幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第二章 水の鍵の乙女

異人さん牢内で痴話ゲンカ。

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「で、また牢屋にお越しとは、よっぽど暗いとこが好きなんだね」
「ほっといてくれ」

 別に好きで閉じ込められたいわけじゃない。

「でもこうしてまた会えて、なんとなく嬉しいよ」

 クルルは微笑んだ。その笑顔に何となく憂いを感じてしまうのは気のせいじゃないだろう。
 もうすぐ命を奪われる運命。避けることのできない役目。
 その役目に、自分たちも放り込まれてしまった。何とかしなければ、ぼくとサキも命がない。それもそうなのだけれど。

 クルルを見る。

「?」

 小首をかしげる水色の髪の、猫耳の少女。
 生贄としてこの地に連れてこられた少女。

 何とかこの娘の力になってあげたい、と思うのはうぬぼれだろうか。


「……どうした、サキ?」

 なぜかサキがむくれている。
 少しは酔いが醒めただろうか。寝ている間に訳が分からないことになっていて、怒っているのだろうか。
 思えば昼間から、あまり機嫌がよろしくない。

「遼太さん、この娘のことばっかり気にしてるです」
「え?」
「昼間から、この娘のことばっかり見ているです」

 そんな風に見えたのか。女の勘はおそろしい。
 いや、決してサキを蔑ろにしているとか、そういうわけじゃないよ?
 ただ、生贄なんて聞いたら、ほっとけないじゃないか。

「そんなに胸のある娘が好きですか?」
「は?」
「発展途上の女の子を先物買いしようって先見の明はないのですか?」
「ちょ、待て、なんでそんな話になる? そんなこと言ってないだろ」
「言ってなくても目が語ってるです」
「なにを言って……だいたいぼくは胸がない方が好……」

 きっ! と視線がぼくを射抜く。
 待て待て待て!! 憎しみで人は殺せないが、きみの視線には本当に殺傷能力があるんだぞ。

「遼太さんのばか! やっぱりわたしの胸がないと思ってるですか!!」

 涙目になりながらサキが握った手に力をこめる。

「ちょっと待てあついあついあついっ!!!」

 まずい。こいつ、絡み酒だ。

 腕からものすごい熱が流れ込んでくる。
 腕がローストされそうだ。やばすぎる。


「あはははは」

 ふいに笑い声があがった。見るとクルルが腹を抱え、足をばたつかせて大笑いしている。

「あんたたち、ほんとに仲がいいねえ」

 涙を拭きながら、

「でも異人さん、リョウタって言ったっけ? 胸のある娘が好きなのかい? なんならあたしを抱いてみる?」
「ちょ! こういう時にそういう冗談はよせ!」
「冗談なもんか。あんたになら抱かれてもいいや。今生の名残りに、可哀そうな娘を慰めておくれよ。どう?」
「だめですっ!」

 サキがクルルをきっとにらんで、ぼくの腕にしがみつく。

「遼太さんはわたしのものです! 誰にも渡しません!」
「いいじゃんちょっとくらい。減るもんじゃなし」

 いや、ぼくの寿命が減りそうなんだけど。

「いつも楽しんでるんだろ? だったら一晩くらい貸してくれてもいいじゃないか」
「たっ、楽しんでなんかいません! まだそんなことしてません!」
「まだ? ほんとに? じゃああたしにも脈はあるかな。この自慢の胸で篭絡しちゃおう」

 クルルは猫耳をひくひく動かしながら、しなをつくってみせる。スリムだけど出るとこ出てるし、女の子らしい身体つきだ。けどそんなこと今は絶対に言えない。

「クルル! からかうのもたいがいにしてくれ!」
「え~、つまんないな」

 クルルは口を尖らせて、サキを指さす。

「だいたいこんな美人がそばにいて手を出さないなんて、おかしいだろ? 何か気に食わないところでもあるのかい?」
「ない! 断じてない!」
「じゃあ……やっぱり乳か」
「断じて違うと言っている!」
「ねえねえ、どっちが好みなのさ? あたしとこの娘と?」

 にやにやしながら訊いてくる、水色の髪にキュートなボディの猫耳少女。なんだその死亡フラグな設問は?

「そうです。遼太さんはどっちが好みなのですか?」

 うわ、搦め手から黒髪ロング、スレンダー美少女の包囲殲滅作戦きた。なんでこんな時だけ共闘する? 答えられるわけないだろ?

 口ごもるぼくに、じっとりとした視線が二対、追いすがって来る。
 やばい。キリエより危険かも知れない。あの時とは違う汗が背中をつたう。

「どっちなのさ?」
「どっちですか?」
「勘弁してくれ!」


 痴話ゲンカは、騒ぎを聞きつけた獄吏がやってきて叱りつけるまで続きましたとさ。



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