幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
5 / 59
第一章 火の鍵の乙女

ぼくと少女と逃避行ふたたび。

しおりを挟む
「ごめんなさい。あんなことになるなんて思わなかったです……」
「気にしないで。しょうがないよ」

 あまりにしゅんとしているサキを見ると、可哀想になってくる。

 カラオケボックスを出たぼくらは少し買い物をして歩いていた。
 百均でウインドブレーカーを買ったり――ばっさり斬られたシャツは目立ち過ぎたから――ぼくの治療用に薬を買ったりしていると、ちょっとしたデート気分になってくる。

(と、あぶないあぶない。あやうく勘違いするところだった)

 女っ気のないぼくには、女の子と並んで歩いたような覚えがあまりない。なのでこの状況は素直に嬉しい。
 もちろん隣を歩く女の子――サキはぼくの彼女でもなんでもない。でもぼくを訪ねてきたということは、これから何かしらの関わりが生まれる可能性もあるわけだよね。

 いやいやいや、と再びぼくはぬか喜びを戒める。
 こんな可愛い娘と知り合っただけでも奇跡、というより、神さまの気まぐれじゃないかと思える。
 神さまってけっこう残酷だからな。
 そう、例えば丸腰の素人を手練れの剣士の前に放り出して、こう言うのだ。

「さあ、この娘を守ってみせよ。さすればこの娘はなれのものだ」

 ……無茶が過ぎるだろ、神さま。


+ + + + +

 ぞくっ。

 不意にぼくは背筋に寒気を感じた。
 思わず振り返りそうになって、必死でその動きを止める。

 武芸の心得なんて、ぼくには全然ない。ないけど今納得した。身をもって。
 これが殺気というものか。

「どうしたですか?」

 不思議そうにサキが訊いてくる。多分ぼくの顔色は相当悪いはずだ。
 冷や汗まみれで、前を見たままぼくは答えた。

「後ろを見ないで、そのまま歩いて……。追っ手だ」
「え?」

 確認したいのだけど、怖くて振り向けない。
 後ろを振り向いた瞬間、襲いかかって来るような気がする。

(落ち着け。落ち着け。こんな街中で襲ってくるわけがない)

 ぼくは自分に言い聞かせた。追っ手の剣士の得物がさっきの剣なら、こんな人通りの多いところで仕掛けてくるとは思えない。人が邪魔になって自由に振り回せないし、なにより人目に付きすぎる。常識的な判断力を持っているなら、ここで事を起こすことはないはずだ。

 ――異世界人にもここの常識が通じるといいけど。

 気がつくと、サキはぼくの服の裾をつまんでいた。表情が硬い。緊張している。
 気の利いたヤツならここで、ぎゅっと手を握って安心させてやるところなんだろう。残念だけど、ぼくにはそんな度胸も図々しさもなかった。

 けれど、少しでも元気づけてあげたかった。心からそう思ったんだ。

「大丈夫、心配しないで」

 ぼくがいるから、とは言えなかった。へたれだな。

「もうすぐ駅だ。電車で移動しちゃえば、何とかなるよ」

 なんの根拠もなかったけど、ぼくはそう断言した。
 サキもうなずいてくれる。

 言った通りにすぐ駅が見えてきて、ぼくは全身の力が抜けそうになった。
 すべての目的を果たしたかのような気分になってしまった。いや、まだまだだ。

 逃げないと。
 サキを守らないと。

 サキを前に改札を通す。続いてぼくも改札を抜ける。

(追って来るかな?)

 諦めるという選択肢はないだろう。
 と、後ろで改札の警報が鳴った。派手に響く音に思わず後ろを振り返ってしまう。

 帽子にフードの人物が、改札を振り切って走り出すのが見えた。

(ここで仕掛けるのか!)

 速い。ぼくなんか足元にも及ばないほど鍛え抜かれ、無駄がない。
 素早く人を避けて身を躍らせる。なんて動きだ。

「走れ!」

 サキが弾かれたように飛び出した。さっきもそうだった。いい勘をしている。
 ぼくも後を追った。二人で必死に走り、通路の突き当りを曲がって階段を駆け上がる。

 その寸前、角を曲がった直後にぼくはしゃがみこんだ。息を殺して角の向こうをうかがう。

 そこへ。

 剣士が全力で飛び込んできた。

(今だ!)

 足を伸ばしてその足を払う。

 剣士が綺麗に吹っ飛んだ。
 勢いがついているところで足を掬われたのだから、いかな身体能力が高い戦士といえどただではすむまい。
 剣士は見事なまでに滑空し、それでも受け身をとってダメージを殺そうとする。
 すごいな。さすがとしか言いようがない。

(と、感心してる場合じゃない)

 剣士の脇を駆け抜けて、サキの後から階段を上がる。
 ちょうど電車が来て人の流れが階段を降りて来る。これも少しは防壁になるか。
 電車に飛び乗って後ろを見る。

 それでも発車ベルが鳴っている間に、剣士が階段を駆け上がってきた。
 サキを連れて隣の車両へ移動する。
 車両に飛び乗った剣士が追ってくる。周りの人を押しのけて、ぼくらは走ってさらに次の車両に移る。
 そしてドアが閉まる寸前、車両を飛び降りた。

 ぼくの脇を列車が走りすぎていく。
 肩で息をしながら、ぼくは祈るような気持ちで見つめていた。どうかもう、来ないでくれ……。

 そして列車が走り去り、人がいなくなったホームで、ぼくはへたり込んだ。

「大丈夫ですか!?」

 サキが驚いてのぞき込む。
 いや、大丈夫、と言いたいけど、そんな余裕がなかった。もうだめだ。もういやだ。なんでこんなことになっているのか? どうしたらいいのか?

 呼吸は落ち着いてきたが、何も考えたくなかった。逃げたかった。むしょうに逃げたかった。だが、どこへ? 自分が追われているのに。

 ふと見ると、サキが心配そうにぼくを見ていた。ぼくはサキに怒りを叩きつけそうになり――そして我に返った。
 サキだって追われている。知人とはぐれ、ひとりぼっちでここまで来たのだ。どれほど心細かっただろう。

「ごめん。ちょっと力が抜けただけ」

 できるだけ明るく笑って、ぼくは立ち上がった。心配させちゃいけない。この娘を守ってあげなくちゃ。

「では、預言の書を取りにいきますか」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...