幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

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第四章 言の鍵の乙女

05.権力の後ろ盾を失ったこと。

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 残念ながらそのあとロマンチックな展開があるはずもなく、明けて一室に集合したぼくらは、またもふるさとの朝食の味を求めてわいわいとやっていた。

『きみはどこへ行っても馴染むのが早いな』

 今日はめずらしく、鴉が話しかけてきた。
 異世界の魔術師、ナユタ。このところあまり話すこともなかった。この鴉は使い魔、彼女がいうところの「携帯電話」みたいなものだそうだから、いつも繋がっているというわけでもないのだろう。

『今日はきみに、少し大事なことを話しておこうと思ってね。きみの今後の決断に関わるだろうから』

 あらたまって言われると、ちょっと緊張する。

『もう気がついていると思うが、この世界は言葉のエレメントを失っている。それを取り戻す鍵の乙女は彼女、サーラだ』

 それは何となく思っていた。

『そして彼女をひらく代償としてきみが失うものは、記憶だ』


 正直に言う。
 なにを言われたのか、ぼくは一瞬理解できなかった。

「記憶って……つまり」
『今までのきみの人生の記憶。思い出。それらすべてだ』

 動かなかった。
 動けなかった。

 ただ頭だけはものすごい勢いで回っていた。だけど何も考えられなかった。

 だって、どう受け止めればいいのだ? そんな異常な事態を。


「遼太さん、どうしたですか? 具合が悪いのですか?」

 サキがぼくをのぞき込んで、思わずぼくはびくっとのけ反った。

「?」
「い……いや」

 あからさまに怪しいくらい、ぼくはしどろもどろだった。

「えと……そうだ、コーヒーが飲みたいかな。お湯を持ってきてくれる?」

 サキは笑顔でうなずいて、ぼくの側を離れる。

 そのサキとの思い出。クルルとの思い出。そしてミアとの思い出。
 短い時間だけれど、一緒に泣いて笑って、戦って傷ついて。
 助け合って手を取って、そしてまた笑った、あの思い出をぼくは失ってしまうのか。


 ……こわい。


 震えた。身体に両腕を回す。でも心細さは消せなかった。

 今までだって、迷った。悩んだ。怖かった。
 でも今度の試練は、受け止め切れる自信がない。いや、受けたくない。
 だって。

「はい。コーヒーですよ、きっと」

 ぼくはまじまじとサキを見つめた。
 笑ってカップを差し出すサキのことを、ぼくは忘れてしまうのだ。

「……どうかしたんですか? 本当に、大丈夫ですか?」

 かぶりを振って、ぼくは視線を逸らした。

 両手で可愛らしくカップを抱え、すすっているミアがいる。
 チューブと格闘しているクルルがいる。ディベリアが何か話しかけている。


 いやだ。


 忘れてしまいたくない。


 彼女たちを。
 彼女たちといた自分を。



 + + + + +


 唐突な警報アラートはむしろ救いだったかも知れない。

「ちょっと、こんな朝っぱらから何ごと?」

 サーラが手を振ると、空間にぱぱぱっとディスプレイが浮かぶ。
 映ったのは、昨日と同じような光景だった。

「あらあら、です」
「また来たの?」
「懲りない人たちですわね」

 サキ、クルル、ミアの三人があきれた声を上げる。

 ディスプレイに映る、数十名の騎士団。
 それをドローンたちが取り囲んでいる。

 また昨日の再現か、と思われた。だが先頭の騎士は足もとに剣を置き、身振りを交えて何かを話し始めた。

「ふむふむ。少しは学習したみたいだな」

 サーラが音声デバイスをオンにする。
 スピーカーから音声が流れ始めた。

「……無益な争いは我らも望むところではない。我らはこの世界に紛れ込んだ異世界人を探しているだけだ。どうか助力をいただきたい」
「きみらを探しているようだね、リョウタくん」

 サーラはしごく平静だ。
 ぼくも表面上はそう取り繕ったものの、内心はどきどきだった。
 今のところ、この世界の人間――サーラとは良好な関係を築けていると思っている。
 だが、他の人はどうだろう。

