幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
1 / 59
第一章 火の鍵の乙女

出会いと大立ち回りは突然に。

しおりを挟む

「あの……」

 女の子が声をかけてきた。

 出会いはいつも突然なもの。
 そして突然の出会いはいつもはた迷惑なもの。
 ぼんやりとぼく、五十崎遼太はそんな事を考えた。

 ぼくの前に立っているのは、スレンダーな可愛い女の子。高校生くらいだろうか。長い長い黒髪に、黒を基調にしたちょっとゴスロリっぽいワンピース。男なら間違いなく視線が吸い寄せられるような娘だ。そんな可愛い娘が向こうから声をかけてくるなんて、間違えてはいけないこれは罠だ。

「あの……」

 再び少女が口を開く。なんだろう? ものすごく切羽詰まった感じだ。ここでぼくを捕まえておかないと今日のノルマが達成できないとか? 上役にひどく叱られたりするんだろうか。そんな見当違いな心配をしてしまう。

 こんなしがない大学生にいきなり声をかけてくるなんて、何かのセールスか宗教の勧誘か。いずれにしろろくなもんじゃない。確かに引っかかりやすそうに見えると思う。いい人だとよく言われるし。

 それでもそんな心配をしてしまうあたりが「いい人」なんだろうなと内心苦笑していると。

 びくっ

 横のなにかに気づいて、女の子が身をすくませた。
 つられてぼくもそっちの方を見る。

 のどかな午後の小さな公園。本当に小さな公園で他に人影はなかった。さっきまでは。
 今は入口のところに人がひとり立っている。

 ジーンズにパーカー。帽子の上からさらにフードをかぶって顔を隠しているのがちょっと違和感があったけど、特段にあやしいというほどでもない。
 でも、目の前の女の子は明らかにおびえていた。ただごとじゃない。

 もう一度、入口の人物を見る。
 その人物は肩口に手をやると、なにかを引っぱり出した。細長い、棒みたいなものだ。
 棒を手にしたその人物は公園に入り、足早に近づいてきた。目の前の女の子は口もとを手で押さえて立ちすくんだまま。声も出ないという恐怖の表情だ。

(かわいいな)

 そんな様子ですら魅力的、などと思ったのも一瞬だった。ふいに感じる、途方もない違和感。心がざわつく。背筋が総毛だつ。何かがおかしい。すべてがおかしい。

 女の子がちらっとぼくを見た、その瞬間、

「走って!」

 ぼくは叫んでいた。
 女の子がはじかれたように走り出す。しっかりとぼくの手をつかんで。

「え? ちょっと?」

 取り返しのつかないドジを踏んだ。そう直感した。
 なにを? わからない。
 だけど、しっとりと暖かい女の子の手の感触を選んでしまったことを、ぼくはものすごく後悔していた。

 走りながらぼくは後ろを振り返った。さっき入口にいた人物がすぐ後ろに迫っている。手にした棒を振り上げる。鈍く光を反射する棒。その形状。それって……。

 ぼくはとっさに女の子を横に突き飛ばした。同時に背中に鋭い痛みが走る。

「痛っ!」
「遼太さん!」

 ぼくは倒れ込んだ。

(刀? いや、剣?)

 斬られたのか? ばっさりと。ぼくの人生ここでおしまい? 
 ああ、つまらない人生だった。そしてつまらない死に方だった。かわいい娘と出会えた次の瞬間に斬り殺されるなんて、どれだけ訳わからん死に方なんだろう……。

(いやいや待て。落ち着け)

 自分を再確認。まだ死んでない。背中はちょっと痛いけど、頭は回っているし手足も動く。大丈夫、深手じゃない。今すぐ死ぬようなことはないはず。

 ぼくはそっと顔を上げた。

 すぐ目の前で立ちすくんでいる女の子と、その娘に剣を突き付けている剣士の背中が目に入ったとたん、ぼくは反射的に跳ね起きて剣士の背中に体当たりしていた。もつれあってまた転ぶ。
 急いで起き上がり、女の子の手をつかんで走り出した。理由はわからない。とにかく逃げないと。

 さもないと、命があぶない。

 さっきの人物が追ってくる。ものすごく俊敏な動きだ。鍛えられた身体なのがすぐにわかる。多分ぼくじゃかなわない。全然かなわない。

 どうする?
 どうする?

 走りながらぼくは必死で考える。目についた自販機に飛びついてパスケースをかざす。手がふるえてボタンがうまく押せない。早く。早く。
 やっと出てきた特大の缶を引っつかんで、夢中で上下に振った。すぐ間近に迫ってくる剣士。その人物にぼくは缶を向けて、

「これでどうだっ!」

 プルタブを開けるとコーラが勢いよく吹き出した。不意の目つぶしをくらって、さすがの剣士も腕で顔をかばい、立ち止まる。ぼくは缶を投げつけて女の子と全力で走った。曲がり角を曲がる。もう一回。さらにもう一回。


 そして大通りに出た。

 行き交うたくさんの人。よくある日常の光景だ。
 よかった。普通の現実に行きついた。

 そのままぼくらは早足で歩いていた。
 早く日常に紛れてしまうように。
 追っ手から姿が見えなくなるように。

 左手にはやわらかな感触。その暖かさだけが、わずかに頼れる安心のような気がした。
 だけどぼくの心はちっとも踊らなかった。


 今の出来事は何?
 この娘は、何者?
 ぼくは一体、どうなるの?



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...