幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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ナユタはひらく火の鍵の乙女。

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一部残酷な表現がありますのでご注意下さい。

物語が始まる前のお話しです。


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 暗い廊下を伝って、ナユタは奥の部屋を目指していた。
 この廊下は好きではなかった。気が滅入る。中にいる虜囚に心理的圧迫を加えるのが目的だからきちんと役目を果たしているとも言えるが、その気分に使用者までが取り込まれてしまっては本末転倒だ。
 だが気分を自在に制御するには、ナユタにはまだ経験が足りなった。彼女は七歳になったばかりだ。いくら神童との呼び声高くとも、できないことは出来ない。

 廊下の突き当りの部屋に彼女は足を踏み入れた。

 ナユタを見返す視線が突き刺さる。大人の女性の視線と幼い女の子の視線。二人とも長い長い黒髪をしていた。ため息が出るくらい、真っ直ぐでつやつやした美しい髪。
 そして自分の、長く豊かではあるが少しくせのある緑の髪を思いやって、本当にため息をつきたくなった。だがそんな素振りは見せるわけにはいかない。

「儀式は明日と決まったわ」

 できるだけ冷徹に、冷静に聞こえるように。ナユタは慎重に言葉を選んだ。

「わかっていると思うけど、娘の命はあなたの業の成否にかかっているわ。今日は心静かに、明日に向けて集中してちょうだい」
「お願い……わたしなら何でもするわ。娘だけは……どうか、娘の命だけは……」

 黒髪の女性は女の子を守るようにしっかりと抱きしめ、女の子もぎゅっとしがみついてこちらを見ている。すがるような女性の視線に、ナユタは目をそらしたくなった。

「大丈夫よ。あなたなら必ずできる。自信をもって臨めばいいわ。あなたにも娘にも幸せな未来が待っているのよ」

 喉まで出かかったその励ましの言葉を、ナユタは必死の思いで飲み込んだ。まだ、まだ駄目だ。

「すべてはあなた次第よ、緋沙子。火の鍵の乙女のわざが顕現すれば何の問題もない。そうならなかった時のことは保証しないけど」

 わざと酷薄に切り捨てる。苦しかった。その思いを悟られまいと全力で無表情を取り繕う。

 緋沙子が肩を震わせた。鳴き声を漏らすまいと、娘に心配をかけまいと、力を込めて娘を抱き締める。その思いが娘に伝わり、娘は小さな手を伸ばして母親の頭をなでた。

「ママ。なかないで。いい子いい子」
「沙紀……」

 我慢できずに緋沙子は大粒の涙を流す。ナユタはいたたまれなかった。音を立てずにそっと部屋を出る。足早に廊下を抜け、陽の当たる所まで出ると力任せに石壁を殴りつけた。

「!」

 気持ちは到底収まらなかったが、あまりの痛さに二度目はためらわれた。壁に拳をつけたまま、大きく息をして気を落ち着かせる。
 いやな役回りだ。必要なことと承知してはいる。鍵の乙女の覚醒にはその血の活性が不可欠だ。そのための方法はいくつかある。要諦は、おのが血を強く意識すること。
 そのために今回、娘をだしに使った。娘の命を取るつもりなど無論ない。血を分けた娘を守らなければと危機感を抱かせること、それが今回の下準備だ。忌々しいことに効果はてきめんだった。

 あの娘の眼が忘れられない。あの親子にいったい何の罪があるというのか。ある日突然さらわれ、縁もゆかりもない異世界に連れてこられた。そしてわけの分からない要求を突き付けられ、できなければ娘を殺すという。こんな理不尽なことがあるだろうか。
 そしてこんなひどいことを実の娘にさせようとしている、実の母親のもとに向かった。よろよろとした自信のない足取りで。



 + + + + +


「ナユタ? どうしたの? あら、怪我してるじゃない」

 手を傷つけたのは母にかまってもらいたかったからだろうか。そう思ってナユタは顔を赤らめた。
 実の娘から見ても聡明で美しい人だと思う。魔術師の大家のひとつニルヴァーナ一族の当主。その役割はアスガール国を背負って立つに等しい。それがどれほどの重責なのか、幼いナユタにはまだ片鱗しかわからなかった。
 そのさらに片鱗を見せられただけで、ナユタはもうしぼんで消えてしまいそうな心持ちだった。

