20 / 59
第二章 水の鍵の乙女
異人さん牢内で痴話ゲンカ。
しおりを挟む「で、また牢屋にお越しとは、よっぽど暗いとこが好きなんだね」
「ほっといてくれ」
別に好きで閉じ込められたいわけじゃない。
「でもこうしてまた会えて、なんとなく嬉しいよ」
クルルは微笑んだ。その笑顔に何となく憂いを感じてしまうのは気のせいじゃないだろう。
もうすぐ命を奪われる運命。避けることのできない役目。
その役目に、自分たちも放り込まれてしまった。何とかしなければ、ぼくとサキも命がない。それもそうなのだけれど。
クルルを見る。
「?」
小首をかしげる水色の髪の、猫耳の少女。
生贄としてこの地に連れてこられた少女。
何とかこの娘の力になってあげたい、と思うのはうぬぼれだろうか。
「……どうした、サキ?」
なぜかサキがむくれている。
少しは酔いが醒めただろうか。寝ている間に訳が分からないことになっていて、怒っているのだろうか。
思えば昼間から、あまり機嫌がよろしくない。
「遼太さん、この娘のことばっかり気にしてるです」
「え?」
「昼間から、この娘のことばっかり見ているです」
そんな風に見えたのか。女の勘はおそろしい。
いや、決してサキを蔑ろにしているとか、そういうわけじゃないよ?
ただ、生贄なんて聞いたら、ほっとけないじゃないか。
「そんなに胸のある娘が好きですか?」
「は?」
「発展途上の女の子を先物買いしようって先見の明はないのですか?」
「ちょ、待て、なんでそんな話になる? そんなこと言ってないだろ」
「言ってなくても目が語ってるです」
「なにを言って……だいたいぼくは胸がない方が好……」
きっ! と視線がぼくを射抜く。
待て待て待て!! 憎しみで人は殺せないが、きみの視線には本当に殺傷能力があるんだぞ。
「遼太さんのばか! やっぱりわたしの胸がないと思ってるですか!!」
涙目になりながらサキが握った手に力をこめる。
「ちょっと待てあついあついあついっ!!!」
まずい。こいつ、絡み酒だ。
腕からものすごい熱が流れ込んでくる。
腕がローストされそうだ。やばすぎる。
「あはははは」
ふいに笑い声があがった。見るとクルルが腹を抱え、足をばたつかせて大笑いしている。
「あんたたち、ほんとに仲がいいねえ」
涙を拭きながら、
「でも異人さん、リョウタって言ったっけ? 胸のある娘が好きなのかい? なんならあたしを抱いてみる?」
「ちょ! こういう時にそういう冗談はよせ!」
「冗談なもんか。あんたになら抱かれてもいいや。今生の名残りに、可哀そうな娘を慰めておくれよ。どう?」
「だめですっ!」
サキがクルルをきっとにらんで、ぼくの腕にしがみつく。
「遼太さんはわたしのものです! 誰にも渡しません!」
「いいじゃんちょっとくらい。減るもんじゃなし」
いや、ぼくの寿命が減りそうなんだけど。
「いつも楽しんでるんだろ? だったら一晩くらい貸してくれてもいいじゃないか」
「たっ、楽しんでなんかいません! まだそんなことしてません!」
「まだ? ほんとに? じゃああたしにも脈はあるかな。この自慢の胸で篭絡しちゃおう」
クルルは猫耳をひくひく動かしながら、しなをつくってみせる。スリムだけど出るとこ出てるし、女の子らしい身体つきだ。けどそんなこと今は絶対に言えない。
「クルル! からかうのもたいがいにしてくれ!」
「え~、つまんないな」
クルルは口を尖らせて、サキを指さす。
「だいたいこんな美人がそばにいて手を出さないなんて、おかしいだろ? 何か気に食わないところでもあるのかい?」
「ない! 断じてない!」
「じゃあ……やっぱり乳か」
「断じて違うと言っている!」
「ねえねえ、どっちが好みなのさ? あたしとこの娘と?」
にやにやしながら訊いてくる、水色の髪にキュートなボディの猫耳少女。なんだその死亡フラグな設問は?
「そうです。遼太さんはどっちが好みなのですか?」
うわ、搦め手から黒髪ロング、スレンダー美少女の包囲殲滅作戦きた。なんでこんな時だけ共闘する? 答えられるわけないだろ?
口ごもるぼくに、じっとりとした視線が二対、追いすがって来る。
やばい。キリエより危険かも知れない。あの時とは違う汗が背中をつたう。
「どっちなのさ?」
「どっちですか?」
「勘弁してくれ!」
痴話ゲンカは、騒ぎを聞きつけた獄吏がやってきて叱りつけるまで続きましたとさ。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~
イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。
ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。
兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。
(だって飛べないから)
そんなある日、気がつけば巣の外にいた。
…人間に攫われました(?)
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる