幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第一章 火の鍵の乙女

ぼくと預言の書とブラックカード。

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 整理してみると。

 今この世界は、熱のエレメントを奪われて寒冷化に向かっている。エレメントを取り戻す能力がサキにはあり、サキを開眼させるのがぼくの役目。それを阻止するため異世界の剣士があらわれた――。

「……って、えええええ! それじゃぼくも狙われてるんじゃ!?」
「そうなりますね」
「そんな!」

 さっき追われたときの緊張を思い出して総身が震えた。

 ナユタという人物は、名前だけからぼくやサキを見つけ出した。そうサキは言っていた。
 と言うことは、同じようなことがあの剣士――キリエにも出来るのではないか?
 自分ではうまくまいたつもりでも、実は相手はターゲットをロストしていないのではないか?

 再び冷や汗が背をつたう。

「だいたい、なんでぼく? 魔法なんか使えないよ?」

 ごく平凡な大学生A。それがぼく。なんの取り柄も特技もない。容姿も家柄も財力も大したものは本当に何にもない。そんなぼくに何ができるって?

 サキはサイドバッグから本を取り出した。

「この本、持ってますよね?」

 サキが目の前にかざしたのは一冊の文庫本。カバーも、表紙の色すらなく、真っ白い表紙に『異界の冒険』とタイトルだけが記されている。

「…………ああ!」

 思い出した。
 確かに持っている。
 古本屋のワゴンで二束三文で売られていた本だ。よく見ると著者名すらない、変な本だった。

 だけどぼくは、その本が気に入っていた。何回も読み直して、ストーリーもよく覚えていた。主人公が美女とともに、いくつもの異世界を渡り歩く冒険譚。翻訳文なのか言葉遣いも独特でちょっと読みにくく、名作とは言いがたかったけど、なぜかとても気に入っていたのだ。

「懐かしいな。いっときずいぶんハマって……あれ?」

 サキから本を受け取って、ぱらぱらとページをめくり、違和感を覚えて本をあらためる。ストーリーがちょっと違う気がする。

「この本はナユタ姉さまにいただきました。鍵の乙女のための本だそうです。遼太さんの本とはちょっと違いますけど、どっちもナユタ姉さまが書いたものだそうです」

 そうなんだ? どう驚いていいのか、よくわからないけど。

「遼太さんの本は、鍵の乙女をひらくための手引書になります。今この世界でその本を持っているのは遼太さんひとりだけです。だからこの世界で鍵の乙女をひらくことができるのは遼太さんだけなんです」
「そうなの?」

 またも、どう驚いていいのかわからない。
 確かにそういうシーンもあって、いろいろ呪文とかもあったけど。

「でも、じゃあこの本を使えば誰でも……」
「いえ、その本が今遼太さんの手元にあるのはそれなりの理由があるそうなので、やっぱり遼太さんじゃないとだめなんです」

 ほんとかよ。
 なんか、ここに来て一気にうさんくさくなった気がする。


 ぼくは腕を組んで考えた。
 いや、考えてもよくわからない。
 しかし、命の危機が迫っている。なんとかしないと。

「わかった。とにかく本を確認してみよう。その本にきみの、その、ひらき方が書いてあるんだよね?」
「ええ、おそらく」

 それで事態が進展すればよし、進展しなかったら……まあ、何もしないよりずっといい。
 少なくとも、進展させなきゃ命にかかわる。


 ぼくは立ち上がった。

「あ、わたしが払います」
「いいよ。払うって言ったし」
「いえ、大丈夫です。わたし、ナユタ姉さまからチート能力をもらっているんです」
「チート能力?」

 ここ、ゲーム世界じゃないんだけどなあ。
 どんな能力だろう、と思っていると、

「これです!」
「こ、これは!」

 得意げにサキが取り出したのは、つやつやと輝く漆黒のカード。

「伝説のブラックカード!」
「はい! ナユタ姉さまに託されました」

 ブラックカード。
 大金持ちしか持つことができないと言われている最上級のクレジットカード。もちろんぼくみたいな庶民には一生縁がなさそうな代物だ。
 なるほど現代社会では、財力は一種のチートと言えるかも知れない。

「これなら支払いの心配はないはずです。ここの支払いはまかせて下さい!」


 + + + + +

「申し訳ありません、お客さま。このカードは有効期限切れです」
「え? あれ? ええ??」

 大丈夫かな、そのナユタってひと……。


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