幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
2 / 59
第一章 火の鍵の乙女

ぼくは貢ぐチョコレートサンデー。

しおりを挟む

 途中何度も後ろを振り返りながら、人ごみの中を早足で歩いた。
 隣にはかわいい女の子。その娘と手をつないで歩いている。形だけみればこんな幸せな状況はぼくの人生始まって以来かも知れない。だけど心はちっとも穏やかじゃなかった。

 つい今しがたの出来事を思い返す。とても現実とは思えなかった。だって白昼の街中で剣を振りかざした人間に追い回されるなんて、おかしい。絶対におかしい。

 ここは日本だぞ?
 のほほんとしたお人好しの日本人が暮らす、安全安心の国日本だぞ?

 なかば恐怖、なかば怒りに駆られながら足早に歩いていると、

「あの……遼太さん?」
「え? あ、はい」

 いきなり名前を呼ばれて、ぼくはどきっとして立ち止まった。
 女の子は少しの間視線を泳がせたあと、ぼくに視線を戻して、言った。

「あの……わ、わたしをひらいてください!」
「え? あ……はい?」

 彼女はぎゅっと手を握り合わせて、大きな声で言ったのだ。

「わたしをひらいて、世界を救って下さいっ!!」
「…………」


 頭の中、真っ白。


「…………」


 道ゆく人々の奇異の視線が痛い。


 ぼくは何を言われたのか理解できず固まっていた。
 なにを言っているんだ、この娘は?

 女の子は上目遣いにぼくを見据えている。
 ぎゅっと噛みしめた唇が小刻みに震えている。
 目には涙がいっぱいで、今にもこぼれそうだ。


「……え……えーと、あのさ……」
「……じゃないですから」
「え?」
「中二じゃないですから! 十七ですから!!!」」

 いや、うん、中二病ってのはね、年齢じゃないんだ。
 いやいや、そうではなくて、べつにきみが中二病だなんて言ってない。
 言ってないから泣かないで。

「とっ……とりあえず……」

 これ以上何か変なことを口走られるのは困る。とにかく通行人の視線が痛い。
 ぼくは女の子を引っ張って、目についたカラオケボックスに入った。
 話も聞きたかったけれど、それ以上に隠れたかった。

 人ごみから。
 追っ手から。



 + + + + +


 ようやく女の子を落ち着かせて、ドリンクをオーダーし、ぼくは深くため息をついた。ここに来るわずかな間にいろんな冷や汗をかいた。冷や汗にこんなにバリエーションがあるなんて知りたくなかった。

 まったくなんて日だろう。訳も分からず追いかけ回されるし、背中の傷はうずくし……。

 そうだ! 傷!

「あいたたた……」

 意識したとたん、ぴりっとした痛みを背中に感じる。

「大丈夫ですか……?」

 女の子がぼくの後ろをのぞきこんで、「きゃっ」と 小さく悲鳴をあげる。

「え? なに?」

 ぼくの身体どうなってるの? 自分じゃ見えないからものすごく不安になるんだけど。

「たいへん。早く手当てしないと」

 言われるままにシャツを脱いでみる。

「うわあ……」

 思わず声が出てしまった。

 背中がばっくり切り裂かれている。あまり血はにじんでいないからそんなに深い傷ではないようだ。けれど痛いものは痛い。

 女の子が傷の手当てをしてくれた。と言ってもハンカチでぬぐうくらいしかできなかったが。
 濡らしたハンカチを傷口に押し当て、ていねいに拭いてくれた。

(いたいいたいいたい!)

 傷口がぴりぴりとしみるけど、声をあげるのはなんとか堪える。顔を見られてなくて、よかった。やせ我慢だけど、やっぱり女の子にかっこ悪いところは見せたくなかった。

「ごめんなさい。わたしのせいで、こんなことになってしまって」

 女の子が本当にすまなそうに言った。
 こんな美少女にこんなしおらしい態度でしゅんと頭を下げられたら文句なんか言えるわけがない。男としてはこう答えるしかなかった。

「いや、いいよ。ぼくの方こそハンカチを汚しちゃって、ごめん」

 あらためて向き合うと、ほんとに可愛い。可憐、と言ったらいいんだろうか。
 なんてちっちゃい顔なんだ。お人形さんみたいだ。
 まっすぐなさらさらの黒髪はウエストの辺りまで届くほど長い。そのウエストはものすごく細い。細すぎる。片手でつかめる、と言っては大げさだけど、両手の内に収まりそうな気はする。
 黒いワンピースに黒いニーソックス。ショートブーツも黒。黒ずくめ。

