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第二章 水の鍵の乙女
異人さん異文明と接触する。
しおりを挟む執政官どのはご機嫌斜めだった。
貴重な生贄の到着にも、さして興味を示したようでもなく、クルルはしごく事務的に奥へと連れて行かれた。
そしてさらに貴重な異邦人――自称だし詐称だけど――のぼくらにも、随分ととげとげしい視線を向けてきた。
「ここより東の国などあるはずもなし。あるとすれば異端の国、魔界であろう」
おいおい。
ひどい決めつけに、抗議の声を上げそうになった。
決めつけたのは執政官ではなく、側に控えるマントを羽織った偉そうな小男だった。魔術師とか魔導士ではなく、司祭さま、宗教家と言われる職業の人物らしい。
「執政官どの。かように面妖な者どもの言うことなど、信用なさってはなりませぬ」
信用するもなにも、ぼくまだ何も言ってないんだけど。
「どうすればよい?」
執政官どのも気のない返事。どうやら何かほかに心配事があって、気もそぞろ、という風に見えた。
「即刻首を刎ねましょうぞ。大事な儀式の前に、余計な障害は除かねばなりませぬ」
「おいおいおいおい」
今度こそぼくは声に出して抗議した。
「まだぼくら、何にもしてませんけど?」
「うるさい! 貴様らのような妖の者を生かしておく余地などない!」
なんだかずいぶん機嫌が悪いなあ。
ぼくは腕を組んで考えた。確かに異様な風体なのは否定しないけど、そうまで反感を買うような事をしたか?
考えるうちに、どうやらこの場で成敗、と決まってしまったらしい。石畳の広間には男たちが散らばって、たちまちぼくらは取り囲まれる。さっき見た顔も混じっていた。
執政官を見る。
司祭が勝手に兵を動かすなど越権行為、執政官の怒りを買っても不思議はない。
だが執政官はそれを咎める様子もない。
「面倒を起こすでないぞ」
好きにしろ、ということらしい。興味がないみたいだ。
(野蛮だなあ)
困った困った。
「サキ、殺しちゃだめだよ。みんな仕事なんだからほどほどにね」
「遼太さんをいじめる人は、容赦しません!」
前に立ったサキの髪は早くも紅に染まって波打っている。やる気満々。
サキの力なら、この広間にいる人数など瞬時に消し炭にできるだろう。
「だ~か~ら~、ほどほどに~」
「いひゃいいひゃい~」
後ろからほっぺたを引っぱられて、サキがじたばた暴れる。
「本気出すほどじゃないでしょ。この人たち死んじゃうよ。威嚇で充分」
「わかりましたから~はなして~」
サキを放す。
サキは大きく息をつくと、
「では、気を取り直して、いくです」
ばっとまっすぐ頭上に手を振りかざす。その上に火の玉が出現した。
「紅蓮の炎環!」
サキが手を振り降ろすと、火の玉は割れて環状に広がり、ぼくらを守る炎の環となった。
おおっ!とどよめきが起こって、みな身構える。
捕り方は近寄れない。火の勢いを怖れ、遠巻きにしている。
「執政官どの!」
ぼくは声を張り上げた。
「ごらんのとおり、ぼくらは異能の者です。ですが、あなた方に仇なすつもりはありません。どうかこのまま、見逃してもらえませんか? 犠牲を払ってまでぼくらを捕らえても、あなた方には何の益もないでしょう。違いますか!」
若干の恫喝を混ぜた、妥協の提案。
恐怖の表情で成り行きを見守っていた執政官に、部下が近寄る。何か耳打ちして相談中。
(あまり変な結論出さないでよ、お願いだから)
いやもう、戦いたくないのは本音なんで。わかってくださいよ。
「いやあ! すばらしい!」
大声を上げたのは部下の方。
両手を広げ、笑顔で降りて来る。
「このような清き力を持つ方々とは。知らぬこととはいえ、失礼いたした。
はるばる異国から来られたとか。さぞ高貴な出自の方々とお見受けする。非礼の段、平にご容赦を」
炎の輪の前までやってきた。
「わたくし、テレヌスと申す者。これなる執政官スプリドさまの補佐官にして、武門の長を務めております。お見知りおきを」
笑顔で一礼する。業火を前に表情を崩さないのはさすがだが、営業スマイルが透けてますよ補佐官どの。
だが、向こうが折れる姿勢を見せてくれたのだから、取り敢えずはったりは成功だろう。
「サキ、もういいよ」
「はい」
サキは炎を鎮めてぼくの後ろに回り、控えるような姿勢をとる。さすが、サキ。よくわかってる。
時としてこういう場面では、格式がものをいう。ぼくが異能の者を従えたある程度の格の異人であると演出したのだ。お互い中二の血は争えないな。
「こちらこそ、失礼しました。私はリョウタ・イソザキと申します。万里の波涛を越えてようやくこの国に辿り着いたところを盗賊に襲われ、仲間たちともはぐれ、難儀しておりましたところ、こちらの方々にお助けいただきました。まずは御礼申し上げます。
このうえ厚かましいお願いではございますが、この地にて一夜の宿をお与えいただければ幸いに存じます」
「おお、それは災難でござった。なに遠慮することはない。好きなだけ逗留して行かれるがよい。さぞやお疲れのことであろう。すぐに食事も用意させよう」
補佐官どの、テレヌス氏は大仰に驚き、笑い、奥への道を指し示した。
あまりにわざとらしくて、胡散くさすぎる。腹に一物抱えているのは見え見えなのだが、かと言って今すぐ討ち果たそうとか、そういう気配でもない。お腹も空いているし本当に行く場所もない。取り敢えず据え膳はいただくことにしよう。
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