幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第二章 水の鍵の乙女

戦い終えて喜びも悔しさも。

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 魔法使いに傷を治してもらい――完全には治らなかった。そうそう便利な魔法はないらしい――そして雨乞いの宴の最中に眠りこけてしまったぼくは、二日二晩眠り続けていたらしい。
 その間ぼくの唇を奪取せんものと、サキとクルルが暗闘を繰り広げていたとかいないとか、は魔法使いのディベリアに後から聞いた。乙女ゲーかよ。

 薄暗がりの中で目を覚ましたぼくは、寝床に伏したまま右手を目の前にかざした。手当てはされているが、まだ痛い。

(今回もなんとか助かったなあ……)

 思い返すだけでも、強敵ばかりだった。普通に生活していたら絶対に会うことはなかったような連中だ。正面切って戦ったら、まるで勝負にならず一刀のもとに沈められてしまう、そんな相手ばかりだった。
 そうならなかったのは姫たちがぼくを守ってくれたから。
 そして今回も助けられっぱなしだった。よく助かったな。

 ふと思う。あの強敵たちと、もし普通に会っていたらどうだったのだろう?
 みんな一芸に秀でたすごい奴らで、人間的にもいい奴らで、尊敬できる友人や先輩になっていたのかもしれない。

 でも敵として出会ってしまった。
 彼らとはまだ戦い続けなければならないのだろうか。



「あ、遼太さん。気がつきました?」

 サキが部屋に入ってきた。
 元の自分の服に着替えている。黒のワンピースだ。でもソックスと靴はない。戦いの最中に焼き捨ててしまったからだ。

「よかったです。よっぽど疲れていたんですね」

 照れ隠しにぼくは笑った。笑い返すサキの唇の色は、黒だった。

「リョウタあ。会えなくてさみしかったよお」

 クルルが飛び込んできた。左手はサキが占領しているから、上から覆いかぶさるように抱きついてきた。

「いてて……」
「あ、ごめん」

 クルルはそう言いながらも、離れようとしない。

「クルル。遼太さんは怪我しているのだから、ひどいことしないで」
「だってリョウタの手はサキが取っちゃってるじゃない。だからこっち。リョウタだって胸があった方が気持ちいいよね?」
「なっ!?」
「こらこら。なんて会話をしている?」

 仲がいいんだか悪いんだか。
 しぶしぶ脇によけたクルルの金の眼も水色の髪の色も、ぼくには薄い影にしか見えなかった。


 ぼくは色覚を失っていた。
 今、目に映る世界はモノクロ。濃淡しかわからない。
 不便ではある。サキの可愛い赤い唇やクルルの魅力的な金の猫目が、その通りに見えないのはさみしい。
 けれど、それを言えば、サキは悲しむし、クルルは自分を責めるだろう。だから、このままでいい。命を取られたわけでなし、それを考えれば拾いものだ。



+ + + + +


「さて、火傷は治療したし、次は右目だ」
「無用だ!」

 フラムの言葉を、ラガンが言下に拒絶した。

「あんな小僧と小娘に後れを取るなど、屈辱以外のなにものでもない。我が身の不徳だ。戒めのためにも傷は治さぬ」
「まあその心がけは尊重するよ。だが片目が見えないと距離感がつかめないぞ? 意地を張って主命をまっとうできないのは、それこそ不徳じゃないか?」

 フラムの正論に、ラガンは歯ぎしりせんばかりだったが、そのラガンにフラムは突然頭を下げた。

「すまなかったね。今回はわたしのミスだ。なまじ剣に魔法を付与してしまったばかりに、仕留め損なったと聞いた。余計なことをした」
「……いや。あの付与魔法がなかったら、赤の姫に焼き尽くされていた。感謝している」

