ!
その白黒の毛並みを、こんな間近で見られるなんて!
「うわあああああ!」
ああ、もう、情けない声がだだ漏れだわ。でもしょうがないじゃない。本物のパンダよ。
それが、ガラス越しじゃない、手を伸ばせば触れるところにいるなんて。
「気に入っていただけましたか」
「ええ、とっても!」
「それは何よりでございました」
にこにことあたしを見守る悪鬼族の使者に、あたしは子供みたいに頷いた。
だってこれ、献上品よ。あたしへの。
ということは、毎日これをすぐそばで見られるのよ。触れるのよ。ペットなのよ! 信じられる?
天にも昇る心地のあたしに、使者はさらに言葉を継いだ。
「それほどお気に召したのでしたら、陛下、これをつがいで飼ってみませんかな?」
「なんですって!?」
つがい。ということは、子供が産まれるかも。
パンダの赤ちゃん……赤ちゃん!
だめだ。想像しただけで萌え死にそうだ。
「はい、ですが熊猫は我が国でも数が少なく、特に雌は貴重でございまして。残念ながら差し上げるわけにはいかないのでございます」
「そっかあ……」
期待が大きかった分、あたしはひどく落ち込んだ。やっつけられたスライムみたいに、ほうっておけばへにゃへにゃと溶けてしまったも知れない、というくらい落ち込んだ。
「貴重な個体ゆえ、貴国にお貸しするという形で賃料を申し受けております」
「……どのくらい?」
「はい。金貨一万枚ほどで」
「なっ!?」
あたしは絶句した。
あり得ない。
途方もない金額だ。払えるわけがない。
だけど……。
だけど…………。
あたしはパンダ――熊猫の方を見た。
実に可愛らしい。今すぐそのもふもふの毛皮に顔をうずめてほおずりしたいくらいだ。
そして悪鬼族の使者を見た。
……これが目的か。
まんまとしてやられたことを、あたしは悟った。
初めからこれが狙いだったのだ。
そしてあたしはまんまとはまった。馬鹿な女王だ。悪鬼族、内心でほくそ笑んでいるに違いない。
でも。
それでも。
「……考えておくわ」
あたしは絞り出すように、やっとそれだけを口にした。
◇
「あああああ、なんて悔しい!」
控えの間に戻って、あたしは地団太踏んだ。
自分の馬鹿さ加減に腹が立って仕方なかった。完全に踊らされたわ。
「でも、可愛かったですね」
クロエが取りなすように、相づちを打ってくれる。ああ、なんて優しい娘なのかしら。
「取り敢えず一頭は献上されたのですから毎日みられますよ、あの可愛い生き物が」
「はあ、それで満足すべきよねえ……」
でも、つがいというオプションを知ってしまった以上、とても我慢できるとは思えなかった。
だってパンダの赤ちゃんだよ? それが見るだけじゃなく、触ったり、一緒に遊んだり……ああだめだ、考えだけで死ぬ、萌えて死ぬ。
だけど。あたしは再び頭をかかえる。
レンタル料が金貨一万枚? ぼったくりにもほどがある。
いくらあたしが馬鹿だって、我が国の国家予算の一割近くをたかが愛玩用の熊一頭につぎ込むほど愚かじゃない。もちろん、王家の資産を全部放出しても賄えるかどうか。敗戦からこっち、バンクロディ王国は出費ばかり。いくらやりくり上手な主婦だって、やりくりで何とかなるレベルじゃない。
「失礼、陛下」
ちょうどやってきたのは、サティアス卿だった。
「どうしたの、サティ?」
「今ごろ深刻な悩みに悶えている頃かと思いまして」
「……あなた、ほんとに意地悪いわね」
どれほど嫌味ったらしく言ったところで、この男は悪びれる様子もない。
「で、大陸ではこういうあこぎな商売が横行しているのかしら」
「ええ」
いともあっさり、サティアス卿は答える。
「あの熊猫が貴重な生き物だということは本当でしてね。それを利用して、ああやって法外な賃料をせしめるわけです。いい外貨稼ぎになっていますよ」
まあ、なんてこすっからい……。
「でも、可愛いもんねえ……。可愛いは正義だわ」
「その魅力にまんまとはまった王族や大貴族に大人気なわけです。ステータス・シンボルですな」
そうよねえ。そうなるわよねえ。
それにしたって、そんな金額をポケットマネーで出せるお貴族さまって……。
はあ、返す返すも我が国の窮状がうらめしい。
だけど。
◇
再び呼びつけた使者に、あたしは宣言した。
「あなたが持参した熊猫、つがいで借り受けるわ」
使者も、そして閣僚たちも息を呑むのがわかる。
確かにある意味壮大な無駄遣いだ。
でもこれなら、無駄にはならない。きっとみんなの役に立つ。
見てなさいよ。
転んでもただじゃ起きないんだから。
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