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第二章 水の鍵の乙女
異人さん大いに歓待される。
しおりを挟む歓待の席はそれなりに豪華なものだった。
来賓用の客間と思われる部屋の中央にテーブル、そこにぼくとサキは並んで座り、向かいに執政官と先ほどの補佐官が着座している。司祭さんは……いないな。
途中からすっかり置き去りにされ、彼としては面目丸つぶれだから、ここにいたくはないだろう。
テーブルの上には酒、何種類かのパン、何かの肉を焼いたもの、川魚の蒸し焼き、少しの果物、などなど。この時代この世界にしては精一杯のもてなしであろうと思われる。
ただ、困ったことに、ぼくはお酒がだめだった。まったく飲めないというわけじゃない、けど慣れない。日本酒やワインみたいなアルコール度数の高いお酒はてんで駄目だ。
それなのに、隣に立っている給仕の女性――おそらく執政官付きの奴隷――が勧めてくるものは。
「ささ、この地方の自慢の葡萄酒でございます。存分にきこし召されませ」
やっぱりワインだ。しかし、自分を歓待してくれる杯にまったく口をつけないというわけにもいかない。
日本人の身にしみついた愛想笑いを発動しつつ、少し飲み下す。喉を焼く熱さが腹へと落ちて行く。味なんか当然分からない。
ふと隣を見ると、サキがグラスを傾けて、こくこくと赤い液体を飲み干している。おいおい、きみは未成年だろう? しかもなんだその堂に入った飲みっぷりは?
「まあ、こんなに可憐な姫さまなのに、なんと豪胆なのでしょう」
サキにお付きの給仕の女性が驚いた声を上げると、
「これでは丈夫たちが怖気づくのも無理ありませんわ」
ぼくの隣の女性も合わせて笑う。
「えへへへへ」
おべっかなのかも知れないが、それでも「可憐な姫さま」などと持ち上げられて、サキは上機嫌だった。立て続けに二杯目をあおる。
大丈夫かな。
その間ぼくは食べ物を口にしながら、執政官からこの地の情報を聞き出していた。
この国の名はアンカスターといい、この村、シエナはその外れ、国境に近いところにある。
回りにもいくつか国があるが、現在のところ深刻な戦争状態ということはなく、ときどき小競り合いがある程度。小競り合いの理由はおもに水の奪い合い。
「この国は雨が少ないのですか?」
「この国だけではない。どこの世界も、もう何十年も水不足だ」
豪勢な食事を口にしていても、執政官の表情は晴れない。
この執政官がどの程度有能かは知らないが、さすがに天候までは操れない。
「今年も雨乞いの儀が三日後に行われる予定だ」
「雨乞い……ですか」
みずからを生贄だと言った少女の顔が思い出される。
「その儀式って、意味あるんですかね?」
その場の空気が一気に重くなった。
あれ? また地雷を踏んだか?
補佐官どのがこっちを睨んでいる。目が怖い。そりゃ自分たちが信じている儀式を馬鹿にするようなことを言われたら、怒るよね?
