女王さまになったけど、魔族だし。弱小国だし。敵だらけだし。

桐坂数也

文字の大きさ
24 / 28
女王さま、戦場へ赴く。

流浪の民やってる女王さま。

しおりを挟む
 ヨハネは密命を帯びて行動していた。
 バンクロディの女王の馬車を追跡すること。

 その命令を忠実に履行し、今日で十五日を数える。
 なかなかに長い道のりだった。そしてなかなかに悪賢い女王だった。
 女王の馬車はまっすぐ西へは向かわなかった。帝都を離れると北へ。大きな地方都市で二日ほど逗留した後、今度は南へ。足取りを追われることを警戒しているのだろう。
 だがその程度でヨハネがまかれることはなかった。彼は根気強く馬車を追跡していた。

 もうすぐ仲間が合流する。そして女王を始末してくれる段取りになっていた。我が帝国に仇なす小癪な魔族ども。その頭目を討ち取って帝国の安寧を確保するのだ。ヨハネは使命感に燃えていた。

「やっと見つけたぞ。おい、こんなところで何をしている?」

 突然仲間が姿を現した。

「やっと来たか。待ちかねたぞ。女王の馬車はあそこだ」
「何を言っている?」

 合流した仲間のパウルに、ヨハネは嬉しそうに報告したが、パウルの表情は険しかった。

「一体今までどこをほっつき歩いていた? 命令を無視して何を追いかけているんだおまえは?」
「おまえこそ何を言っている? おれは命令どおり、ずっと女王の馬車を追っていたんだ。さあ早くあれを討ち取ってくれ」

 パウルはヨハネの肩をつかんで揺さぶった。

「おい、しっかりしろ。あれに女王は乗っていない」
「馬鹿を言うな。おれは帝都を出るところからずっと女王の馬車を追ってきたんだ」

 そうだ。ヨハネはずっと追ってきた。帝都からずっと。途中でまかれたりしたことはなかった。
 その表情を見て、パウルは天を仰ぐ。

「まったくどいつもこいつも、一体どうしちまったんだ? みんな女王が乗ってもいない馬車を眼の色変えて追いかけて……。何があったってんだよ?」


 ◇


 帝国の西。
 西の果てのアンタークツ海まであと数日というところで、隊商キャラバンが宿営していた。

 ずいぶん規模の大きな一隊だ。数十の馬車が連なって荷を運んでいる。
 その中に十人ほど、魔族の流民が同乗していた。

 そう、あたし、ミルドレッド。
 そしてザクレス卿と、護衛の戦士たち。
 あたしたちは流民ジプシーに扮して、西へ向かうキャラバンに紛れ込んでいた。流浪の芸人という触れ込みで、いちおうザクレス卿が団長ということにしている。

 あたしはその中の紅一点の舞姫。
 舞姫ったら舞姫なの。あんまり舞えなくても舞姫なの!

 帝都を出る前、不穏な空気を察知したのはザクレス卿だった。
 どうやら自分たちは、見張られているらしい。

 ザクレス卿はまずあたしの身を案じた。こそこそついて来るのは後ろ暗いことがあるから。
 今後ろ暗いことといったら、敵国の女王か大臣の暗殺または拉致、そんなところかしら。

 対するあたしたちは敵国の真っただ中で小人数しかいない。自国までは馬車で二十日以上かかる。圧倒的に不利なうえ、安全地帯は遠い。どうする?

 ザクレス卿は一計を案じてくれた。まさか帝都で女王を暗殺、なんて真似はしないだろう。行動するなら帝都を出てからとして、その前にまずは帝都を出る自分たちから目をそらせる。ザクレス卿は何台かの馬車を雇った。そしてそれに女王が乗るところを衆人環視の中で見せる。そこで幻惑魔法を仕掛けた。

 それほど大した魔法じゃない。それを見ていた者たちにその馬車が「女王の馬車」だと印象づける。ちょっと意識を捻じ曲げたってわけ。

 女王を追いかけていた者たちは、その馬車を「女王の馬車」だと思い込んだ。間違いじゃない。ただ女王が乗っていないというだけ。だけど「女王の馬車」を追い始めた者たちはそのことに気づかない。