 フラムは元の人を食った笑顔に戻った。

「心配しなくとも、右目は完全には治せない。傷は残ってしまうよ。
 それにこう見えて、わたしも魔力がもう空っぽなんだ。治療には時間がかかるよ」
「……」

 ラガンは無言で、僚友の魔術師を見やった。赤の姫と青の姫、ふたりの鍵の乙女の底なしの魔力に全力で対抗していたのだ。へらへらしているのは精一杯の意地かもしれない。

 だが、いくら強敵を相手に善戦したと言っても、惨敗したのは事実だ。生還できたのは彼らだけだった。キリエは今回の責を問われて呼び出されている。隊も任務から外されることだろう。

「是非もないが……無念だ」

 ラガンの感想はもっともだ。

「今のところは、おとなしくしているしかないな」

 だが、このままでは終わらない。その思いは同じだった。
 それを言葉にすることはせず、フラムは元の人を食った笑顔を浮かべた。

「では、少し養生するとしようか。戦略を練り直す時間も必要だ」



+ + + + +


「ユナフル! 聞いた? キリエさまが収監されちゃったって」
「ん」
「元老院の査問にかけられるんだって」
「ん」
「はん! あんなジジイどもに現場のなにがわかるのよ? あたしたちの苦労なんか……って、ユナフル、聞いてる?」
「ん」

 メルフルは両手をあげて肩をすくめた。

「もうあんたってば、いつもそうなんだから。悔しくないの?」
「ん」
「どっちなのよ?」

 ユナフルはとても無口だ。たいていいつも一緒にいるから、しゃべるのはメルフルの役割になる。ことに他人に対しては、ユナフルはメルフルに任せっきりで、ひと言も口をきかない時さえある。男たちと飲んだとき、せっかく二対二だったというのにユナフルは食べながら話を聞いているだけだった。熱心に話しかけてくる向かいの男に対してひと言も発せず、食べるのとうなずくだけで宴席をしのぎきった。あげくに相手が気遣って筆談を申し出たほどの剛の者(?)だ。

「まあ、すぐに戻るよ」

 ユナフルはそれだけ答えて、淡々と自分の任務に精を出している。それは上司であるフラムから言い渡された任務だった。異世界になるべく多くの人間を転移させる技。その理論の実践と安定化。それは闇属性のユナフルと光属性のメルフルという組み合わせにはうってつけだった。

 双子だから顔はそっくりだが、印象が全然違うのは、その身にまとうローブの違いであったかも知れない。ユナフルは黒、メルフルは白。ともに序列二位の銀の刺繍でふち取られている。
 ちなみに序列最上位である金のふち取りは、ふたりの上司であるフラムを含めて三人しか、この国では許されていない。

「フラムさまも気前がいいよねえ。この研究を公開しちゃうって言うんだから。天才の考えることはわかんないわ」

 ぐちるメルフルに、

「わたしはわかるよ」

 机上の大きな紙に定規を当てて線を引き、書き込みしながら、ユナフルが答える。

「それって自分も天才だって言いたいわけ?」

 腰に手を当ててユナフルを睨みつけるメルフルを見やり、

「ふっ」

 わずかに口もとを動かすユナフル。

「あっ! 笑った! あたしのことバカだと思ってる!」
「思ってないよ。ユニークだなって思うだけ」
「それってやっぱりバカにしてる!?」

 ヒートアップするメルフルにかまわず、ユナフルは脇の分厚い本をめくり始める。この国の魔法大全に収められているこの巻の半分はユナフルが、残り半分はメルフルが書いたものだ。書いた時は二十歳前、そのもととなる理論を作り出したのは十八の時だ。

「バカじゃこんなの書けないでしょ」

 ぐっと言葉に詰まるメルフルが書いた章を書き写しながら、ユナフルが言った。
 書く手を休めず、

「今回のは実験。ほかの隊が試してくれるんだから、感謝したいくらい」

 ユナフルの言葉に、やっとメルフルも納得したようだ。

「キリエさまの出番はまたすぐに来るよ」
「その時がこの転移魔法を目いっぱい使える時、ってことね?」

 野心的なメルフルの笑みに、ユナフルも顔を上げてうなずく。
 同じ笑顔は、双子ならではだった。



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