遅咲きの魔法使いが伝説になるまで~わたし、魔法使いになります!

桐坂数也

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魔術師に憧れた少年。

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 エクルは魔術師に憧れていた。
 男の子なら誰でも一度は憧れる冒険者。彼も例外ではなかった。
 友だち同士で冒険者ごっこをする。男の子はみんな剣士や戦士をやりたがった。
 身体が小さかったエクルにはとてもそんな役は回ってこない。それでもよかった。彼がなりたかったのは剣士ではなく、魔術師だったから。
 あまり目立たないエクルを気にかけてくれたのは、幼なじみのアリサだけだった。

「もう、エクル! もっと元気出しなさいよ!」

 腰に手を当てて、アリサはエクルをにらみつける。アリサは囚われの姫。そんな役が多かった。可愛くて愛嬌があって、みんなの人気者だったから、当然といえば当然の配役だった。
 そしてエクルは、その姫をさらった魔王の役。やられ役だ。それがアリサには不満だった。

「魔王なんだから、勇者ぶっ倒すくらいの力、あるでしょ?」
「ないよ。そんなことしたらお芝居がめちゃくちゃだ」

 苦笑しながらエクルが答える。

「いいじゃないのさ、どうせごっこ遊びなんだから。勇者を返り討ちにして『姫は我のものぞ!』くらい言ってみなさいよ!」

 エクルは苦笑いしたままだ。普段からアリサは、何かとエクルの世話を焼いてくれたし、エクルも嫌いではなかった。ただ、自分にもって前に出ろ、と迫って来るのは勘弁してほしい。

「そういうのはぼくの役柄じゃないなあ。ミロスやヨアキに向いてるよ」
「もう。そんなことばかり言って!」

 アリサがぷいとそっぽを向いて、小声でつぶやく。

「本当はあたしだって、エクルに助け出されたいのに」

 友だちの思わぬ不興をこうむって、エルクはちょっとおろおろしてしまった。よくわからないけど、機嫌をそこねてしまったらしい。一所懸命考えて、彼は言葉を継ぐ。

「あの、アリサが悪いとかじゃないんだ。でも、ぼくの目指す役割はみんなとは違うから……」
「どう違うの?」
「ぼくは魔術師になる」

 エクルはきっぱりと言った。

「大魔導士になって、みんなを後ろから助けるんだ。みんな前で戦っているけれど、それを支えているのはぼく。そんな役になりたいんだ」
「ふーん、変なの。じゃあ、もしあたしがさらわれたら、エルクは助けてくれないの?」
「助けるよ! 全力で助ける! でも剣じゃなくて、魔法と、策略と、みんなの力で。ぼくは戦ってないように見えるけど、でもみんなが戦えるのはぼくのおかげ。手柄はみんなのものでも、それをさせたのはぼくの策略。そんな風になりたいんだ」
「うーん、わかりにくい」
「はは、そうかもね」

 みずから好んで脇役なりたいなんて、そんな子供はいないだろう。でもエクルはそうなりたかった。戦局の全てを見渡し、誘導し、味方を勝利に導く影の影響力になりたかった。

「でもどんな風になるか、ちょっと楽しみね。もしあたしがさらわれたら、ちゃんと助けてよ」
「もちろん!」
「じゃあ、約束」

 その約束を、エクルは果たせなかった。


 ◇


 魔術師になりたかった。
 その理由も、よく覚えていなかった。ただ、強くなりたかった。
 誰にも負けない力が欲しかった。でも自分の体力では、戦士にはなれない。それはよくわかっていた。
 だから必死で、魔術の勉強をした。魔術師の師匠について魔術の練習をした。同年代の子たちが遊んだり、家の手伝いをしているときも、エクルはひたすら魔術の練習に明け暮れていた。

