女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

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女王さま、戦場へ赴く。

流浪の民やってる女王さま。

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 ヨハネは密命を帯びて行動していた。
 バンクロディの女王の馬車を追跡すること。

 その命令を忠実に履行し、今日で十五日を数える。
 なかなかに長い道のりだった。そしてなかなかに悪賢い女王だった。
 女王の馬車はまっすぐ西へは向かわなかった。帝都を離れると北へ。大きな地方都市で二日ほど逗留した後、今度は南へ。足取りを追われることを警戒しているのだろう。
 だがその程度でヨハネがまかれることはなかった。彼は根気強く馬車を追跡していた。

 もうすぐ仲間が合流する。そして女王を始末してくれる段取りになっていた。我が帝国に仇なす小癪な魔族ども。その頭目を討ち取って帝国の安寧を確保するのだ。ヨハネは使命感に燃えていた。

「やっと見つけたぞ。おい、こんなところで何をしている?」

 突然仲間が姿を現した。

「やっと来たか。待ちかねたぞ。女王の馬車はあそこだ」
「何を言っている?」

 合流した仲間のパウルに、ヨハネは嬉しそうに報告したが、パウルの表情は険しかった。

「一体今までどこをほっつき歩いていた? 命令を無視して何を追いかけているんだおまえは?」
「おまえこそ何を言っている? おれは命令どおり、ずっと女王の馬車を追っていたんだ。さあ早くあれを討ち取ってくれ」

 パウルはヨハネの肩をつかんで揺さぶった。

「おい、しっかりしろ。あれに女王は乗っていない」
「馬鹿を言うな。おれは帝都を出るところからずっと女王の馬車を追ってきたんだ」

 そうだ。ヨハネはずっと追ってきた。帝都からずっと。途中でまかれたりしたことはなかった。
 その表情を見て、パウルは天を仰ぐ。

「まったくどいつもこいつも、一体どうしちまったんだ? みんな女王が乗ってもいない馬車を眼の色変えて追いかけて……。何があったってんだよ?」


 ◇


 帝国の西。
 西の果てのアンタークツ海まであと数日というところで、隊商キャラバンが宿営していた。

 ずいぶん規模の大きな一隊だ。数十の馬車が連なって荷を運んでいる。
 その中に十人ほど、魔族の流民が同乗していた。

 そう、あたし、ミルドレッド。
 そしてザクレス卿と、護衛の戦士たち。
 あたしたちは流民ジプシーに扮して、西へ向かうキャラバンに紛れ込んでいた。流浪の芸人という触れ込みで、いちおうザクレス卿が団長ということにしている。

 あたしはその中の紅一点の舞姫。
 舞姫ったら舞姫なの。あんまり舞えなくても舞姫なの!

 帝都を出る前、不穏な空気を察知したのはザクレス卿だった。
 どうやら自分たちは、見張られているらしい。

 ザクレス卿はまずあたしの身を案じた。こそこそついて来るのは後ろ暗いことがあるから。
 今後ろ暗いことといったら、敵国の女王か大臣の暗殺または拉致、そんなところかしら。

 対するあたしたちは敵国の真っただ中で小人数しかいない。自国までは馬車で二十日以上かかる。圧倒的に不利なうえ、安全地帯は遠い。どうする?

 ザクレス卿は一計を案じてくれた。まさか帝都で女王を暗殺、なんて真似はしないだろう。行動するなら帝都を出てからとして、その前にまずは帝都を出る自分たちから目をそらせる。ザクレス卿は何台かの馬車を雇った。そしてそれに女王が乗るところを衆人環視の中で見せる。そこで幻惑魔法を仕掛けた。

 それほど大した魔法じゃない。それを見ていた者たちにその馬車が「女王の馬車」だと印象づける。ちょっと意識を捻じ曲げたってわけ。

 女王を追いかけていた者たちは、その馬車を「女王の馬車」だと思い込んだ。間違いじゃない。ただ女王が乗っていないというだけ。だけど「女王の馬車」を追い始めた者たちはそのことに気づかない。

 こうして何台もの「女王の馬車」を追って、帝国の密偵たちが現在も帝国内を迷走している。
 大した魔法じゃないけど、その分効果が持続して、多分帝国側は混乱しているはず。

 その間にあたしたちはこうしてキャラバンに紛れ込んだ。

 帝国はヒト族の国だけど、魔族も少しはいる。その多くは、奴隷。もしくは裏稼業。娼婦とか荒事師。それに芸人、そんなところ。
 扮装するにあたって、奴隷商人に連行される奴隷はさすがにご勘弁願った。で、流浪の芸人一行ってところに落ち着いたわけだけど。

「はっ!」

 太鼓のアクセントに合わせて、あたしが手を振り上げる。

 今日も今日とて、あたしは舞を舞っていた。
 キャラバンに同行させてくれたわずかばかりの謝礼、ということで、こうして晩には芸を披露しているんだけど。

 魔族さんてば、武芸にはたいそう秀でているんだけど、実はぶきっちょだったりする。なので楽器演奏みたいな複雑なことはかなり無理。

 その中でもやっとこさ出来るわずかな演奏が太鼓だった。まあ、メロディないものね。
 ところが、これが侮れない。十人近くが叩く別々の太鼓、別々のリズムが複雑に絡み合ってうねりを生み出す。なんとも不思議な魅力のポリリズムが生まれるのだ。

 それに乗っかって、舞姫であるあたしが踊る。大した踊りじゃないけどさ。
 昔夢中でマネしたアイドルのダンスとかをちょっとアレンジして。なんちゃってなアクションとステップだけど、これが魔族のみんなのリズムと不思議とマッチした。毎晩合わせているうちに合ってくるんだよね。

 ザック団長――ザクレス卿の仮の名ね――のもと一体となって奏でられる太鼓は日に日に進化していて、いやあ、聴いているあたしの方が楽しみ。
 それに今日はどんなダンスを合わせようかなあ、なんて日々考えるのが楽しみだったりして。

 あたしは舞姫らしく艶やかな衣裳にしようとして、男物のズボンの裾をざっくり切り、ホットパンツっぽくしようとした。そしたら短く切りすぎてミニのキュロットスカートなんていうあられもない格好に。あらあら。
 それに欲情した通りすがりの盗賊団に攫われるというとんだアクシデントが発生。だけどそれに気づいたザック団長があっという間に追いすがって全員斬り伏せ、あたしを助け出してくれた。一体なんなのこの人。これで武人じゃないとか、魔族ってどれだけ強いのよ?

