幸福の王子は鍵の乙女をひらく

桐坂数也

文字の大きさ
58 / 59
第四章 言の鍵の乙女

05.権力の後ろ盾を失ったこと。

しおりを挟む

 残念ながらそのあとロマンチックな展開があるはずもなく、明けて一室に集合したぼくらは、またもふるさとの朝食の味を求めてわいわいとやっていた。

『きみはどこへ行っても馴染むのが早いな』

 今日はめずらしく、鴉が話しかけてきた。
 異世界の魔術師、ナユタ。このところあまり話すこともなかった。この鴉は使い魔、彼女がいうところの「携帯電話」みたいなものだそうだから、いつも繋がっているというわけでもないのだろう。

『今日はきみに、少し大事なことを話しておこうと思ってね。きみの今後の決断に関わるだろうから』

 あらたまって言われると、ちょっと緊張する。

『もう気がついていると思うが、この世界は言葉のエレメントを失っている。それを取り戻す鍵の乙女は彼女、サーラだ』

 それは何となく思っていた。

『そして彼女をひらく代償としてきみが失うものは、記憶だ』


 正直に言う。
 なにを言われたのか、ぼくは一瞬理解できなかった。

「記憶って……つまり」
『今までのきみの人生の記憶。思い出。それらすべてだ』

 動かなかった。
 動けなかった。

 ただ頭だけはものすごい勢いで回っていた。だけど何も考えられなかった。

 だって、どう受け止めればいいのだ? そんな異常な事態を。


「遼太さん、どうしたですか? 具合が悪いのですか?」

 サキがぼくをのぞき込んで、思わずぼくはびくっとのけ反った。

「?」
「い……いや」

 あからさまに怪しいくらい、ぼくはしどろもどろだった。

「えと……そうだ、コーヒーが飲みたいかな。お湯を持ってきてくれる?」

 サキは笑顔でうなずいて、ぼくの側を離れる。

 そのサキとの思い出。クルルとの思い出。そしてミアとの思い出。
 短い時間だけれど、一緒に泣いて笑って、戦って傷ついて。
 助け合って手を取って、そしてまた笑った、あの思い出をぼくは失ってしまうのか。


 ……こわい。


 震えた。身体に両腕を回す。でも心細さは消せなかった。

 今までだって、迷った。悩んだ。怖かった。
 でも今度の試練は、受け止め切れる自信がない。いや、受けたくない。
 だって。

「はい。コーヒーですよ、きっと」

 ぼくはまじまじとサキを見つめた。
 笑ってカップを差し出すサキのことを、ぼくは忘れてしまうのだ。

「……どうかしたんですか? 本当に、大丈夫ですか?」

 かぶりを振って、ぼくは視線を逸らした。

 両手で可愛らしくカップを抱え、すすっているミアがいる。
 チューブと格闘しているクルルがいる。ディベリアが何か話しかけている。


 いやだ。


 忘れてしまいたくない。


 彼女たちを。
 彼女たちといた自分を。



 + + + + +


 唐突な警報アラートはむしろ救いだったかも知れない。

「ちょっと、こんな朝っぱらから何ごと?」

 サーラが手を振ると、空間にぱぱぱっとディスプレイが浮かぶ。
 映ったのは、昨日と同じような光景だった。

「あらあら、です」
「また来たの?」
「懲りない人たちですわね」

 サキ、クルル、ミアの三人があきれた声を上げる。

 ディスプレイに映る、数十名の騎士団。
 それをドローンたちが取り囲んでいる。

 また昨日の再現か、と思われた。だが先頭の騎士は足もとに剣を置き、身振りを交えて何かを話し始めた。

「ふむふむ。少しは学習したみたいだな」

 サーラが音声デバイスをオンにする。
 スピーカーから音声が流れ始めた。

「……無益な争いは我らも望むところではない。我らはこの世界に紛れ込んだ異世界人を探しているだけだ。どうか助力をいただきたい」
「きみらを探しているようだね、リョウタくん」

 サーラはしごく平静だ。
 ぼくも表面上はそう取り繕ったものの、内心はどきどきだった。
 今のところ、この世界の人間――サーラとは良好な関係を築けていると思っている。
 だが、他の人はどうだろう。

