50 / 57
神のしもべを看護、で思案。
8.展望
しおりを挟む
茜の神は正直なところ、俊哉に何も求めていない。
「好きに生きろ」と言うばかり。
それはそれで有り難いことではあるが、では自分はどんな世界を求めるのか。
この世界をどうしたいのか。
(……そんなにすぐに、ビジョンが出てくるわけがないよな)
俊哉は苦笑する。
世界に臨むミッションと言えば、それは時に数年もかけて練り上げるようなものだ。
今ここで、どうこういう方針を決める必要はない。
だがここのところ、俊哉が興味を惹かれていることがあった。
みな、何になりたいのだろう
みな、どう生きたいのだろう
自分の生き方を棚に上げて、人の希みに興味が尽きず、事あるごとに尋ねてまわっていた。
訊いてみると、みなそれぞれにやりたいこと、なりたいものがあった。それを聞くごとに、その人の意外な一面を知ることができて、とてもおもしろかった。
(みんなの望みが、かなえばいいな)
やりたいことが出来て、なりたいものになれる。それはどんなに素晴らしいことだろう。
それができる世の中になればいい。
そう考えると、世は太平の方がいい。
血で血を洗う戦乱の世で、やりたいことも、なりたいものも後回し、命のやり取りの果てに散ってゆく、そんな世の中では夢の実現など到底かなわない。
そのためには、乗り越えなければならない壁がいくつかある。
その最大のものに、今日出会った。
館脇を、どう乗り越えるか。
戦うのか、降すのか。和を乞うのか、降るのか。
あるいは別の方法があるのか。
それは俊哉のビジョンをかなえるために、どう生きてくるのか。
ともあれ、俊哉は自分が思い至った推論を、誰かに披露したいと思った。
より具体的に言えば、彼と敵対している神々に教えてやりたいと思ったのだ。
意地が悪いだろうか。
自分たちの意に反し、この世はこんな結末を迎えるのだよと教えてやったら、神々はどんな顔をするだろうか。少々楽しみではある。
それを知ってなお、彼らは戦おうとするだろうか。
それとも、別の道を模索するだろうか。
それとも……。
鳥の鳴き声が聞こえた。
(……うっかり寝てしまったらしいな)
一瞬、自分が今どこにいて何をしていたのか思い出せなかった。
が、しばらくして、昨夜のことを思い出した。
回りを見回すと、うっすらと明るい。
知らないうちに座ったまま寝入っていたようだ。
心身ともに疲れていたのは確かだろう。ともかく、無事に一夜を越せたことに安堵した。
そして目の前に視線を戻すと。
「しのぎ……」
しのぎが目を開けて、まっすぐこちらを見ていた。
「よかった。気がついたか」
今度こそ本当に山を越えたと、俊哉は実感して大きく息をついた。
安堵感がじわじわと湧き上がってくる。
(ああ……本当によかった)
そして次には、しのぎに謝りたい気持ちでいっぱいになった。
「しのぎ。本当にすまなかった。きみを守ると言っておきながら……。守ってもらったあげく、傷まで負わせて、本当になんと言って謝ったらいいか……」
最後まで言うことはできなかった。しのぎの右手がゆっくりと伸びてきて、人差し指が俊哉の唇をそっと止めたからだ。
さらに言い募ろうとする俊哉に、しのぎはわずかに首を振ってみせた。
「わたくしを助けてくださったのでしょう? それだけで充分です」
静かな落ち着いた微笑みに、俊哉は泣きそうになってしまう。
俊哉を責めるでもなく、身体もつらいだろうに俊哉を気遣ってくれる。
この娘にどう報いたらいいのだろう。途方にくれるばかりだ。
「しのぎ。きみには話したいこと、知らせたいことがたくさんあるんだ。
一緒に考えてほしいことも。おれひとりじゃ追いつかない。
さんざん助けてもらっておいて厚かましい願いだけど、きみの力を貸してほしいんだ」
口を衝いて出るのは、またも願い事ばかり。
俊哉は情けなくなったが、しのぎは嫌がるでもなく微笑んで、かすかに頷いてくれた。
(今度こそ、きみを守ろう。茜の神に誓ってだ)