 ぼくの心配を知ってか知らずか、サーラは笑顔を向けた。

「とは言え、会ったばかりのきみたちではあるが、それも何かの運命なのだろうな。わずかなつながりにも、きっと昔からの意味があるんだよ」

 袖振り合うも他生の縁、と言うしね。

「なんだそれは!? あたかも多元宇宙すべてを貫く普遍的真理であるかのように宇宙全部を言いくるめるくらいの、その実たいしたことは言ってない的なひどく魅力的な表現だな!!」 

 いや、きみの表現の方がよっぽどすごいと思うよ。しかも褒めてるようで何気にディスってるし。
 毎回思うけど、この娘の言葉に対する情熱はすごい。

「まあ多元宇宙にまたがる比喩表現であるには違いないけど……それよりあれ、どうするの?」

 ぼくがディスプレイを指さすと、サーラは軽く「ああ」と呟いて、

「もうプロトコルは決まっているから、特に手を出す必要もないよ。そのうち帰るんじゃないかな?」

 ごみを出す日は毎週火曜日、くらいの口ぶりだ。
 と、別の端末から音が聞こえ、同時にディスプレイに赤字が浮かんだ。

「緊急通知? めずらしいな」

 自分の目の前にテキストを表示したサーラ。
 気乗りしなさそうに斜め読みしていたその表情は、文面を読み進めるうち険しくなっていった。ばん! とデスクをひっぱたいてテキストを手で払う。

「な……何かありましたか?」
「何でもない!……何でもないよ」

 物音に驚いたミアがおそるおそる尋ね、サーラはそっぽを向いて答える。

 何か良くない知らせだ。

 するとまた着信音がして、空間に赤字が浮かぶ。

「ちっ」

 サーラは忌々しそうに舌打ちして、もの凄い勢いでキーボードを叩き始めた。
 エンターキーをだん! と叩く。

 ぴっ
 ピッ

「そんなこと! 誰がそんなこと!!」

 デスクをひっぱたいてサーラが立ち上がった。目の前の空間にはさらに大きな赤い文字。

「落ち着いて、サーラ。ぼくらに関することかい?」

 サーラはぎゅっと唇をかんで、ぼくから目をそらした。

「当局がきみたちを差し出せと言っている。部外者同士のもめ事に当局は関知しないと」

 サーラが悔しそうに言う。
 正確には、部外者同士のもめ事に関与するな、という命令だろう。
 結局サーラは一介のオペレータ。判断する権限は与えられていない。

「わかった。みんな、行こう」
「そんな! 待って!」

 サーラがぼくの前に回り込んだ。かわいそうに、気丈な娘が泣きそうな顔になっている。

「ワタシが何とかする。ドローンのコントロール権限ならワタシが。だからさ……」
「でもそれじゃ、きみの立場が悪くなるだろ」
「……!」

 うなだれるサーラの頭を、ぽんぽんとなでる。

「大丈夫だよ。心配しないで」

 もっと分の悪い戦いだって、いくらでもあった。
 それに今、ぼくは独りじゃない。

 ぼくは後ろを振り返る。
 三人の少女が笑い返す。

「……あの、アタシはどうすればあ……?」

 ああ、ごめんディベリア。きみを忘れていた。

「きみもよそ者には違いないからね。ここにはいられないだろ。一緒においで」
「え~。アタシも死にに行くんですかあ?」
「……ここでドローンの大軍を一人で迎え撃つのと、外で鍵の乙女のサポートをするのと、どっちがいい?」

 いちおう言っとくけど、選択肢はないからね?

 しぶしぶディベリアがこちらに歩いて来るのを確認してから、改めてサーラに向き直った。

「そんな顔しないで。また近いうちに会えるよ」

 ぼくはさっと後ろを振り返った。ちょっと格好つけすぎかな。

 でも言ったことは嘘じゃない。

 きみはこの世界を救う鍵。

 きみをひらくことが、ぼくの使命。

 だけどその時、ぼくは……。



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