「母さま……」

 傷の手当てをしてもらいながら、ナユタは迷い、やっと言葉を絞り出した。

「なに?」
「わたくしは、うまく出来るのでしょうか?」
「大丈夫よ」

 こともなげに母は言ってのける。

「あなたには才能があるわ。でなかったらこんな大仕事は任せない」

 この国の熱のエレメントを取り戻す。それがナユタに与えられた任務だった。
 そしてそのための「触媒」が緋紗子だった。明日、ナユタは火の鍵の乙女である緋沙子をひらき、アスガール国に熱のエレメントを取り戻す。そのための儀式であり、それはナユタのお披露目でもあった。

「あなたの事もちゃんと考えているわ。何も心配することはないのよ」

 母の手当てもいたわりの言葉も、しかしナユタには妙に空疎に聞こえた。
 彼女は知っていた。母が昔、やはり鍵の乙女をひらいたことを。そしてその代償として自分の感情を失ったことを。
 鍵の乙女をひらく者は大きな力を得る代わり、自分の何かを失う。ナユタは母が、母親として出来る限り気を遣ってくれているのをひしひしと感じていた。ありがたいと思っている。だがそんなことより、母親の愛情がほしかった。決して手に入らないものとわかっていながら。

 母の部屋を辞し、自室へとぼとぼと帰っていく。

(キリエがいてくれたらな)

 あわてて頭を振って、頭をよぎった考えを振り払う。

(もう自立しなくちゃ。キリエを頼ってばかりじゃ駄目だ)

 ナユタは自分に喝を入れた。キリエはもうこの家にはいない。戦士を養成する全寮制の幼年学校に二ヶ月前に入学していた。それまではキリエと二人、ずっと一緒に魔術を競っていたのに、いきなり母が進路の変更を告げたのだ。

 結局その見立ては正しかった。キリエは早くも剣士として頭角を現しているという。ナユタが見るに魔術の才も充分にあったが、剣士としての資質はそれ以上のようだった。母の判断は常に正しい。感情が入らない分、冷静で的確だ。
 だが、とナユタは思う。理屈ではわかっていても感情が納得しない。双子の片割れ、キリエと離ればなれになるのは淋しかった。途方もなく淋しかった。一緒に魔術を学び、試し、失敗し、笑いあった日々がとても懐かしかった。人は理屈だけでは動かないのだ。


 床に伏せって、つれづれなるままに思考をもてあそぶ。時は容赦なくナユタに、大人になることを要求する。明日はその一段階。

(よし。がんばろ)

 再び自分を励ました。ぐずぐずしていたらキリエに置いていかれてしまう。近い将来間違いなく国を背負って立つ剣士になるだろうキリエに恥ずかしい姿は見せたくなかった。せめて対等に話せる魔術師になりたかった。

 明日初めて袖を通す正装を思いながら、ナユタは眠りに落ちた。



 + + + + +


 ローブはちょっとぶかぶかだった。そして思ったより重かった。

「とてもよく似合っていますよ」

 メイド長が心底嬉しそうに、緑の髪を飾るティアラを直してくれた。その表情を見てナユタも自然と笑顔になる。
 初老のメイド長は、ナユタと母親のぎこちない関係を補ってくれるおばあちゃんみたいな存在だった。特にキリエがいなくなってから、よくないと思いつつも随分甘えている自覚がある。
 その後ろめたさから努めて冷静を取り繕おうとナユタは背筋を伸ばし、部屋を出た。

「よく似合っているわ。晴れの舞台には相応しいわね」

 母が気を遣ってくれているのがわかる。今は素直に感謝しよう。
 一緒の馬車で会場へ向かいながら、ナユタは複雑な思いを確認した。不安。高揚感。怖れ。緊張。重圧は感じていたが失敗するとは思わなかった。必ず成功する。成功させる。そしてキリエに追いつくのだ。