 こうして何台もの「女王の馬車」を追って、帝国の密偵たちが現在も帝国内を迷走している。
 大した魔法じゃないけど、その分効果が持続して、多分帝国側は混乱しているはず。

 その間にあたしたちはこうしてキャラバンに紛れ込んだ。

 帝国はヒト族の国だけど、魔族も少しはいる。その多くは、奴隷。もしくは裏稼業。娼婦とか荒事師。それに芸人、そんなところ。
 扮装するにあたって、奴隷商人に連行される奴隷はさすがにご勘弁願った。で、流浪の芸人一行ってところに落ち着いたわけだけど。

「はっ!」

 太鼓のアクセントに合わせて、あたしが手を振り上げる。

 今日も今日とて、あたしは舞を舞っていた。
 キャラバンに同行させてくれたわずかばかりの謝礼、ということで、こうして晩には芸を披露しているんだけど。

 魔族さんてば、武芸にはたいそう秀でているんだけど、実はぶきっちょだったりする。なので楽器演奏みたいな複雑なことはかなり無理。

 その中でもやっとこさ出来るわずかな演奏が太鼓だった。まあ、メロディないものね。
 ところが、これが侮れない。十人近くが叩く別々の太鼓、別々のリズムが複雑に絡み合ってうねりを生み出す。なんとも不思議な魅力のポリリズムが生まれるのだ。

 それに乗っかって、舞姫であるあたしが踊る。大した踊りじゃないけどさ。
 昔夢中でマネしたアイドルのダンスとかをちょっとアレンジして。なんちゃってなアクションとステップだけど、これが魔族のみんなのリズムと不思議とマッチした。毎晩合わせているうちに合ってくるんだよね。

 ザック団長――ザクレス卿の仮の名ね――のもと一体となって奏でられる太鼓は日に日に進化していて、いやあ、聴いているあたしの方が楽しみ。
 それに今日はどんなダンスを合わせようかなあ、なんて日々考えるのが楽しみだったりして。

 あたしは舞姫らしく艶やかな衣裳にしようとして、男物のズボンの裾をざっくり切り、ホットパンツっぽくしようとした。そしたら短く切りすぎてミニのキュロットスカートなんていうあられもない格好に。あらあら。
 それに欲情した通りすがりの盗賊団に攫われるというとんだアクシデントが発生。だけどそれに気づいたザック団長があっという間に追いすがって全員斬り伏せ、あたしを助け出してくれた。一体なんなのこの人。これで武人じゃないとか、魔族ってどれだけ強いのよ?

 そんなこんなで、だんだん息の合ってきた演奏と踊りもクライマックス。太鼓のリズムがどんどん速くなっていき、あたしはぐうっと身体をそらして行く。太鼓がフリーテンポで乱れ打つ中、あたしの束ねた髪の先が地面について、それをばっと振り上げて。

 だん!

 リズムのキメ。

 一瞬遅れて、拍手がわき起こる。
 称讃の歓声があたしたちに降り注ぐ。

「いやあ、いいな、いいなあ。みんな最高だよ!」

 あたしは団員たちとハイタッチを交わしていく。
 このままこんな暮らしも悪くないかな、なんて一瞬思ったりしたけど。

 楽しい時間はいつか終わる。
 あたしもザック団長も、国に戻ってまた国政に精を出す日々に戻る。
 それは大変な仕事だけれど……でも嫌じゃない。

「素晴らしい舞だなあ、ミウどの?」
「光栄ですわ、商人さま」

 このキャラバンの主、フランシスさん。あ、ミウってのはあたしの仮の名ね。未悠みゆからとってる。

「商人といっても、わたしは雇われだがね」

 フランシス氏はそう言って笑う。
 この人は大商会バレンツ商会の番頭さん。言ってみればナンバーツー。商会長さんは都から動かないみたいで、この人が帝都から辺境まで商会の現場を取り仕切っているらしい。

「一緒に過ごしてみてわかったが、きみたち魔族もヒトと変わらないなあ。きみたちの国まで行って商売するのも悪くないかもしれないな」
「本当ですかフランシスさま!?」

 あたしは思わず身を乗り出して食い付いた。
 だって、すごくいい話じゃない?