「好きに生きろ」と言うばかり。
それはそれで有り難いことではあるが、では自分はどんな世界を求めるのか。
この世界をどうしたいのか。
(……そんなにすぐに、ビジョンが出てくるわけがないよな)
俊哉は苦笑する。
世界に臨むミッションと言えば、それは時に数年もかけて練り上げるようなものだ。
今ここで、どうこういう方針を決める必要はない。
だがここのところ、俊哉が興味を惹かれていることがあった。
みな、何になりたいのだろう
みな、どう生きたいのだろう
自分の生き方を棚に上げて、人の希みに興味が尽きず、事あるごとに尋ねてまわっていた。
訊いてみると、みなそれぞれにやりたいこと、なりたいものがあった。それを聞くごとに、その人の意外な一面を知ることができて、とてもおもしろかった。
(みんなの望みが、かなえばいいな)
やりたいことが出来て、なりたいものになれる。それはどんなに素晴らしいことだろう。
それができる世の中になればいい。
そう考えると、世は太平の方がいい。
血で血を洗う戦乱の世で、やりたいことも、なりたいものも後回し、命のやり取りの果てに散ってゆく、そんな世の中では夢の実現など到底かなわない。
そのためには、乗り越えなければならない壁がいくつかある。
その最大のものに、今日出会った。
館脇を、どう乗り越えるか。
戦うのか、降すのか。和を乞うのか、降るのか。
あるいは別の方法があるのか。
それは俊哉のビジョンをかなえるために、どう生きてくるのか。
ともあれ、俊哉は自分が思い至った推論を、誰かに披露したいと思った。
より具体的に言えば、彼と敵対している神々に教えてやりたいと思ったのだ。
意地が悪いだろうか。
自分たちの意に反し、この世はこんな結末を迎えるのだよと教えてやったら、神々はどんな顔をするだろうか。少々楽しみではある。
それを知ってなお、彼らは戦おうとするだろうか。
それとも、別の道を模索するだろうか。
それとも……。
鳥の鳴き声が聞こえた。
(……うっかり寝てしまったらしいな)
一瞬、自分が今どこにいて何をしていたのか思い出せなかった。
が、しばらくして、昨夜のことを思い出した。
回りを見回すと、うっすらと明るい。
知らないうちに座ったまま寝入っていたようだ。
心身ともに疲れていたのは確かだろう。ともかく、無事に一夜を越せたことに安堵した。
そして目の前に視線を戻すと。
「しのぎ……」
しのぎが目を開けて、まっすぐこちらを見ていた。
「よかった。気がついたか」
今度こそ本当に山を越えたと、俊哉は実感して大きく息をついた。
安堵感がじわじわと湧き上がってくる。
(ああ……本当によかった)
そして次には、しのぎに謝りたい気持ちでいっぱいになった。
「しのぎ。本当にすまなかった。きみを守ると言っておきながら……。守ってもらったあげく、傷まで負わせて、本当になんと言って謝ったらいいか……」
最後まで言うことはできなかった。しのぎの右手がゆっくりと伸びてきて、人差し指が俊哉の唇をそっと止めたからだ。
さらに言い募ろうとする俊哉に、しのぎはわずかに首を振ってみせた。
「わたくしを助けてくださったのでしょう? それだけで充分です」
静かな落ち着いた微笑みに、俊哉は泣きそうになってしまう。
俊哉を責めるでもなく、身体もつらいだろうに俊哉を気遣ってくれる。
この娘にどう報いたらいいのだろう。途方にくれるばかりだ。
「しのぎ。きみには話したいこと、知らせたいことがたくさんあるんだ。
一緒に考えてほしいことも。おれひとりじゃ追いつかない。
さんざん助けてもらっておいて厚かましい願いだけど、きみの力を貸してほしいんだ」
口を衝いて出るのは、またも願い事ばかり。
俊哉は情けなくなったが、しのぎは嫌がるでもなく微笑んで、かすかに頷いてくれた。
(今度こそ、きみを守ろう。茜の神に誓ってだ)
0
あなたにおすすめの小説
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる