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梅雨明けは涙とともに
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7月8日。
いつも以上に大粒の雨が地面を叩きつけているのか、家の外からザーザーと音がしていた。
母の機嫌が妙に良い。洗濯物を部屋干ししながら鼻歌を歌っている。私のどんよりとした気分とは真逆で、少しイライラした。
「どうして鼻歌なんて歌ってるの」
「明日から外に洗濯物を干せるからよ。ようやく太陽に会えるわね」
前に教えたでしょ、そう言って母はまたフンフンと歌い始めた。
唇から血の味がする。傘を掴んで家を飛び出した。
いつもの場所で、ふうやは待っていた。
「やあ」
今日が最後だとは思えないくらい、自然な挨拶だった。
「あそこの崖で役目を果たすんだ。一緒に行かない?」
ふうやは海の方を指差した。
その崖は、危ないから絶対に近寄らないようにと言われていた崖だった。数十メートルの高さがあり、落ちた時に上がれる岸もない。
あんな所から飛び降りるなんて。
海のすぐそばの茂みで立ち止まったふうやは、身を隠すようにして座り込んだ。私も目立たないように傘を閉じて近くの茂みに隠して、ふうやの横に座った。
茂みの隙間からは、カミサマたちが海を見て騒いでいる様子が見えた。何人かは興奮からか走り回っている。
「1番から飛び込むんだ。おれは最後。しばらく時間があるよ」
その時、カミサマの館のおじさんが声を張り上げた。
「1番! 時間だ」
わぁっと歓声が上がる。
男の子が飛び込む様子が見えて目を伏せた。
「ほら、空を見て」
ふうやに言われて顔をあげると、降り注いでいた雨粒が少しずつ小さくなっていった。どんよりと暗く空を埋め尽くしていた雲が隙間を空けて、光が差し込みはじめた。
キラキラと海面に反射する光。
青空が勢力を増して、広がっていく。
頭上の空はもう真っ青なのに、まだ完全には降り止まない細い雨が甘く輝いて、温かかった。
カミサマたちは次々に飛び込んでいく。
「おれ、小さい頃の記憶が少しだけあるんだ」
ふうやは海を見つめたままポツポツと口にした。
「父さんと母さんと姉さんがいた。最後の記憶は車の中で、ものすごく痛かった」
おじさんがキョロキョロと辺りを見回した。
「280番! 280! どこへ行った、もうすぐお前の番だぞ!」
ふうやは切なげにフッと笑った。
「バレちゃった。行かなきゃ」
立ちあがろうとするふうやの裾を掴んで止める。本当にふうやが番号で呼ばれているのを見ると、おじさんがバケモノのように見えた。
こんなの、やっぱり間違ってる。誰かの犠牲で晴れるくらいなら、毎日雨だって構わないのに。
いつも以上に大粒の雨が地面を叩きつけているのか、家の外からザーザーと音がしていた。
母の機嫌が妙に良い。洗濯物を部屋干ししながら鼻歌を歌っている。私のどんよりとした気分とは真逆で、少しイライラした。
「どうして鼻歌なんて歌ってるの」
「明日から外に洗濯物を干せるからよ。ようやく太陽に会えるわね」
前に教えたでしょ、そう言って母はまたフンフンと歌い始めた。
唇から血の味がする。傘を掴んで家を飛び出した。
いつもの場所で、ふうやは待っていた。
「やあ」
今日が最後だとは思えないくらい、自然な挨拶だった。
「あそこの崖で役目を果たすんだ。一緒に行かない?」
ふうやは海の方を指差した。
その崖は、危ないから絶対に近寄らないようにと言われていた崖だった。数十メートルの高さがあり、落ちた時に上がれる岸もない。
あんな所から飛び降りるなんて。
海のすぐそばの茂みで立ち止まったふうやは、身を隠すようにして座り込んだ。私も目立たないように傘を閉じて近くの茂みに隠して、ふうやの横に座った。
茂みの隙間からは、カミサマたちが海を見て騒いでいる様子が見えた。何人かは興奮からか走り回っている。
「1番から飛び込むんだ。おれは最後。しばらく時間があるよ」
その時、カミサマの館のおじさんが声を張り上げた。
「1番! 時間だ」
わぁっと歓声が上がる。
男の子が飛び込む様子が見えて目を伏せた。
「ほら、空を見て」
ふうやに言われて顔をあげると、降り注いでいた雨粒が少しずつ小さくなっていった。どんよりと暗く空を埋め尽くしていた雲が隙間を空けて、光が差し込みはじめた。
キラキラと海面に反射する光。
青空が勢力を増して、広がっていく。
頭上の空はもう真っ青なのに、まだ完全には降り止まない細い雨が甘く輝いて、温かかった。
カミサマたちは次々に飛び込んでいく。
「おれ、小さい頃の記憶が少しだけあるんだ」
ふうやは海を見つめたままポツポツと口にした。
「父さんと母さんと姉さんがいた。最後の記憶は車の中で、ものすごく痛かった」
おじさんがキョロキョロと辺りを見回した。
「280番! 280! どこへ行った、もうすぐお前の番だぞ!」
ふうやは切なげにフッと笑った。
「バレちゃった。行かなきゃ」
立ちあがろうとするふうやの裾を掴んで止める。本当にふうやが番号で呼ばれているのを見ると、おじさんがバケモノのように見えた。
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