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第二章 水の鍵の乙女
姫たちとお供の王都への旅。
しおりを挟む「サキさま。クルルさま。リョウタどの。今夜はここらで休みましょう」
馭者台からディベリアが声をかけてきた。
ぼくらは今、アンカスター国の王都に向かって旅をしている。雨乞い成功の報告をするためだ。
何十年もろくに降らなかった雨をもたらしたことは、国民すべてに歓喜をもって迎えられている。その成果は、どれほどの勲功になるか見当もつかない。
片田舎の執政官や補佐官にとっては中央での地位や俸禄を充分に期待できるものであったし、ことに宗教の世界においては三階級特進などという死亡フラグものの栄達も夢ではなかった。
もっとも正確にはまだ雨乞いはしていなかったのだが、世の中結果が全てである。
ゆえに、お祭り騒ぎがひと段落した後、中央に報告するため誰もが王都に行きたがった。が、いくら小さな村とはいえ上層部が全員抜けて空っぽにするわけにもいかなかったし、なにより貧乏なところなので大人数が旅できる旅費を工面できなかった。
よって、虚々実々の駆け引きの末、代表者が報告に行くことになったのだった。
その旅にはぼくらも同行させられていた。
クルルは今回の生き証人だ。この世界に水を取り戻した張本人。もし本人に野心があったら、現人神として新しい宗教を一派起こせそうなくらいの実績だが、本人にそんなつもりは欠片もない。
そのクルルはずいぶんと上等な衣服を着せられて、見違えるようだった。ひらひらのいっぱい付いたお姫さまのドレス、はさすがに時代をもう少し下らないと無理だが、この時代の貴婦人に相応しい上品な姫君に見えた。もっとも本人は「動きにくい」と言って、長い長い裳裾をたった一日でかなぐり捨ててしまったが。
それでも、充分上質な上下をまとった手足には、足枷そして手枷がついたままだ。首にも枷がはまっている。クルルがそれを望んだのだ。
なぜ外さないのかと訊くと、
「だってこれは、リョウタと会えた大事なご縁だと思ってさ。いいことなんて何もないと思ってたけど、この枷はとてもいい人を連れて来てくれたよ」
泣ける。
きみは日本人の心のツボがよくわかってる。
そのクルルが同行を熱望したのが、ぼくとサキだった。雨と水を自在に操る姫は神さまのように祭り上げられ、多少の我がままならなんとでもなった。いちおう理屈としては、ぼくがクルルの能力を覚醒させた導師であるから、そしてサキはその伴侶であり同じ能力を有するもう一人の生き証人だから、ということになっていた。
一行を乗せた馬車を操るのは、魔法使いのディベリアだった。馭者兼使用人みたいな扱いだ。
今夜も野宿は確定で、今もディベリアが夕餉の支度を始めている。あいにく旅費も潤沢ではなく、毎晩宿に泊まるという贅沢も期待できなかった。そもそも田舎道で、宿場があまりない。
野営は大分慣れたものの、なかなか慣れない人物が同行していた。
「ふん。また硬いパンとスープか。ディベリア、早うせい」
「はいはい、司祭さまあ。ただいま準備しておりますう」
結局、都に上る栄誉は宗教関係者に委ねられた。もちろん関係する王侯貴族役所役人に宛てた書状は山ほど持たされている。
その人選に関してはお上の決めたことだからいいのだが、やはりこの居丈高な人物は好きにはなれなかった。
日も暮れた頃。退屈な旅路の数少ない楽しみのひとつが食事だ。楽しくもあるが、ちょっと憂鬱でもある。
ぼくはまだ右手が完治していなかった。そのために両側にぴったり寄り添ったサキとクルルが代わるがわる食べさせてくれた。まるで赤ん坊みたいに。
「はい、遼太さん、スープですよ。熱いですから気をつけて。あーん」
「はい、リョウタ、パンだよ。なんなら口うつしで食べさせてあげようか?」
「……勘弁してくれ」
いったいどんな羞恥プレイなんだよこれは。
世話してくれるのは嬉しいしありがたいけど、ものには限度ってものがあるだろ?
……と思うのは男の尺度なんだろうか。女性って、好きな人のことは際限なく面倒見たいものなのかな?
たき火の向こうからは、じっとり視線が注がれている。ディベリアだ。恥ずかしいのでなるべくそちらは見ないようにしていた。
「……いいなあ。アタシもあんな人、いないかなあ。もうちょっとかっこいいのがいいけど」
「これ、ディベリア! 代わりを早うせい!」
「とほほ……」
ディベリアの隣には司祭さま。まあ、上司のお守りである。気の毒な役回りだ。
今回なぜディベリアが選ばれたのか、ぼくは知らない。あまり有能そうには見えないけど、よほど使い勝手がいいのかな。文句言いやすい人っているし。
盛り場でもあればともかく、野営ではとくにすることもない。ぼくを含めて酒をたしなむような人物もいないし(司祭さまはこっそり飲んでいるみたいだが)、クルルが警戒網を張って早々に休む。
クルルの警戒網とは、地中の水分を伝った、いわばセンサー網である。
クルルは水を自由に操れる。魔力で地中のわずかな水分をリンクさせ、蜘蛛の巣のようにネットワークを作っておくのだ。すると近づいてくる人や獣の足音などが感知できる。
このセンサーの能力は素晴らしく、すでに肉食獣の襲撃を二回、そして追っ手の奇襲を一回撃退している。まだ懲りずにぼくらを追っているのだ。
ただし、それはキリエではなかった。同じアスガール国の兵士と思われたが、赤と青の姫が苦もなく捻って追い返した。今までの苦戦がなんだったんだろう、と思うくらい、一方的な返り討ちだった。
こうしてぼくらは旅を続け、王都まであと少しという所まで来た、何回目かの野営の時だ。
お約束の羞恥プレイが展開され、それをじっとりと眺めるディベリア、置き去りなのも気にせずマイペースで食事をむさぼる司祭さまとの賑やかな食事が終わり、もう寝ようかとしていた頃だ。
クルルの耳がぴくりと動いた。
「なんだろう……羽音?」
クルルが真っ暗な空を見上げ、それに気づいたサキがぼくをかばうように立ち上がる。
夜に飛びまわる鳥はほとんどいない。不審に思うのも当然だ。
あいにくクルルのセンサーは地中や地上には有効だが、空中までは及んでいない。猫目で空を見渡すものの、うまく捉えられないようだ。
と、そのうち。
「きゃっ!」
ばさばさと羽音を立てて、真っ黒な鳥がサキの肩へ降りてきた。びっくりして反射的に突き出したサキの腕に鳥が止まって羽をたたむ。
大きな一羽の鴉だった。
みな一斉に身構える。
鴉は大きくくちばしを開けて、こんな鳴き声を発したのだった。
『やあ、サキ。無事だったんだね。やっと追いついたよ』
「だ……誰ですか?」
『ボクだよ。ナユタだ』
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