 だが思いとはうらはらに、なかなか魔術は上達しなかった。

「どうもきみは、魔力の量が少ないな」

 師匠にそう言われたときは、目の前が真っ暗になった。魔術師の保有する魔力量は鍛錬によってある程度増やすことができる。しかし無限に増えるというわけではなかった。
 ありていに言えば、A級の魔術師になるにはある程度の才能が必要だった。師匠は暗に、エクルには才能がないと告げていた。

 絶望に打ちひしがれながら、それでも彼は探求をやめなかった。何か方法はないか。もっと別のやり方があるのではないか。エクルは必死だった。こんな中途半端で終わるわけにはいかない。これではアリサに顔向けできない。

 十四の時に師匠と袂を分かち、村を出た。それから各地を巡りながら、たくさんの人に話を聞き、たくさんの書物をあさった。A級には及ばないといっても、エクルの魔術は年齢のわりには充分以上に強力だった。行く先々で、魔術で稼ぎながら、彼は探求を続けた。

 マルリエの街に逗留している時、エクルは十六歳になった。焦っていた。もうすぐ自分の成長は止まってしまう。限界に突き当たってしまう。見たくもない壁を、彼はいやでも意識した。
 なんとかならないか。なにか方法はないか。

 答えはすぐ手もとにあった。

 以前に手に入れていた、古ぼけた魔導書。分厚いわりに文体が古くて、とても読みにくい。
 幸いエクルの師匠は魔術のみならず、一般教養も幅広く教えてくれていた。そのおかげで、古い文書もある程度読み下すことができた。当時は、そんなことはどうでもいい、もっと魔術を教えてくれとせがんだものだったが。

 その魔導書は一見、難解だった。魔術の原理原則が書いてあるのはわかったのだが、実践の記述があまりない。

(これは『十二の魔導書』にあたるものなのかな?)

 現在流通している魔導書や魔術書の原典にあたる『魔導書』。その昔、十二人の賢者が集い、現在の魔術の体系をつくったとされている。

 魔導書はあらゆる魔術を十二の属性に分類し、体系づけているのだが、実はそれ以外の魔導書、十三番目の魔導書がある、というのは昔からの伝説だった。十三どころか、もっとあるという説もあり、時々それらしい書物が骨董市に出品されたりもしていた。

 だが大抵は底の浅い偽書だった。ごく稀にそれっぽい文献もあったが、何しろその正体を誰も知らないものだから、本物かどうか判断がつかない。

 エクルが手にしていたのはそんな紛い物の部類だった。が、何度読んでも違和感がぬぐえない。

(なんだこれは?)

 原理書である、と見当がついた。だが使い方が分からない。
 呪文も魔法陣も、実践に関わる記述がまるでないのだ。
 まったく使えない魔導書。このままでは二束三文の価値すらない。薄っぺらい魔術書でももう少し使い方が書いてあるものだ。

 わからないまま、またも読みかえし、彼はいつのまにか寝入ってしまった。

 夢の中でまで、エクルは魔導書を手にしていた。どれだけご執心なんだか、と夢の中で自分に呆れて苦笑する。
 目の前にいたのは、アリサだった。昔と変わらない、幼い少女のアリサ。
 今では自分だけがすっかり大人になってしまった。なのに夢の中のアリサは変わらない。何度味わったか知れない、苦い思いをかみしめる。

(お願いだ。もうやめてくれ)

 何度思い返そうと、現実は変わらない。アリサは帰ってこない。
 全ては自分のせい。自分に力がなかったせいだ。
 だったらどんな力があればよかったのだ?

(……すべてを滅する力を)

 そのとき初めて、エクルは願った。何も守れないなら、そんな自分は要らない。アリサのいない世界なんて、自分には要らない。いっそすべて、消えてしまえばいい――。

(おまえの望みは、それか?)

