幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第一章 火の鍵の乙女

鍵の乙女をひらくのは、ぼく?

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「数日前、女の人がわたしを訪ねてきました」

 黒髪の女の子、サキは少し舌っ足らずなしゃべり方で自分のことを語り始めた。

「その人……ナユタ姉さまは、異世界からわたしを探しに来たと言っていました。
 わたしはこの世界の鍵なんだそうです。この世界を救う扉を守っている鍵。
 その鍵であるわたしをひらけば、この世界を救うことができる。それができる人が」

 サキはまっすぐぼくを見た。

「ふうん」

 何ともいえない居心地の悪い感触。あなたが世界を救うヒーローなんですと言われて、わーい嬉しいなと答える人が一体何人いるやら。

 ぼくの渋い顔を見て、サキはくすりと笑った。

「ふふ、信じられないのも無理ないですよね。わたしだって、最初は中二病患者のたわ言かと思いましたもん」

 何気に容赦ないな。まあその通りだけど。

「まず前提として、この世界を救うのは『熱』です。
 なぜなら今この世界、地球は寒冷化に向かっているからなんです」
「温暖化じゃなくて?」
「ええ、寒冷化です」

 地球温暖化のニュースだったらよく聞いている。南極の氷が溶けて海面が上昇し、どこかの国が水没しかかっているとか、海水温度が上昇して今まで獲れていた魚が獲れなくなっているとか。

 同時にぼくは別のことにも思い当っていた。
 地球が寒冷化しているという話も確かに聞いたことがある。現にここ何年か、冬が来ればどか雪だし、今ももうすぐ夏になる季節だというのに肌寒い日が続いている。

「その原因ってなんだと思います?」
「え? ええと、氷河期のサイクルが間氷期を抜けてそれから……なんだっけ?」

 早くも降参。ぼくは両手をあげた。かっこつけたくても即席じゃ無理。日頃の積み重ねは大切だね、うん。
 そんなぼくをサキはバカにするふうでもなく、ちょっと笑って、

「いろいろ解説はされていますけど、本当の理由はこの世界の熱のエレメントが他の世界に奪われてしまったから、です」
「…………」

 も一度降参。黙って両手を挙げる。

 エレメント? 要素ということ? 世界の熱のおおもとがなくなったということ?
 奪われるって? 世界の熱を奪うなんて可能なのか?
 そしたら世界はどうなる? 人が生きられないほどの酷寒の世界になるということ?

「ごめん。よくわからない。うまくイメージできないや」
「そうですよね。んーと」

 サキは色鮮やかな唇に細い指を当ててちょっと考えてから、

「そうですね、たとえば水。水のエレメントが世界から欠けてしまったとします。
 世界はどうなると思いますか?」
「……砂漠化?」
「はい。そうなる可能性が高いです。水のエレメントを奪われてしまったら、その世界から水はどんどん失われて、最後は砂漠のようになってしまうと思います。
 同様に、光のエレメントがなくなったら世界は闇に閉ざされ、風のエレメントがなくなったら、空気がよどんで大気汚染が進み、その国は滅んでしまいます」

 少し分かってきた。

「世界をかたちづくる構成要素、熱や風や、光、闇……。水や金属や、言葉や知識といった目に見えないものもすべて世界の構成要素です。
 そういった構成要素のおおもとになるものがエレメントです」
「で、今ぼくらのいるこの世界は、熱のエレメントを何者かに奪われた、と」
「はい」
「それで地球は寒冷化に向かっていると」
「はい。でも地球はあまりに巨大なので、熱のエレメントがなくなってもすぐに氷河期になる、ということはないです。でも五十年百年のうちには確実に氷に閉ざされます」

 正直完全には理解できなかったけれど、なんとなく理屈は分かった。
 この世界、地球は熱を奪われた。それは熱そのものではなく、その根本となるエレメントが持ち去られてしまったから。だから熱がうまく供給されなくなっている。
 寒冷化はその現象のひとつに過ぎないということか。

「すると、その熱のエレメントを取り返せばいいんだね?」
「はい。そのための鍵がわたしです」

 サキは胸もとを軽く押さえる。

「わたしの持つ能力で、異世界に持ち去られたエレメントをまたこの世界に戻すことができるそうです。わたしはその扉をひらく鍵、なんです」

 よく言われる「封印を解く」とか、そういうイメージに近いのかな?
 サキの隠された能力を使えば、エレメントを奪回し、この世界の熱や気候を元に戻すことができる、ということなのか。

「うーん、『奪回』か、そりゃ燃えるね」

 ぼくの感想にサキもにっこりとうなずく。
 確かにこれは中二心を刺激してやまない設定だ。ぼくも中二……げふんげふん、男の子だからわくわくどきどき冒険譚には心躍るし、憧れる。

 しかし。

「それを阻止しようとする剣士が現れたと」

 サキの表情がくもった。

「その剣士はナユタ姉さまと同じ世界から来たみたいです。キリエ、と姉さまは呼んでいました。追われて逃げている時に姉さまとはぐれてしまって……わたしはひとりで、夢中で逃げてきました」

 サキはうつむいて言葉を切った。前髪が表情を隠す。唇がかすかにわななく。
 その様子に、なぜかぼくはものすごく切なくなった。

「でもナユタ姉さまの言う通りでした。わたしと遼太さんの名前をリンクしたから必ず会えると言われて。本当に会えました。よかったです」
「???」

 サキは顔を上げて、今度は嬉しそうに言う。が、ぼくの頭の中は疑問符だらけだ。

「向こうの世界の魔法なんだと思います。ナユタ姉さまは魔術師らしくて。だから名前だけをたどって、わたしや遼太さんを探したみたいです」

 ターミネーターかそいつは。

「……うーん」

 ぼくは頭をがりがりかいて、ちらっとサキを見た。
 サキはにこにことぼくを見ている。

 なにをばかなことを、と言ってしまうのは簡単だ。だがそう斬り捨てるには先ほどの逃走劇が深刻に過ぎた。
 あるいはそう言ってしまってこの可愛い娘とのつながりが切れてしまうのが、なぜか無性に怖かった。たとえ剣もて追われる異常なつながりだったとしても。



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