ぼくが謝ろうとするより早く、隣の給仕の女性が説明してくれた。
「このシエナの村ではその昔、水の巫女さまが雨を呼んだという言い伝えがあるんですよ」
「へえ、由緒正しい村なんですね、ここは」
「ええ。昔、長い長い旱魃が続いた時、東の果てからやって来た術者が連れていた水の巫女、青の姫をひらいてこの地に雨をもたらしたと言われているんです。その青の姫の血筋の一族がアクアスリスの民だと言われているんですよ」
思いがけないひと言に、ぼくはむせそうになった。
「どうしました?」
「い、いや……」
とっさに言葉が返せなかった。
「その……あの、ええと、それであの生贄の娘が、アクアスリスの者だと」
「そうだ」
今度は執政官が答える。
「毎年のことなのだがな」
執政官が自嘲気味に口もとをゆがめる。どうやら彼は儀式にあまり意味がないことを知っていて、徒労感に囚われているようだ。かと言って、人の上に立つ者として「意味がないから止めだ止め!」と言ってしまうわけにもいかない。
「せめて生贄を差し替えるわけにはいきませんか? なにかの形代とか」
ぼくは隣にいるサキを見ながら、提案した。
すでに真っ赤な姫になって眠っている赤の姫。この娘と同じ女の子が無残に殺されるというのは、いかにも寝覚めが悪い。
なにも生身の人間でなくとも、霊的に意味のある形代なら供儀として問題ないはず。
「おや、異人どのはあの獣人の娘にご執心で?」
横から補佐官が訊いてくる。
「い、いや、そういうわけでは……ただ、人を神に捧げるというのは残酷ではないかと」
「人、ですか? 獣との合いの子の一族ですがね」
まずい。
ぼく、この補佐官どのは好きになれそうにない。
「あの合いの子の娘がお気に召しましたのなら、さっそく今夜にでも床に向かわせましょう。どうぞご存分に」
「いやそんな事を言っているのではなくてですね。もっと力のある形代を使えば儀式の成功も……」
言いながら、気がついた。
もっと力のある形代。それをぼくは知っている。
その片割れは、ぼく。
もう片割れを見つけ出すことができれば。
それをここで明言していいものか。ぼくはためらった。
預言の書は手もとにある。だがその先は……。
「どうかなさいました?」
急に黙り込んだぼくをのぞき込むように、給仕の女性が語り掛けてくる。
気もそぞろにグラスを差し出しながら、なおもぼくは考えた。
考えたけど。
……眠い。
昨日今日と、走り回り逃げ回り、戦い、歩き、一体どれだけの異常事態に出会ってきたことだろう。それなのに、ろくに寝ていないし食べていない。そこへきて、酒。
だめだ。身が持たない。
ぼくは頬杖をついて頭を支えた。なにか違和感を覚えながらも、目を開けていられない。
給仕の女性のあどけない笑顔が、最後の記憶だった。
+ + + + +
「お目覚めかな? 異人どの」
うっかり眠ってしまったらしい。
随分と薄暗い。多分客間ではない。かと言って寝室でもない。
ぼくは上半身を起こし、そして自分がいかに間抜けであったかを悟った。
手首には、手枷。クルルの手にあったものと同じだ。
同じく足首には足枷。ぼくはおそるおそる首に手をやった。よかった。首輪はない。
しかしそれはなんの安心にもならなかった。
「生贄がさらに増えたこと、まことに喜ばしい。異能を持つ異端の輩となれば、神もさぞお喜びであろう」
司祭だった。薄明りの中でもご満悦なのがわかる。
歪んだ悦楽だ。ぼくはそう感じた。
隣を見る。ぼくと同じ手枷足枷をつけたサキが、すやすやと眠っている。
どうやらはめられたらしい。ぼくは自分のうかつさを呪った。考えておくべき事態だったのだ。それなのに疲れに負けて油断した。結果、サキをまたひどい目に合わせることになる。
自分だけならまだしも、サキの身に何かあるなど、許せることではなかった。
さいわい、枷には鎖がつながっていない。タイミングを見計らえば脱出も……。
「言っておくが、その枷を逃れるのは不可能だぞ」
司祭は嬉しそうに言った。
「これなる魔術師が縛めの術を施してある。たとえ逃げたとしても、逃げるほどに縛めの術が枷を締め上げ、ついにはうぬらの手足を千切るであろう。無駄なあがきはせぬことだ」
司祭の後ろには、フードを目深にかぶったローブの人物が控えていた。これが術者の魔術師らしい。もっともそれがわかったからって、ぼくにはどうしようもないのだけれど。
傲然とその場を後にする司祭に続き、魔術師は何故かすまなそうに会釈をして後に続いた。
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