 声が聞こえた。慌てて顔を上げる。
 そこは依然として夢の中。いや、夢うつつの状態だろうか。
 何も見えず、何の存在も感じない。なのに、その声はそこに「あった」。

(おまえが真に望むことは、それか?)
(ああ)

 答えようとしたとき、目が覚めた。

 顔を上げて辺りを見回す。部屋の中は真っ暗だ。誰もいない。
 訝りながら、視線を戻す。窓から射す月明りが、ひとつの書物を浮かび上がらせていた。

「もしかして、これは……?」

 エクルは魔導書を持って外に出た。

 中天に満月。道も景色も良く見えた。少し歩いてから彼は立ち止まり、魔導書を開いた。

 呪文は知らない。だから詠唱する言葉はなかった。ただ、思った。すでに暗記している魔導書の文言を思い出して、願った。

 滅せよ、と。

 目の前の木の幹の真ん中へんが一瞬にして消えた。支えをうしなった木の上部は真っ直ぐ下に落ち、枝葉がばさりと音を立てて倒れ込んだ。

 信じられなかった。
 ほんの一瞬願っただけなのに。

 だがエクルは直感していた。本質にたどり着いたと確信していた。

 魔術の原典、十二の魔導書。それは原理書なのだ。今、数多く流通している魔術書は、そこから派生したもの。いわば手引書だ。
 原理はそのままでは何も使えない。その力を伝える道具に変換されて、初めて用途を得る。それがつまり呪文であり呪符であり、魔法陣なのだ。

 自分は今、そのおおもとの力、【原理】を手にしている。

 それはそのままでは使えない。物理法則に変換するための手順が要る。
 この書に関して言えば、その手順は「ない」。自分で作らなければならない。

 だが。

「……ふふ、ふふふふふ……」

 ひとりでに笑いがこみ上げてくる。なんということだ。この書物は、ぼくしか知らない。もしかしたら、ここに記されている原理は唯一無二、まったく新しい魔術かも知れないのだ。

「これで……これでぼくはもっと強くなれる。この魔導書があれば……」

 かつて味わった絶望を、見下した者たちを、見返すことができる。
 それどころか、はるかな高みにさえ昇ることができる。誰も至ることができなかった高みに!

 だがそれからの研究は、困難を極めた。

 魔術師は呪文を唱えて体内の魔力を魔術に変える。呪文がない、ということは、その手段がない。
 今までとはまったく違う方法に、エクルは挫折しかけた。
 目の前に原理はある。それは実感していた。それも強力な原理だ。
 それを自分の力に変換できない。それがもどかしかった。

 悩んで迷って、試して失敗し、失望する。その繰り返しだった。
 呪文なしでもある程度は魔術にすることができた。だが発動しないことも多く、安定しない。おまけにものすごく魔力を消費する。初級魔術に相当するものだけで、体力をごっそりもっていかれる気がした。

 やっぱりこの魔導書は『悪魔の書』なのだろうか。
 自分程度が開いてはいけない世界だったのだろうか。

 いや。 いや。

 エクルはかぶりを振る。あと少し。あと少しなのだ。原則は間違っていない。あとはどう使うかだけなのだ。今投げ出したら、すべてが無になる。そうはさせない、今度こそ。


 ◇


 既存の呪文をベースに、結印や魔法陣を取り入れ、自分の魔力と向き合うこと一年。
 エクルは独自の手法を編み出した。

 まだ完全には使いこなせない。
 だがそれは、裏を返せばまだまだ大きな可能性を秘めていることを意味する。今はそれが嬉しくて仕方なかった。

 エクルはマルリエを引き払うことにした。
 隣町、ハルムスタッドの街に面白い魔術師がいると聞く。なんでも、自分は魔法使いだと名乗り、ユニークな魔術を使うとか。本人は魔法と言い張っているらしいが。

 その人物の手法を見れば、あるいは新しい道が開けるかもしれない。

 出立の準備は簡単に済んだ。わずかな家財と書物を売り払い、エクルはマルリエを後にした。

 自身が名付けた『滅の魔導書』を持って。



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