 ヒールの高いブーツは大人になったような気分にしてくれる。ちょっとだけの嬉しさと誇りを胸に、ナユタは舞台へ進み出た。
 見渡すかぎりの観衆だった。期待に満ちた視線が注がれる。その視線の先には、ナユタ。そして、ひざまずき、祈るように手を組んでうつむく緋沙子の姿があった。

 この美しい女性に対する自分の接し方をナユタは嫌悪していた。他者を威圧するような方法は好みではなかった。というより嫌で嫌でたまらなかった。本当は一緒に力を合わせて困難に立ち向かい、一緒に成果を分かち合いたかった。共に喜びたかった。彼女の可愛い娘と友だちになりたかった。

(言っても仕方ないか……)

 ナユタは心の中でため息をついて手もとの分厚い魔導書を開いた。火の鍵の乙女、緋紗子をひらく。彼女は熱のエレメントの膨大な力を手に入れる事ができる。自分ばかりか娘も幸せにしてやれる。今までの苦労など本当にささいなものに思えるだろう。そうしてやることで、ナユタは緋沙子に最大限報いることができる。今はこの儀式に集中しなくては。

 演出は充分。
 その演出に相応しい結果を出す自信がナユタにはあった。大丈夫。なにも問題ない。すでに仕込みは済んでいる。

「火の鍵の乙女よ。赤の姫よ。なれを今ここに開き、世のことわりをここに導かん。なれの身は炎の身、なれの操るは炎の技、しかしてなれわざは世界を滅す。願わくばなれに捧ぐる贄によりて、身を修め、心を鎮め、なれわざをもちて世界を救わんことを」

 文言を唱えながら、賢者の杖を振るう。ほぼ問題はないが、少し力の流れを整理してやる必要があった。魔法を使って緋沙子の中のマナの流れに方向を与えてやる。

「その名はかしこきものなれば、あだなす敵に知らしめよ。その名は尊きものなれば、字名あざなは秘して守りおき、なれあるじにたてまつれ。なれは赤の姫、火の鍵の乙女」

 緋沙子の体内から膨大な力が導き出されるのがわかる。途方もない熱量だ。

「鍵の乙女をして、世のことわりをここに開かしめよ」

 あとの文言はもう、おまけに等しい。安堵の感情がナユタの心を満たす。

「鍵の乙女の力をもちて、仇なす者どもを打ち払わしめよ」

 よかった。赤の姫、緋沙子はここにひらかれる。ともに喜びを分かち合えないのがちょっと残念だけど、でもこの親子の幸せな笑顔が見られるならそんなことは大した問題じゃない。

「その身に捧げられたる名に命じよ。されば世界はなれに開かれん!」

 熱が爆発した。

 緋沙子の真っ直ぐで綺麗な髪はふわりと持ち上がり、一瞬で紅く染まった。眼は同じく紅に染まる。赤の姫の降臨だった。息をつめて見守っていた群衆が一気に沸いた。

 よかった。ナユタはほっと胸をなでおろした。これで自分の役目は果たされた。アスガールは熱を取り戻し、緋紗子は赤の姫としてみなに敬われ、大事にされることだろう。残念ながら元の世界に返してやることはできないが、母子ともども幸せに暮らしていける。そのための助力は惜しまないつもりだ。そして娘とも……。

「……え?」

 群衆がさらに沸き立ち、熱狂している。
 耳を聾する歓声。だがナユタには、自分の足もとに転がった緋沙子の首しか目に入らなかった。

「……なにをしているの? ラガン?」

 かすれる声で、やっとそれだけを口に出した。緋沙子の後ろに、緋紗子を連れてきたであろう何人かの剣士がいたのは認識していた。その中のひとり、ラガンをナユタはよく知っていたし、親しく口をきく間柄でもある。穏やかな好青年である彼が、酷薄に人の首を刎ねたことが信じられなかった。

