幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第二章 水の鍵の乙女

語られる過去、現在、未来。

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「ナユタ姉さま!?」
『ああ。リョータにも会えたようで、よかった』

 鴉は身じろぎしながらくちばしを動かし、人の言葉を発している。
 その鴉を、サキは両手でがっしりと掴んだ。鴉が驚いて暴れる。

「ナユタ姉さま!? 本当に姉さまですか?」
『そうだよ』
「ああ、姉さま。どうしてこんなお姿に……」
『サキ。きみのボケも相変わらずで何よりだよ』

 やっぱり天然だと思われているのか、サキは。
 しかし、サキの疑問はもっともだ。この鴉は一体何者?

『これはボクの使い魔だよ。いろいろあってね。まだボク自身はきみたちに追いつけていない。やっと声だけ追いついたところさ。きみたちの感覚で言う、携帯電話だとでも思ってくれればいい』

 これが、ナユタ。
 サキが何度も言っていた、この旅へサキを誘った張本人。
 確か異世界の人だと聞いていたけど、それにしてはずいぶん俗っぽい表現を使うんだな。

 鴉はふたたびサキの肩に戻り、火を囲む一同に向けて言葉を発した。

『初めまして、ご一同。ボクはナユタ。ナユタ・ファン=ニルヴァーナ。アスガールという国の魔術師の系譜に連なる者です』

 再び一同に緊張が走る。
 それはそうだろう。つい先日の襲撃を忘れるわけがない。

『すでにこの世界にも我が国の者どもの襲撃があった様子。まずはお詫びを申し上げる。
そのことについては疑問もおありと思う。ご説明を致したい』
「獣がしゃべるとは、なんたる異端!」

 あ、めんどくさいの、来た。

『いかにも、異端だがそれがなにか?』

 異端の鴉による瞬殺の切り返し。

「このような存在、許されるはずがない!」
『もちろんだよ。ボクはこの世界に存在していいものではない。したがって異端である。以上だ。なにか問題があるかね?』

 もの凄い力技の屁理屈だ。自分を魔女だと言い張る魔女にそれ以上何が言える?
 突っ込みどころがなくなって顔を真っ赤にしている司祭さまに代わり、質問を発したのはディベリアだった。

「な、なぜ彼らはこの国に来たのですか?」

 鴉は少しの間首をかしげていた。観察しているように見えたのは気のせいだろうか。

『そこにいる青の姫、水の鍵の乙女であるクルル=エル・アクアスリスの命を奪うため。
 その理由については、わかるね? クルル?』
「うん。あたしは水のエレメントを呼び出すことができる。そのための鍵だから」
「水のエレメント?」

 ディベリアが訊き返す。

『少し昔話をしよう。千年以上も昔だ。アスガール国は長い間、水が少なくて困っていた。いろいろと調査した結果、水そのものを司る根源が失われてしまったらしいとわかった。その根源をボクらは「エレメント」と呼び、どうすれば水のエレメントを戻せるかを研究した。

エレメントを作り出すことはできなかったが、ほかの世界から転移させることはできた。それを成し得た我がニルヴァーナの魔術師は一族の娘をひな型にして、エレメントを転移させる能力に特化した娘を生み出した。
 その娘はエレメントの扉を開くため、鍵の乙女と呼ばれた。鍵の乙女を使うことで、アスガールは他の世界からエレメントを奪い、生きながらえてきた』

 内容は、サキから聞いたことプラス、鍵の乙女のルーツ。
 鍵の乙女って、作られたのか。この魔術師一族に。

『エレメントを転移させるには大きな能力を必要とする。だから鍵の乙女が動かせるエレメントはそれぞれひとつだけだ。そのためにボクの一族は、鍵の乙女の血筋を確保するため、いろいろな世界にその血を広めた。その末裔の一人がサキ、あるいはクルル、というわけさ』

 ぼくは何か違和感を覚えた。なんだろう? ぼんやりとした疑問。
 無理に言葉にすると、「なんでそんな面倒なことをしたんだろう?」

『つい最近、といっても数十年のことだが、アスガールは熱と水のエレメントを相次いで失い、それをサキの世界とクルルの世界から奪った。そのためにサキの世界は寒冷化におちいり、クルルの世界は旱魃に悩まされていたわけだ』
「え? じゃあ、リョウタどのがあの時言っていたことは本当なんですか? この国が乾いてしまったのは、あの人たちのせいだって」
『その通りだ』

 ディベリアの問いをナユタが肯定する。

『だが、アスガール国が水のエレメントを奪ったように、アンカスター国も水のエレメントを奪い返すことができる。その方法とは水の鍵の乙女、クルルをひらくこと。それを成し遂げたのが、そこにいるリョータ・イソザキだ』
「ええ? ほんとですかあ? ただの女たらしじゃなかったんですか?」

 ぼくを何だと思ってたんだおまえは。

『リョータは前の世界でも、火の鍵の乙女、サキをひらいて世界を救っている。偉大な導師だよ』
「はあ……」

 ディベリアの、疑わしげな視線。信じてないな。

『だが、鍵の乙女がひらかれてエレメントを奪われたとしても、取り返す方法はあるんだ。それは、ひらかれた鍵の乙女を自分の世界に連れ帰り、その場で殺すこと』

 一同は息を飲んだ。


 つまり。


 アスガール国が、奪われた熱と水を取り返すためには、サキとクルルを誘拐し、自分の国で殺せばいい、ということ?
 サキもクルルも、生きている限り命を狙われる、ということ?

 鴉が大きく羽を広げた。

『そうして、アスガール国は、異世界との争奪戦をずっと続けてきたんだ。
 エレメントの奪い合い。鍵の乙女の奪い合い。果てることのない戦いが、千年続いている』

 みな黙ってしまった。

 現実感がない。スケール感が狂っている。千年の争いだって?



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