 そんなこんなで、だんだん息の合ってきた演奏と踊りもクライマックス。太鼓のリズムがどんどん速くなっていき、あたしはぐうっと身体をそらして行く。太鼓がフリーテンポで乱れ打つ中、あたしの束ねた髪の先が地面について、それをばっと振り上げて。

 だん!

 リズムのキメ。

 一瞬遅れて、拍手がわき起こる。
 称讃の歓声があたしたちに降り注ぐ。

「いやあ、いいな、いいなあ。みんな最高だよ!」

 あたしは団員たちとハイタッチを交わしていく。
 このままこんな暮らしも悪くないかな、なんて一瞬思ったりしたけど。

 楽しい時間はいつか終わる。
 あたしもザック団長も、国に戻ってまた国政に精を出す日々に戻る。
 それは大変な仕事だけれど……でも嫌じゃない。

「素晴らしい舞だなあ、ミウどの?」
「光栄ですわ、商人さま」

 このキャラバンの主、フランシスさん。あ、ミウってのはあたしの仮の名ね。未悠みゆからとってる。

「商人といっても、わたしは雇われだがね」

 フランシス氏はそう言って笑う。
 この人は大商会バレンツ商会の番頭さん。言ってみればナンバーツー。商会長さんは都から動かないみたいで、この人が帝都から辺境まで商会の現場を取り仕切っているらしい。

「一緒に過ごしてみてわかったが、きみたち魔族もヒトと変わらないなあ。きみたちの国まで行って商売するのも悪くないかもしれないな」
「本当ですかフランシスさま!?」

 あたしは思わず身を乗り出して食い付いた。
 だって、すごくいい話じゃない?

「魔族の国にもいろいろ特産品がありますよ! ぜひぜひ商売しましょうそうしましょう! 今度南方のイーハというところに港を開くんですよ!」
「おいおい、きみは商売もやるのかい?」

 苦笑ぎみのフランシス氏に、思わずはっとなって身を引いたあたしだけど、この機会は逃したくない。帝国内の、特に商人さんとはできるだけつながっておきたい。

「ええと、まあそんな伝手もありまして。ぜひ王都にもいらして下さいよう」
「うーん、考えておくよ」

 気のない返事のフランシス氏だったけど、目は早くも見えないそろばんをはじいているのがわかる。そうですよー今なら先行者利益独占できますわよー。
 あたしは心の中でエールを送った。うまくすれば、これで独立できるきっかけになるかもね。

「フランシスさまのキャラバンのおかげで無事に国まで帰れそうです。ありがとうございます」

 あたしは頭を下げた。お礼にお酌をすることも忘れない。あたしのお酌なんて大したもんじゃないけど、これでも女王のお酌だからね。

「いやいや。わたしも楽しかったからね。訳ありの一行との旅もはらはらして、今までにない旅だった」

 ぎくっ。
 この人、意外と鋭いなあ。

「バンクロディ王国に行ってみたいものだな。その時はまた舞を見せてほしい」
「はい! ぜひ!」

 ああ、誰とでもこんな付き合いができたらいいのになあ。


 ◇


 あたしたちはなんとか国に帰りつき、カランタン襲撃に始まった戦闘はいちおうの終結を見た。

 帰国したあたしはまず声明を発した。

「今回、わたくしたちは幾人もの同胞の命を失いました。痛恨のできごとでした。
 ですがそれでも、わたくしたちは平和をのぞむものです。死んでいった者たちもそれを望み、命を賭けたのですから」

 我が国は平和を愛し、平和をのぞむ。あたしは繰り返し強調した。それは魔族みんなの願いでもある。それをすべての種族に知ってほしかった。

 だけどそれは、戦いを放棄することではない。国民の命を守るためなら、あたしは武器を取る。そのことに何のためらいもない。
 それをやましく思うことはないのだ。あたしはそれをみんなに伝えたかった。
 そしてそれを公言することが抑止力になる。いたずらに手を出せば痛い目に遭う。そうと覚悟してかかってきなさい。あたしはそう啖呵を切ったのだ。

 あたしの一連の行動は、のちの世でどう評価されるだろう。多分、よくは言われないだろうな。でもかまわない。あたしは自分を正しいと信じてる。

 最後に、帝国からせしめた補償金は戦死した者たちの遺族にちゃんとわたした。でもそれに国費をプラスして、あたしは慰霊碑を建てた。

 ひとつはカランタンの岬に。
 もうひとつは王都にほど近い教会に。

 その地はヤスターンと呼ばれていた。そこの教会にあたしは毎年祈りを捧げに行くことにした。失われた命を忘れないために。自分の務めを忘れないために。

 それはやがて王室の恒例行事となった。ちなみに後年、あたしの死後百年か二百年くらいにそれは「王室のヤスターン参拝問題」としてリベラルな人々から批判を浴びることになるのだけれど、その頃にはあたしもう生きてないし、そーゆーむずかしいことあたしばかだからわかんな~い。
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