「答えなさい! なにをしているの、ラガン!?」

 生首から目を離すことができない。穏やかな微笑みを浮かべて、うつろに見開かれた目がナユタを見返している。いや、その目にナユタは映っていない。見えているのはきっと、愛娘の姿。
 幸せそうに抱き合う母娘の幻が見えて、ナユタは逆上した。焼き殺さんばかりの視線をラガンに投げつける。

 思いもかけず詰問された年若い剣士ラガンは、それでも剣を収めて居住まいを正し、ナユタに軽く一礼した。

「カシヤさまより仰せつかっておりました。ナユタさまが鍵の乙女をひらいたならばすぐに、その首を刎ねよと」
「そんなことを!!」

 そんなことを訊いているんじゃない。
 何が言いたいのか、もうわけがわからなかった。ただ目に涙をいっぱいにためて、ナユタは怒りに震えていた。頭の片すみではラガンの腕を賞讃しながら――生きた人の首を斬るのは相当な技量が要る――そんなことを考えている自分すら赦せなかった。

 涙目のまま、急いで舞台を降り、控室へ急ぐ。晴れがましいローブもブーツも今は鬱陶しいだけだった。わかっていた。わかっていたのだ本当は。ひらかれた鍵の乙女の命を奪えば、呼び出されたエレメントはその場に固定される。忘れていたのではない。考えたくなかったのだ。まさか母がそこまで冷酷なことをするとは。

 控え室に飛び込んで鍵をかけた。卓に突っ伏すまでが限界だった。涙があふれ、嗚咽が止まらない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ……えぐっ」

 なぜ母子を逃がす準備をしておかなかったのか。いくら悔いてももう取り返しがつかなかった。
 あの娘になんと言って詫びたらいいのだろう。いや、合わせる顔がない。なにも考えられなかった。どうしていいかわからず、ただ泣いた。


 その泣き声を、扉越しにキリエは聞いていた。
 やはり、どうしていいかわからなかった。いや、本当はナユタを慰めてやりたかった。
 ナユタは悪くない。何も悪いことなんかない。
 でもそれは今ナユタが求めている答えではないこともわかっていた。
 結局何も言えず、キリエは扉の前を離れた。自分の師でもあるラガンにひとこと文句を言ってやろうと思いながら。


 何かの気配を感じた気がしてナユタは顔を上げた。辺りを見回す。
 その時初めて、ナユタは自分の視界がおかしいことに気がついた。

(左目が……見えてない?)

 ナユタは慌てて鏡を探し、のぞき込んだ。
 片目の色素が抜けて、紅い眼がごくごく薄い朱色のようになっている。同じく左の耳も聞こえていないことを認識した。これが鍵の乙女をひらいた代償だった。
 だが今のナユタには、緋紗子の命を理不尽に奪った事への罰としか思えなかった。



 + + + + +


 結局、娘の方には二度と会わなかった。元の世界に戻すため、この世界の記憶を消す。それはナユタの事も記憶から消してしまうことであり、そのことがナユタには淋しくてならなかった。だがその記憶がいい記憶かと言われれば、むしろナユタですら思い出したくない記憶でしかなかった。
 彼女とナユタは初めから会ったこともなければ関わったこともない。そうでなければナユタの良心は耐えられそうになかった。

 その日からナユタは自室にこもり、ひたすら一族の文献をあさることに没頭するようになった。母ともあまり会わず、キリエのことも口にしなくなった。メイド長はそんなナユタを心配したが、「大丈夫よ。大した問題じゃないわ」と言うばかりだった。

 そう、あんな思いをもう一度味わって、心が引き裂かれることに較べたら。

 結局根本的な解決策は見つからなかった。何十人もの優秀な魔術師が挑んだ命題。エレメントを作ることはかなわなかった。
 だが興味深い記述を見つけることができた。鍵の乙女が複数同時にいた場合、である。
 そして鍵の乙女をひらくのに必ずしも魔術師の魔力が必要ではないこと。

(もし同一人物が鍵の乙女を同時にひらいたら……?)

