上 下
42 / 57
覇権主義の刃使い、で談判。

8.脱出

しおりを挟む
「しのぎ。大丈夫か? 馬に乗れるか?」

意識はあった。しのぎは弱々しくうなずき、俊哉の手助けで馬上に収まる。

後ろに俊哉が乗ってしのぎを支えた。しのぎが乗っていたもう一頭は、残念だが今は仕方がない。



「と……しや……さま」

「しゃべらなくていい。傷にさわる」

「申し訳……ございません。あなたさまをお守りすること……かなわず……」

「おまえはよくやってくれた。おかげで助かったぞ。おしとやかなおまえに、あんな事ができるなんてな」

つとめて明るく語りかける俊哉に、しのぎは少しはにかんだように見えた。


「もう充分だ。少し休んでいろ」

「はい」

「しっかり掴まっていてくれ。痛むかも知れないが、少しの我慢だ」

「……はい」


しのぎは俊哉の首に手をまわし、しがみついた。が、その手に力がない。

(早く手当てを……急がないと)

だが、そうは上手く行かなかった。


我に返った館脇の部下たちが、主将の叱咤のもと、俊哉を追いかけてきたのだ。

騎馬が追いついて並走する。あいにくと今の俊哉では、反撃できる態勢にない。
幸いなことに、俊哉が反撃できないのを見て気を緩めた追手は、すぐには仕掛けてこなかった。

(せめて仕掛けのところまで……逃げ切れるか?)

街道をそれて脇道へ逃げ込む。


「逃がすかよ!」

かさにかかって追撃する刃の衆。大きく剣を振りかぶった。

空を斜めに斬る刃を、頭を伏せてかろうじて避ける。
緩慢な動きは何とかかわせた。

「この!」
空振りした剣士が、かっとなって剣を引く。

(突きか?)

とっさに俊哉は手綱を引き絞り、馬を急停止させる。
またも剣は虚しく空を突き、一瞬遅れて俊哉の馬が早足で抜けていく。

(あぶなかった)

俊哉にしては上出来な手綱さばきだった。もう一度やれと言われても再現できる自信がない。
俊哉の背中も掌も、冷や汗でびっしょりだった。

追手は色めき立ち、今度こそ俊哉を囲みにかかる。

両側から馬が幅を寄せ、三頭が道一杯に並走する。

「これまでだな!」

左手の一人が声をかける、その薄笑いの表情をみたとたん。


俊哉は猛烈な怒りの感情に囚われた。


(こんな理不尽な話があるか)

自分はまだいい。

不本意だろうと、戦刃せんじんとして召喚され、その戦いの果てに討たれるのであれば、是非もない。

だが、しのぎは。


仕える神の意に従い、全力でその務めをなさんとして傷を負った。
そしてこのまま、むごたらしい死を迎えるのか。

(それが、忠実なしもべに対する仕打ちか?)

それだけは納得できなかった。
許せなかった。


神が手を貸さないのなら。

(おれがなんとしても、連れ帰る)


「おい、きさまら」

俊哉は声を張った。

「手傷を負った女をいたぶるのがお前たちの正義か!? お前たちの刃とは、その程度の誇りしか持たないのか?」

「なにを!」
「口の減らない奴だ!」

剣を構え直す男たち。俊哉は左を走る馬の腹を、ちから任せに蹴った。
馬は暴れて道をそれる。馬上の男は手綱を引いて態勢を戻そうとした。


そのとき。


「がっ!」

馬上の男が吹っ飛んだ。

道脇の樹上から枝が降ってきて、男に絡みついたのだ。


「おのれ小細工を!」

右側の男が叫ぶ。

「その小細工にひっかかっておいて、負け惜しみか」

俊哉も負けずに怒鳴り返した。
俊哉の嘲弄に、頭に血が昇った騎馬衆がさらに襲い掛かる。そこへ。

「ぐわっ!」

また、枝。

「うわあっ!」

道に張られた綱が後ろを走る馬の足を取った。後続は倒れた馬が邪魔になって進めない。


そうこうして、まんまと俊哉は逃げおおせた。
正面切っての一騎打ちではなく、そんな小細工にしてやられた騎馬衆は怒りのやり場がない。


(助かった。準備はしておくもんだな)

俊哉は冷や汗をぬぐって一息ついた。

しおりを挟む

処理中です...