幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第二章 水の鍵の乙女

道連れは生贄、猫耳の少女。

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「生贄?」
「ああ、うん。異人さんにはわからないよね。また雨乞いの儀式があるんだ。あたしは水神さまに捧げられるのさ」

 女の子の口調はかわいていた。

 生贄ということは当然、命を奪われるということだろう。
 その事実をすでに諦めて受け入れてしまっているのか、その事実から目をそむけているのか、ぼくには判断がつかなかった。

 よく見ると、手首には腕輪、足首には足環のようなものがはまっている。装身具にしては無骨だ。たぶん拘束具だろう。それに首には。

(チョーカー……じゃないよね)

 どう見ても首輪だ。鉄ではなさそうだが、やはり無骨で重そうだ。ただ、どれも鎖はついていない。

「この辺りは雨が降らないのですか?」
「この国、アンカスターすべてが。ううん、この世界すべてが。もう長い事旱魃かんばつで、雨は年々少なくなってるし、水はどんどん減るばかりさ」

 この世界に来てからずいぶん荒地が続くなと思っていたが、そういうことだったのか。

「毎年雨乞いをするけど、うまく行ったためしがないみたいだね。まあその生贄はうちの部族の娘で、今年はあたしってわけさ」

 女の子は両手を上げて、あきれ顔を作る。
 水色の髪の中で、同色の耳がひくひくと動く。

(……猫耳?)

 初めて気が付いた。間違いない。頭上に耳。確かに獣耳だ。
 いわゆる獣人という種族になるのだろうか。
 獣人に首輪って、シュールだな。まさか趣味でやっているとも思えないけど。

「うちの部族の氏神さまは水神さまだからさあ。まああいにくともう神さまの声は聞こえないんだけどね。だからいくらやっても無駄なんだけど」
「神さまの声が聞こえるの? そりゃすごい」
「すごいって……そんなこと言われたの、初めてだ」
「なんで? 聞こえるんでしょ? うらやましいな」
「うらやましいだって?」

 女の子の眼がきらりと光る。金色の眼、猫目だ。

「この忌まわしい力が? この力のせいでヒト族から追われて殺されて、あたしたちはやっと山里に隠れ住んでいるのに?」

 女の子の眼が激情をはらんでいる。
 その目じりには、涙。怒りとともにある、哀しみ。

 今にも飛びかからんばかりの女の子の気魄に、同じくらいの気魄を目に宿して、サキがぼくの前に出ようとする。
 そのサキを、ぼくは軽く手で制した。

「ごめん」

 ぼくは頭を下げた。
 
「きみの気持ちも考えず、軽率だった。すまない」

「……いや、あたしこそ、ごめん」

 顔を赤らめて女の子はうつむいた。

「異人さんには、そりゃわからないよね。
 でもうらやましいなんて言われたの、初めてだよ。異人さんて、みんなそうなのかい?」

 異世界人だけどね。
 もっと言うなら、異人さんでもそんなこと言う人、あんまりいないと思うけどね。ぼくは中二……げふんげふん、ほら、超常現象とかにもおおいに興味がある方だから。

「ヒト族はよく、自分の神さま以外は異端だー!とか言うからさ」

 あ、そういうめんどくさいのが、この世界にもあるのね。

「でも今は聞こえないんだ。昔は水神さまの声を伝えたりして、神童クルルなんて持ち上げられてたんだけどね。でも、もう何年も聞いてない。連れ去られちゃったんだ」

 クルルというのか、この娘は。
 同時に引っかかる台詞が耳に残って、思わず聞き返す。

「連れ去られたって?」
「うん。この国とは違う。別の世界だと思う……って、ほんとに信じるの?」

 ぼくは答えなかった。
 サキを見た。ぼくの目を見てうなずく。
 やっぱりそうか。

 おそらくこの国は、水のエレメントを奪われている。
 だとしたら、いくらやっても雨乞いは成功しない。クルルは無駄に命を散らすことになる。



 + + + + +


 この国が、いつ、どこで、どうやって、エレメントを奪われたかはわからない。
 そもそも本当にエレメントのせいなのか、ぼくには判断できない。

 でも、クルルの言う「水神さま」というものが多分、それに相当するものだと思う。

 だとすれば取り戻す方法はある。


 水の鍵の乙女。
 この世界にいるかどうかは、まだ分からない。
 でもその鍵を開き、この世界がエレメントを取り戻せば、クルルは死なずにすむ。

 だけど問題は。

 この世界、アンカスターに水の鍵の乙女はいるのか?
 いたとして、その姫をぼくがひらくことができるか?
 より正確に言うなら、ぼくにその乙女をひらく覚悟があるか?

 鍵の乙女をひらく者は強大な力を得る代わり、代償に何かを失う。それは間違いない。
 だとすれば次にぼくが失うのは、視覚か? 聴覚か? それとも手足か?


 ……怖い。
 命まで取られるわけじゃない。それでも、怖い。
 そうまでしてこの世界を救う覚悟があるのか。

 いや、そうじゃない。
 ぼくが救いたいのは、クルル。目の前の少女だ。


 サキがつないでいた手に、そっと左手を添えてきて、ぼくは我に返った。
 知らず緊張していたらしい。大きく息をつく。

「あんたたち、ほんとに仲がいいんだね」

 クルルがぽつりと言った。

「あたしにも、そんな人がいたらな……ま、しょうがないか。
 最後に珍しい異人さんに会えて、楽しかったよ」

 クルルの達観したような言葉が、なぜかすごく切なかった。
 だがその言葉のとおり、旅は終わりを告げた。馬車が目的の館に着いたのだった。



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