 一人ひらいただけでも大変な力を手にすることができる。現にナユタも、火に由来する魔力を新たに得ていた。それが二人分、三人分と蓄積していったら。
 
(これは……すごいことになるのでは?)

 それこそ、エレメントを錬成できるほどの地力を得られるのではないだろうか?

 どうすればいい? どうすればその域に至ることができる?


 ナユタはひたすら考えた。考えて、調べて、また考えた。漠とした構想を手にするために。

もう二度とあんな思いはしたくない。誰も悲しませたくない。



 + + + + +


 自分の推論がほぼ正しいと確信を得た時には、十年以上が経過していた。

 周りの少女たちが次々と結婚していくなか、嬉しそうに祝辞を述べるも、そんな事にはかけらも興味を示さず、ナユタは「風変りな魔女」との評判を得ていた。
 実際、結婚して家名を継ぐなどという考えはなかった。跡取りはキリエに任せればいい。二十歳にならずして騎士団の一隊の隊長を任されている秀才だ。

 ナユタは、夢見ていた。野望といってもよかった。その実現にはさらに多くの血と涙が流されるだろう。自分は地獄に落ちるかも知れないな、と苦々しく思う。まあそれならそれでいい。きっと母が先に行っているだろうから。

 傍らの賢者の杖を手に取り、ひと振りする。中空にぼんやりと映像が浮かんだ。
 その数は五つ。自分が探り当てた『鍵の乙女』たちだ。その一人ひとりに目印の使い魔をつけてある。

 その中のひとりの乙女に、ナユタは視線を合わせた。長い長い黒髪。その面差しを見るたび、ナユタの心は痛んだ。時はまるで忘れることをナユタに許さないと言わんばかりだった。

 きみにも苛酷な運命を課してしまうのだろうか。きみから母を奪っただけでは飽き足らず、さらにつらい道のりを用意するしかできないのだろうか。
 だが、やめるという選択はナユタの頭にはなかった。やる。必ずやり遂げる。そうでなければ、今まで流された血が報われない。

 そう思ったとき、視界に新たな円が浮かんだ。ついに六人目、最後の鍵の乙女を使い魔が探り当てたと知ったとき、思わずナユタは拳をぎゅっと握りしめた。できる。これで夢がかなう。時は来れり。歓喜が身体中を駆け巡って、彼女は叫び出したい衝動にかられた。

 だが徐々に鮮明になっていく映像を認めた時、彼女は言葉を失った。
 驚愕のあまり、彼女は息をすることすら忘れて、ただ映像を見つめていた。

「……は、……ははっ、……はははは」

 大きく見開かれた目は虚ろだった。これは自分に対する罰なのか? ナユタは見えない神に問いかけた。だったら自分を罰すればいい。なぜ他人をこれほどまでに巻き込むのか。
 そして自分はそれを見ていることしかできないとは。


 長いこと、肩を落としてうずくまっていたナユタはやがて動き出した。
 六人目の乙女が確定したことで、ナユタが書き進めていた手引書も完成する。さあ、計画の始まりだ。

 手引書をあらゆる世界に流通させる。それを使いこなせるもの、鍵の乙女をひらく開錠の者を選定するのだ。彼には鍵の乙女を上回る苛酷な試練が立ちふさがるだろう。やっぱり自分は地獄に落ちるしかないな、とナユタは思った。よろしい、わたしの心は十年前に死んだ。今さら惜しいものなど何もない。


 三年後、ナユタはこの書斎から旅立つことになる。自分が仕組んだ物語を上演するために、この世界を後にする。
 だが主役は彼女ではない。主役は六人の乙女たち。いや、それも違う。
 本当の主役は、乙女たちをひらく開錠の者。彼は自分が舞台に立っていることも、その脚本も知らない。主役であることすらわかっていない。
 すでに台本は彼の手に渡った。だがそれはあくまで手引きでしかない。物語の鍵は、運命が選んだ乙女たちを彼がどれだけ受け入れることができるか。


 ――頼んだよ。きみなら、きみたちならうまくやってくれると信じている。


 虚空を仰いでから、ナユタは異世界へ跳んだ。




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