 ぼくの心配を知ってか知らずか、サーラは笑顔を向けた。

「とは言え、会ったばかりのきみたちではあるが、それも何かの運命なのだろうな。わずかなつながりにも、きっと昔からの意味があるんだよ」

 袖振り合うも他生の縁、と言うしね。

「なんだそれは!? あたかも多元宇宙すべてを貫く普遍的真理であるかのように宇宙全部を言いくるめるくらいの、その実たいしたことは言ってない的なひどく魅力的な表現だな!!」 

 いや、きみの表現の方がよっぽどすごいと思うよ。しかも褒めてるようで何気にディスってるし。
 毎回思うけど、この娘の言葉に対する情熱はすごい。

「まあ多元宇宙にまたがる比喩表現であるには違いないけど……それよりあれ、どうするの?」

 ぼくがディスプレイを指さすと、サーラは軽く「ああ」と呟いて、

「もうプロトコルは決まっているから、特に手を出す必要もないよ。そのうち帰るんじゃないかな?」

 ごみを出す日は毎週火曜日、くらいの口ぶりだ。
 と、別の端末から音が聞こえ、同時にディスプレイに赤字が浮かんだ。

「緊急通知? めずらしいな」

 自分の目の前にテキストを表示したサーラ。
 気乗りしなさそうに斜め読みしていたその表情は、文面を読み進めるうち険しくなっていった。ばん! とデスクをひっぱたいてテキストを手で払う。

「な……何かありましたか?」
「何でもない!……何でもないよ」

 物音に驚いたミアがおそるおそる尋ね、サーラはそっぽを向いて答える。

 何か良くない知らせだ。

 するとまた着信音がして、空間に赤字が浮かぶ。

「ちっ」

 サーラは忌々しそうに舌打ちして、もの凄い勢いでキーボードを叩き始めた。
 エンターキーをだん! と叩く。

 ぴっ
 ピッ

「そんなこと! 誰がそんなこと!!」

 デスクをひっぱたいてサーラが立ち上がった。目の前の空間にはさらに大きな赤い文字。

「落ち着いて、サーラ。ぼくらに関することかい?」

 サーラはぎゅっと唇をかんで、ぼくから目をそらした。

「当局がきみたちを差し出せと言っている。部外者同士のもめ事に当局は関知しないと」

 サーラが悔しそうに言う。
 正確には、部外者同士のもめ事に関与するな、という命令だろう。
 結局サーラは一介のオペレータ。判断する権限は与えられていない。

「わかった。みんな、行こう」
「そんな! 待って!」

 サーラがぼくの前に回り込んだ。かわいそうに、気丈な娘が泣きそうな顔になっている。

「ワタシが何とかする。ドローンのコントロール権限ならワタシが。だからさ……」
「でもそれじゃ、きみの立場が悪くなるだろ」
「……!」

 うなだれるサーラの頭を、ぽんぽんとなでる。

「大丈夫だよ。心配しないで」

 もっと分の悪い戦いだって、いくらでもあった。
 それに今、ぼくは独りじゃない。

 ぼくは後ろを振り返る。
 三人の少女が笑い返す。

「……あの、アタシはどうすればあ……?」

 ああ、ごめんディベリア。きみを忘れていた。

「きみもよそ者には違いないからね。ここにはいられないだろ。一緒においで」
「え~。アタシも死にに行くんですかあ?」
「……ここでドローンの大軍を一人で迎え撃つのと、外で鍵の乙女のサポートをするのと、どっちがいい?」

 いちおう言っとくけど、選択肢はないからね?

 しぶしぶディベリアがこちらに歩いて来るのを確認してから、改めてサーラに向き直った。

「そんな顔しないで。また近いうちに会えるよ」

 ぼくはさっと後ろを振り返った。ちょっと格好つけすぎかな。

 でも言ったことは嘘じゃない。

 きみはこの世界を救う鍵。

 きみをひらくことが、ぼくの使命。

 だけどその時、ぼくは……。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

生まれ変わったら飛べない鳥でした。~ドラゴンのはずなのに~

イチイ アキラ
ファンタジー
生まれ変わったら飛べない鳥――ペンギンでした。 ドラゴンとして生まれ変わったらしいのにどうみてもペンギンな、ドラゴン名ジュヌヴィエーヴ。 兄姉たちが巣立っても、自分はまだ巣に残っていた。 (だって飛べないから) そんなある日、気がつけば巣の外にいた。 …人間に攫われました(?)

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...