(魔女みたいだな)

 とびきり可愛い、妖精みたいな魔女だ。
 唇だけが赤い。真っ赤だけどしっとりした命も感じられて、とてもなまめかしい。

「どうしました?」
「い、いや……」

 思わず見とれていたことに気づいて、どきまぎしながら視線を外した。変に思われたかな。可愛い娘と二人きりで密室。うう、今更ながら緊張する。

「先ほどは助けて下さって、ありがとうございます」

 女の子が丁寧に頭を下げる。

「うん?」
「わたしをかばって、後ろに居てくれましたよね。とても心強かったです」
「いや……」

 無我夢中だったからよく覚えていないけど、この娘を守らなきゃ、という思いが意識の片すみにあった気がする。女の子を盾にして逃げるほど恥知らずなことはしなくて済んだようで、よかった。
 いくらぼくがへたれでも、それをやったら死ぬほど後悔したに違いない。

 頭をかいたぼくに、女の子は笑い返してくれた。初めて見せてくれた微笑み。なんかものすごく照れる。困った。こんな時はどうしたらいいんだ?

 ちょうどそこに、オーダーしたドリンクがやってきた。

(助かった)

 一番安いウーロン茶に口をつける。その瞬間、ぼくは夢中でそれを飲み干した。
 ものすごく喉がかわいていたことにやっと気がついたのだ。インターホンに飛びついて、もの凄い勢いでお代わりを頼む。

 ほっとひと息ついて顔を上げると、女の子がくすくすと笑っている。
 ぼくは困ってうつむいた。気恥ずかしくていたたまれない。

 一方、女の子が頼んだのはチョコレート・サンデー。こんな時でも甘いものは別腹なのか。すごいなある意味。
 それを前にした女の子の喜びようと言ったらなかった。



「うわあぁぁぁい!」

 すでに目がハートだ。
 そしてぱくりとひと口。

「ん~~~」

 と、ちいさく手を振る。微笑ましい。こんなに喜んでくれるなら、いくらおごっても惜しくない。


 ……こうやってぼくは、女に貢いでいくのかな。


 それはともかく。

「ところで……」

 訊きたいことは山ほどある。ありすぎて混乱してしまう。けどまずは。

 この少女は何者なのか。
 あの剣士は何者なのか。
 なぜ追われていたのか。

 全然「まずは」じゃないけど、それは知りたい。

 追われていたから、かよわいから正義とも限らない。もしかしたら義はあの剣士にあり、この女の子こそ不義理をはたらいたのかもしれない。
 いや、それを言ったら世界中の戦争なんて、どっちが正義かなんてない。どっちも自分は正義で、相手が悪だと思って戦っている。正しいから勝つのではなく、勝った者が正しいのだ。

 とは言っても、だ。刃物を持って女の子を追い回すのはとても正義とは言えない。

 それと、もうひとつ。

「なぜぼくの名前を知ってるの?」

 さっきこの娘は確かにぼくの名前を呼んだ。
 この娘とは初対面のはずだ。少なくともぼくは会ったこともない。なぜぼくを知っているのだろう?

 ぼくが言葉を切ると、彼女は表情をあらためて座りなおした。空気が再び張り詰める。


 はずなんだけど。


 きゅっと引き結んだ形のいい唇の端には、クリーム。
 ひざの上に置いた小さな手に握りしめた、スプーン。


「とりあえず、クリーム拭いて」
「ん~~~」

 ナプキンで口を拭いてあげると、女の子は猫みたいに目を細めた。
 ああ、なんか緊迫感が台なし。

「……あ、ありがとうございます」

 ちょっと赤面しながら、彼女は口を開いた。やっと本題に入れそうだ。

「ご迷惑をおかけして、ごめんなさい。
 わたしは火浦サキといいます。
 さっき追ってきた剣士は異世界から来たみたいです……わたしを殺すために」

 突然飛び出した物騒な言葉に、ぼくは心臓がぎゅっと掴まれる音を聴いた気がした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

処理中です...