「魔族の国にもいろいろ特産品がありますよ! ぜひぜひ商売しましょうそうしましょう! 今度南方のイーハというところに港を開くんですよ!」
「おいおい、きみは商売もやるのかい?」

 苦笑ぎみのフランシス氏に、思わずはっとなって身を引いたあたしだけど、この機会は逃したくない。帝国内の、特に商人さんとはできるだけつながっておきたい。

「ええと、まあそんな伝手もありまして。ぜひ王都にもいらして下さいよう」
「うーん、考えておくよ」

 気のない返事のフランシス氏だったけど、目は早くも見えないそろばんをはじいているのがわかる。そうですよー今なら先行者利益独占できますわよー。
 あたしは心の中でエールを送った。うまくすれば、これで独立できるきっかけになるかもね。

「フランシスさまのキャラバンのおかげで無事に国まで帰れそうです。ありがとうございます」

 あたしは頭を下げた。お礼にお酌をすることも忘れない。あたしのお酌なんて大したもんじゃないけど、これでも女王のお酌だからね。

「いやいや。わたしも楽しかったからね。訳ありの一行との旅もはらはらして、今までにない旅だった」

 ぎくっ。
 この人、意外と鋭いなあ。

「バンクロディ王国に行ってみたいものだな。その時はまた舞を見せてほしい」
「はい! ぜひ!」

 ああ、誰とでもこんな付き合いができたらいいのになあ。


 ◇


 あたしたちはなんとか国に帰りつき、カランタン襲撃に始まった戦闘はいちおうの終結を見た。

 帰国したあたしはまず声明を発した。

「今回、わたくしたちは幾人もの同胞の命を失いました。痛恨のできごとでした。
 ですがそれでも、わたくしたちは平和をのぞむものです。死んでいった者たちもそれを望み、命を賭けたのですから」

 我が国は平和を愛し、平和をのぞむ。あたしは繰り返し強調した。それは魔族みんなの願いでもある。それをすべての種族に知ってほしかった。

 だけどそれは、戦いを放棄することではない。国民の命を守るためなら、あたしは武器を取る。そのことに何のためらいもない。
 それをやましく思うことはないのだ。あたしはそれをみんなに伝えたかった。
 そしてそれを公言することが抑止力になる。いたずらに手を出せば痛い目に遭う。そうと覚悟してかかってきなさい。あたしはそう啖呵を切ったのだ。

 あたしの一連の行動は、のちの世でどう評価されるだろう。多分、よくは言われないだろうな。でもかまわない。あたしは自分を正しいと信じてる。

 最後に、帝国からせしめた補償金は戦死した者たちの遺族にちゃんとわたした。でもそれに国費をプラスして、あたしは慰霊碑を建てた。

 ひとつはカランタンの岬に。
 もうひとつは王都にほど近い教会に。

 その地はヤスターンと呼ばれていた。そこの教会にあたしは毎年祈りを捧げに行くことにした。失われた命を忘れないために。自分の務めを忘れないために。

 それはやがて王室の恒例行事となった。ちなみに後年、あたしの死後百年か二百年くらいにそれは「王室のヤスターン参拝問題」としてリベラルな人々から批判を浴びることになるのだけれど、その頃にはあたしもう生きてないし、そーゆーむずかしいことあたしばかだからわかんな~い。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

異世界スローライフ希望なのに、女神の過保護が止まらない

成瀬一
ファンタジー
HOTランキング1位感謝です!(2/3) 「小説家になろう」日間ランキング最高11位!(ハイファンタジー) ブラック企業で過労死した俺、佐久間遼。 神様に願ったのは、ただ「異世界で、畑でも耕しながらのんびり暮らしたい」ということだけ。 そうして手に入れた、辺境の村での穏やかな日々。現状に満足し、今度こそは平穏なスローライフを……と思っていたのだが、俺の妙なスキルと前世の社畜根性が、そうはさせない。 ふとした善意で枯れた井戸を直したことから、堅物の騎士団長やら、過保護な女神やらに目をつけられることになる。 早く穏やかに暮らしたい。 俺は今日も、規格外に育った野菜を手に、皆の姿を眺めている。 【毎日18:00更新】 ※表紙画像はAIを使用しています

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...